245 味自慢対決とリグドール
誕生祭の最終日、朝から清々しい天気で、シウのみならず大会関係者は全員がホッとしていた。
この季節は雨が少ないけれど、それでも気になっていたのだ。
雨だとどうしても客足は途絶えるので企画の関係上、晴れてほしかった。
「いい天気だねー」
「にゃー」
魔法で雨を降らせることはできるかもしれないが、晴れにするのは難しそうだなと考えながら、シウはフェレスを伴って大会の会場まで向かった。
設営を手伝うためだ。
ほとんど出来上がっているが、この日の朝に突貫で組み立てないといけない設備もあって、関係者は朝から忙しい。いや、前夜から忙しかっただろう。
差し入れがてら、お邪魔しに行った。
設営が終わると、商人ギルドの職員や雇われた人たちが晴れやかな顔になった。これから戦場になるのだが、ここまできたら後は走り抜けるだけだ。
「今日一日だ。今日一日、頑張ろう!!」
「「「おーっ!!」」」
参加する料理人や従業員など全員が円陣になって気勢を上げた。シウももちろん一緒になって叫んだ。シウの横ではフェレスも「にゃー」と少々気の抜けた声で合わせていた。
会場は中央地区にある一番大きな公園広場で、真ん中にある噴水を中心に、東側をハンバーグを素材とした創作料理、西側を家庭料理全般の料理対決とした。東側と西側それぞれから優勝者を選出する。
課題ありで勝負をするのは料理人にとっても腕の鳴ることらしく、有名店のレストランや、我こそはと思う貴族の厨房を任された料理人などは両方にエントリーしていた。
よく参加してくれたなと思ったが、商人ギルドの職員たちの人脈を駆使して、面白がってくれた人にはここぞとばかりにお願い攻撃をしたようだ。
当然、小さい店の者も参加しており、大会の規模の大きさに驚いているチームもあった。そうしたところには、商人ギルドから助っ人が入っていた。
なにしろ急場のイベントだったため、手探りなのだ。
大会が始まってからも、あっちこっちからヘルプの要請があったりと、本部は大変そうだった。
シウも本部で少しばかり手伝っていたら、いつの間にか「ロワル商人ギルド本部・大会本部」という腕章を渡されそうになって慌てて断った。
「食べ比べできなくなるじゃないですかー!」
「あ、やっぱり無理か」
と、とても残念そうに笑われてしまった。
「差し入れならもらえると思うんだけど、やっぱりダメ?」
まだ名残惜しそうに言われたので、シウは慌てて手を振った。
「そんなこと言って食べられなかったら後悔するから! 僕、もうお店めぐりしてきます!」
慌てて本部を出ていった。
後ろで、あー待ってー行かないでーという声が聞こえたけれど、振り切った。
今回はデザート系の対決はないので、店の開始時刻は午前半ばからとなった。これを午後二時間後まで行い、集計する。
事前のすり合わせができずに、値段を統一できなかったのが悔やまれるが、お客さんは食べたいものを自分で買って、美味しいと思ったものに票を入れる。
票はフォークスプーンだ。お店で商品を買ったらもらえるので、食べたあとはそのまま噴水近くにある投票箱へ入れるだけ。ついでにお皿もそこで回収する。
お皿は商人ギルドで統一のものを揃えた。これも次回があればまた考えておかないといけない部分だ。参加人数が増えたら用意するのも大変だし、不正防止のことを考えれば、使い捨てとして専用に作り、回収した後に再利用するのが良いのではないかと思う。
会場はすでに前評判のせいか、噂を流し過ぎたからか予想以上に集まっていた。
会場を鎖で塞いでいたのに乗り越えようとする人も多かったそうだ。その頃本部にいたシウは見ていないけれど、雇われ護衛の人がぼやいていた。
「美味しいっ、ね、これ、すごいよ! あっちのも食べてみようよ」
「おい、これ、どれも美味しいから決められないぞ」
「全部制覇しないと無理だよねえ。なんて恐ろしい企画なんだ」
お財布と胃に相談しないといけない企画です。脳内で一人突っ込んでから、シウも並んで商品を購入した。
が、並ぶのが大変だ。全部制覇できるのだろうか。しかも人が多すぎて座って食べられない。会場内に用意したテーブルや椅子はすべて埋まっているし、噴水周りの石積みや階段などは尽く座れる余地がない。
皿を手にうろうろしていたら、リグドールの気配を察知した。
彼にも話していたが、来るのは昼過ぎだと言っていた。随分早いなーと思いつつ、リグドールのいる方面へと進んでいくと、知らない子たちと一緒だった。
「お前、やっぱり、アドリッド家のヤツだろ?」
「病弱のリグだっけ」
「こんなところで何やってんだ」
妙な会話だ。ふと、足を止めて、ゆっくりと歩き出した。気配は消している。フェレスもすぐさまおとなしくなった。こういう時、同じことをしようと合わせてくるのだ。
