244 二日目のお祭り




 二日目は古書めぐりや魔道具の出店を冷やかそうと、カスパルたち研究科七クラスの何人かと落ち合った。

 エドヴァルドからもお誘いがあったのだが、侯爵家としての行事に強制参加が決まったらしく結局来ることは敵わなかった。可哀想なので判例集の本があれば探しておくと約束した。

「水洗便所の試作は進んでいるのだけど、まだ細かい箇所が気になってね。できれば補完となる資料が得られたら良いね」

「カスパル先輩、結局卒論はそれにするんだ」

 呆れた声で確認すると、カスパル以外が同じような顔つきになった。

「販売は諦めたようだけど、自宅に特注品として作る分には問題ないって言い張ってるんだよ」

「まあ、あれ、便利だものね」

「古代の人はすごいもの開発してるよな」

 古代の人というよりは、絶対に日本人転生者だと思う。

 もちろん、言わないけれど。

「シウは卒論は何にするの?」

 ボリスに聞かれて、シウは曖昧に笑った。

「あー、ええと」

「まさかもう出したとか?」

 まっさかー、というような顔で笑っていたボリスが、段々と真顔になる。

「え、本当に?」

 ダンやヴィゴも驚いて詰め寄ってきたので、シウは首を傾げながら頷いた。

「先生が、古代語で魔道具作れる人に卒論は必要ないって言われて」

「えーっ」

「だから言っただろう? シウはもう卒業が決まってるって。それは試験も通っているという判断なのだよ」

「カスパル先輩は自分のことも自信満々に言うからー」

 ボリスが苦笑して言う。カスパルの場合はまだ試験に合格していないので卒業できるかどうかは決まっていないのだ。

「そっか。じゃ、他の教科も確実なんだね」

「どうかなあ。戦略では相変わらず議論に負けてるけど」

「エドヴァルド先輩が相手じゃ、勝てないよね。ごり押しされそう」

「あれは、裁判かぶれだからだろう」

 ちょっと辛辣に、カスパルが言う。

「あの勢いで話しかけられたら、誰だって議論にならない」

 以前、古代語で書かれた判例集をカスパルが持っていた縁で、仲良く(?)なった二人だが、変人同士の会話はあまり弾まなかったようだ。

「一応、課題は毎回提出してなんとかなってるけど。卒論が要るって話は聞いていないから、どうかなあ」

「大丈夫だろう。あの演習事件をまとめて乗り切ったんだ、戦略科としては実地試験で即合格だろうと思うね」

「だから、なんでカスパル先輩そんなに自信満々なんですかー」

 ボリスの台詞に、皆が笑った。


 古代語が好きなシウとでは厳密には違うのだけれど、研究科七クラスの面々は古代語の魔術式を解析する研究科だけあって、古書めぐりも楽しいものがあった。

 ただ、昨年の爆買いを覚えていた店主などからは、

「今回はまとめ買いしないのかい?」

 と言われて焦ってしまった。

「君、そんなことしてたのか」

 とダンには呆れられてしまった。ダンは変人の巣窟と言われる研究科の最後の良識と呼ばれており、常識人だ。他の面々、特にカスパルなどはそれがどうしたの、といった態度でいる。そんな中、ダンは一人でシウに注意した。

「子供が大金を使うと危ないよ。気を付けないと。顔を覚えられているじゃないか」

「はあ」

「良いかい、こういう時はね――」

 説明している最中、空気を読まないカスパルが店主とやりとりをしていた。

「ご主人、このへん全部こちらへ届けてくれたまえ」

 名刺のような小さな紙片を、たぶん割符だろう、それを渡していた。

「へい。了解しました」

「他の方にも声を掛けてね。こういった関係のものなら全部、買い取るから」

 ダンが若干引いている。

「……えー、まあ、ごほん。本来は従者なりが、こっそり戻ってきて注文するのが正しいやり方です」

「あ、はい」

「決してあれを真似しないように」

「はい」

「今回は護衛がいるのでね、仕方ないんだけどね!」

 段々と目が吊り上がってきている。怖いので、シウはただただ頷くに留めた。


 カスパルたちもこうして自らの足を運んで、目で見てまわるというのは初めての事らしい。

 そもそも貴族が街に出て物を買うこと自体が珍しく、誕生祭だから特別に許されたとか。

 クラスメイトの友人たちも、そう簡単には街へ降りることを許されておらず、親の立場からすればかなりの譲歩だったようだ。

 シウが共にいる、ということも条件のひとつだったらしいから、演習事件以降、シウの株はそういう意味では上がっていた。

「カスパル先輩は、どうやって今日の休みをもぎ取ったんですか?」

 ふと気になって聞いてみた。

 カスパルは少し天を向いてぼんやりした後、振り返ってシウを見下ろした。

「来年はラトリシアに行って街暮らしとなるから、街の様子に慣れることも必要だと。それに少しはこの国のことを知っていないと、学友に自国の説明ができず恥ずかしい思いをするだろう。後学のためにもぜひ、シュタイバーンの自慢とされる誕生祭を見ておきたいと、申し上げたな」

