251 熟成肉とギルドにて




 店主は、熟成肉について熱く語ってくれた。

 シウも肉には一家言を持つので、お互いに肉について深く語り合った。

 特に岩猪の保存方法ではラトリシアらしいやり方を教えてもらい勉強になった。

 こちらでは土を掘り、そこに麦わらを敷いて切り分けた肉を保存するのだそうだ。肉の上にも麦わらを重ね、土で覆う。そうすると凍りすぎず、適度な冷蔵ができて美味しさも増すという。

 ただし、王都内の温水路がある付近では効かないので、庭が広ければその真ん中を使うよう勧められた。

「真冬だと岩猪は狩れませんよね?」

「いや、近くの森までなら冒険者も狩りに行くぜ」

「へえ。すごいですね」

「その代わり、魔法使いが一緒だな」

「魔法使いが?」

「火属性持ちが暖めるんだよ。雪や氷も溶かして進む。ルシエラには魔法学校が多いからな。魔法使いには事欠かないんだ」

「シーカー魔法学院の生徒が付いていくんですか? お小遣い稼ぎなのかな」

「いやいや、あそこの学校に通うような生徒はほとんどが貴族だ。小遣いなんて要らないだろう。ただ学校の考えとして、魔法使いは研究職以外は実践で使えないと意味がないと考えてるわけだ。だから、積極的に生徒を外に出そうとしているらしいな」

「……貴族の子たちがよく反対しませんね」

「まあなあ。噂じゃあ、毎回、新入生が教師とやり合うらしいが」

「面白いですね」

「どうしてもやりたくないって生徒は、研究方面に進むとか聞いたな。シーカー以外にも魔法学校はあるし。と言っても、レベルはかなり下がるそうだ。ま、俺たちは獲物を取ってきてくれさえしたら、良いからな」

「市場から購入してるんですか?」

「大体はな。あと、知り合いの冒険者が持ちこんでくることもある」

「……僕も狩ってきたら、ここに持ち込んでも大丈夫?」

「おお、そりゃあ有り難いが。でも、お前さん、まだ子供だろう?」

「十三歳ですけど、冒険者ギルドのカードを持っていますし、岩猪だったら十匹までの群れを狩ったことが何度かあります」

「……お前さん、冒険者なのか」

「冒険者で魔法使いです」

 えっへんと自慢げに答えたら、眉間に皺を寄せていた店主が思わず笑みを零した。

「そうか。じゃあ、頼むとしようか」

「はい。学校が始まってからギルドに行こうと思ってましたが、明日にでも行ってみます」

「もしかして、お前さん」

「シウ=アクィラです。シーカー魔法学院に入学するんです」

「なんだよ、そうか! それでこの国に来たんだな。それにしても、若いなあ。もしかしてシーカー始まって以来の最年少入学者じゃないのか?」

「一番若い人は十二歳だったそうですよ」

「へえー。いや、それにしても若い。天才なんだなあ」

 神様にもらったプレゼントのおかげですとも言えず、曖昧に笑った。



 話し込んで遅くなったが、まだ夕方までは時間があったので街中をうろつく。

 本屋には真っ先に行ってみた。古書店も覗いてみたが、欲しいと思える本はなかった。

 道具屋にはたくさんの魔道具が置かれており、さすが世界最高峰である魔法学校のお膝元だ。素晴らしい品揃えだった。

 他にも見てみたいお店をピックアップしつつ、脳内地図に《付箋》を貼り付けていく。

「寒くなって来たし、帰ろうか」

「にゃ」

 中央地区から大商人街、貴族街へと戻っていく。念のため通行証を与えられていたが、止められることはなかった。

 ローブを着ていたし、騎獣も連れており、特徴的だったのか覚えられていたようだ。

 軽く会釈をして挨拶しつつ通り抜けた。ロワルと同じように顔見知りができたら良いのだが、能面のように感情のない表情で会釈を返されただけだった。




 翌日は朝早くから冒険者ギルドに向かった。

 ちなみに朝ご飯は勝手に自分で作って食べた。早起きなのは説明しており、料理が趣味なので朝は自作すると断っていたのだ。厨房も使っていい場所を料理人から教えてもらっていた。かち合ってもいけないので、あらかじめ場所を分けている。

 自分の分だけ作るのもなんなので、多めに作ってお裾分けとして置いてきた。


 貴族街を抜ける際には憲兵に挨拶したが、やっぱり無表情に小さく会釈されただけだった。寒い中での仕事だから、いろいろ大変なのだろう。

 何か良いものはないかなあと考えつつ冒険者ギルドに着いた。かなり早歩きをして、二十分かかった。走ると十三分ぐらいかなと考えながら、建物の中に入る。フェレスもまだ成獣なりたてということで入らせてもらった。獣舎へ預けるのは今度にしよう。


 ルシエラのギルド本部の建物は完全な石造りで見た目からして寒々しい。中も待合場所は寒かった。受付が座る場所より奥は、暖房が利いているようで薄着の職員が多かった。受付の女性は少し暖かめの格好をしていたが、それは境目で寒いからだろう。

