246 味自慢対決と魔力過多症




 この世界の人間には多かれ少なかれ、誰にでも魔力が備わっている。それは生まれた時からある存在だ。

 ただ、魔力量によっては生死にかかわることも多い。

 幼い頃は体が魔力の多さを受け入れられずに、一説によると魔素を体内でうまく循環させられないとも言われているが、そのせいで死ぬことも多い。魔力過多症とも呼ばれる病だ。

 根本を治せないので、家族はそっと見守るしかない。

 この不安定な体のため、魔力の多い子供は総じて病弱だ。常に死と隣り合わせで、大事に育てられる。

 五歳までは他の子供と同じく「神様からの預かりもの」と呼ばれて、死亡率もさほど変わらない。問題は十歳までだ。この間が特に顕著に差が出てくる。

 ただこの十歳を過ぎれば比較的安心で、十五歳の成人でようやく親は肩の荷を下ろすと言われていた。

 それぐらい、魔力量の多い子は成人するまでが大変だ。


 リグドールもまた魔力量の多い子供で、幼い頃から大事に育てられていた。

 ただ、その気質としてやんちゃだったこともあり、たびたび家を抜け出しては遊びに行っていたそうだ。

「でさあ、俺の家の周りっていうと、やっぱり商家が多いだろ? だから遊べそうな子はその商家の跡取りだとかが多かったんだよね」

「さっきのも?」

「うん。ところがさ、今思えばだけど、俺の家って商家にしては大きい規模だろ?」

「だね。ギルドからも大商人って紹介されたし」

 ははっ、とリグドールは笑った。笑ってから、少し目を伏せる。

「周りの家の子はどちらかっていうと、小規模から中規模程度の家ばかりでさ。親は阿ってくるわけ。で、子供はそれが気に入らないんだよな。また、年回りが悪くてさ。俺よりひとつ上か二つ上ってのばかりで固まっていて、他にいないんだよ、子供が」

「お兄さんと同年代だよね?」

 リグドールにはガルニールという兄がいる。

「兄貴は頭良かったし、学校が違っていたのと、商売好きだからって遊びもせずに店の勉強するような変わった性格だったからなあ。そうそう、そういうのもあいつら、気に入らなかったみたい。とにかく、それで俺が目を付けられてさ」

 ようやく見付けた階段の隙間に二人して座り、フェレスはその前でぐでっと寝転んでいる。そのせいか、少し隙間ができてゆっくり座りなおすことができた。

「いじめられてるのに最初気付かなくて、遊んでもらってるって思って、あいつらに付いて回ってたんだよなー。俺ほんとおバカだったから」

「友達が欲しかっただけでしょ」

「……うん、まあ、なあ」

 照れ臭そうに笑って、それから噴水の水飛沫を眺めた。

「だけど、連れまわされているうちに、置き去りにされてさ。雨の中で、場所も分からなくて、発見があと少し遅れてたら死んでたって、大騒ぎになったんだ」

「ああ、それで」

「俺が一人で行けるはずないってのは、家族も警邏隊の人も分かってるだろ? だから誰と遊びにいったのかって優しく聞かれて素直に答えたんだよなあ」

「それを逆恨みしちゃってるんだ?」

「うん。まあ、それ以来、一人で勝手に外に出たりはしてないから、睨まれこそすれ、何かされたってのはなかったんだけど」

「そういえば、今日は一人なの?」

 普段は家僕が付き添いでいるはずだ。シウのところにもよく遊びに来るが、決して一人にはならない。体が丈夫になったとはいえ、まだ十三歳だから両親の不安も分かる。

「ああ、そうなんだよ。逸れちゃってさ。でも会場まで来たら誰かしらに会えるだろうし、これだけ人が多いなら安心だろって思ってたんだけど。どのみち、会場まで来たら分かれるつもりだったしさ」

「心配してないかな?」

「うーん。どうだろ。もう会場が近いなって話はしていたから、そのまま祭りに行ったかもな。あ、怒んないでやってな。祭りを楽しみにしていたからさ」

 リグドールが生まれる前から屋敷で働いている家僕のことを、彼は親戚のオジサンといった感じで接しており、大好きらしい。

「じゃあ、後は遊んでいても大丈夫かな?」

「うん。俺、これを楽しみに朝ご飯抜きできたから、腹ペコなんだよ」

 言ったと同時にキュルキュルーっと大きな音がした。フェレスが驚いて起き上がった。

「ぶはっ、ごめんごめん! フェレス、これ、俺の腹の音、大丈夫だって」

「にゃー」

 よく分からなかったみたいで、首を傾げ、フェレスはその場で前足を揃えて座った。

「……わりいな」

 フェレスの頭を撫でながら、リグドールは小さく呟いた。

「話、聞いてくれて、ありがと」

 それを聞いて、シウはふっと笑った。

「どういたしまして」

 相手に聞こえるかどうかの小さな声で、そう答えて。




 リグドールという味方を見付けたので、二人して手分けして買おうと話をしていたら、アキエラたちとも合流した。更に、ヴィヴィやレオンも来たので、全員で買い集める算段をした。

