254 滑車と解体と置き去りと




 斜めにしてから岩猪の向きを変えて頸動脈を掻き切る。場所を間違えると上手くいかない。殺してしまった後ならともかく、せっかく昏倒させるに留めたのなら、上手に血を抜かないと肉が美味しくない。やはり一番美味しいのは生きているうちに血抜きすることだ。

 血抜きが済むと、今度は平らな場所まで戻して解体を始めた。

「まず、ここに刃を入れるんだ。首をぐるりと切って、落とす。業者によっては毛を毟ってから解体するところもあるみたいだけど、大抵毛皮を利用したりするからそのままね。で、薄皮を切っていく。ナイフを深く入れると内臓を傷つけて台無しになるから、そこは気を付けること。あとで練習用に、フェレスがボロボロにしちゃったヤツでやろうね」

「えっ」

「大丈夫、ギルドでやるよ。ここじゃ落ち着かないでしょ。寒いし。さて、次だけど」

 青白くなったクラルを無視して、どんどん進める。喋りながらだと効率が悪いが、なるべく喋りが追い付けるように早口で説明した。

「雄には睾丸があるから気を付けて。切り方を失敗すると中身が噴き出して大惨事になるからね」

「うっ……」

 手で口元を押さえている。同じ男として思うところがあるのだろう。シウは小さい頃に解体し慣れているので、どうという感情は湧かなかった。

「鉈で割って、それから肛門の周辺を取り出すと、後は胸を割るんだけど、これが結構力技で大変かな……っと」

 ギルドには専門の器具も置いているはずだから、楽だと思う。その後、内臓を取り出して、水で洗った。

 中身は部位ごとに切り分けた。どれがどうと説明しながら、フェレスを呼んだ。

「騎獣に限らず、肉食系の獣は内臓が好きだからね。毒がなければ食べさせてあげると喜ぶよ。はい、フェレス。ご褒美だよ」

「にゃん……」

 まだ落ち込んでいるようだ。シウは笑って、手を浄化してからフェレスの頭を撫でた。

「最初のうちは誰だって失敗するよ。今日は三匹も狩って、偉かったね」

「にゃ……」

「ほら、正当な報酬だよ。食べな」

「にゃん」

 ようやく元気を取り戻し、フェレスはもぞもぞと内臓を食べた。

「いつもはもっと喜んで食べるんだけど、さっき戦い方を注意したから落ち込んでるんだ」

「え、そうなの? でもフェレス君はすごく勇敢だったし、格好良かったけど」

「うん。でもね、フェレスのことを思えば、厳しくしないとね」

 シウの言葉に、不思議そうな顔をするので、猫型騎獣があまり強くはないことなどを話した。身を守るためにも一撃必殺は大事なのだということを、彼もようやく分かってくれたようだった。


 部位ごとに布で覆うとそれぞれに背負う。重たいだろうが、一匹分の重みを感じてもらうにはちょうど良い。重すぎる場合はあまり必要ではない部位を捨てることもあると教えた。

「さ、ここを片付けてから帰ろうか」

「血の跡を処理するんだね」

「うん。火魔法で血と要らない部位を焼いてしまう。埋めても良いんだけど、冬山はねー」

「掘るのが大変なんだよね?」

「そうそう」

 お互いに笑い合って、ここは魔法で簡単にやっつけた。

「火属性魔法かあ。いいなあ。あれ、でもさっき水も使ってなかった? あと、変なのも」

 氷を変だと言われてしまった。いや、見たことがなければ一般人には分からないのかもしれない。

「魔力量のこともだし、滑車? のことも気になる。あんなに重たいのにどうやって引き上げたのか。魔道具も見たことないのがあって、あとアイテムボックス! あんなにたくさん入るもの、貴族でも持っていないよ」

「そうかなあ。ロワルでは結構見たよ」

 売りつけた本人が言うことではないが、そう答えて誤魔化しておく。

 それから残りの疑問にも答えた。

「滑車はね、今回は岩場があって斜めにできたから二つしか使わなかったけど、場所によっては持ち上げるしかないと思う。そういう時には定滑車と動滑車というのを組み合わせて持ち上げると小さな力で引き上げられるんだよ。縄を固定する装置もあるしね。縄が滑って戻らないような仕組みになっていて、持ち手を回すと案外簡単に引き上げることもできるんだよ」

「す、すごいね」

「滑車自体は鍛冶工房でも使われているよ。幾つもの組み合わせで使用するのは珍しいけど」

 魔法技術が発達しているせいでさほど追求されなかったらしいが、考え方は広く知られているのだ。組み合わせも、個々で理解している職人などが使っているだろうとシウは思っている。念の為に広まれば良いなと思って、技術の特許は取っているが、利用はもちろん無料だ。

「狩りに行く場合、魔法使いがいないと、こうした滑車やパイプを使うと便利だよ」

「そう、さっきもびっくりしたけど、金属なのに軽そうに見えたよ?」

「軽金属というのを使ってるからね。精製して、こういう形に成形したんだよ。大きさを変えているから、こうして入れ子にして、持ち運びを楽にしてるんだ。軽い上に強度が高いから、使い勝手が良いよ」

