255 失敗すると臭いです




 ルランドに依頼を達成したことを証明するため、背負った荷物から討伐部位を取り出した。岩猪の牙があれば良いそうで、それを見せる。

 ついでにまだ時間に余裕があるので、作業場を借りてクラルに解体を練習させたいと申し出た。

「えっ、本体を持って帰ったのか?」

「一匹は現地で解体して運んできました。二人で手分けして持ってきてます。ほら」

 と、クラルの下ろした荷物を見てルランドたちは驚いた。

 早速作業場へ案内してもらい、そこで魔法袋からボロボロの岩猪を取り出した。

 買取専門の職員が目を細めた。

「こんなに毛皮をダメにしてボロボロじゃあ、買い取り額は低いなあ」

「にゃ……」

 また落ち込みかけたフェレスを救ったのは、クラルだった。

「これは僕が解体するためにフェレス君が狩ってくれたものです!」

「にゃあ……」

 詳しくは分かっていないようだが、庇ってくれたことには気付いたようだ。フェレスは目を輝かせてクラルを見ていた。

「それに魔獣を倒すなんて、フェレス君はすごいです!」

「お、おおう、そうか」

「ちゃんと倒したものもまだ二匹あるんですよ」

「ええっ? そうなのか? アイテムボックスにまだ入ってるのか!」

「はい。フェレスが狩ったのが後二匹、僕のが、えっと、あ、でも、それは知り合いに卸そうと思ってて」

「……ちょっと待ってくれ。買い取りはともかく討伐したなら、その証明部位を出してくれ。どこの森のものかも知りたいしな」

「あ、そうか。はい、じゃあ、とりあえず全部出します」

 全部で十五匹あった。内三匹がフェレスの倒した分だ。

「……最初の分と合わせて、十六匹分、か?」

「はい」

「おい、クラル、本当だろうな?」

「この目で見たので間違いありません! 信じてないんですか?」

「いや……だってなあ……」

 買取専門の職員タウロスは頭を掻いてしきりに唸っていたが、やってきたルランドに指示してシウのギルドカードをもう一度更新させ直していた。


 その間に、クラルには解体をしてもらう。

 作業場には簡単に血抜きできる装置もあり、あっさりと持ち上げることができた。

 ナイフや鉈も揃っているのでやりやすい。

 普段は専門の職員か雇われが解体するそうだ。持ちこんでくる冒険者も一々現地で解体までやってられないのだろう。

「そう、そこでナイフをぐるりと回して、そうそう」

「よしっ」

 クラルは最初はシウのやることをおっかなびっくり見ていたのに、今では真剣な顔をして手を血で汚して解体していた。

 戻ってきたルランドが驚いた顔をしてその作業を眺めている。

「薄皮を切って、大丈夫、もう少し力を入れても良いよ。そうそう。そのへんから内臓があるから引っ張るようにしてね、うん、上手だよ」

「……これが、睾丸、で」

「そう。傷付けないようにね」

 と、言っているそばからナイフが勢いよく当たってしまった。

「うわっ」

 咄嗟にガードしたシウには飛び散らなかったが、クラルはまともに頭から液体を被ってしまった。

「うぇー」

「あーあ」

「にゃーにゃ」

 何故かフェレスにまで呆れられてしまったクラルだが、布で顔をぬぐうと、すぐに次の作業へと戻った。

「そうそう。内臓や肛門を傷つけるよりはずっとましだよ。……まあ、匂うだけで」

 臭い匂いが充満していたけれど、クラルは真剣だった。

 タウロスがソッと窓を開けに行っていた。


 なんとか全部を一人で解体し終えた時には二時間経っていた。

「初めてで、これは、優秀だと思うよ」

「そ、そう?」

「うん。特に岩猪は大物だからね。早いと思う」

「そうだな。二時間ってのは驚異的だぜ。坊主の教え方が的確すぎてそれも驚いたが、それにしたって早い。意外な特技だな」

 クラルは褒められてぱあっと顔を輝かせた。

「お前さんは真面目だし、丁寧な仕事をする。普通は初めてだと内臓を傷つけてダメにするもんだがな。睾丸なんぞ大したことはない。臭いだけだ。だが、内臓、特に腸をやっちまうと肉はおじゃんだ。度胸も付いたようだし、今回のことは良い経験だったな」

