355 契約成功と親の心配
召喚術で契約してしまえば、次からは長い詠唱句は必要なくなる。最後の一文だけで済むので簡単だ。
目の前で成功した召喚に、皆、ワーッと歓声を上げた。
「やったな、成功した!」
「もしかしたら戦闘になるかと思っていたのに、落ち着いていたなあ」
「良かったわね、アリス」
キャッキャと喜んで、手を取り合う。予め、希少獣のコルニクスが相手だと知ってはいても、どうなるか不安だったのだろう。
アリスもホッとしていた。
それからコルに対してお礼を言っていた。
「ありがとうございます。わたしのような未熟な者の呼びかけに応えてくれて」
「……カー。カーカーカーカー。カーカーカーカー、カーカーカーカー」
うむ、だが未熟ではないぞ、礼儀正しく素晴らしい淑女である、と自慢の孫を紹介するような物言いになっている。コル的にはどうやらアリスを大変気に入ったらしい。
それは短い付き合いのアリスにも伝わったらしく、ふふふと彼の言葉に笑っている。
「お爺ちゃんなのかしら。わし、だって」
「へえ、そんな喋り方をしているのか。俺達にはカーカーと鴉の鳴く声にしか聞こえん」
「俺も。でも鴉よりずっと大きくて賢そうだ」
皆で取り囲むと、若干身を固くしたようだが、コルは堂々と胸を張った。
それから、背中の羽に隠していたエルを見せるように体を捻った。
「この子がエールーカのエルだよ」
シウが説明すると、皆に非難轟々で責められた。
「安易すぎる! じゃあ、こっちは」
「コル……」
「信じられない」
「ひどいわー」
「フェレスの名付けで思い知ったんじゃなかったのか、ある意味すごいな」
「まあ……」
ひとしきり、名付けに関する安易さを責められてから、屋敷の中へ戻ることになった。
最後にダニエルからも、
「君にもそういうところがあって、安心したよ」
と謎の言葉を贈られた。
どういう意味なんだと思ったが、名付けに関しては確かに反論できないので言葉は飲み込むことにした。
芋虫幻獣のエルには新鮮な葉を与え、コルには皆と同じおやつを出してお茶の時間になった。
シウがラトリシアでのことを話して聞かせると、皆、呆れたように笑った。
「巻き込まれ体質って聞くけど、そういうのあるのね……」
「それにしても、主替えを無理やり行うなんてひどい話だな」
「そういえば、騎獣が持てない国もあるなんて、知らなかったわ」
「そこで魔道具を作っちゃうあたりが、シウだよな」
「「「本当に」」」
ダニエルが親切にも滞在を許してくれたので、そのまま長いこと皆でいろいろと話し合った。
皆、飛行板のことが気になるらしく、その話もした。このメンバーだとレオン以外は風属性を持っていないので飛べないのだが、話を聞くとうっとりしていた。
特にリグドールは少年らしく、飛んでみたいなあとしきりに言っていた。
騎獣にも興味があるようで、最近は騎獣屋で借りて練習もしているとか。
将来まだどうするか決めかねているが、今のうちになんでもやってみようと挑戦しているらしい。
「俺、教養の中級も飛び級したんだ。春から上級へ進むんだぜ」
「えっ、すごいね! 僕はもうこりごりなんだけど」
「アルゲオに教えてもらったりしてる」
「アルゲオが?」
「ほら、シウがやってくれてた補講、あの時間をまだ作ってるんだ」
話を聞くと、皆で決めた補講の時間帯には誰も授業を入れず、その代わりそれぞれが教え合うということをやっているらしい。
アルゲオ達にとってはそれが復習にもなるので、教えることは案外良いとのこと。
「なんでもかんでも、貴族階級だから庶民だからって分けずにさ、お互いの考え方を知ることができたりして、楽しいよ」
「へえ。すごいね」
「レオンも、あれだけ嫌がっていたくせに王宮へ伺候する際のマナーとか必死で覚えてるんだぜ」
レオンを見ると、少し目を反らした。そしてぼそぼそと口の中で答える。
「冒険者なら、いつか王宮へ上がることがあるかも、しれないだろ」
「それだけの上級者になれるって思ってるのが、レオンらしいわ」
「目標は高く持った方がいいだろ。うるさいな」
「あら、あたしはレオンは上級者になると思ってるわよ。自分で思っていられるっていうのが大事なんじゃない?」
ヴィヴィの言葉に、ダニエルが深く頷いていた。
「そう、目標は高く持たねばならん。男ならね」