 よく考えられた造りだった。冒険者はすぐ外へ出るので、防寒具を着たままの方が良い。一々脱いだり着たりというのは面倒だし、そうしたことをしないタイプも多そうだ。

「お、坊主、早起きだな」

 チラホラと冒険者がいて、シウにも声を掛けてくれる。冒険者はどこでも似たような人が多いようだ。

「お前さん、小さいが依頼を受けるのか?」

「はい。これでも十級ランクなんです」

「へえーっ、そりゃあすごいな! 親父さんと一緒なのか?」

 親子で冒険者をやっていると子供でも早くから仕事を受けられるのだろう。

「ううん。一人です。でも育ての、親代わりの爺様が、冒険者としての仕事を仕込んでくれたので」

「……そうか、悪いこと聞いちまったな。爺さんは、もう?」

「亡くなりました」

「なんてこった。じゃあ、今は独りぼっちなのか?」

 子供好きの冒険者らしい。真剣な顔をして心配してくれる。シウは笑って手を振った。

「この子もいますし、シュタイバーンでは親代わりの人や後ろ盾になってくれる人もできて、楽しくやってます。シーカーに入学するのでこっちに越してきたけど、知り合いの家に下宿させてもらってるから、大丈夫です」

「おお、そうか。そりゃあ良かった。で、あんなすげえ学校に入学するのに、仕事するのかい?」

 シウを上から下まで見て、更に隣に座るフェレスを見て、不思議そうな顔をした。ちぐはぐな格好に見えるのだろう。今日はローブの下にお手製の毛皮ベストを着ている。いわゆる猟師ファッションだ。それでも冒険者なら、色合いはともかく生地が最高級品だということは分かるらしく、しきりに頷いていた。

「良い物持ってるなあ」

「不人気な色合いの生地だからって、もらったんです。それを自分で仕立てて。この中の毛皮も自分で作ったんだ。どれだけ寒いか分からないから、防寒対策してきたんだけど」

「ははあ、なるほど。じゃあ、面倒見てくれる人はいるが、お小遣いは自分で稼ぐってなわけか」

「そんなような感じです」

 そうかそうかと納得して、男はこのあたりの土地の特徴や、どういった依頼が美味しいかなどを教えてくれた。

 それから、狩りに行くなら誰かと組んで行くようにとも言われた。

「俺が行ってやれたらいいんだが、俺も今日から助っ人に入るんでなあ」

「一人での冬山は慣れてるし、狩りも得意なので大丈夫ですよ」

「……お前さん、爺さんに何教わってきたんだ?」

 ギョッとした顔をされたが、シウは笑って肩を竦めただけに留めた。

 男はガスパロと名乗り、王都近辺の森に詳しい地元の冒険者として有名らしい。冒険者たちにも慕われているようで声を掛けられていた。

「お、また新人に教えてやってるのか? 相変わらずだなあ」

「俺たちも新人の頃はよく助けられたもんだ。坊主もよく聞くんだぞ」

「はい」

「おっ、今度の新人は礼儀正しいぞ」

「この間の魔法使い見習いは偉そうだったもんなあ」

「で、ピーピー泣いて帰ったんだったっけな」

「ははは!!」

 騒がしくなってきたので、シウはガスパロにお礼を言って、掲示板からサッと依頼書を取って受付に出した。

 昨日の女性は見えず、若い男性が座っていた。受付に男性が座るのは珍しいので新人さんだろうかと思いつつ依頼書と一緒にギルドカードを出した。

「……はい、常時依頼の、岩猪狩りですね。あれ、でも、一人で? パーティーメンバーは――」

「一人で受けます。人数の指定はないので、大丈夫ですよね? 九級ランクの依頼だし」

 ロワルだと七級でもいいぐらいの仕事だ。もっともロワルの近くの森では、岩猪の常時依頼を出すほど多くはないのだが。

「……ですが、君一人で?」

 困惑しているので、シウはギルドカードの裏を見せた。賞罰の罰は問答無用で記されてしまうギルドカードだが、賞は本人の意向に沿うことが可能だ。ただし、ランクを上げるには今までの実績が分からないといけない。どこで誰が見ても分かり易いような実績と、どうかすると次回ランクアップに必要な内容が書かれていたりする。この世界には通信魔法はあるが、さすがにインターネットのようなシステムはないので、こうした手法を取っているのだ。

「……すでに最低でも六級ランクはあると、いうことですか? ええと、年齢制限のため十級にしているが、六級ランクまでなら問答無用で受けても良いという……ギルド本部長名義ですね……」

 受付の男性は益々考え込んでしまったが、後ろを通りかかった職員に事情を話して、お互いに驚き合った後、最終的には依頼を受けることができた。

「ですけど、一応、信じていないわけではないのですが、職員を一人同行させてください」

 上司らしい男がそう言うので、シウは了承した。

 ただ、その上司は、

「こいつ、連れて行ってください」

 と、目の前の頼りなさそうな若者を指差した。

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