253 冬山での狩り
クラルからは教えてもらう立場なのだし、歳も近いので普通に話してほしいと頼まれ、ではお互いに、ということで敬語は止めた。
岩猪の群れが住む岩場までは歩いて進んだのだが、その間に冒険者のやる手の合図や、狩りに必要なものなどを話していく。
荷物も今はシウが持っているけれど、各自が最低限のものを持っていないといけないなど、安全対策については口酸っぱく説明した。クラルもルランドが他の冒険者に指導しているのを見ていたからか、知っていたらしい箇所では何度も頷いていた。
彼も勉強中なので、この国の冒険者の活動について習ったことを教えてくれた。
「とにかく、油紙は何枚も持っていないとダメらしいんだ」
「雨や湿気対策かあ。そんなにすごいの?」
「うん。だから、油紙の需要は高くて。あと、防寒関係の素材も高く売れるよ」
他にも、暖房には魔石の他に薪が多く使われるので薪の需要も高いとか。
「ただ、薪は乾かす工程が必要だから、急ぎの場合は魔法使いの需要が高くなるんだ。魔法使いでも火属性と風属性持ちは、貴族たちが挙って雇うんだよ」
「へえ」
ラトリシアにはシーカー魔法学院という最高峰の学校はあるが、大学校という位置付けなのでその下に幾つもの魔法学校があった。特に王都ルシエラでは王立ルシエラ魔法学院第一と第二、第三と三校もある。
他にも主要都市には魔法学校があるそうだ。
「魔法使いが多いんだね」
「最低魔力量さえあれば、親も学校へ通わせるからね」
「クラルは?」
「僕はやっと平均値かな。だから魔法学校には行ってないんだ」
鑑定していたので知っているが、本人の申告通り、クラルの魔力量は一般人の平均値に近い十九だ。
「せめて二〇あればなあ、魔法学校に通えたのに」
「ラトリシアでは二〇で通えるんだね」
「生活魔法が使えると、就職で役に立つんだよ。だから、親は無理してでも通わせるんだ」
「へえ。ロワルでは最低でも三〇ぐらいないとダメらしいよ。例外もあったけど」
「そうなのかい?」
「僕、魔力量は二〇しかないもの」
「……えっ!!」
思わずといった調子で大きく振り返られた。シウはしっと指で合図する。
「もうすぐ岩猪の巣穴だよ。静かに」
「あ、うん」
気になっているようなので、シウは「後で教えてあげるから、今は集中して」とさっき教えた指差し合図で前方を示す。
クラルも途端に顔を引き締めた。
と言っても、もこもこの毛皮の帽子に、顔は目だけを出して布で覆っているので、たぶんそんな雰囲気、ということなのだが。
獣道があるのでさほど深くない道を進んで来たが、ここは雪深い森の中なのだ。
フェレスは森の上、木々よりも上にいてふわふわと飛びながら辺りを警戒している。これもフェレスの訓練のうちだった。フェレスには気配探知を覚えてもらっている最中なのだ。獣としての本性が備わっているため、人間よりは強力だが、より高めている。
「ここで、待機。一番見やすい場所だから、ここから狩りを見ていて。ただし、絶対に動いてはダメだよ。音も立てないこと。結界を張っていくからね?」
「は、はい」
結界用の魔道具を置いて、シウは足音を立てずに先へ進む。
雪を踏むとミシッと音が鳴るので、風音や獣たちの立てる音と同時に進むのだ。
風下の一番良い場所にクラルを陣取らせて、シウは素早く巣穴へと向かった。
岩猪は成獣の雄が巣穴を出たり入ったりしていた。
探知では奥に若い雄が数匹と、雌が十匹ほどいた。腹が大きいので次の子だろう。若い雄は群れのリーダーの最初の子だろうと知れた。
今回は実力を示すためにも武器が必要だった。
腰帯に嵌めていた旋棍警棒を取り出した。
簡単なのは塊射機なのだが、まだ新しい場所で使うには人目もあるので使うのが憚られる。
また新しい武器を考えておかないとなあと思いつつ、シウは盆地になった岩場の巣穴へ向けて駆け降りた。
真っ先にリーダーの雄が気付く。気付いて突進しようとしたのだが、足を踏みかえる間もなく、シウの警棒の持ち手を脳天に受けて倒れた。
「やっぱりこんなんじゃ、止めを刺せないなあ」
大きい体には警棒では無理がある。
「クナイを使うかな。魔法の補助でなんとか武器になるか」
異変を察知した岩猪たちが出てきたところを、順に倒していく。
クナイを投げつつ《強化》《爆風》と魔法を掛けた。爆発的な推進力を得たクナイが弾丸のようにあっさりと致命傷を与えてくれた。
巣穴には雌たちが残っているので、燻草に火をつけて放り込んだ。風属性を使って奥まで運ぶまでもなく、雌たちも異変を感じてパニックだったらしく全部が出てきた。
それらを、どうせ冬山なのだからと思いついて氷の刃を作り出してスッパリ落としてみた。ついでに斜面に向かって頭が下になるよう調整もしてみた。勝手に血抜きしてくれるだろう。