そう言って、何故かリグドールをチラリと見た。
リグドールは慌てて姿勢を正している。いや、元よりきちんとしていたのだが。
そう、リグドールは随分と大人びており、とてもしっかりしていた。
急に大人になったような、そんな気さえしたぐらいだ。
特にアリスの屋敷へ来てからはそう感じていたが。
「将来の道を広げるために、いろいろなことを吸収するのは良いことだ。だが散漫にならないよう、気を付けることだね」
「は、はい」
返事をしたのはリグドールのみ。
アリスは少し首を傾げ、レオンとヴィヴィは苦笑の構え。
そこでようやく気付いた。ダニエルのおかしな行動に。
「あ、そうなんだ」
「うん、なんだい?」
「いえ。えーと、お日柄もよく」
「……? そう、だね。今日は天気が良かった。おっと、そろそろ夕方だ。淑女の家で夕方まで滞在してはならん。さあ、君達も、ヴィヴィさんもいるのだから送っていって差し上げなさい」
にこにこと紳士的に振る舞ってはいるが、ようは「年頃の娘の家に長く居座るんじゃない」と注意しているわけだ。
そして、先程からの言動も「牽制」で、アリスの周りにいる男性に対して警戒していたのだ。警戒というと言葉はきついだろうか。なにしろシウには全くその気がないのだし、それはダニエルも分かっているだろう。
それでも、警戒しなくてはならなかった。
何故なら。
「はい。長らくお邪魔しました。アリスさん、また学校でね」
「あ、はい。リグ君も、みんなも今日は来てくれてありがとう。また学校でお会いしましょう」
アリスはリグドールを意識している。なにしろ、最後に名前を呼んだのはリグドールだけだったのだから。
屋敷を出て、歩きながら思わず噴き出した。
「な、なんだよ、急に」
「だって。ダニエルさんが、ふふふ」
「……言うなよな。俺も、いろいろと、こう、視線が痛くて」
「なあ、じゃあ、あれ、娘に近付く野郎の見張りってやつだったのか?」
レオンは自分も数のうちに入っていると思って、そんなことを聞いていた。
ヴィヴィは鼻で笑っていたけれど。
「とにかく、アリスはまだまだ恋愛事には疎いから、頑張らないとね」
「お、おう」
「まずはお父さんへの心証を良くすること。第一段階は突破したから、次も頑張るわよ! いいわね!」
「……はい」
なんだか、ヴィヴィが強くなっていて、面白かった。
夜はまたヴルスト食堂に行った。
すでにスタン爺さん達が揃っており、シウを待っていたようだ。
リュカはロワル観光がとても楽しかったらしく、どこへ行ったとか何を食べたとか、詳しく教えてくれた。
スタン爺さんとアキエラは、子供が喜ぶような下町のお菓子屋さんや玩具屋、それから子供の多い公園などへ連れて行ってくれたらしい。
騎獣屋にも寄り、小さな兎馬に乗せてもらって騎乗の練習もしたという。
ソロルも兎馬で練習してから馬にも乗ったと、嬉しげに語った。
「今度は、ルフスケルウスに乗っても大丈夫だろうって」
「騎獣に? てことは、ソロルは物覚えが良いんだね」
「え、そ、そうかな」
照れ臭そうに頭を掻く。
横ではリュカが、一生懸命にソロルを褒めていた。
「ソロルお兄ちゃん、すごいの! おっきいお馬さんに乗って、かぽかぽ歩いて、最後は走ってたよ! ね、ね?」
「うん。リュカ君も、兎馬に乗れてたね」
「そうなの。楽しかったー!」
「良かったね」
「うん! お爺ちゃんと、アキお姉ちゃんがいっぱいいっぱい遊んでくれたよ!」
尻尾を振り振りさせてリュカは報告を続けた。
「あのね、あと、ソロルお兄ちゃんとお土産も買ったんだよ」
「あの、お小遣いをいただいていたので、皆さんにお土産をと思って」
「2人とも、自分のお土産を買わないんだもの。せっかくのお小遣い、あたしだったら欲しいものを買うなあ」
「こら、アキ!」
アキエラは母親のアリエラにコツンと拳骨を貰っていた。
「良い話じゃないの。偉いわあ。まずはみんなへのお土産、うん、素敵」
にっこり笑って追加のウィンナー炒めを出しながら、続けた。
「今度はじっくりゆっくり自分へのお土産を探してごらんなさい。もっと楽しいわよ」
「は、はい」
「うん!」
元気よく答え、2人ともウィンナーに手を伸ばした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます