256 魔法学院の六角形の校舎




 土の日はシーカー魔法学院の入学式だった。

 カスパルが一緒の馬車で行こうと言うので、乗っていくことにした。ブラード家の別邸は貴族街でも端にあり、大商人街に近い。シーカー魔法学院はその境目に建っており、馬車で五分とかからない。というより歩いた方が早いかもしれない距離だ。馬車だと遠回りになるせいだが、その不思議な感覚はカスパルには理解できないようだった。

 貴族だから馬車で通う。それが当たり前になっているのだ。

 校門を抜けると、校舎前の停留所で全員が降りる。

「若様、坊ちゃま方、何かございましたら停留所横の待機場にてお待ちしておりますのでお呼びください」

 リコはそう言うと静かに離れて行った。待機場は玄関前の停留所から見える位置にあり、家僕や御者などの人間が休む建物も併設しているため、玄関に主が現れたらすぐに気付くだろう。馬車は戻っていくものも多かった。停めておけるのはある程度、上の階級でないと難しいようだ。

 カスパルには従者のダンと、護衛のルフィノが付いているのでリコは下がったが、交替や補佐が必要な場合は付き従う。これでもお付きが少ない方らしい。

 見ていると同じように歩いている新入生が多くいた。中には騎獣を連れている者もいて、ホッとする。

 ロワルと違って街で騎獣をあまり見かけないので、本当にいるのかと不安になっていたところだ。

 梟の希少獣を連れている者もいて、ローブと杖のセットで本物の魔法使いだーと内心で笑う。

 ただ、フェーレースは見かけなかった。

 中途半端で人気がないらしく、卵石から孵っても面倒を見ずに捨てる者もいると聞いたことがあった。ひどい話だった。

 フェーレースは騎獣の中では下位にあたるし、飛行速度も遅いと言われる種族だが、騎獣としては充分役に立ってくれてるし、なによりも可愛らしいのに。

 同じ理由から、ルフスケルウスも不人気だ。鹿型で小型種なので一人しか乗せられないからだ。ウルペースという狐型も人気はないが、こちらは希少であまり見かけない。もっと北国での発現が多いようだった。

 どちらにしてもそんなことぐらいで捨てるなど、有り得ない話だ。

 シウはフェレスの頭を撫でながら入学式が行われる大講堂へと歩いて行った。


 シーカー魔法学院は四年から六年ほどかけて卒業する、まさしく大学校で、一学年には三百人から四百人ほどが在籍していた。上級生になるほど人数が減っていくのは脱落者がいるせいで、全体では一五〇〇人ほどが学んでいるとか。

 その為、大講堂も幾つかに分かれており、今回は入学者全員が入れる第一大講堂に案内された。

 天井はアーチ状になっており、貴重なステンドグラスで飾られている。

 お金がかかっているなーと建築様式などを見て、下世話なことを考えた。

 学院長はベルナルド=シベリウスという伯爵家の出身で、若いのに熱心に魔法使いを育てているそうだ。話もさほど長くなく、注意点や、学校の在り様について語っていた。

 初年度担当長の方が話は長かったぐらいだ。

 シーカーでは生徒数が多いので、地域別にクラス分けをしているそうだが、あまりクラス単位での行動はないらしい。単位も独自に取っていくので、行事ごとでしか顔を合わせないこともあるそうだ。

 校舎は幾つかに分かれており、本校舎は六角形の四階建てで、広大だ。なにしろ、中庭には小さな森を有するほどだった。視覚転移で見降ろすと十万平米はあるようだ。

 その本校舎には、大講堂やドーム体育館、実験棟、研究棟などが渡り廊下で繋がっている。上空から見るとまるで迷路のようにも見える。雨が降っても大丈夫なように全ての渡り廊下に屋根がついており、地面を直接歩くのは実践授業などで運動場に出る場合のみだ。

 少し離れた寮までも三通りの渡り廊下が繋がっていた。あちこちに木々を配し、長い廊下を飽きさせないための工夫がされているようだった。

 視覚転移で見ていると学校も楽しい。

 長い入学式が終わると、クラス担当に連れられてミーティングスペースへ向かう。道すがら、彼は重要な箇所を指差しで教えてくれた。

「ロッカールームは本校舎の正面玄関から入って右側に並んでいるので、各自確認しておくように。クラスごとに分かれている。これから向かう集会室もクラス用だ。色は青と緑の組み合わせだ。卒業するまで同じなので覚えておくように。クラス単位の案内は集会室に掲示することになっているが、個人への連絡はロッカーの中へ入れておく。投入口が狭いので、大きい荷などは届けられないから、荷物がある場合は集会室へ運ばれる。つまり君たちは、必ずロッカールームへ行き、集会室へ一度は来る必要がある。分かったね?」

 ミーティングスペースに到着したと同時に振り返ったので、三十人ほどのクラスメイトが一斉にはいと返事した。

「さて、では、自己紹介としよう。わたしはアラリコ、魔法使いで四十二歳。言語魔法のレベル四持ちだ。授業は言語学と古代語解析などを担当している」

 鑑定結果では更に書記魔法レベル二と無属性レベル一だったが、それらは省いたようだ。この学校の教師陣はさすが世界一と謳うだけあってレベルの高い魔法使いが多かった。魔力量も多く、平均で五十はある。

「入学資料は読んだかね? うむ、読んだようだ。では今日中に受講する講座を選んでおきなさい。来週の四日間を各講座への授業参観として、最終日の土の日に決定すること。決まれば、取得講座を書いた紙をわたしのロッカーへ入れておくように。同じ青緑の組にあるので分かり易かろう。それと、相談事などもクラス担当が引き受けるので、わたしの執務室に届けてもらっても良い。ただし、執務室は正反対の場所、ここから対角線上の二階にあるので歩きたい場合だけ、どうぞ」

