356 湖畔の別荘と港街




 雪解けの月の最後の日となる、光の日。

 シウ達は朝から馬車に乗ってシルラル湖畔まで出かけた。アレストロが別荘に招待してくれたのだ。シウに同伴者がいることを知って、わざわざ別に馬車を回してくれた。

 彼等と落ち合ったのは湖畔に到着してからで、別便でリグドールとアントニーも一緒に来ていた。

「久しぶり。元気そうだね」

「うん。アレストロやヴィクトルもね。学校も順調そうだね」

「あ、昨日リグ達と会ったんだったね。勉強は大変だけど、なんとかやってるよ」

 話しながら、別荘内に招いてくれた。

 ソロルがおそるおそる付いてくるので、大丈夫だよと言って背を押す。リュカはフェレスが乗せて運んでいる。

「やあ、君達も気にしないで、家だと思って寛いでね」

「あ、は、はい、あの、その」

「いや、本当に。リグ達も庶民だけど普通にしてるし、ほら、シウだって。だから気楽にしておいで。さあ、どうぞ」

 部屋に入ると暖かく、暖炉に火が入っていた。

 もうすぐ春になるとはいえまだまだ寒く、湖畔というのもあって底冷えするのだ。

 ラトリシアと違って雪は積もっていないだけマシなのだが、乾いた空気が寒さを感じさせる。

「さあ、お腹空いただろう? 今、用意しているからちょっと待ってね」

「やった。腹減ってきたんだよなー」

「昨日のリグと全然違うなあ」

「あ、お前、ばらすなよ」

「なになに? 昨日、何かあったの?」

 わいわい言いながら、皆が思い思いの場所に座る。ソロルもメイドに促されてコートを渡すとソファに座った。その横にフェレスも行ってどっかり座る。

「にゃ」

「あ、はい」

「にゃにゃ」

「はい……」

 よく分かっていないようなのに、ソロルはちゃんと相手をして返事をするので、最近フェレスは愚痴を零しているようだった。

 愚痴といっても、魔獣の内臓を最近食べていないとか、今度はスピード競争で勝つのだとか、もっと子分を増やすにはどうしたらいいか悩んでいる、などだが。

 そうこうしているうちに用意が出来たようで、隣りの食堂へと赴いた。


 昼ご飯を摂った後は、暖かい格好をして湖畔での遊びに興じた。

 おだやかな日だったので船に乗って湖上を楽しむ。舟遊びとは貴族らしいが、美しい景色を湖上から眺めるのは確かに素晴らしかった。

 ソロルは、こんな幻想的な景色は初めて見ましたと言って感動していた。

 リュカは絵本の世界みたい、とどこか夢心地だ。

 リグドールやアントニーも景色を楽しんでいた。

「別荘地も白壁や青い屋根が続いていて素敵だけど、こちらの崖が続く山々も壮麗だね」

「そうなんだ。この地に訪れた画家は、よくこの景色を描いているよ。朝早くだと靄がかかってそれは幻想的なんだ」

「へえ」

「夕日を浴びた湖も素敵だよ。帰りに見てみよう」

 アレストロの提案に、皆も喜んだ。


 船は湾内の対岸にあたる場所まで進み、そこで一旦降りた。

「馬車より早いし、船は楽しいからね」

 天候に問題がなければ別荘地から湾内の対岸までは船を使うそうだ。

 湾内は浅いため船も小型だが、湾内を抜けるとそこはもう大海原と言っていいほどの大きな湖が広がるため、超大型船でないと航行できない。それらは、この対岸の大型港があるハルプクライスブフトという街から出る。そうした理由から人も多く住んでおり、大きな街となって賑わっている。

「王都とはまた違った雰囲気だね」

「船乗りが多いからね。漁師町でもあるんだよ。新鮮な魚が市場の方で売り買いされていて、見ていて楽しいんだ」

 船着き場では流し馬車が乗車する人を待っており、シウ達も乗り込んだ。

 市場は朝が面白いらしいので、今日は街中を観光するそうだ。

 アレストロとヴィクトルがあれこれと説明してくれるので、楽しい車中だった。


 馬車は評判のカフェで止まり、そこでお茶を飲んだ。

 その後は護衛達を引き連れて街並みを楽しむ。お土産屋も多く、覗いて回るだけでも話が弾んだ。

 途中、熊の置物を売っている店を見付けてしまい、リグドールとアントニーで顔を見合わせた。アレストロの奇妙なセンスがまた発揮されると困るので、ヴィクトルに目配せすると彼も慌ててアレストロの意識を反らしたりして、店を素通りさせることに成功していた。

