257 自己紹介の後は




 最後に、獣人族の青年が立ち上がった。

「ブリッツのシルトだ。我々に姓はないが、名乗る時は出身地名を告げる。ブリッツが出身地名で、姓のようなものと思ってくれたら良い。十八歳で、スエラ魔法学校から来た」

 スエラはシュタイバーンとの国境近くにあるソランダリ領の領都名で、獣人族はその近くにある深い森から来たと思われた。厳しい山並みがずっと続き、それを延々と進めばイオタ山脈に繋がる。高く険しい急峻な山脈で、それを越えたところにシウの故郷があるというわけだ。

 爺様のところによく来ていた狩人が言うには、山脈のラトリシア側には惑わしの森というのがあった。そこに獣人族が隠れ住んでいるそうだ。獣人族が迫害されたのは大昔のことだが、いまだに奥深い森に住んでいると話していた。だから、ラトリシアで会えるとは思っていなかった。

 獣人族の多くは、大陸の南にあるロキという国に住んでいた。ロキは獣人国家と呼ばれている。王も獣人だと習った。そのため、隣国のフェデラルにも沢山の獣人が住んでいる。もちろん、南国では迫害などない。エルフも含め、土地によって住みやすさは違う。

「自己紹介も、終わったようだな。では、これで解散としよう。ああ、数人の入学が遅れているが、また来週の授業参観で顔を合わせるだろう。各自、挨拶しておきなさい」

 生徒の自主性に任せているのか、放任主義と言えば良いのか、割と適当な感じだ。

 とはいえ、ここにいる生徒たちのほとんどが十八歳を超えている。この世界では十五歳が成人とされるので、もう充分に大人なのだ。

 シウもいつまでも子供気分ではいられないな、と気持ちを引き締め直した。


 解散と言われて、さっさと集会室を出て行く者もいたが、ディーノたちはシウのところへ集まった。

「やあ、久しぶりだね」

「そうですね」

「ああ、もう敬語は要らないよ。僕等、同級生になるんだ」

 ディーノが言いながら、クレールに視線を向けた。クレールも苦笑しつつ頷いている。

「シウとは普通に話したいものだ。君とカスパルの会話が羨ましくてね」

「へえ、そんな風に思ってたんだ」

 気のない感じでカスパルが答えた。興味のないことにはとことん冷たい彼だ。

「ま、それはともかくとして、だ」

 クレールはコホンと咳払いして、シウとカスパルに向き合った。

「ロワル魔法学院の出身者はこのクラスに集められたようだから、何かあれば同郷のよしみということで気を付けてあげてほしい。無理なお願いは聞かなくて良いし、そうしたことがないよう僕等も言ってあるからね」

