249 メイドとお話、王都の散策




 セントラルヒーティングと言えば良いのか、屋敷内は全体が温められており部屋から部屋への移動も寒くはない。どうかするとシャツ一枚でもうろつけるほど暖かいぐらいだ。

 シウは挨拶の後、客間から屋敷の端のご隠居部屋へと向かった。

 シウ付きのメイドのスサが手伝おうとするのだけれど、荷物は魔法袋に入れて運べるし特に問題ない。むしろ、傍にいるとあれこれ隠すのが大変で、申し訳ないながらも下がってもらった。

 気にしながら去っていったスサを見届け、シウは魔法で浄化をかけたり家具を移動させたり、好みの家具を設置したりした。

 元からある家具は取り敢えず廊下に出す。

 そうこうしているうちにティータイムが来たようで、スサがワゴンを押してやってきた。

「シウ様、お茶をお持ちしました……」

「あ、ありがとう!」

 どうぞどうぞと部屋に招き入れる。

「もう、模様替えが済んでしまわれたのですか?」

「はい! お気に入りの家具も置いてしまいました。えっと、前からあった家具をどこかに保管しておきたいのですが、どちらへ運べば良いでしょうか」

「……あ、ええと、空いているお部屋がたくさんございまして、そちらを倉庫代わりにしておりますので……すぐに人を呼んでまいります」

「教えてくれたら運びます」

「いえ、そんな! お客様にそのようなこと」

「僕はただの下宿人ですし、庶民ですから。さっきも挨拶の時に言いましたけど、そんな畏まらないでください。屋敷のお手伝いもしたいぐらいなのに」

「と、とんでもないことです!!」

「あと、風属性魔法が使えるし、魔法袋もありますから、荷物の移動は簡単なので気にしないでくださいね」

 そこまで言うと、彼女もようやく飲み込んでくれたようだった。

 はぁーっと大きく息を吐くと、どこか呆れたような、納得したような笑顔を見せてくれた。

「承知しました。では、あの、お隣の部屋に運んでいただけますでしょうか」

 どんな風にするのか見てみたいと言うので、どうぞと声を掛けて荷物を運ぶ。

 近くだったので一々魔法袋には入れず、風属性魔法でさっさと運んだ。スサは驚いて、それから感動していた。

 お茶も一緒にしようと何度もしつこく誘うと了承してくれた。

 お近付きのしるしにとシウが作ったケーキを取り出すと、年頃の女の子らしく目を輝かせていた。

「良いのでしょうか、こんな贅沢をして」

「仲良しになりたいので。また他の方にも振る舞わせてもらいたいけど、勝手をしたらロランドさんに怒られるかもしれないので、今はこっそりと、ね?」

「はい」

 スサはくすっと小さく笑って、一緒にお茶を飲んでくれた。


 お茶の後、スサにシウの生活の流れを事細かに説明した。全体挨拶の時には学校へ通いつつ冒険者ギルドでの仕事もあるとしか話さなかったのだ。

「ではシウ様は冒険者ギルドの会員なのですね」

「うん。十級だから、ここでも採取を主にした仕事をするつもりなんだ」

「まあ!」

「あと、魔道具を開発したりするので、ここ二部屋続きだったからひとつを実験室にしたんだ。そこには絶対入らないでね。危ない素材も多いし、触られると困るから。あ、他に被害は出ないよう、部屋全体に保護と結界をかけているから安全対策は大丈夫なんだけど。念のため、誰も入らないでほしいんだ」

「はい、承知しました。こちらのお部屋へは掃除などで入ってもよろしいでしょうか」

「掃除も自分でできるんだよね、えっと、魔法で」

「まあ」

「だから、本当にメイドさんを付けてもらう必要がなくて。勿体無いし」

「……でしたら、あの、お着替えなども?」

「庶民なので自分でできますよ」

「さようでございますよねえ。ですけれど、わたしもお世話させていただきたく思うのですが」

「うーん」

 二人して腕を組んで悩んでいたら、スサがぽんと手を叩いて明るく笑った。

「でしたら、助手としてお使いください!」

「助手?」

「はい。魔法をお使いになられると言っても、やはり入用のものがございましたり、書類を届けたりといった用事が出てくると思うのです。執事とまではおこがましくて申し上げられませんが、雑務でしたらこなしてみせます。また、この国の様式なども勉強してまいりましたので、ご説明できるかと思います」

「じゃあ、頼みたいことができたらお願いします。服装も、僕、センスがないそうなので、スサさん教えてください」

「はい!」

 嬉しそうに返事をしてから、スサがにこやかにシウを注意した。

「ところでシウ様。わたくしども、メイドに対して『さん』付けはなさらないでくださいませ。シウ様はご自分が庶民であると仰られますが、こちらではお客様なのです。わたくしどものことはぜひ、呼び捨てでお願いいたします」

