468 照れる獣人族の耳とバイトと計測器




 火の日になり、さほど寝不足感もなく授業を受けた。

 こういうところも「無病息災」が効いているのだろうか。

 神様からのプレゼントには感謝だ。

 さて、授業はいつも通りに過ぎた。

 授業終わりにミルトからは、獣人族の里へ向かうに当たっての必要事項や行程について、報告を受けた。最後に、

「差別はされるだろう。でも、それを乗り越えてこそだと思う。慣れないといけないことだし、立ち向かう気持ちを学んでもらうつもりだ」

 キリッとした顔で言う。

「……うん、でも、なんだか張り切ってるね?」

「大事な子を預かるのだからな」

「ブラード家から、護衛依頼料という名目で貰っているから。仕事だって浮かれてるんだよ」

「クラフトー」

 ばらされて、ミルトは怒っていたが、慌ててシウに弁明を始めた。

「もちろん、仕事としてもしっかり受けるつもりだが、リュカの事は俺なりに大事に思ってるんだ。ちゃんと守るし」

「分かってるよ。第一、誘ってくれたのミルトからでしょ? リュカの将来を考えての事だっていうのも理解しているつもりだよ」

「お、おお、そうか」

 なんでもない風を装っているが、耳がピコピコ動いていて可愛い。

 ついジッと見ていたようで、ミルトが急いで耳を隠した。

「触るなよ!」

「触らないよ。やだなあ」

「いや、見てもダメだ。なんか、お前の視線が、怖い」

「人を変態みたいに」

「変人だろ、お前。変人は変態になる可能性が高い。クラフトも気を付けろよ」

「はいはい」

 肩を竦めて、シウとクラフトは顔を見合わせて笑った。



 午後の授業もいつも通りだ。

 変わったことと言えば授業の脱線が少なく、内容も詰め込みすぎというところだろう。

 アロンソいわく、

「この時期は休みが続くので引き締めてるんだよ」

 らしい。

 授業終わりには少しだけ皆と話をした。プルウィアも残っていて、女子と楽しげにしていた。

 夏休みの予定を話し合ったり、仲良しグループで合宿として魔獣狩りに行く予定を立てたりしていた。

 シウも誘われたが、キリクに誘われているしやりたいこともあって断った。

 プルウィアは里には帰らず、夏休みの間ルシエラ王都でバイトをするのだと張り切っていた。

 ルフィナとセレーネ、ウェンディという女子達も一緒らしい。

「伯爵や子爵家の女性が、バイトしても良いの?」

「冒険者ギルドの仕事を請け負うだけよ。もちろん、学校の授業の一環としてね」

「それでもまずいんじゃないの」

 他の男子も驚いていた。

「女の子ばっかりで危なくない?」

「あら、シウ。あたし達にはちゃんと護衛がいるのよ」

 護衛付でギルドの仕事を受けるのかと、ちょっと笑ってしまった。

 ククールスもこんな気持ちで護衛仕事を受けたのかな。

「あ、笑ったわね! でも、これが精一杯なのよ。さすがに聞こえが悪いって、お父様が許してくれないんだもの」

 女の子の父親なら心配だろう。シウはそちらに同情一票だ。

「プルウィアも、気を付けてね」

「ありがと。でも、彼女達とのパーティー仕事以外に、継続して仕事をしたいのだけれど、なかなかないのよね」

「プルウィアが嫌じゃなければ、うちで働いてみる? 歓迎すると思うわよ、うちの親」

「うーん、それだと慣れ合っちゃいそうだし、迷惑かけた時に困るもの」

「迷惑かける前提なんだ」

「茶化さないでよ、シウ。だって、エルフだといろいろ問題あるのよ。向こうから来るんだもの、しようがないわ」

 美人だからねーと、女子達が同情しながらも羨ましげにプルウィアを見ていた。

 そうか、美しいと人も寄ってきていろいろ弊害があるのだなと、シウには全く分からない現象について想像し、よく分からないまま同情したのだった。



 水の日の生産の授業に、やはりアマリアは出てきていなかった。

 レグロも心配そうに「暫く休学する」と連絡が来たことを教えてくれた。

 先週は頭がもやもやしていたが、今週は頭もすっきりしたので気分を入れ替えて、作業に没頭した。

 考えたのはバオムヴォレの栽培についてだ。

 株を植えて栽培するにしても、種から植えたとしても、高地栽培に必要な場所を提供する必要がある。

