353 指名手配




 翌日もロワルの街を歩いた。2人とも特に行きたいところはないというので、シウの行きたい場所へ連れ歩くことにしたのだ。

 まずは朝から市場へ行き、買い出しをした。アナと偶然会って、頼んでいた品が入っているというのでついでに貰う。更には気になっている品などを手に入れてもらうよう頼みもした。彼女にとってシウは上得意らしいので、ほくほく顔で受け付けてくれた。

 それから、ベルヘルトとエドラにも会いに行った。2人共元気で、幸せそうだった。

 何か手伝うことはあるか聞いたが、新しく入った執事見習いなどがしっかり働いてくれるそうで特にないと言われた。ベルヘルトも以前は杖をどんどん鳴らして大声で話していたものだが、久しぶりに会うと落ち着いて年相応の風格が漂っていた。結婚すると男は大人になると言うが、本当だなあと妙に感動してしまった。

 昼ご飯は反対の方向となるが、ドランの店に行った。

 こちらでも懐かしく話し込んで、昼ご飯を美味しくいただいた。


 まだ疲れていないというので、そのまま2人を冒険者ギルドまで連れて行った。

 窓口に行くとクロエが座っており、昼過ぎで暇なのを確認してから声を掛けた。

「こんにちは、お久しぶりです」

「まあ! シウ君じゃないの。ええっ、帰ってきたの?」

「長期休暇で、たまたま飛竜便があったから乗せてもらって来たんだ。懐かしくて寄っちゃった」

「嬉しいわ。ええ、寄ってくれて嬉しい。伝えたいこともあったもの」

 そう言うと、彼女は隣りの女性に声を掛けて席を外した。

 そのままシウ達をギルド内の応接部屋へと連れて行く。通りすがりの職員達もシウに気付くと声を掛けてくれる。

 部屋に入るとお茶とお菓子が出てきて、至れり尽くせりだ。

「お友達と一緒なのね。ごめんなさいね、時間大丈夫かしら」

「え、長くなる話? 一応、休憩がてら寄ってみたから大丈夫だと思うけど。リュカ、眠い?」

「ううん。僕、おとなしく待ってられるよ!」

「あの、もし邪魔なようでしたら、俺、いえ、わたしとリュカ君は外で待っていますが」

 2人の返事に、クロエは慌てて手を振った。

「いいえ、違うのよ。お2人が大丈夫なら、お茶とお菓子を食べていって。ね?」

 彼女は優しく笑う。

 ソロルはホッとして、はいと礼儀正しく頷き、リュカにお菓子を取ってあげていた。

 2人とも、いただきますと小さく口にして食べる。

 その様子を眺めながら、クロエが目を細めた。

「あのね、まずは個人的なことなのだけど、わたし、妊娠したの」

「うわあ、そうなんですね。おめでとうございます!」

 頬を染め、恥ずかしそうにクロエは報告した。

「結婚を祝ってくれた方にはお伝えしようと思って、でも私信だから迷惑かしらと思っていたのよ。ごめんなさいね、来てくれたついでに、なんて」

「ううん。教えてくれて嬉しいよ。良かったね。ザフィロも喜んでるでしょう」

「ええ。とっても。びっくりして踊っていたわ」

 ひとしきり、そうした近況を聞いて、それからと話を続けた。

「実はもうひとつあってね、悪い方の話なのだけど」

 途端に表情が暗くなって、彼女は声を潜めた。

「国から指名手配の依頼が来たのよ。これは問答無用で見つけたら、どの冒険者でも捕まえないといけない強制依頼の一種で、シウ君は講習を受けていたから知っているわね?」

「はい」

「ただし、相手が高い能力者だと強制依頼の免除もあるのだけれど、今回は特にないの」

 答えを先延ばしにしているような気がして、シウはズバリ聞いてみた。

「それ、もしかして僕に関係ある人?」

「……ええ。ソフィア=オベリオという少女を覚えているかしら」

 一瞬、誰だっけと思って、アッと声を上げた。

「え? だって、魔法省で軟禁されてるって」

 でも考えればあれから随分経つ。釈放されていてもおかしくはなかった。それがどうして指名手配なんだろうと首を傾げる。

「魔法省で長い間、聴取を受けていたらしいの。最終的には完全に聖別されて、浄化したらしいのだけれど、元々の悪行も出てきたのでこれは世に出せないということになってね。可哀想だとは思うけれど、ある程度立場のある生活をしてきた女性ということもあって修道院へ入れることにしたそうなのよ。その護送中に、逃亡したらしくて」

「逃亡、って、誰かの手助けが?」

「たぶん、元の家族だろうという話よ。オベリオ家も悪行が幾つも出てきたので、商人資格を剥奪されて、結果的にはロワルにいられなくなったの。当主の罪は財産を没収して、虐げられてきた人々への再分配などがあったからそれで罪の相殺としたらしいのだけど」