「……はい」

 家政ギルドで七級というランクらしい彼女は、プロだった。

 シウはたじたじになりつつ、スサに頷いて応えた。



 翌日は王都ルシエラを散策することにした。ルシエラも王都ロワルと同じように、城を中心に貴族街、大商人街、中央地区、庶民街と順番に囲まれている。ロワルと違うのは、王都の背後にエルシア大河があることだ。湖や大河を背にした王都や都市は多い。人の営みに水が必要なことが第一に挙げられるが、魔獣対策でもある。水場に潜む魔獣の数や種類が少ないことと、スタンピードが起こった際に誘導して溺れさせることができるからだ。

 ルシエラの場合はエルシア大河が要である。王家専用の大橋が南西側にあり、もう一本が王城の南東にもあった。どちらも王領のため見ることは敵わない。ただし、南東の方は国として必要だと判断した場合には通行できる。たとえば、魔獣のスタンピードから王都の民を逃がすため、などだ。当然、普段は誰も入れないし見ることもできない。

 大河を挟んだ南側には王領と、かなり大きな森林地帯がある。そこで何らかの仕事が発生した場合のみ、国からの許可を得て冒険者などが船で渡河するそうだ。役人や軍人でさえも毎回、許可をもらう。それほど厳しく管理するのは王領の奥地に迷宮があるからだった。これらは、ラトリシア国について書かれた本に載っている。

 本には、ラトリシアには深い森が多いとも書かれていた。そのため他国よりも魔獣が多い。冒険者の数もシュタイバーン国の比ではなく、文字通り「冒険者」として活躍しているそうだ。魔法使いも多いため、ラトリシアの冒険者は層が厚いとの話もあった。


 その冒険者ギルドは中央地区にある。シウの下宿しているブラード家の別邸が貴族街にあるので、少しばかり遠い。よそ者でも貴族街に居を構えることができたのはすごいことらしいのだが、シウとしては住みづらいものがあった。

 なにしろ一人と一頭で歩いていると奇異の眼差しで門番などから視線を向けられるのだ。貴族街を庶民の格好をしたシウが歩くのはやはり目立つようだ。

 しかもシーカー魔法学院には制服がない。強いて言えば魔法使いが着るローブ、あれで区別が付くそうだ。

 ローブは卒業だ! と思っていたシウにとって、身分を簡単に示せる、つまり胡乱に思われないためのアイテムとして、ローブはまだまだ必須のようだった。



 大商人街を抜けて中央地区に行くと、それまでのシンとした静けさがなくなって騒がしさを感じる。

 と言っても、ロワル王都のような明るい騒がしさではない。ロランドの言う通り、どこかおとなしめだ。見ていると、騒いでいるのも冒険者が多く、店の者などは静かに対応している。

 更に歩いていると庶民街へと入った。威勢の良い声は聞こえないものの、賑やかだ。公園もあって、子供たちは遊びまわっている。雪が積もらないので真冬でも外に出られるのだろう。時折、親が家から顔を出して叱っている。汗をかきすぎると風邪をひくよ、と注意していた。

 冬なのに湿気があって、少しジメッとしたものを感じるのは常に温水が道路を流れているからだろうか。

 反対に建物内などは暖房を掛けっぱなしで、乾燥しているような気がする。


 庶民街を抜けてもまだ歩いていると、家がまばらになり、やがて広大な畑が広がった。

 見渡す限り、畑ばかりだ。

 王都まで飛竜で飛んできて、暗闇の中見下ろしたそのままの景色が広がっている。真冬でも育つように改良されたものもあるらしく、青葉も見えた。屋根を付けている畑もあって、いろいろと工夫しているのが窺える。

 夏には小麦が一面に見えるのだろう。美しい景色だろうなと思いを馳せた。

 その更に向こうにある外壁までが、ルシエラ王都となる。

 大昔、この近くの地が、魔獣のスタンピードによって壊滅した。

 それゆえ、外壁、内壁、各居住地、王城と、かなり頑丈な造りの壁を何重にも設けていた。

 ロワル王都も多かったが、こちらは規模が違う。

 高さもあって厚みもあり、かつ兵が短い間隔で常駐しており、警戒を怠らない。

 ロワル王都では砦の兵がのんびりしていたし、スタン爺さんに連れられて城壁沿いを馬車で走った時も手を振ってくれたものだ。

 ルシエラでは、一時たりとも気は抜けないといった態度で、少々堅苦しい。

 普段からあれほど気を張っていたら、そりゃあ頑固だとか偏屈にもなるだろうなと、同情した。


 中央地区に戻ってくると、冒険者ギルドへ行ってみた。

 どんな仕事があるのだろうと依頼書が張られた掲示板を眺める。

 薬草採取や魔獣の討伐など、常時依頼が多くあった。ルシエラは王都だが、近くに深い森も多いため、冒険者らしい仕事も多かった。

 十級ランクの仕事も、ロワルでなら八級扱いとなりそうなものもあって、面白い。

 そして、王都内での細々とした仕事はあまりなかった。ロワルでは見習いがやっていたような内容のものだ。

 そういった仕事は誰が受けているのだろうと気になって、暇そうな顔をしている窓口の女性に声を掛けてみた。

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