「す、すごい」

「土木関連では丸太を使うけど、持ち運びには不向きだからね。これ、金具を使って組み立てると櫓みたいになるから、簡易の持ち上げ装置の土台にもなるんだよ。さすがに三目熊ほど大きいと重さに耐えられないだろうけどね。斜めにさえすれば血抜きはできるから、まあいいかって」

 森を抜け、少し拓けた場所に出た。

「さてと。ここからはまたフェレスに乗って王都まで帰ろうか」

「う、うん。でも、行きと違って重い荷物があるのに、大丈夫かな?」

「フェレス、大丈夫?」

「にゃ!!」

 大丈夫、という勇ましい返事が返ってきた。

 物は試しに乗ってみようということになり、二人してフェレスの背に座った。

 ずっしりとした重みを感じてか、ちょっぴり足腰がよたっとしたものの、フェレスは難なく飛び上がった。

「わあ! すごい。フェレス君、すごいねっ!!」

「にゃん!」

 ようやく自信を取り戻したのか、フェレスが嬉しそうに返事した。

 クラルのおかげで、気分も上昇したようだ。

 その後、多少ゆっくりとなったが、相変わらずのスピードで王都の外壁までフェレスは飛び続けた。


 外壁門の前でフェレスから降りて、門兵に挨拶して中へ入った。ここからも延々と畑が続いている。

 重い荷物を背負っていたが、クラルは泣き言も言わずに歩いていた。行きとは大違いだ。あの不安そうな顔はなかった。

 雪深い森に行って帰ったことや、フェレスが頑張っている姿を見て思うところがあったのかもしれない。

「魔力量はね、僕も少ないんだよ。二〇しかないんだ」

「そう、それが不思議なんだ。そんなに少ないのに、魔法学校へ通えてたんだよね? それに、シーカーにも入学するんだろ?」

 シーカーの入学生という話もギルドではしていたので、クラルはしきりに不思議がっていた。

「僕は魔力量が少ないのに、使える属性が多くてね。だからいろいろ研究して、魔力量の節約を考えたんだ。魔術式も編み出したから、人よりは少ない魔力量で魔法が使えるんだよ」

「それって、ものすごいことでは?」

「うん。ロワルでも友達に教えたりしてたんだ。魔力量が十しかない女性でも、節約術を覚えたおかげで一日中、お湯を沸かしたり火を使って料理したり、できたよ」

「ええっ、それはすごい」

「魔道具もたくさん作ったんだ。魔力量が少なくても、できることってあるからね」

「そう、なんだ……」

 ショックだったのか呆然とするクラルに、シウはまあまあと慰めを口にした。

「今からでも勉強したらどうかな。それだけあるなら、充分使えると思うよ」

「……でも、僕が使えるのは木と無なんだ。使い道ないよ」

「そうかなあ。僕の友達にも木属性がいたけど、重宝してたよ」

「えっ、そうなの?」

 何度も背中の荷物を背負いなおしていたクラルは、驚いて立ち止まりシウを見つめた。

「木から水分を抜いて軽くして運んだり。あ、それは彼の研究課題なんだけどね。あと、丸太になった状態でも木属性は使えるから、水分を飛ばすのなんて簡単だと思うよ。水を吐き出せばいいだけなんだから」

「……そ、そんな発想で良いんだ?」

「うん。それこそ、どうして薪を乾燥させるのに火属性と風属性にこだわるのかが、不思議。もっとも効率よくできるのって木属性だろうに」

「そうなんだ……」

「水属性で、水分を吸収するのも良いけどね。それよりは木属性の方がやりやすいと思う。吐き出せばいいだけだから。土属性だと、生えている時に水分を地面に吸収させたらいいわけだし。意外と工夫したら、なんでもできるよ」

 目から鱗といった顔をしていたクラルは、もう一度荷物を背負いなおしてから、顔つきが変わった。

「そっか。僕、もっと勉強すれば良いんだ」

「……節約術、興味あったら、友達に作った教科書ノートがあるから貸すよ?」

「いいの?」

「うん。勉強したいって思う人にこそ、頑張ってほしいし」

「お願いしますっ!!」

 頭を思い切り下げた反動で、背負い袋がぶんっと大きく振られ、そのままクラルは頭から地面に激突していた。

 慌てて助けようと、シウとフェレスがクラルに駆け寄ったが、彼は額から血を流しつつ笑顔で起き上がった。そのシュールさに、シウとフェレスがウッと仰け反ったのは仕方のないことだった。


 そんな風に仲良くなり、和気藹々とギルドへ戻ったところでルランドが大慌てで駆け寄ってきた。

「あーっ、良かった、無事だったのかっ!」

「あ、ルランドさん」

「先輩?」

「いや、後を付けていた職員がお前たちを見失ってな。しかも手前の森じゃなく、遠くへ行ったそうじゃないか。心配して探し回っていたんだ」

「あ」

 シウは、慌てて謝った。すっかり忘れていて、置き去りにしてしまっていた。

 クラルはクラルで、護衛兼指導係がいたことに驚いていた。考えてみたら新人の力を見るための付き添いなのに、それにも新人を付けたとなるとおかしな話なのだ。そのことにも気付いていなかった。彼は、どれだけ慌てていたのかと反省していた。

 もっとも反省すべきはシウなので、平身低頭ルランドたちに謝った。

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