 土産物屋には宝石を扱う店も多かった。どうしてだろうと思っていたら、湾内の一部で真珠を採っているそうだ。外湾には川から流れ込む河口付近で宝石も見付かるらしく、自然とそうした加工所や宝石屋が集まったらしい。

 ちょっと見てみようと覗いてみたら、意外とリーズナブルだ。

「きれーね」

「思ったほど高くないのですね」

 リュカとソロルもうっとり眺めている。

 アレストロが、そのへん3級品だよと言っているが、空気の読めない人はヴィクトルが連れて行った。

「どういうのが好き? 僕は、こんなの」

「僕、これー」

 一粒だけの真珠で、紐が付いている。ストラップのようなものだ。腰帯にオシャレで付けたりする。

「あ、可愛いですね。リュカ君なら、ピンク色も合いそう」

「ソロルお兄ちゃんは、これー」

「紐が革なんだね、青い真珠だとこういうのも合うんだ。うん、似合いそう」

「そうですか?」

 恥ずかしそうに笑う。そして、今度はシウに似合うのを探してくれた。

「シウ様は、このオレンジがかった色が合いそうです」

 ベージュっぽい色を指差して言う。確かにほんのり暖かそうに見える良い色だ。真珠としては良くないのだろうが、可愛い。細工は銀で、腰帯に付けられる。

「じゃあ、記念にこれにしようっか」

 店の人を呼んで、3つを指差して包んでもらった。

 2人がぽかんとしているうちに、お金を払う。

「はい、どうぞ」

「え、え、ですが」

「旅行の記念。自分へのお土産だよ」

「……いいの?」

 おずおずと、リュカが問う。貨幣価値を理解してきたので、心配なのだろう。ソロルは更に不安そうだ。

「3人の旅行の記念だから。お揃いがいいなと思ったんだけど、嫌だった?」

「いいえ、とんでもないです!」

「嫌じゃないの!」

 2人が同時に叫んで、それから顔を見合わせて、どちらからともなくほんわりと笑った。互いに包みを受け取ると、そっと手で大事そうに包む。

 シウはさっさと取り出して腰帯に付けた。

 すると、表で見ていたフェレスが拗ね始めた。

「にゃ……にゃにゃ……にゃにゃにゃにゃ」

「あー、ごめんごめん。分かった、同じのにする?」

「にゃぅ、にゃにゃにゃ」

「えっ、全部が欲しいの?」

「にゃ」

「……3人お揃い、ね。はいはい」

 これぐらい清々しくおねだりしてきても良いのにと思いつつ、唖然としている2人の前で同じものを3つ買って、包装は断り、フェレスの首輪に付けてあげた。

「落としたり壊れないように、後で≪不壊≫の付与をかけなきゃね」

「にゃ」

 ありがと、と返事をしてから、別の店から出てきたリグドール達に自慢しに行ってしまった。

「3人とお揃いにしたかったんだって。ちゃっかりしてるね、フェレスは」

「はあ」

「ふぇれちゃんは、すごいね」

 振り返ると、リグドール達にいいなー可愛いなーと褒められて? フェレスは満更でもなさそうな顔をして髭をぴくぴくさせていた。


 シウ達がお揃いで真珠を付けていることを知ったアレストロが、自分達も記念に何かお揃いの物を買おうよと言い出した。

 しかし、出てくる案が、どうしてもおかしなものばかりだったので全員に却下されている。

 そのうち拗ねたのか、結局護衛の人達とお揃いのお土産だと称して、シルラル湖で摂れる小エビの彫り物ストラップを買っていた。

 スタンやロドリゲスと言った顔馴染みの護衛達を含め、全員が、酸っぱい物でも食べたような変な顔をして受け取っていたのがこの日一番笑った出来事だった。


 夕方、別荘まで戻る船の上で見た景色は、アレストロの言う通りとても美しかった。港と湖が太陽に照らされてきらきらと輝いて見え、その光がハルプクライスブフトの石造りの街を幻想的に見せてくれる。

 跳ね橋がゆっくりと上がっていく中、待っていた小舟達が順に進んでゆく。川縁にはそろそろ咲こうかと小さな花達が準備していた。

 まるでおとぎ話の中の世界で、夢を見ているようだった。

「きれいね……」

「すごい、です」

 リュカやソロル、そしてリグドールも、口を開けて夕日とそれに照らされる世界を見つめていた。見慣れたアレストロとヴィクトル、そしてアントニーなども、静かに微笑んで見ている。

 幸福な景色だと、思った。

 今ここで感じていることすべてが、幸福なのだと。

 シウの人生の中に彩りがまたひとつ増えた、そんな気持ちになる景色だった。

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