250 ルシエラのギルドと市場
シウがにこにこ笑って近付くと、女性は少し目を瞠ったもののすぐさま営業用の表情になった。
「こんにちは。シウ=アクィラと申します。これ、冒険者ギルドのカードです」
渡して見せると、彼女はやはり驚いたような顔をした。それからシウを見て、困惑げに問いかけてきた。
「これ、あなたのですか?」
「はい。僕のです。えっと、この国には来たばかりで、教えてほしいことがあるんですけど」
「ああ、はい。どのようなことでしょうか」
戸惑いながらも、彼女は仕事をする顔付きになった。
「こちらの十級の掲示板には、王都内での細々とした仕事がないように思いますが、たとえば外壁の修繕だったり、路面工事、荷運び、片付けなど、そうしたものは誰がどこで受けているのでしょうか」
「ああ」
彼女はホッとしたような顔をしてから、笑顔になった。
「もしかして、シュタイバーン国からいらっしゃいましたか?」
シウの着ているものを見ながら、彼女が問う。
「はい」
「そうですか。このラトリシア国では、そうした雑用仕事は奴隷に与えるのが基本となっております」
「奴隷ですか」
「ええ。シュタイバーンでは王都内の目立つ場所に奴隷を配置しないという王令があったかと存じます。犯罪奴隷たちは鉱山などでの厳しい仕事に従事しているので、あなたが目にすることもなかったのでしょうね」
「はい。奴隷は見たことがないです」
いることは知っていたが、シウはまだ見たことがなかった。
「我が国では厳しい冬の間は王都や街などに奴隷を戻し、労働力として使います。奴隷たちの死亡率も減りますし、未処理案件もなくなりますから一石二鳥というわけです」
「なるほど、良い考えですね。では、工事なども冬に予定したりするんですね」
「ええ。夏は避けて、冬に奴隷の労働力を見越して計画を立てます。もちろん、夏でも急用の案件がありましたら、奴隷たちを流用したりしますね。ラトリシアには公然とした奴隷市もございますし、多いですよ」
当たり前のように話すので、シウも普通に答えてはいるがやっぱり奴隷という言葉には顔が引きつってしまう。
「シュタイバーンで十級ランクを取られたのでしたら、こちらでは少し大変かもしれませんよ。頼めば、上級者について仕事も受けられますが、どうされますか。その場合は依頼を達成できてもお小遣い程度しか貰えませんけれど」
「あ、大丈夫です。表向き十級ということにしていますが、ギルド本部長には六級でも良いって言われていたので」
「え?」
「えっと、山奥育ちで、岩猪とか三目熊は普通に狩れます。あとグランデフォルミーカもまとめて討伐したことがありますので、大丈夫です」
「……えぇ?」
さすがに鬼竜馬や黒鬼馬の名を出したらいけないことぐらいは分かっていたので、低級ランクの魔獣を口にしたのだが、彼女は戸惑った様子でいた。
上にダメなのか、下でダメなのかが分からずに、おそるおそる継ぎ足してみる。
「ゴブリンやコボルトの群れも狩ったことあるんですけど、それでもダメですか?」
上目使いに聞いてみたら、受付の女性はぶんぶんと首を振った。
「あ、良かったあ。じゃあ、また落ち着いたら仕事を受けに来ますね。今日はありがとうございました」
頭を下げてお礼を言って、最後に彼女の名前を聞いた。
「すみません、お名前を伺ってもよろしいですか」
「……ユリアナよ。あなたは、どうしてルシエラに?」
「今度、シーカー魔法学院へ入学することになったんです。講義の取得方法が分からないので、計画を立ててから、お休みの日にでも来ますね。こちらのギルドも光の日など関係なく開いてますよね?」
「ええ」
「じゃあ、また今度。失礼します」
会釈してからギルドを後にした。振り返ったりもせず、視覚転移もしていなかったので、ユリアナが変な顔をしていたのには気付かないシウだった。
さて、次はどうしようと考えて、お腹も空いてきたことだからと、レストランか屋台を探すことにした。
が、真冬の時期に屋台も何もない。自分のバカさ加減に呆れつつ、シウは市場を探した。
「寒いねー」
「にゃー」
全然寒くないくせに相槌を打ってくれるフェレスに、並んで歩く。
フェレスは天然毛皮のおかげであまり寒くはないようだし、その上魔法も使って更に寒さを凌いでいるようだった。
シウ自身は魔法を使わず寒さに耐えていた。
と言っても、着ているローブはグランデアラネアの糸で作った例の生地だから、寒さはしのげている。これは新しく仕立て直したものだ。もちろん色は濃灰なのだが、縁取りに火竜の赤い皮をちょっと使ってみた。鞣して薄く延ばした柔らかい革は、異種素材同士でお洒落になったと思うのだが、カスパルは変な顔をしていた。
