252 冒険者のお仕事
足手まといは要らないなあと思ったものの、上司のルランドと名乗った男性からすれば両者の能力を見極めたいという思惑があるようだった。
シウは青年にまず、格好を改めてくるようお願いした。ついでに時間もないので急ぐようにと付け加えた。幸いにして冒険者ギルドには、各種多様な防具防寒着に武器もある。万が一に備えていろいろ溜め込んでいるので、用意は早いだろう。
その間にルランドと話し合った。
「彼は新人さんですか?」
「そうだ。何、心配だろうが――」
「どうせ、見張りを付けるんでしょう? でも、そちらの安全までは気遣いませんからね」
「……見た目通りの子供じゃないってことか。案外、クラルのことはお前さんに任せて正解なのかもな」
にやりと笑う。笑うまでは眉間に皺の入った怖い顔をしていたが笑って話し始めると普通だ。生粋のラトリシア人でも冒険者と付き合っていると緩くなるのだろうか。
そうこうしていると青年、クラルがやってきた。
「うーん、五十点だな」
「そうですか? 新人さんなら六十点じゃないでしょうか」
「……シウだっけ? お前さんも点が辛いな」
「ルランドさんほどじゃないです」
装備に足りないものや、体に合ってないものがあって、ルランドがやり直しを命じた。急ぐので今度は彼も一緒に付いていく。
その間に、シウは視覚転移をしてルートの確認をしておく。するつもりはなかったとはいえ転移はできないし、素人同然の若者を連れて行くのだから事前調査が必要だ。
今日は岩猪は一匹狩れたら良い方かなーと思ったところで、クラルが戻ってきた。走らせたようで少しばかり息が上がっていた。
「汗は掻いたらだめですよ」
「えっ」
「外に出たら凍っちゃいますし」
「あ、そうです、よね」
「一応、魔法で温めておきますね」
そう言っていつもの癖で無詠唱で保温をかける。本人にもルランドにも驚かれたが、シーカー魔法学院の生徒ならそうした者も多いですよ、と適当なことを言ってギルドを後にした。
王都の外周壁を出るまでの間に、クラルからいろいろと話を聞いた。
王都生まれの王都育ちで、官吏の息子として育ったそうだ。魔法の能力も高くなく、親と同じく役人を目指したのだが試験に落ち、あちこち面接してようやく冒険者ギルドの職員になれたそうだ。
本来、ギルド職員になる男性は、ある程度の最低ランクぐらいは能力がないといけないようだが、そのへんは目をつむってもらったとか。面接で必死に頼み込んで雇ってもらったと教えてくれた。
「ルランド先輩には、びしびし教えるからって言われたんですけど、失敗ばかりで」
「体力がまずなさそうですもんね」
ぜーぜー言っているクラルに、身体強化の魔法をかけたほどだ。王都から出るだけでこんなに疲れていたらどうするんだろう。
フェレスなど遅い足並みに不満そうな顔をしている。
「にゃっ」
「ひぁっ!」
フェレスに鳴かれてこんなに驚いた男性は初めてだ。
「騎獣は初めて見ます?」
「え、ええと、はい。近くで見るのは初めてです」
「大丈夫ですよ。機嫌が悪いだけで、噛んだりしませんから」
「……機嫌が悪いんですか?」
「えーと。気分を悪くしないでくださいね。クラルさんがゆっくりなので、ちょっと不満そうです」
「うっ、そうなんですか。あの、すみません。僕のせいで、行程も遅れてるんですよね」
それはそうなのだが、申し訳なさそうに身を縮める彼が可哀想になってきて、はっきりと言えない。
シウは苦笑して、それからフェレスに向き直った。
「急いで飛びたい?」
「にゃ!」
「じゃあ、頑張って乗せてくれる? 二人」
「にゃ……」
えー、この人乗せるのーというような顔をする。フェレスは自分を構ってくれる相手には優しくなれるのだが、こうして恐々接したり敵意をむき出しにされると嫌になって、無視する。人間だって、嫌いだと思われていたら好きになれないだろう。
「この間、もうちょっとなら荷物を載せても大丈夫って言ってなかった?」
「にゃーん」
言ったけど、と不貞腐れた顔だ。
「この人、細いし、軽いよ。僕もまだ小さいし」
「にゃ」
「乗せてくれたら嬉しいなー」
「にゃ?」
チラッとクラルを見る。上目使いに、お前はどうなんだよといった顔だ。