 養護施設の子供たちもいて、思いの外人数が増えたから、それぞれが数人分の量を買ってきて分け合うことにした。資金は持ち寄ったものを再分配した。子供たちの小遣いではなかなか厳しかろうと、こっそりシウが余分に足しておく。

 レオンとリグドールは気付いたようだったが、黙っていてくれた。

 席の確保はフェレスに頼んだ。

 階段に座らせて、看板を立てる。

「《席取りをしています。触っても良いけど、優しくね!》」

 大事な任務だからねと言い聞かせたら、フェレスはやる気になったようで鼻息荒く座りなおしていた。


 買い出しを済ませて戻ると、フェレスの周りには子供連れの親子が何組かいた。

 シウを見てフェレスが嬉しそうに尻尾を振るので、主が帰ってきたのだと気付いたらしい彼等は、口々に「可愛い子ですねえ」と褒めてくれた。

「触っても全然怒らないし、この子も喜んでました。ありがとう」

「いえいえ」

「お友達同士で食べ比べ?」

「はい」

「僕等もこれからなんだ。ちょっと見ていい?」

「どうぞ」

 わー、美味しそうだねー、と若いお父さんが言うと、子供も嬉しそうにはしゃいだ。

「早速買いに行こうか。じゃ、ありがとう」

 親子たちはそれぞれお礼を言って去って行った。

 こちらこそ、ありがとうだ。彼等がいてくれたおかげで、フェレスの周囲には誰も座っていない。席の確保をしてくれていたようなもので、助かった。

「お前、すごいこと考えるよなあ。ていうか、フェレスよく盗まれなかったな」

 呆れたようにリグドールが話しながら近付いてくる。他の面々も戻って来たようだ。

「だって、もう成獣だよ。それに、一応、勲章の略綬のリボンを付けてあげてたからね」

「略綬?」

「フェレスも国から勲章貰ったんだよ。ぴかぴか光る宝物だからって隠してるんで、略綬を付けてあげたんだ」

「ああ! 本物か! てっきりフェレスのためにまたお前が凝ったものを作ったんだとばかり思ってたよ」

「そこまでしないよー。ほら、お祭りだし騎獣を連れ歩くの注意されそうでしょう? だから念のために付けてあげたんだ」

 なるほどねー、と皆が話を聞いて頷いている。

「それより、早く食べ比べしようよー」

「お、そうだそうだ。俺もう腹が減りすぎてくっつきそう」

 リグドールの言葉に全員がドッと笑った。

 シウがその場に即席の机を取り出して設置すると、ちょっと周囲がざわめいたもののまた元の喧騒に戻った。

「相変わらずやることが半端ないなあ」

 などと言いつつ、皆で皿を並べる。立ったままだがこれもまた良いだろう。フェレスも気になるようなので、余分に買ってきたものをあげた。


 皆でわいわい言いながら、あれが美味しいこれが美味しいと、悩ましい会話を続けた。

「ていうか、ハンバーグ、すっげえ美味い!」

「俺も!」

「あたしもこれ、すごい好き。ねえ、これどうやって作るの? 作れるかしら」

「作り方、店の横に書いてくれてたよ。あれって家庭でも作って良いってことかな」

「そうだよ。基本の作り方を書いてもらってるんだ。あとは創作。各家庭でお好みに味付けしたらいいんじゃないかなあ」

「えー、そうなんだ!」

「でも大変じゃない?」

 女子たちは作る側に立って考えているが、男子たちはひたすら食べることに専念していた。

 リグドールもすごいが、レオンはどこに入るのだろうという勢いで食べている。

 養護施設の弟妹達がレオンに、みっともないから外でバクバク食べるなと注意していた。その様子に、リグドールとヴィヴィが驚く。学校でのレオンとかけ離れているからだろう。


 家庭料理の方も、それぞれに工夫がなされていた。

 ただ、これが家庭料理? と疑わしいような内容のものもあったけれど、そうしたものは票も伸びていないようだった。

「こんな仕込みに時間がかかるようなもの、家庭では作らないよねえ」

「ほんと。絶対男性が作ってるんじゃない?」

 と、女子たちは辛辣だ。

 ちなみに、人気の大手レストランが出したものだ。

 良い材料を、良い値段で売り出すものだから客足も伸びず、残念だった。

 ただ、味付け自体は美味しいし、すごく練られていると思う。

 問題はこれが大会の趣旨に合っていないことだ。

 もし次回があれば、それぞれ目的別に対決しても良いんじゃないのかなと、ついつい企画を脳内で立ててしまうシウだった。

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