354 友との再会、召喚術




 風の日は、シウは前もって約束していたリグドール達と会うことになっていた。

 ソロルがせっかくの友人との再会だから遠慮すると言い、スタン爺さんが2人をロワル観光に連れて行ってくれるというので任せることにした。

 スタン爺さんにはアキエラも付いて行ってくれるそうだ。

 昨夜久しぶりに寄ったヴルスト食堂で、そうした話になった。

 アキエラがいれば若い子が好む店にも連れて行ってくれるだろうし、安心だ。


 待ち合わせの公園に行くと、リグドールとレオン、ヴィヴィがもう来ていた。

「久しぶり、みんな元気だった?」

「こっちの台詞だっての。遠い異国の地に行ったんだからな」

「あ、そうか。僕は元気だよ」

「あんま変わってないなあ。ちょっとは大人びたりさ、魔法使いっぽくなっているのかと思ったけど」

 リグドールがからかいながら、シウの肩に手を回した。

「おお、懐かしい感触。丁度良い手の置き場所!」

「おい、リグ。お前――」

「いいじゃない、レオン。リグは甘えたいのよ。ね、リグ」

「……ちぇ」

 本音のあたりを暴露されて、リグドールは少々ばつが悪そうに顔を背けた。耳が赤いので照れているのだろう。

 シウも笑うと、からかうなとばかりに肩組みから外されてしまった。


 街をぶらぶら歩きながら、シウがいなかった間の学校のことや、王都での面白い話などを3人が代わる代わる話してくれた。

 それぞれの視点が違ってて、言いたいことの内容も違うから面白かった。

 リグドールは学校での授業が大変になってきたことや、新しく覚えた魔法のことなどを報告してくれるし、レオンは冒険者として仕事が軌道に乗ってきたこと、そして王都外の森をかなり制覇したのだと自慢げだ。

 ヴィヴィは、下町ならではの情報を教えてくれたりした。王都内のちょっとしたスキャンダルなどは案外下町の方が正しく詳しかったりする。実際、彼女はソフィアが脱走した事件も知っていたし、詳しい内容にも精通していた。どうやら聞き込みを受けた下町の人間同士で情報を交換し合っているようだ。