「投げるのに風属性使ってたら意味がないなあ」
氷撃魔法は複合魔法で、使うとしたら無駄のオンパレードのような気がしてきた。
氷を高い位置から落として使った方がまだマシのような気がする。つららのように。
古代書にあった有名な空間魔法の使い方の中には、高い位置に槍などを転移させ、落下させてから途中で空間庫に入れ、その威力を保ったまま武器として取り出し使うという方法もあるそうなのだが、空間魔法を人前で使いたくないシウとしては使えない技だ。
「水切断の方が使い勝手は良いのかなあ」
重力魔法があると便利なんだけど、と考えて慌てて頭から退ける。
これ以上使えないスキルが増えてもしようがないのだ。
人前でも使える魔法を考えよう。
「とりあえずは、目の前の岩猪か。フェレスー! おいで!」
「にゃぁーっ!!」
「狩っていいよ」
「にゃん!」
弾丸のように上空から降りてきたと思ったら、地面を軽く蹴って方向転換すると、すぐさま岩猪の群れに突っ込んだ。
伸びてきた立派な牙であっという間に噛み殺す。一撃だった。二匹目も覆い被さって首元を噛み切る。
三匹目は慌てて逃げ惑うのを追いかけ、前足の爪で引っ掻いたり噛むのが滅茶苦茶になったせいで殺しはしたものの本体はズタズタだ。
「あーあ、これ、売り物にならないよ?」
「にゃぅ……」
自分でも失敗した感はあるようだ。項垂れて、萎れてしまった。
「あとで反省会、はダメか。忘れるもんなあ、フェレスは」
「にゃ」
「うん、じゃないよ。フェレス、狩りが上手くなってきたけど、ちょっと逸ってしまうところあるよね。相手は格下なんだからもっと余裕を持って狩らないと。格上の相手と向き合った時に困るんだからね?」
「にゃ……」
「分かったならいいよ。怒ってごめんね。じゃあ、あとでご褒美あげるから、それまで見張りしておいてくれる?」
「にゃん……」
分かった……と、まだ落ち込んだ様子で少し離れて、辺りを見回している。
可哀想だが、フェレスのためにも強く言っておかなければならない。猫型騎獣はさほど強い個体ではないので、一撃で相手を倒せるような訓練が必要だった。追いすがって爪で引っ掻いたり、あらぬところを噛んだりするのはフェーレースにとっては良くない戦い方だ。
商品の価値というものも覚えてもらわないと、一緒に狩りをする上では大事なことだった。と言っても、シウだって偉そうなことは言えないのだけれど。
「……クラル! もういいよ、こっちに来て」
「わ、分かった!」
呆然と立ち竦んでいたクラルを呼び寄せた。彼にも、狩りとはどんなものかを教えなくてはならない。とても大事なことだった。
まず、凍ってしまうのを防ぐために、今回だけ一匹を残して全て魔法袋に入れてしまった。もちろん昏倒させたものも全て血抜きして締めている。それから、残した一匹をその場で血抜き作業する。
「厳冬期だとそのまま凍らせて運ぶこともあるみたいだけど、血抜きはできればした方が良い。どうしても解凍した時に生臭くなるからね。肉を悪くする敵のようなものだから、魔法使いがいなくとも血抜きは必要だ。その為にはある程度の温度が必要だよね」
「凍るからだね」
「そう。今、結界を張ったんだけど、これで多少の空気の流れは遮断できる。ここに火を起こして、作業するから」
「分かった」
火おこしの魔道具はクラルも持っていたので、付けてくれた。固めた木材チップも持参している。これらは持ち運び用の冒険者必須アイテムだそうで、基本だからとクラルも胸を張っていた。
「ただ、これ、高いんですよね」
「長い目で見たら、火属性持ちの魔法使いの方が便利ってわけか」
そう言って笑うと、クラルも小さく笑った。
「さて、じゃあやってみるね。岩や木を使うとやりやすいよ。滑車もあると便利だね。見ていてくれる?」
「はい」
魔法袋だと言ってある背負い袋から縄を出して、岩猪の足に巻く。
滑車を岩場の上と下に設置し、縄が切れそうな箇所ごとに縄を受ける金属板を打ち付ける。順番に縄を当てて、滑車を通した。
「手伝うよ!」
「いいから、見てて。こうした道具を使えば一人でもできるから」
「は、はい!」
更に軽鉄で作ったパイプを伸ばして岩場に固定する。これででこぼこの岩場からある程度の斜面が作れた。岩猪の下にもパイプを詰めていく。縄をゆっくりと引いていくと、徐々に岩猪が動いた。斜めになったところで縄を戻り防止器具に通して、あらかじめ打っていた引っ掛けフックに繋ぐ。
これらは専用に作ったもので、持ち上げるのにも滑車を使うが、更にてこの原理で棒をぐるぐる回すだけなので簡単だ。
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