 ほぅっと溜息を吐いて頬に手をやった。

 悩ましいといった顔で、クロエはしみじみと続ける。

「とても温情のある内容だと思うのだけれど、逆恨みしたのね。護送していた兵達を全員、切り殺していたそうよ」

「えっ」

「ごろつきでも雇ったのだろうと言われているわ。少なくとも冒険者ギルドからは誰も派遣していなかった」

「……じゃあ、隠し財産があったんだね」

「そう、そうなの。そういったことも色々問題視されていてね。とにかく、きっかけとなったシウ君にも何らかの報復があるかもという話になっていたのよ。ただ、あなたは今はラトリシアにいるでしょう? それで国やギルドとしては先に指名手配で探そうかということに、ね」

「じゃあ、最近の話なんだね、脱走したの」

「7日ほど前かしら。王都内の被害者たちには連絡したのだけれど、シウ君の場合は国外だったので最後になったのよ。ごめんなさいね」

「ううん」

 ギルド内でもいろいろあったようだ。クロエはまた溜息を吐いた。

 シウは大丈夫だよと彼女を安心させるように、笑って見せた。

「お腹に子供がいるんだから、そんな顔になってちゃダメだよ。大丈夫だからね。子供のこと第一に考えないと!」

「……ええ、そうね。ありがとう、シウ君」

 少し冷めてしまったお茶を飲んで、彼女は笑顔になった。

 それから、修道院の話などを聞いた。

「確かに年頃の女性が行きたい場所ではないのよね」

「それって有名なの? 犯罪を犯した人が行くようなところなんだよね」

「犯罪者か、俗世間から隔絶したいか、ね。崇高な思いを抱いて神に全てを捧げる人しか耐えられないと言われる場所よ」

 アドリアナ国にある、奥深い山中の中の、聖なる泉だとか奇跡の泉と呼ばれる場所を守る修道院だそうだ。併設されている神殿もまた最高峰の場所のひとつとされ、神官がいつかは参りたいという聖地らしい。

「ヴィルゴーカルケルという名前で有名なのよ。知ってるかしら?」

 処女の牢獄という意味なら、本で読んだので知っている。それにしてもすごい名前を付けたものだ。

「聞いたことはあるけど、怖い名前だね」

「乙女の砦というのよね? 女性ばかり集められているからそう名付けられたそうよ。とても厳しくて、つらい生活らしいわ」

「あ、うん、そうだね」

 曖昧に笑って頷いた。どうも古代語が変遷して意味が変わっていっているようだ。そうしたことは多々あるので、いちいち指摘しなかった。

 クロエとは他にも最近の王都での事件など、幾つか聞いた。

 最後にお祝いに何が欲しいか聞いたら、生まれてから赤子のうちに一度頭を撫でてあげてと言われた。

 シュタイバーンの中央近辺では、将来こんな人に育ってくれたらと思う人達に赤子の頭を撫でてもらうという風習があるそうだ。

 長寿の人や、賢い人、美しい女性に元気な少年。

 そうすると赤子の将来は沢山の道に開かれると言う。

「分かった。僕で良かったら、ぜひ。生まれたら教えてね」

 そう言って彼女とは別れた。


 ギルドを出てから、話を聞いていたソロルが心配そうにきょろきょろしているので、ソフィアの件を話して聞かせた。

「王都にはいないし、大丈夫だよ。ごめんね、怖い話だったね」

「いえ、お、わたしは。それよりもシウ様が心配です。完全に相手が悪いのに、逆恨みなんて、ひどい」

「甘やかされて育ったみたいだし、お金があって幸せな生活していても、人間としては貧しいよね。どこかで気付いて修正できていたら良かったのに」

「……シウ様は、優しいですね」

 しみじみ語るので、シウは苦笑した。

「優しい、のかなあ? 僕も我儘勝手だけどね。ただ、他人を害したいとは思わないから」

「……わたしも、心に決めていることがあります」

 シウが話の続きを促すと、ソロルは顔を上げて前を向き、決意を語ってくれた。

「絶対に暴力は振るわない。理不尽なことで怒ったりしない」

「うん」

「……それはもちろん、必要な時もあると思うんですが」

「そうだね」

「リュカ君を守りたいし、間違ったことをしたら怒らないといけないです。でも」

「必要な力は、持ってていいんだと思うよ。ただし、使うところを間違えちゃダメなんだよね。僕もいつも考えてる。今ここで僕の力は使っていいのかな、って」

「シウ様でも?」

「それはもちろん。だって、そこを間違えると、ただの暴力になるんだもの」

「……ただの、暴力」

「怖いよね。力を持つのは怖い。でも、持ってないのは、もっと怖い」

 ただ、一方的に略取されていくだけの人生。

 奴隷だったソロルには痛いほど分かったようだ。

「相手に暴力を使わせないための、力もあるんだよね。だから勉強するのかなあ」

 ぽつんと呟いたら、ソロルが横で頷いてくれた。

「俺も、自分とリュカぐらいは助けられる、そんな力を持つために、頑張ります」

「うん」

 普段の口調が出ていて、だからこそ彼の決意が窺えた。きっとソロルは良い人生を歩むだろう。そんな気がした。

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