 イギリス人風だなあと先生を眺めて思う。どことなく皮肉調だ。紳士然として、さっさと話してしまうところも似ている気がする。

「初年度生徒の集会室はロッカールームから近い場所にあるが、次年度からは二階と三階の集会室となる。場所はくじ引きに寄って決まるので文句を言っても仕方がない。色は変わらずだ。では次に教室についてだが、座学は本校舎内で行われる。その前に場所の説明をしておこうか」

 黒板ではなく白板に中質紙が張られており、ペンで書く方式だ。さらさらっと流れるように書いている。

「上部から見ると本校舎は六角形をしている。南の玄関があるところを一の棟、右回りで二の棟と続く。一の棟には玄関と応接室、地下に大図書館がある。言い忘れていたが、校舎内に入る際には事前に渡しているシーカーの学生カードを身につけておくように。これがないと入れない仕組みだ。従者や護衛なども専用のカードを持っているね?」

 集会室の後部で待機する人に声を掛けた。数人がカードを胸元から取り出して見せるとアラリコは満足そうに頷いた。

「一の棟の上階には順番に、学院長室、貴賓室、予備室などがある。問題が発生した場合の指揮室もあるが、生徒にはおおよそ関係のないところだ。二の棟の一階は食堂で、上階は順番に生徒会室、その上は生徒個人が借りられる部屋がある。研究室にしたり、保管場所、あるいはサロンにする者もいるようだが、借りるには生徒会の審査が要るので相談はそちらへ。三の棟は一階と二階が教授陣の執務室だ。三階と四階は研究室となっている。四の棟と五の棟の二階以上が主に座学を行う教室となっている。四の棟の一階は実践をかねた座学の教室で、簡易実験室のようなものが多いだろう。五の棟の一階は治療室、治癒室などがある。六の棟の一階はロッカールームと初年度の生徒たちが使う集会室、二階と三階に次年度からの集会室があるというわけだ。四階は自習室など、小部屋になっている。こちらは空いていれば誰でも自由に使える。ただし、荷物を置くなどすることは禁止だ」

 一気に説明して、書き切った。すごかった。書記魔法を使わずに書いたのだ。速記もいいなあと感心したが、残念ながらアラリコの字は汚かった。

「本校舎以外にも、大講堂や実験棟、音楽棟などがある。貴族用のサロンもあるぞ。部活動を行うのも生徒の自主性に任せて許可しているようだが、そうしたことは全て生徒の自治によって行われている。寮の場合は寮の自治だ。ここまでで何か質問はないかね? うむ、ないようだ。ま、分からなければ誰かを捕まえて聞けば良い。あるいは調べなさい。では、後は勝手に自己紹介などしあって終了だ」

 肩を竦めて手のひらを上に見せる。なまじ顔色が全く変わらないので、本当にイギリス人がジョークを言う時のように見えて面白かった。


 アラリコが弾丸のような説明を済ませた後、近くの椅子を引いてその場に座った。

 それに合わせるかのように生徒たちも椅子に次々と座っていく。そして、一人が手を挙げて立ち上がった。

「ビアンカ=グルーバーですわ。グルーバー伯爵の第三子で、ドレヴェス領にあるヴィクトリア魔法学校から参りましたの。皆様よろしくお願いいたしますわね」

 貴族の未婚女性が行う簡略な挨拶をした。

 ラトリシア出身らしい。鑑定でも詳細に見ない限りは出身地まで分からないので気付かなかったが、幾人かはラトリシアの人が混ざっているようだ。地域ごとに分けていると言っていたが、シュタイバーンの人間が少なかったのだろう。

 その後、続いて挨拶したのもラトリシアの人だった。貴族ばかりである。

 彼等の挨拶が終わると、少し間が空いたので、仕方なくといった様子でカスパルが立ち上がり紳士的な態度で穏やかな笑みを見せて挨拶した。

「カスパル=ブラードです。伯爵家の第三子で十九歳です。ロワル王立魔法学院から参りました。今後ともよろしく」

 びっくりしてぽかんと口を開けてしまった。カスパルが苦笑してシウの頭を叩いたので、慌てて立ち上がった。

「シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの十三歳です。同じくロワルから来ました。こっちはフェレス、成獣ですが躾けてありますので常に傍に置いてます。よろしくお願いします」

 皆に向かって頭を下げると、フェレスも同じように頭を下げた。たぶん意味など分かっていない。が、可愛いので良いのだ。

 それに近くにいた生徒たちは頬を緩ませていた。可愛いは正義だと誰かが言っていたが、真実だった。


 実は同じクラスに、ディーノとクレールもいた。彼等は寮住まいだったので今まで顔を合わせず仕舞いだった。

 それにシュタイバーン出身の、ということはロワルの魔法学院しかないのだが、そこの上級生たちと仲良く話していたので大講堂でも話しかけなかったのだ。

 彼等も順番に挨拶していった。

 最後に、静かに目立っていた二人が挨拶する。

 先に声を上げたのは少女だ。

「プルウィア=ノウェムよ。推薦で来たので、どこの出身ということはないわね。この子はウルラのレウィス。おとなしいけど、攻撃されたらやり返すので、気を付けてちょうだい」

 エルフ族の少女で、彼女もまた希少獣を連れていた。ウルラは梟型で、通信などに使ったりする。貴族だとペットとして可愛がるそうだ。

 レウィスもまた、灰色がかった白い梟でとても可愛かった。

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