シウは苦笑を隠しつつ、クラルに囁いた。
「クラルさんも乗れたら嬉しいですよね?」
はたして、クラルも空気を呼んでか、何度も頷いた。顔はまだ強張っていたが、それはフェレスの視線が鋭くて怖かっただけだろう。騎獣に対する嫌悪感などはなさそうだ。
むしろ、
「き、騎獣に乗れるんですか? ぼ、僕初めてです。いいのかな……」
ほんのりと頬が上気していた。
「フェレス、クラルさん、嬉しいみたいだよ」
「にゃあ」
そうなのー? と少し訝しみながらも尻尾がゆっくりと振られている。
「乗せてあげたら、フェレスのことすごく好きになるだろうね」
「にゃ」
「どうする?」
「にゃにゃ」
前足を屈めて、ほらと背中を見せてくれた。少し偉そうに「乗ってもいいよ」ということだったが、それは通訳しなかった。
シウは戸惑うクラルを前に乗せ、その後ろに座った。騎乗帯は外周壁を出たところで装着していたので案外すんなりと乗ってくれた。
「馬に乗ったことはあるんですね」
「あ、はい。父親の仕事であちこち行きましたから、馬に乗れないとダメなんです」
「だったら慣れるのも早いよ。じゃあ、持ち手だけしっかりね。フェレス、女の子を乗せてるつもりでゆっくり発進してね」
「にゃー」
念のため注意したのだがフェレスからは、わかってるもーんという返事が届いた。
クラルはフェレスの中で、か弱い女性になっているようだ。
ゆっくり発進は守ってくれたが、その後はほぼいつも通りの早い速度で森に向かった。
王都内だとなかなか思うように走ったり飛べないので鬱憤が溜まっているのだろう。
「にゃうにゃうにゃう~」
鼻歌まで飛び出す始末だった。
ただ、その姿がご機嫌なのはクラルにも分かったらしく、最初は高さや速度に驚いて強張っていた体からも徐々に力が抜けていた。
安全帯も付けているのだが、空を飛ぶ騎獣に乗ったことのない人間にはやはり驚きの連続なのだろう。
それでも落ち着いてくると、広大な景色を上から見下ろせるのは感動的だったらしく、しきりに嬉しそうな声を上げていた。
更には、上空でも寒くないのはフェレスの魔法のおかげだと告げると、
「ありがとう、フェレス君。君はすごいね。ものすごく速く飛べるし、魔法も使えるし、とっても格好良いよ!」
本心から褒めていた。
すると、褒められるのが好きなフェレスは尻尾をぶんぶん振って、ますます鼻歌を量産してくれた。
二人(?)のやりとりが面白くて、可愛いやら何やらで、シウは後ろで密かに笑った。
フェレスのおかげで、当初の遅れを取り戻せた。
王都に近い森では獲物が少なかったので、もうひとつ遠い森まで目指したかったのだが、予定通りに到着できた。
この時点で追っ手のことは頭からすっかり遠のいていた。全方位探索でも人のいる気配がなくてころっと忘れていたのだ。
「さて、じゃあ、探知で分かっているので、早速岩猪のところに行きます」
「えっ、探知?」
「探知魔法、ありますよね?」
「ええ、でも、結構難しいものだと聞いたことが、あっ、魔道具ですか?」
「ううん。探知は探知。でも冒険者は気配察知とか、魔法を使わずともできますよ」
「えっ、そうなんですか?」
本当に何も知らないみたいで、シウは懐かしく感じた。
リグドールたちにも、こうして冒険者のことを話した。森にも行って合宿したりと、楽しかった。
そういうつもりで、クラルにも接したら良いのかなと考え、僭越ながら申し出てみた。
「良かったら、僕、冒険者のこといろいろ教えましょうか」
「い、いいんでしょうか。その、僕は、ギルド職員で、しかも足手まといで」
「誰だって新人の頃はありますから。僕も、爺様に教わって冒険者になったんだし」
「……はい。よ、よろしくお願いしますっ!!」
頭を下げて手を出されたので、この時代にもある握手をした。
何故かフェレスも前足を出してきて、その上に乗せた。
「重いよー」
「にゃ」
「はいはい。クラルさん、フェレスも仲間になるんだって。いいですか?」
「も、もちろんです!!」
どこまでも生真面目に答え、彼はフェレスにもきちんと頭を下げたのだった。
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