とにかく、その超高級素材で作ったローブを着ているので、体の部分は寒くない。
顔は出ているので冷たい風を受けるが、それもまた季節を感じられて良いと思っている。何もかも魔法で遮断してしまっては生きている気がしないし、上空を飛ぶのでもない限りは寒さに慣れようと、半ば楽しんでいた。
「あ、市場あったよ」
「にゃにゃ」
さすがに市場だけあって、活気があった。朝の忙しい時間帯を過ぎているので、人通りは少なくなっているようだが、それでも騒がしいほどに人が歩いている。
フェレスを連れて歩くには充分な余裕があったのだが、その分、騎獣がいるということでギョッとした顔をする者もチラホラと存在した。
「おや、坊主、騎獣連れかい。気を付けなよ!」
「うん。ありがとう。ところで、このへんで美味しいものを食べさせてくれるお店ないかな?」
「このへんでかい? 高級レストランじゃなくて?」
「庶民のものがいいなあ。美味しい、庶民のお店。屋台はさすがにないよねえ」
「はっは、この寒さだ、屋台は出てないよ!」
「屋台のものが食べたいなら、朝来ないと。市場の通りに屋台が出るんだ。この通りには暖房もあるから、朝と夜、屋台が出るよ」
話を聞いていた隣の女性が声を掛けてくれた。
「そうなんだ。遅かったんだね。残念」
「あんた、庶民かい?」
「そうだよ」
「それにしては身綺麗だねえ。良いローブ着てるし、騎獣も連れてさ」
そう、見る人が見ればローブが良いものを使っていると分かるのだ。ロワルの魔法学校では散々な謂れようだったけれど。
「このローブの良さ、分かる? ロワルだと皆に馬鹿にされたんだよー。汚い色だって」
「ありゃま、そうなのかい? ロワルの人間は見る目がないのかねえ」
「冒険者が少ないんじゃないか? ここらじゃ、冒険者が多いんで、俺たちも目が肥えているのさ」
「へえ」
そんな話をしつつ、市場の人もよく行くという店を教えてもらった。少し裏通りになるが、歩いて三分のところにあるそうだ。
シウはフェレスを連れて向かった。
店は大衆食堂としか書かれていないが、美味しそうな匂いが漂ってきた。
戸を開けると昼時を過ぎていたがまだ何人かが座っている。
「騎獣も一緒に入っても良いですか?」
「どんな大きさだ?」
「フェーレースの成獣なりたてです」
「だったら良いぞ。寒いだろうし、早く入れてやれ」
「はい」
おいでと中へ誘うと、フェレスは嬉しそうに鳴いた。ついでに内部が暖かいことを知って、魔法を切っていた。器用なものだ。
「おお、本当にフェーレースだな。久しぶりに見たぞ」
客の数人も珍しそうにフェレスを見ている。
「おとなしいものだな」
「調教師と一緒に躾けたので滅多なことでは騒ぎません。街では騎獣を見かけませんが、街中に連れ歩くのはあまり良くないですか?」
「いや、連れ歩くのはいいんだ。ただ貴族が多く飼っていて庶民が見る機会なんてないんだよ。流れの冒険者の騎獣も外壁近くの騎獣屋が預かっているから、中まで滅多に連れてこないしな。まあ、預け賃は高いが、王都内を連れ歩くよりは安全なんだ」
「そうなんだ」
「見たところ、魔法使いの見習いか? 魔法使いなら連れ歩いてもおかしかないな。とは言っても、こんな庶民の場所に連れてくる奴なんぞ珍しいがなあ」
苦笑しながら、店の主がメニューを見せてくれた。
おすすめを頼み、同じものをフェレス用にもよそってほしいと皿を出した。
店主は気さくに請け負ってくれた。
そして出された料理は、とても美味しいものばかりだった。
フランスパンのように外側がパリッとしたパンにたっぷりのチーズを掛けて焦げ目をつけたもの。スープはシチューだったが、パンとチーズが濃いからか、あっさりとした味付けになっている。出汁が効いているのであっさりでも美味しかった。出汁は岩猪と飛兎を使っているようだった。メインの肉料理は岩猪のステーキで、塩コショウのみの味付けだったがコクがあって美味しい。
「……燻製? 違うなあ、あ、熟成させてるのかな?」
ぶつぶつ呟いていただけなのに店主は聞こえていたようだ。厨房から出てきて、カウンターに座ったシウの横に立った。
「坊主、舌が肥えているな。そうさ、熟成させたんだ」
「すごい! 難しいのに」
この時代での肉の管理は本当に難しい。冷蔵庫もないし、温度計もないので保存も大変なのだ。
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