「はい!」

「また解体やってみろよ。なんでもやれると、ギルドでも重宝されるぞ」

「はい。やってみます」

「……じゃあ、何匹か、ここに卸していきましょうか」

「おっ、そうしてくれるとこっちも助かる。最近、岩猪の入りが少なかったんだ」

「そうなんですか」

「年末年始でな、冒険者も飲めや歌えの騒ぎさ。働き者の冒険者は新年の森の見回りに駆り出されてるし」

 森が多いと魔獣も多く生息し、国の力だけでは管理しきれない。力のある上級ランクの冒険者には半強制的に仕事が割り振られるようだった。

 シウはとりあえず数匹残して、あとはまた魔法袋に戻した。

「明日、時間があえば、基礎だけ教えにくるけど、どうする?」

「お願いします!」

「お、なんだなんだ? ギルド職員が教わるのか?」

 タウロスにからかわれたが、クラルは真面目な顔をして頷いた。

「僕でも使える魔法を、教わろうと思いまして」

「ははあ、そんなのがあるのか?」

「魔力の節約術です。クラルには基礎を教えてから、後は自分でノートを見て勉強してもらいます。時々、抜き打ちテストをするからね」

「うん。頑張るよ!」

 張り切っているクラルに、タウロスは苦笑していたものの優しい眼差しをしていた。

「じゃ、今日はもう遅いから帰ります。明日も朝一番に来て大丈夫かな?」

「おう、来てやってくれ。俺たちがやる仕事を任せるみたいで、悪いがな」

「いいえ。だって、クラルとはもう友達だし。ね?」

「……は、はいっ!」

「敬語だよ」

「あ、うんっ、そうだね!」

 じゃあねと手を振って、フェレスは尻尾を振って、その場を後にした。


 ところで、浄化していなかったので、クラルは相当臭かったはずだ。

 あの後大変だっただろうなと気付いたのは屋敷に戻ってからで、申し訳ないことをした。

 まあこれも良い経験かなと、思い直したけれど。

 シウも小さい頃に一度失敗して、とても嫌な思いをしたことがある。あの時は爺様に思う存分笑われたものだ。

 それから川でごしごしと全身を洗われた。

 寒い中でのことだったから身を切るような冷たさだったが、よく風邪をひかなかったものだ。

 あれに比べたらマシだよなあと思う。

 明日になっても匂っていたら助けてあげようと、小さく笑った。なんとなく爺様が大笑いした理由が分かってしまったシウだった。



 翌朝、金の日にまた冒険者ギルドへ行き、ルランドの了解を得て小部屋を借りた。

 そこで午前中かけて節約術の考え方について説明し、木属性の簡単な魔法、芽を出すところまでをやって終了した。そのうち、薪から水分を吐き出す方法も覚えてもらう。無属性持ちなので気配察知や探索もできるから覚えると楽しいだろう。

 そんな話をして、ギルドを後にした。

 お昼はまた市場近くの店に行った。

「こんにちは。お昼ご飯を食べに来ました」

「お、来たか」

「岩猪も持ってきたので、後で見てください」

 店主はびっくりして顔を二度見してきた。

「魔法袋持っているので。解体はまだしてないんです。解体できる場所あります?」

「あ、ああ、あるけどよ」

 驚きつつも、そこはプロなので他のお客さんの分も含めてサッと料理を作ってくれた。

 相変わらずあっさりしているのに美味しいシチューを出してもらい、大満足で食べ終えた。

 その後、客が捌けるのを待って、裏手に回った。

 倉庫があり、肉置場と解体場もあったので、特に指定はないらしいから魔法で簡単に解体していった。

「……すっげーな。こんなの初めて見たぞ」

「そうですか?」

「どんだけ魔力あるんだ」

「あはは」

 もう説明するのが大変になってきたので、シウは笑って誤魔化した。

 結局、残りの岩猪は全部買い取ってくれた。天然冷蔵庫もあるので日持ちするそうだ。熟成肉にしなくても、普通に食べる方法もあるし、冬場はどうしても量が減るので嬉しいそうだ。同業者にも融通できるから有り難いとお礼を言われた。

 買取価格はロワルよりも高く、遠慮したのだが「これがルシエラでの価格だ」と言うので受け取った。冬価格なのかもしれなかった。

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