第六章 シーカー魔法学院 冬の日常

248 ラトリシア国へ




 年末年始はロワルで過ごし、年明けのロワイエ暦一三四六年、年新たの月の最初の週の風の日に、シウはロワルを出立した。

 シーカー魔法学院は各地から生徒が集まってくることなどから、年末年始の休みが長いそうだ。そのため、授業の開始日は三週目からとなる。

 入学する者だけは数日前には入っていないとならないが、準備もあるため実際には一週間ほど前には到着しているようだ。つまり二週の火の日に到着していればいい。

 飛竜で行くのならあと二日は遅くても良いのだが、シウはカスパルに連れていってもらうことになっていたのでそれに合わせた。

 ラトリシアまで行くのに、キリクが気軽に飛竜を出そうかと言ってくれたが、断った。ついでに乗せてもらえる便があるのに勿体無いからだ。

 ベルヘルトは内緒で転移門を使わせてやろうと言って、他の宮廷魔術師たちを震え上がらせていた。



 風の日の朝、シウはスタン爺さんとエミナ、ドミトルや近所の人たちから盛大に見送られて旅立った。

 シウとしては引っ越しになると思っており、使っていた離れ家を綺麗にして行こうとしたのだが、ここはもうシウのロワルでの家だからそのままにしておきなさいとスタン爺さんに言われた。里帰りに戻っておいでということだ。

 ただそれでは申し訳ないので、二階の自分の部屋二つをそのままにして、残りはいつでも誰かが使えるようにと片付けた。エミナにもそのことを伝えた。彼女は、しようがないなあと笑いながら、じゃあ知り合いの商人が来たら泊めるわね、と言っていた。

 ついでにというわけではないだろうが、シウと入れ替わりにエミナたちが本宅へ越してくることになった。スタン爺さんが一人になってしまって寂しいだろうからと、気遣ったようだ。スタン爺さん本人は、やれやれ煩いのが出戻ってくるのかと悪態をついていたけれど。

 リグドールたち、学校の友人には前日にお別れパーティーを開いてもらったので朝早い見送りは遠慮してもらった。最後まで笑顔のままでのお別れとなった。





 二日がかりで飛竜に乗って、夜遅くにラトリシアの王都ルシエラへと到着した。

 急峻な山々が連なる国境や、森深きラトリシアの国土は飛竜をもってしても真っ直ぐに飛べなかったのだ。かなりの遠回りとなった。

 それでも国一番と言われる、引退した竜騎士たちによる手で運ばれたので、早く来られた。荷物も大半は運び入れており、身ひとつという身軽さも良かった。

 若い少年たちだからこその強行軍で、普通は飛竜でも四日はかかると言われてしまったほどだ。

 カスパルが夏から引っ越しの準備をするはずである。


 事前に通行証などがあったこと、他国とはいえ貴族出身のカスパルがいることで国境を超える際にも、また王都への出入りにも何ら問題はなかった。

 待っていたブラード家の者が手続きをしていたのかあっさりと正門を通り過ぎ、馬車で屋敷へと連れられていく。

 そして挨拶もそこそこにベッドへと押し込まれたのだった。



 翌朝、シウがいつも通り早起きして、屋敷内をウロウロしていると家令が慌ててやってきた。

「申し訳ございません、坊ちゃま。メイドの躾がまだ行き届かずお世話が遅れまして――」

「いえ、僕こそ勝手にうろついてごめんなさい」

 勝手をしているのはシウなので、頭を下げて謝る。

「とんでもないことです。坊ちゃま方のお過ごしやすいようになさってくださって結構でございます。今後のお過ごし方についても教えていただければ、わたくしどもも精一杯務めさせていただきますのでどうぞよろしくお願い申し上げます」

