352 ロワル観光




 翌朝、アンナ達に引き留められたものの、シウにはロワルでの家があるのでそちらへ戻ると言って、屋敷を後にした。

 どちらにしても、オスカリウス邸に泊まっていてもリュカ達が気を遣うだけだし、キリクは溜まった仕事で暇などないだろうから、いてもしようがないのだ。

 お礼だけ言って屋敷を出ようとしたら馬車を用意してくれ、遠慮なくそれに乗り中央地区まで向かった。

 馬車から見える景色は、上空からとはまた違って見えるようで、リュカもソロルも物珍しそうにきょろきょろと覗いて楽しんでいた。

 やがて、ベリウス道具屋の前に到着した。

「ここが僕の故郷のようなところだよ。お世話になっていたんだ。今でも部屋を残してくれててね」

 説明している間に、エミナが出てきた。

「シウ!! 今日は外から来たのね!!」

「エミナ……」

「あら、ごめんなさい」

 胸で押しつぶされてしまった。エミナは明るく笑って、ごめんねーと肩を叩いてくる。それから2人の連れを見て、にっこりした。

「お友達よね? いらっしゃい。どうぞ、入って」

 いえ、お友達ではないです、ともごもご言っていたソロルを完全無視して、エミナは2人を店へ押し込んだ。そのまま裏の通路へ連れて行き、渡り廊下を通って母屋へと上がる。

「お爺ちゃーん、シウが戻ってきたよー!」

「聞こえておるわい。大きな声で叫ばんでも、まだ耳は聞こえておるんじゃぞ」

「あ、はーい。じゃ、あたしは店番があるからここでね。あ、あたしはエミナよ。よろしくね。晩ご飯の時にまた!」

 慌ただしく戻って行ってしまった。相変わらずだ。

「まったく……。シウや、よう戻って来たな。お帰り」

「ただいま」

 2人して笑う。つい最近会ったのでおかしな感じだ。

 スタン爺さんはにこにこと優しい笑顔でリュカとソロルを見た。

「ようこそ。わしはスタン=ベリウス、この道具屋の隠居爺じゃよ。シウの大家でもあるのじゃ。よろしくな」

「あ、あの、わたしはソロルです。ブラード家で見習い下男をしています! よろしくお願いします」

 勢いを付けて頭を下げる。それを見てリュカも、勢いよく挨拶した。

「僕は、リュカです! 8歳です! ぶりゃーど家でお世話になってましゅ!」

 途中、噛んでしまった。可愛くてつい笑いそうになってしまう。スタン爺さんも頬を緩ませていた。

「よろしくです……」

 噛んでしまったことに自分でも気付いたらしく、恥ずかしそうな顔をして頭を下げた。

 スタン爺さんは、それを指摘せず、にこにこと笑って2人の頭をぽんぽんと撫でた。

「ここでは堅苦しくせんでもいいのじゃから、ゆっくり気楽に過ごすとよかろう。庶民の家じゃから、気を遣うこともない。自分の家と思って寛ぎなされ」

 よしよしと孫を見るような目だ。

 2人は、優しいお爺さんを相手に少し緊張を解いた。

 それから家の中の暖かい空気や雰囲気にホッとしていた。


 リュカとソロルも離れ家に泊まるので荷物だけ片付けて、寝室の準備を済ませると、また母屋へ戻った。

 昼ご飯を作ろうとしたら、2人がお手伝いをすると言い出したので、それならフェレスと遊んでいてほしいと頼んだ。

 暇そうにゴロゴロしていたので、スタン爺さんだけに任せるのも悪いと思ったし、何よりも慣れない台所で、料理経験のない2人に手伝ってもらうのはちょっと怖かった。

 2人とも素直に頷いたので、自分が戦力にならないことは分かっていたようだった。


 昼ご飯をわいわい話して過ごし、午後は近所を散歩することになった。

 気疲れしているだろうから、リュカはフェレスに乗せた。本当は街中で騎乗してはいけないのだが、子供相手なので許してもらえるだろう。

「これが紙屋さん。いろんな種類の紙が売っているんだよ」

「すごい、綺麗ね?」

「本当に…こんなに真っ白いんですね」

「契約書類なんかは上質紙を使うからね。中央地区だから高級な紙も取り扱っているんだよ。西地区だと、低質紙しか売ってないみたい」

 そんなことを説明しながら、街を歩いているとギルドの前を通った。

「あ、ここが冒険者ギルドだよ。僕もここで登録したんだ」

「大きいですね!」

「ぴかぴかしてる」

「そうだね、こうしてみると明るいよね。最初に見た時は石造りの重厚な感じが、暗く感じたのに」

 そんなことを話していたら顔馴染みの冒険者達と擦れ違った。

 久しぶりだなあとか、戻って来たのかなどと挨拶しながら別れる。

 また歩きながら、店のことやロワルでのルールのようなものを説明した。