「遊びに来たに決まってるだろ。そこ、どけよ」
「口だけは相変わらず達者だよな!」
「弱ぇくせによ」
ははは、と五人で囲んで笑っている。感じの悪い笑い方だった。
「また喧嘩に負けたーって親に泣きつくのか?」
「あの時はチクってくれて、ありがとうよ!」
「弱虫野郎が!」
「多人数で一人を苛める方がよっぽど弱虫野郎だと思うけどな」
確かに。良いこと言うなあと、シウが感心して見ていたら。
少年たちがリグドールの胸をドンと突くようにして叩いた。
リグドールも避けようとはしていたが、他に人の流れもあって思うように大きく動けないようだった。
何度も肩や腕、胸を突かれる。その度に力を逃したりはしているので倒れることはなかったが、少年たちもそれで余計に止められなくなったのか、あるいは元からそのつもりか、調子に乗ってきた。
「へっ、相変わらず弱虫野郎が」
「おい、金持ってるんだろ? 出せよ」
「おら!」
元より逃げ場がなかったので、それまで持ちこたえていたリグドールも最後の突きに押されてぐらっと体勢を崩した。その勢いで通行人にぶつかる。
「おっと、何やってんだ。ふざけてるのか、ガキどもが」
少し酔っている風な男性が、軽めに凄んできた。これはまずいかなと、傍観を止めて近付こうとしたら。
「すみません。人の波に押されて踏ん張れませんでした。大丈夫ですか?」
リグドールが丁寧に返した。その言葉遣いや、服装、落ち着いた態度に、酔っ払いの男性が正気付いたようで慌てて手を振った。
「い、いや、大丈夫だ。お前さんも気を付けろよ。人が多いからな!」
そう言ってそそくさと去って行く。
その間、少年たちは自分は関係ないといった態度で素知らぬ顔をしていた。
リグドールは男性に頭を下げ、それから振り返った。
「これ以上続けるなら、今度は親じゃなくて、警邏隊に突きだすぞ」
「は? やれるもんならやってみろよ」
「偉そうに、何言ってやがんだ」
ちんぴらまがいの言葉を使っているが、彼等は商家の子供のようで身形は良い。
少なくとも、お金を同年代の子供から巻き上げないとやっていけないような貧乏さは窺えない。
「こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがって。おら、こっち来いよ!」
「有り金全部もらっておいてやるぜ」
リグドールの服を掴んで引っ張ろうとしたが、思いの外しっかりと立っていた彼を動かすことはできなかった。怪訝そうにリグドールを見返した時には、もう茨の蔓が伸びていた。
くるくるっと茨が彼等の腕に巻きつく。
「うわっ、なんだ」
「なんだよ、これっ!!」
大声で騒ぎ始めたので、シウは警邏隊の人に合図して呼び寄せた。
人が多いと揉め事も増えるので、会場には警邏隊の巡回を増やしてもらっていたのだ。
顔を合わせていたこともあり、手を振るとすぐさま彼等は駆け付けてくれた。
少年たちが言い訳するより前にと、シウは先に説明する。
「あの子たちが、少年一人に対して取り囲み、恐喝していました。暴力も振るおうとしていたので、魔法で捕えたようです」
「了解」
敬礼してすぐ少年たちに近付いた。
「お、おい、こいつが俺たちに変なものを使ったんだ」
「街中でこんな魔法使っていいのかよっ」
「こいつを捕えろ!」
口々に偉そうな物言いをする少年たちを、警邏隊の面々は苦い顔をして睨み付けた。
「目撃者がいる。それに、お前たちのことは知っているぞ」
「悪がきどもめ。問題ばかり起こしているだろう。さあ、立て」
「一晩、牢で頭を冷やすんだな!」
「大人と同じ牢だ。よく頭も冷えるだろうよ」
言葉で脅して、少年たちを黙らせ、警邏隊は連れて行ってくれた。
周囲の人たちは驚いていたものの警邏隊がすぐに行動したことと、もう大丈夫ですよ、との声で安心したのかまた元のざわめきに戻って行った。
残った警邏隊の男性が、リグドールに簡単な聴取を行って、それから離れて行った。
「シウ、お前が呼んでくれたんだ」
「うん」
「ありがとな。なんかもう、恥ずかしいところ見られちゃったよな」
「そう? うまくやってて、すごいなあと思ったけど」
リグドールは一瞬ぽかんとした顔をして、それから苦笑した。
「そんなことはないけどさ」
「だって、我慢してたでしょ? リグの方が遙かに強いのに」
「……こういうので魔法使って勝っても、良くないだろ。俺の方が弱いもの苛めになっちまう。それにまあ、人混みだったし」
「うん。良い判断だったよね。茨の操作もすごい上手でびっくりした」
「へへ、まあな」
照れ臭そうに笑うリグドールの肩を、シウは慰める意味も込めてそっと叩いた。
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