 それには温室のようにしてしまう方法と、結界を張る方法があり、どちらがより向いているのか、設備投資の金額も試算しないといけない。

 更には高地で育つならば、気圧も関係していないだろうか。

 考えることが沢山あった。

 そのための実験道具を幾つも作って行く。

「また、おかしなものを、そりゃなんだ?」

「温度計です。こっちが湿度計で、気圧計」

 ものすごーく簡単なもので作ったが、当たりを付けて数値を決めてしまったら、あとは魔術式にして増産可能だ。

 この、元の数値を決めるのが大変だった。

 とにかく何度も実験を繰り返した。

「温度で変化する物質をですね、比較して、更には常に一定の数値を弾き出すものを決めるのが、大変なんです……」

「そ、そうか」

 しかし温度計は難しかった。

 あれこれ実験した結果、温度計の元に使う物質は水晶魔石となった。銀よりも使いやすく、最終的に魔道具量産に向いていることが分かったのだ。

 透明度の高い魔石で比較的高価だけれど、割って小さくしても使える上に高温で溶かして形を変えて使えることが可能な、不思議な石だった。

 これが腹の立つことに、実験を繰り返したのに結局、温度計も湿度計もこの水晶魔石が一番適していた、ということだ。あの長い時間はなんだったのだと抗議したい気分だった。


 昼休みを挟んで、レグロに許可を貰って午後も生産の教室に入り浸った。

 午後クラスの生徒も同じ生産畑なので、黙々と作業しているシウを気にせず無視してくれたようだった。

 午後は気圧計に取り掛かったが、念のために水晶魔石を使ったらこちらはダメだった。

 まさかと思って変異水晶を取り出したら、こちらで正解だった。

「うーん、アリなのかな……」

 元々圧縮したりして使っていたのでアリだとは思うが、念のため繰り返し実験をして動作確認をしてから、魔道具に組み込み、術式を書き込んで試してみた。

「先生、ちょっと大がかりな実験をするので」

「おー、行ってこい行ってこい」

 というので、いつもの学校端のグラウンドを借りて実験した。相変わらず職員付きだ。もう壊さないと誓ったのに。

「≪指定≫≪結界≫じゃあ、実験始めますねー、と、≪対物重力圧≫」

 ミシミシッと音を立てたが魔道具は持ちこたえた。

 次に、見られていることを想定して、結界に色を付けた。それらしくしていれば良いだろう。

 そのうちに中に置いた魔道具を上空高くへ転移させた。ちゃんと距離も測った。

 落ちていくのを視覚転移で確認しながら、数値を計っていく。

 それを何度も繰り返し、数値を記録していき、微調整を行った。

 担当職員は色つきの結界の中を目を凝らしてずっと見ていたので、若干申し訳ない気になったが、ついて来て見張られるとは思っていなかったのでしようがない。

 2時間かけてみっちり実験してから、帰り際に職員の人に、

「これどうぞ。お疲れ様です」

 と、果実飴玉を差し入れた。



 木の日はククールスに連絡して、一緒に王都の外で魔道具の実験に付き合ってもらった。

 すっかり初夏らしくなってきたのであちこちに人がいるから、いない場所まで辿り着くのに少々時間がかかってしまった。

「ここ、グラキエースギガスの討伐場所じゃねえか。よくこんなところで実験しようと思うよな」

「え、なんで?」

「……あ、お前、全然精霊とか見えない性質だったな。そうかそうか」

「え、なになに? もしかしてアストラル体が見えるの!!」

 喜んだつもりはなかったが、興奮はしていた。

 すると、ククールスが嫌そうな顔をしてシウを見た。

「幽霊が見たいとか、有り得ねえ。そんなに嬉しそうにして、お前は変人か」

「え、えー」

「大体、俺は精霊さえも苦手なんだ」

「そうなの? なんで?」

「……小さい頃は、あれがいたずらばっかりするから、絶対に悪いお化けだと思ってたんだ」

「ああ――」

 可哀想にという思いと、反して可愛かっただろうなと思ってしまった。小さい子がお化けを怖がるなんて、と想像していたら、頭を叩かれた。

「笑うな、ばかやろう、想像するな、おい」

 どうやらククールスの秘密を握ったようだった。

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