「……割と真っ当なこと言ったんですねえ」

「君は顔に似合わず、たまにきついことを言うね」

 ふにゃっと眉を寄せて、カスパルは変な顔になった。なんとも言い難い、といった表情のまま、少し笑う。

「……シュタイバーン国の代表と言うとおこがましいがね、貴族の子である以上はそういった目で見られるだろう。だから、なるべく広く物を知っておきたいとまあ、ね」

「理屈で攻められたんですよね。旦那様がもう勘弁してくれと仰った時の顔といったらなかったです」

 ダンもその場に居合わせたようだ。

「面倒臭がって適当な返事をされるので、カスパル様がまた微に入り細に入ってご説明を続けるので――」

 くくくっと思い出したように笑い、それからシウの方へ向いた。

「留めに、同行するのは研究科のクラスメイトで演習事件の功労者もいますよとお教えしましたら、だったら構わないとあっさり白旗を上げられまして」

「シウ様様だな。ああ、そうだ。父上が、ラトリシアではぜひとも同じ屋敷に住まわれるようくれぐれもよろしくと言っていた。決して遠慮はされるな、とのことだ」

「はあ」

「なに、責任を押し付けたりはしないよ。父上もそこまで厚顔ではなかろう。護衛も多くいる。どちらかと言えば、小さな英雄に阿っているだけだ。気にしないでほしい」

 こうした気遣いは貴族らしい。普段の研究一筋とはまた違っていて、驚く。

 貴族の子というのは幼い頃から英才教育を受けているのだろう。

「ええと、じゃあ、お世話になります」

「うん。よろしくね」

「俺も卒業したら、今度は従者として付いていくつもりだから、よろしく」

「ダンはシーカーには入学しないの?」

「そこまでの頭はないからなあ。せいぜい飛び級して、魔法学校を卒業するぐらいだよ」

「それはそれですごいと思うけど」

 ボリスが羨ましそうに言った。

「僕は予定通りかかりそう。まだ取れていない必須科目もあるし」

「嫌な科目を後回しにするからだよ。低学年の子と一緒に習うの、結構つらいぞ」

「ヴィゴ、君、低学年のクラスあったっけ」

「知り合いの子が言ってた。相手がまた家格が上ばかりで、余計に身の置き場がないって」

 それからは貴族同士の付き合いが大変だとか、子供同士でもいろいろあるのだと思わせる、世知辛い話をしていた。



 魔道具の出店には、去年見かけた窃盗団らしき男はいなかった。

 ただ、新たに贋作を売る店を見付けたりした。

 今回はカスパルたちもいるので声を掛けずに、後でこっそり警邏隊に教えたりした。

 警邏隊の一人がシウを知っていたようで、疑いもせずに話を聞いてくれたので話が早かった。

 しかし、顔を覚えられているのが恐ろしい。

 どうしてだろうと思っていたら、

「だって、徒歩で貴族街を抜けて王城へ向かっているんだよ。覚えもするさ」

 と言われてしまった。

「しかも、騎獣を連れて歩いてるし。あの英雄の隠し子が来たぞ、って話題になるんだ」

「……ええと、それ、キリク、じゃなかったオスカリウス辺境伯のことですか?」

「うん。実際はどうなの?」

 興味津々に聞かれて、シウは急いで否定した。

「皆さん面白がって変な噂を流してくれるんですけど、隠し子じゃないです。僕を育ててくれた爺様が、キリク様の恩人だったそうです。で、いろいろあって、後ろ盾になってくれてるだけで。大体、あの人に僕、全然似てないでしょうに」

 少しむくれてみたら、警邏隊の面々は笑った。

「まあなあ。骨格からして違うものな。でも、俺たちならそれが分かっても、貴族の方々は分からないんだよ。安心しな。俺たちは、単に面白がってるだけだ」

「それが困るんですー」

「はっはっは」

 仲良くなって、別れたものの、やっぱりあのキリクの隠し子と言われるのはなんだか釈然としないシウだった。

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