 丁寧に頭を下げられてしまった。

 家令はロランドと名乗り、カスパルが起き出してきてから改めて使用人一同と顔合わせをしてくれるとのことで、シウは庭を散歩することにした。

 カスパルは虚弱というわけではないが、研究者肌というのか体力は一般人ほどしかなく、昨日までの強行軍が割と堪えているのだろう。まだ寝ているそうだ。

 フェレスと共に庭を散歩したり、厨房をのぞいてみたりと時間を過ごした。

 厩舎に馬などはいたが、騎獣の姿は見えなかった。ラトリシアでは馬での移動が多いのかもしれない。

 昨夜も、フェレスを当然のように屋敷内へと入れてくれた。デルフ国と同じで騎獣は庶民が持てないものなのだろうか。

 はたして、獣舎で出会った家僕からもそのように聞かされた。

「とにかく目を離さない方がよろしいです、坊ちゃん」

 騎獣は貴族以上の人間が持つらしい。庶民のシウが持っているとすぐに狙われるだろうと何度も注意された。

「では、成獣ですけど、常に傍に置いても構わないんですね」

「大抵は大丈夫です。それに、シーカー魔法学院に通いなさるのですよね?」

「はい」

「でしたら、大丈夫です。シーカーでは、確か、中型までなら騎獣でも教室へ連れ入ることができると聞いたことがございます」

「詳しいですね、ええと」

「リコと申します。以前、あるお屋敷で雇われていた時に騎獣の面倒を見たことがございます。お世話も慣れておりますので、何かございましたらお申しつけください」

 そうなんだ、とお互いに仲良くなって話をしていたら、母屋が賑やかになってきた。

 カスパルと、従者として付いてきたダンが起きたようだ。

 シウはリコと分かれて、屋敷内に戻った。


 遅い朝ご飯の後、使用人が広間に集まって挨拶となった。

 シウも下宿する身として丁寧に頭を下げた。家令が慌てて止めていたけれど、お世話になるシウとしては当然のことだ。

 この屋敷を取り仕切るのは家令のロランドで、細やかな雑用は家僕のリコが行うそうだ。他にメイド長のサビーネ、そしてカスパル付きのメイドがリサをトップとして数人、シウにはスサというメイドが付いてくれるそうだ。要らないと断ったのだが、身の回りの世話には最低でも一人はいるとカスパルに言われて、ご厄介になるのだからそれもそうかと了承した。

 護衛隊長はルフィノ、副隊長のモイセスと交代でリーダーとなりカスパルに付く。シウにも数人を付けると言われて、こちらは慌てて拒否した。

 カスパルも苦笑して、シウに護衛は必要ないと断ってくれた。ロランドが困惑げにルフィノたちと顔を見合わせるので、カスパルがシウの実力について語ってくれた。

「彼、ロワル魔法学院演習事件の時の功労者だよ。護衛なんてつけたら、むしろ足手まといじゃないのかなあ」

「さようでございましたか!」

「おお、あの時の!」

 納得してくれたようだ。彼等はブラード家の別荘地を管理していたようで昨年夏の王都の事件を詳しく知らなかったらしい。今回、カスパルのために大抜擢されて、事前にラトリシア国入りしていたそうだ。

 メイドたち使用人のほとんどが、シュタイバーン国から来ている。

 厨房の家僕と、厩務員の一部に地元の人を雇っているが、基本的には主と同じ国民を付けるのが貴族としては当然のことらしい。

 そうした話をしつつ、ラトリシア国で暮らしていく上での注意点などを説明してくれた。

「この国は雨が多くございます。夏は湿気がひどく、暑さはそれほどでもないのですが鬱々としております。また冬は寒さ厳しく、王都外では雪も深いので移動がままならぬこともございます。王都内は石畳の下に温水を引いておりますので積もりはしませんが、厳しい寒さには変わりございません。そのためか、ラトリシアの貴族の方々は小難しいところがございまして押しなべて頑固で閉鎖的、個人主義の方も多く見受けられます。なかなか懐に入ることができませんので、お付き合いも表面だけでよろしいかと思います。庶民の方々は真面目で、あまり冗談などは言われず、黙々と仕事をなさるようでございます」

「つまり、冗談を言っても笑われないと、そういうことだな?」

「さようでございます」

 カスパルは肩を竦めた。

「あれだな。気候のせいで陰湿な性質が多いと、そういうことか。ま、学院には多種多様な人種がやってくるから、さほど気にせずとも良いかな」

 のんびりとカスパルが答える。ロランドは頷いて、他にも幾つかの注意点を口にして、今後の生活の流れを確認した。

 他に何かないかと言われたので、シウが手を挙げた。プッと笑ったのはダンだった。カスパルも頬が緩んでいる。

「なんでございましょうか」

「出入りは自由にしても良いと仰ってましたが、やっぱり客間ですとお邪魔になると思うので、どこか庭の隅にでも小屋を建てていいですか?」

「え?」

「実験したり、魔道具を作ったりもするので、どうしても迷惑をかけてしまうと思うんです。それと料理も自分で作ったりするから――」

「あー、シウ」

 カスパルが手を振って、間に入ってきた。

「屋敷の端に、ご隠居用の部屋がある。そこを使うといいよ。他の個室などから離れているので誰の邪魔にもならないだろう。それと、厨房は出入り自由だ。なんだったら、シウ用にあらかじめ場所を空けておくよう取り決めたら良い。屋敷の規模からすれば人が少ないのだからね。部屋もそうだが厨房も広すぎて空いているだろう」

 ロランドを見ると、彼も頷いていた。

「そのようになさってください。あのお部屋でしたら厨房にも行きやすいでしょうし、出入口も近くにございますから、ちょうどよろしいでしょう」

「えーと、そんなにしてもらって良いんでしょうか……」

「もちろんでございます。お客人としてくれぐれも失礼のないようにと旦那様からも、若様からも承っております。すぐ、ご用意致しますので」

「あ、掃除とか片付けは自分でやります。その方が早いし、自分好みに模様替えできるから、あ、模様替えしていいですか?」

 目を丸くして驚かれたものの、ロランドには笑顔で頷かれた。

「僕も好きなようにするのだし、ロランドたちもそのことをよく知っている。シウも好きにすればいいさ」

 カスパルは飄々と言ってのけ、ダンには大笑いされたのだった。

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