「あ、そうだ。面白いところがあるんだ」

 どうせならと騎獣屋に連れて行った。

 カッサの店に行くと、リコラがいて駆け寄ってきた。

「もう帰って来たのか? どうしたんだ?」

 心配そうな顔をするので、シウは首を振って笑った。

「長期休暇で里帰りしただけだよ。久しぶり」

「ああ、なんだ、そうか。いやあ、また事件に巻き込まれたのかと」

「またって……」

「ははは。あ、そうだ、アロエナとゴルエドの子供、生まれたぞ」

 ドラコエクウスの番達で、妊娠していたのだがとうとう生まれたようだ。

 そのことをリュカとソロルにも説明して、リコラに案内してもらった。

「卵石じゃなかったわ、やっぱり。普通の竜馬だな。でも、戦闘には使えなくても騎獣としては立派に働けるだろうから、うちで飼うことになった」

「空は飛べないんだよね?」

「ああ。だけど、馬よりはずっと賢くて力も強いからな。お、お母ちゃんに甘えてたのか?」

 アロエナのお乳を吸いながら、小さい竜馬がぎゃぅと鳴いた。まだ意思は通じてないようだが見たところ本当に賢そうだ。

「フルウムって名付けたんだ。可愛いだろう? アロエナもとても可愛がっているんだ。まあ、ゴルエドの方がより可愛がっているけどな」

「そうなんだ」

「案外、父親の方がメロメロになっちまうものなんだよな」

 そう言うリコラの顔もメロメロだった。

 リュカもかわいいかわいいと連呼していた。

 ソロルは初めて間近に見る竜馬に驚いていたが、リュカと同じく相好を崩していることに気付いていないようだった。

 いつまでも眺めていたい気分だったが、さすがにリコラも仕事がある。

「また休みの間に遊びにおいで。騎獣に乗せてあげるよ」

 リュカ達にそう言ってくれて、仕事に戻った。


 次にステルラへ寄った。

 久しぶりだが、店員達は皆シウのことを覚えていてくれて連れがいることを考慮したのか一番眺めの良いテーブルへ案内してくれた。

「ここは庶民の人が来る喫茶店だから、そんな緊張しなくても良いんだよ」

「そ、そうですか……これが庶民の来る……シュタイバーンはすごいです」

「きれい! とってもきれいだね!」

 2人とも店内をきょろきょろ見たり、ウェイトレスが持ってきてくれたメニューを見ては驚いていた。精密な絵が描かれており、どういうものか分かるようになっていたのだ。

「新しいメニューもあるんだね、美味しそう」

「はい。試行錯誤して何度も試食を繰り返したんですよ。おかげで、皆、太ってしまって」

「え、でも、前と変わらないよ?」

「ええ。ですから、減量のため、冬の間は運動を頑張りました」

 それから、おすすめなどを聞いて、リュカやソロルにも分かるように説明してくれた。

 散々悩んだ後にそれぞれ選ぶと、5分ほどで本物が目の前に届いた。ウェイトレスの子はちゃんとリュカ、ソロルという順番で持ってきてくれて、2人の輝く笑顔を見て微笑んでいた。

 シウが選んだかぼちゃ餡のパイは、中がしっとりしているのに皮がパリッとしており、食感も良くて美味しかった。

 リュカは生クリームたっぷりのプリンアラモード、ソロルはバタークリームのケーキを選んでいたが、どちらも頬が蕩けるといった様子で大満足のようだった。


 その後は街を案内しながら散歩を続けた。

 公園の広さや、屋台が沢山あることにも驚いていた。

 おやつを食べたばかりなので歩き食いはしなかったが、飲み物は買って飲んだ。

 公園で休憩しながら、あれこれ話をしていたらリュカが眠そうに目を細め始めたので、ソロルが抱っこしてあげた。

 眠ったリュカを抱え、帰路につく。

「疲れたでしょ? ごめんね、あちこち」

「いいえ。とても楽しかった、です。こんなに色々なところを見れるなんて……。ロワルはとても良いところです」

「僕も山奥育ちで、ロワルに来た時はびっくりしたよ。口を開けてずっと見ていたもの」

「そうなんですか? ずっと、王都育ちなのだと思ってました」

「全然。王都に出てきた頃なんて服装がださいとか、田舎者だって言われてたのに」

「そ、そうなんだ……」

 実際、ロワルでは洗練された格好をしている人が多い。冬が厳しいルシエラはとにかく暖かい格好を求めがちだし、庶民は出歩かないのでオシャレもあまりしない。どんより天気のせいか冬の服装は暗い色が多かった。

 そんな服の話をしつつ、夕方の家路へと向かった。

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