「あと、付与のレベルも上がったわよ。父さんの仕事も手伝ってるし、このまま学校を卒業したら即戦力で働けるわ」

「すごいね」

「最初は学校へ行くのを渋っていた父さんも、最近はあちこちに自慢してるのよ。それが難点ね」

「父親だったら自慢したくなるだろ、しようがない」

「あら、あなたのところの神官さん、父親じゃないのにレオンのこと自慢しまくってるわよ」

「……くそ、あいつ」

 そのやりとりにも笑ってしまった。懐かしい人たちの顔ぶれを思い出しながら、どこへいくともなくぶらぶらと歩く。

 途中、屋台で飲み物を買って、また歩く。親しんだ景色と会話に、シウはすっかり里帰りを満喫していた。


 昼ご飯のあとは、アリスの家へ行くことになった。

 レオン達も今日は1日空けており、一緒に行く。

「ギルドで仕事あったんじゃないの?」

「友達と会う日ぐらい、たまにはいいよ。その代わり明日は休まず仕事するけどな」

「ありがと」

「……ああ、まあ」

「あら、照れてる。ねえ、シウ、レオンたら最近クラスメイトとも話をよくするし、仲良いのよ」

「へー、そうなんだ?」

「ヴィヴィ、お前な」

 冗談で拳を上げたのだろうが、ヴィヴィはキャーキャー言って走って行ってしまった。

 そうこうしているうちにアリスの屋敷へ着いた。

 すぐに門番が中へ入れてくれて、執事も出てきた。何度か来たことはあるが、アリス目当てで来たのは初めてかもしれない。

 部屋へ通されると、そこにはアリスの他に父親のダニエルと下の兄のミハエルがいた。

「やあ、久しぶり。元気だったかい?」

「シウ君!」

 たたっと駆け寄って、アリスはシウの手を取った。

「良かった、元気そうです」

「うん、ありがと。ダニエルさんも、皆さんも元気そうで良かったです」

 そう挨拶したのだが、ダニエルの目がチラッとアリスとシウの組んだ手に注がれた。

 首を傾げたものの、そのまま視線がシウの後ろへ向かったので気のせいだったかなと忘れてしまった。

「手紙をアリスに送ってくれるだろう? 楽しい出来事が書いてあるからって読ませてもらってるんだ、僕達も。勝手に悪いね」

「あ、いいです。でもルシエラの街のこととか、どうでもいい話が多いから面白くないでしょう?」

 ミハエルと話をしていたら、そそそとリグドールが寄ってきた。

「手紙、アリスさんにも送ってるんだ?」

「うん。リグドールほどじゃないけど」

「……えっ、俺に一番送ってくれてるの?」

「うん。あ、スタン爺さんと同じぐらいかな?」

「……ふうん」

 嬉しそうな顔をしたので喜んでいるのだと思うが、くねくねするのでおかしかった。

 アリスもくすくす笑っているし、ヴィヴィやミハエルも微笑ましそうに見ているのでそろそろ止めた方がいい。

「ところで、今日は何か、実験をすると聞いたのだが」

 そこにダニエルの声が降ってきた。

 子供達の騒ぎを気にすることもなく、落ち着いた声だ。

「召喚と聞いたので、わたしも一緒にと思ったのだが、良いかい?」

「はい。その方がお互い安心でしょうし、ぜひ」

「そうか。それは良かった」

 言いつつ、さっきシウの手を見た時のような視線を、今度はシウの隣り、リグドールに向けた。

 なんと称せばいいのか、よく分からない視線だった。敢えていうなら、気になって仕方ないのに見たくはない、大掃除でしか手を付けたくない汚れ、のようなものだろうか。

 ちょっと関係ないかな。

 脳内でつらつら考えつつ、シウはダニエルを見た。

「どうかしました?」

「あ、いや。では、始めようか。それとも少し休んでからが良いかな?」

「……じゃあ、早速始めましょう。お庭をお借りしますね」

「どうぞ」

 紳士らしい振る舞いで庭を示してくれた。優雅な態度はいつものダニエルだ。

 首を傾げつつ、皆で庭に向かった。


 アリスは召喚魔法がレベル3まで上がったので、特別に許されて特殊科の召喚クラスを受けているそうだ。本来は3年生にならないと受講できないが、必須科目などの飛び級が進んでおり、許可されたらしい。

 飛び級と言えばレオンもかなり進んでいるようで、アルゲオとどちらが早く卒業できるか競争しているそうだ。

 その話になるとレオンの顔が負けん気の強い男の顔になったので、笑ってしまった。

 ヴィヴィなどは笑いごとじゃないと言っていたが。とにかく、ライバル同士がクラスメイトにいると大変らしい。

 やがて、庭で準備ができた。

 魔法陣を描いて、アリスが詠唱を始める。

 念のため、シウは補助役として傍に立つ。周囲に結界を張り、被害が出ないようにも施した。

 長い詠唱の後、アリスが杖を魔法陣の中央に振り下ろす。

「≪力強き者達よ、我にその力を貸し与えたまえ、召喚≫」

 魔法陣が光り、アリスの呼びかけに応じて中央に獣が現れる。異界の幻獣や精霊などとは違って獣ならば魔力量もあまり必要とはしない。

 が、そこはまだ慣れない半人前のアリスだ。魔力量を消費して、ドッと疲れたようだ。少しふらついた彼女を支えながら、魔法陣の中央を見る。

「カー、カーカーカーカー」

 わしを呼んだのはお前か、と言っていた。話し合いの通り、コルはアリスの呼びかけに応じてくれたのだ。彼はチラリとシウを見たものの、呼び出した相手が誰であるか分かっていて、ジッとアリスの目を見た。

 召喚者であるアリスには、呼び出した相手の言葉が通じていて、にこりと微笑んで頷いた。

「わたくし、アリス=ベッソールと申します。呼びかけに応じてくださってありがとう。まだ14歳ですが、これから精進しますので、どうかわたしの召喚獣となってくださいませんか?」

「……カー。カーカーカー、カーカーカーカー」

 うむ、おぬしなら礼儀正しいので応じてやらんでもない、とまあ偉そうな返事だ。しかしどこか嬉しそうだった。

「カーカーカー、カーカーカーカー」

 わしには養っている幻獣がいるので、それも一緒で構わんか? と、威厳を保ちつつもどこか不安そうである。それが伝わったのか、アリスは相手を安堵させる優しい笑みを見せた。

「もちろんです。お友達もぜひ一緒に。もう一度、召喚しなおした方がよろしいでしょうか」

「カー。カーカー、カーカーカーカーカー」

「まあ、そうですか。拝見しますね……ま、あ、これは、そうですか……いえ、はい、分かりました」

 どうやら衝撃を乗り越えて、幻獣(幻虫)も引き受けてくれたようだ。シウから話は聞いていただろうが目の当たりにして、貴族の子女としてはちょっと躊躇う気持ちもあったのだろう。

 事情を知らないリグドール達は首を傾げていたものの、アリスはひとつ頷き全てを受け入れた。そこでお互いに納得して、契約がなされた。

「≪契約は受諾なり、解約は互いの血を持って成すべし、これより後は召喚術にて我を現世主とし力を貸し与えたまえ≫」

「カー(≪諾≫)」

 また光り輝き、やがて光が収まると魔法陣は消えた。その場にはコルと、その羽に埋もれたエルが残っていた。

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