247 誕生祭最終日と日々のこと




 食事の後は、みんなバラバラになった。祭りを楽しむのだと言って、小さなグループごとになって公園を出て行く。

 シウとリグドールも周辺を回ったが、料理対決の結果が知りたくて会場に戻った。

 同じように思うのか、会場には多くの人が集まってきていた。

 シウは関係者席の近くを確保してもらっていたので、リグドールとフェレスで立ったまま開票結果を待った。

 商人ギルドの担当職員が、場を盛り上げるために声を張り上げてアナウンスしており、大変そうだ。

「今度、拡声器作ろうかな……」

 拡声魔法使うより便利な気がしてきて、脳内で魔術式を組み立てていると。

「よんひゃく、よんじゅう、はち! よって、優勝者はスナイさん! 皆さん、盛大な拍手を!!」

「「「おーっ!!」」」

 会場の全員が声を張り上げた。票はかなりばらけたものの、四百を超えるとはすごい。ハンバーグ部門で優勝したのはスナイという若者だった。クリームベースなのにさっぱりとしたソースが受けたようだ。二位がドランで、照り焼きソースを独自に配合して作ったものが子供には人気だったようで、こちらは三五〇票だった。

「スナイさんは、普段中央地区寄りの西中地区で屋台を出しておられます。なんとまだ二十六歳の若さです!」

 アナウンスが上手くて、会場は盛り上がっていた。

 優勝者に挨拶をさせるし、さりげなく宣伝もしてあげている。

 次に家庭料理の票が目の前で開票されていった。これもシウが提案したことで、どうせなら会場と一体感が持てるように、目の前で開票しようと言った。箱に被せていた目隠し用の布を取って透明にして並べ、明らかに少ないものは除外する。そして拮抗しているものを選び出し(重さでも判断できるが)、壇上の上で不正がないよう見せるのだ。

「ごひゃく、にじゅう、さん!! 優勝者はニコラスさんです!!」

 会場は更にざわめき立った。なにしろ、せっていたのは貴族の厨房を任されていた料理人グループだったのだ。

 対する優勝者のニコラスは、西中地区で小さなカフェをやっている男一人だ。

「ルトワというカフェをやっています。皆さん、ありがとうございました!!」

 こちらもまだ三十一歳という若さの男性で、嬉しそうに優勝杯を掲げていた。

 最後に、せっていた相手と握手をする。

 アナウンスでは、

「今回は急遽発案された企画でして、参加してくださった皆様には準備もままならずご迷惑をおかけしました。趣旨をきちんとお話していなかったせいもあり、負けた方々の料理が美味しくなかったというわけでは決してございません。なにしろ、美味しいと思って票を投じてくださった方々がこんなにもたくさんいらっしゃるのですから」

 と、フォローもしていた。実際、まずいと思う店はなかった。好みの問題というのもあるし、準備不足というのが一番の課題だっただろう。

「そうしたわけですから、ぜひとも次回は、ギルドとしましても最初から企画を立てさせていただきますので、皆様の参加をお待ち申し上げます。料理人の方々、そして会場に足を運んでくださった皆様、まことにありがとうございました!!」

 わーっという大歓声が公園内を木霊していた。


 盛り上がりだけで考えれば成功と言える企画だった。

 とはいえ反省点も多い。言いだしっぺのシウも反省しきりだ。注意すべきところや、次回への申し送りなど色々思いつく限りのことをメモにして、大会関係者に渡した。

 その後はお祭りを楽しんだ。

 リグドールと一緒に街をぶらつく。去年のことを思い出すと、懐かしくなった。

「リグ、今日、少し遅くなっても大丈夫?」

「うん。何、どっか行くの?」

「去年、大通り沿いの公園で移動遊園地があって」

「へえ。俺、祭りなんて行かせてもらったことほとんどないから、見てみたいな」

「じゃあ、行こう。僕も去年は通りすがりに見ただけでさ」

 連れだって向かうと、すでに演劇が行われており、楽隊が周辺を練り歩いていた。

 子供たちもまだ遊園地で遊んでいる。小さな子供用の遊具にはさすがに参加できず見て回るだけだったが、それもまた楽しい。

 柵に囲まれた中で、小型の希少獣たちの見世物もあった。

 騎獣とは違い人は乗せられないが、同種の獣よりも賢く強いため、貴族のペットとしても人気があるそうだ。そのため一般人はあまり見ることができない。

「テストゥドだ。大きいなー」

 テストゥドは亀型希少獣で、普通の亀よりも動きが早い。大きいものだと、子供なら乗れてしまう。実際、子供たちを交替で乗せていた。

「シーミアとタミアもいるな。タミア可愛いなあ」

 リグドールがうっとりと眺めている。子供たちにも人気の動物だ。

 シーミアが猿、タミアがシマリスのことで、愛くるしく人気があった。特にシーミアは賢く、移動動物園のオーナーの指示を良く聞いていた。

 そのうちに日が落ちてきて、辺りに明かりが明かり始める。

 石畳に銅交じりの金属柱、その上にガラスのランプ。ガス灯のような雰囲気のある色合いで、美しく幻想的だった。暗くなると光る、特殊な鉱石を使っている。魔道具を使うよりは安上がりなので、王都の道路や公園ではこれらが使われていた。

 遊園地の遊具にも明かりがついて、不思議な空間となっていく。

「別の世界みたいだな」

「うん」

「俺、初めて来たのに、なんだか懐かしい気持ちになる」

「僕も。最初に来たとき郷愁に駆られたんだよね。僕の生まれ育った場所は山奥なのに」

 ふふっと笑うと、リグドールも笑った。

「変な感じだよなあ。なんだか、すごく」

 段々と言葉が消えていき、やがて静かになった。

 リグドールの横顔がオレンジ色に照らされていた。

 楽しかったお祭りが、もう終わる。その寂しさからだろうか。普段とは違う光景に、感傷めいたものを覚える。

 ピエロが踊っている横で、親子連れが笑っていた。

 楽隊の音楽が通り過ぎていく。

 少し離れた場所から演劇の声が聞こえてきた。クライマックスのようで、情感たっぷりに歌い上げている。それから、大きな拍手。

「……来て良かったなあ」

「うん」

「誘ってくれて、ありがとな」

「ううん」

「……来年からさ、シウにはもう会えないだろ。ちょっと寂しかったんだ」

「うん」

「……嘘。ちょっとじゃなくて、結構寂しかった。本当はもっと一緒にいたいなって思ってた」

「うん」

 リグドールにとって、大事な友達の一人、なのだ。シウは。

 大きくなって元気になって、ようやくできた友人。

「俺、この景色を一生忘れないと思う」

「うん」

「俺たち、友達だよな」

「友達だよ」

「じゃあ、いつだってまた、会えるよな」

「もちろん」

「……そうだよな。シウだもんな。シウだったら、なんでもやれそう」

「なんだよ、それ」

 笑って答えると、リグドールも笑った。大人みたいな、落ち着いた笑顔だった。

 きっとリグドールは今日、またひとつ大人になったのだ。

 シウが、そうだったように。






 誕生祭の後からは、またいつもの日々が始まった。

 時々、爺様の山やコルディス湖畔の小屋へ行き、見回りをしつつ遊んで過ごした。

 火竜と地底竜にはたくさんの卵が産まれており、孵るまでにはもう少し時間がかかりそうだが、親竜は落ち着いているのでもう大丈夫だろう。大繁殖期だけのハーレムというが、意外と仲睦まじく過ごしているようだ。


 学校では人工地下迷宮がフル稼働していた。時折、軍の関係者や騎士学校の教師などが視察に来る。時間があればシウも案内をした。計画書を提出したのがシウだと知ると皆が一様に呆れたり驚いたりしていた。

 冒険者ギルドでは薬草採取を主に行った。レオンを連れて、王都外の近くの森は全部制覇した。見習いの子も何度か連れて行った。あくまでも練習としてだったので、森に入ってすぐのところまでだ。

 リグドールとも森で訓練をした。将来、何になるのかまだ決めかねているようだったが、覚えておいて損はないからと話し合った結果だ。レオンと組んで三人で行くこともあった。

 商人ギルドにはよく顔を出していたのでどうかすると職員のような扱いになった。

 何度も、将来の就職先として勧められ、笑ったものだ。


 たまにベルヘルトとエドラのところにも遊びに行ったし、その度にベルヘルトの素っ頓狂な言動に振り回されもした。エドラはうまく手綱を握っていて、そんなベルヘルトをいつでもにこにこと眺めていた。

 王城には二度招かれたが、ジークヴァルドがシウの家に来ることはなかった。やはり止められたようだ。貴族の家へも遊びに行くことすら難しいのに、庶民、しかも流民扱いとなる冒険者の家へはやれないようだった。

 キリクともオスカリウス邸で何度か会うことはあったが、あまり話し込むことはなかった。むしろイェルドやシリル、レベッカなどと話をした。キリクは押してダメなら引いてみろを実践しているのだと嘯いていた。

 アルゲオの家にももう一度だけ行った。スレイプニルのリデルと遊ぶためだ。ついでにアルゲオとも会った。会いたい主役が違うと怒られたりもしたが。

 アレストロの父親とは文通を行うようになった。もちろん相手は忙しい大臣なので、まだ二回目が終わったところだが、お互い好きなアロイス=ローゼンベルガーについて語り合ったりと、子供であるアレストロをそっちのけで楽しんでいる。

 クロエとザフィロの結婚式にも参加した。大勢の人を呼んでの盛大な結婚式はとても楽しかった。

 そうした日々の流れが、やがて終わりを見せた。



 王立ロワル魔法学院を卒業することになり、シウのシーカー魔法学院への入学が決まったのだ。

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