「ほーう。ここに来てまで生徒会長気質が出てるのか」

「慕われたら、そうせざるを得ない性質なんだよ。君と違って」

 カスパルとクレールの嫌味の応酬が始まった。クレールが生徒会長だったことを揶揄しているが、以前の険悪な様子とは違って今回はどこか楽しそうだ。

 カスパルも変人だし、お互いに言い合うのが好きなのだろう。

 彼等を無視して、シウはディーノに話しかけた。

「寮に入ったんだね」

「その方が気楽だしね。何より、お金がかからない! 屋敷を借りると、人を雇わないとダメだろう? 子爵の第二子としては厳しいんだよ」

「学費も結構かかるしね」

「君は学費は、あ、そうか、僕よりお金持ちだったな」

 肩を竦めて苦笑いだ。二人で話しているとディーノの従者コルネリオがやってきた。護衛の人たちはまだ集会室の後部にて待機しているが従者はそれぞれの主の近くに来ていた。

「こんにちは、コルネリオ」

「やあ、久しぶりだね。元気にしてるようで良かったよ」

 相変わらず大きな体を揺すらせて笑う。コルネリオは大商人の子で、ロワルの魔法学校を卒業して正式に従者として付いてきた。本人は、ただで授業が聞けると嬉しそうだ。

「でも、従者や護衛を学校に入れる場合も、それなりに費用がかかるって聞いたんだけど」

「カスパルから聞いたのか? あいつがそんなこと気にしてる?」

「ううん。家令のロランドさんから」

「なるほど。確かに、学費ほどじゃないが、取られるなあ。コルネリオの場合は彼の親からの出資だけど」

「あー、そういう手もあるのかあ」

「内緒だぞ」

「了解です」

 おどけて敬礼すると、ディーノとコルネリオが笑った。

 そこにようやく嫌味の応酬が終わったカスパルとクレールが入ってきた。

「この後、どうするんだい?」

「僕は帰るかな」

 カスパルが気のない返事をすると、ディーノが苦笑した。

「じゃあ、僕はクレールに付き合おう。どこかでお茶でもするか」

「そうだな。シウは?」

 一緒に行こうと、その目が語っていたけれど、シウはマイペースに笑顔で答えた。

「図書館に行ってくる!」

「……あ、そう」

「出た、本の虫。カスパルと一緒に暮らして似てきたんじゃないのか」

「失敬だな、君らは」

 カスパルは歩き出しながら振り返ってそんなことを言った。

「僕はまだましだ。古代魔術式が載った本しか読まないんだからね」

 それもどうかと思うが、きっぱり言い切った。

「シウの部屋を一度見てみると良い。びっくりするぐらい内容にこだわりのない本の山ばかりだ。しかもたった一部だと言うんだからね。魔法袋にどれだけ溜め込んでいるのか、見当もつかないよ」

 そう言うと肩を竦めて部屋を出てった。

「……そうなのか?」

 ディーノが恐々聞いてきたので、まあ一応、と曖昧に答えた。ディーノとコルネリオは互いに嫌そうな顔をしていた。

 クレールも、本を読むのが好きではないらしく、従者と共にうんざり顔をしている。

「でも、勉強好きだからシーカーに来たんでしょ? 勉強って本を読むことから始まると思ってたんだけどなあ」

「それとこれとは違うのだよ」

「魔法の勉強がしたいのであって、本は読みたくない。第一、本なんて嵩張るもの、兵站の敵だ!」

「兵站術、好きなんだね……」

 さすが専門で習っていただけある。

「ま、いいや。そういうわけで、早速図書館探検に行ってきます! 今度、寮に遊びに行っても良い?」

「あ、ああ、いいとも」

「じゃあ、またね!」

 手を振って部屋を出て行った。

 残された人たちで「カスパル二号」と言われたことには気付かなかったシウである。




 さて、その図書館だが。

 ここに来ることこそが大本命であり、シウが魔法学校に入った理由でもあるので、玄関の奥にある地下への階段に立つと、わくわくとした感情が溢れ出た。

 足取りも軽く降りていくと、大きな扉の前で常設の衛兵が立っていた。

 特に誰何はされないが、世界一の蔵書数を誇る図書館だけあって守りが固いようだ。

 中に入ると、長い机が扇状に作りつけられており、多数の職員が座っていた。本の案内であったり、書記魔法や複写魔法などの持ち主がおり、そうしたサービスを行っているのだろう。

 シウは、一番近い場所の職員に声を掛けた。

「騎獣は置いて入った方が良いですか?」

「そうですね。……手入れはされているようですが、やはり長毛種ですので、念のため待機させておいてください。あちら、左手が休憩場所ですので、繋いでおかれるとよろしいですよ」

「はい」

「初めてのご利用ですか?」

「はい、そうです」

「……お若いですけれど、従者の方でしょうか」

「あ、今年の入学者です。入学式が終わったので早速来てみました」

「……そ、そうなんですか。でしたら、こちらをどうぞ。規則や、蔵書の場所などが書かれております」

 ありがとう、とお礼を言って、説明書を持ったままフェレスを休憩場所に連れて行った。

 そこには数頭の希少獣がいて、小さい子ばかりだった。大型の騎獣は、獣舎に預けているらしく、フェレスの場合はギリギリセーフといった感じだ。生徒には巨人種族も想定しているようだから、あれを超えなければ良いのかもしれない。となるとドラコエクウスなどは絶対に校舎内には入れられないだろう。

「じゃ、フェレス待っててね。他の子と仲良くするんだよ」

「にゃ!」

 初めて見る希少獣もいて、フェレスは興味津々のようだ。逆に小さな希少獣たちはちょっと尻込みしている。

「ごめんね? この子ちょっと興奮してるけど、悪い子じゃないからね。嫌なら嫌って言ってね。相手してくれるなら嬉しいけど、無理しないでいいよ。あと、フェレスの尻尾は気持ち良いから、埋まってもいいよ。背中に乗っても怒らないからね」

「くえ?」

「ききーぃ」

 イレナケウスと、ウェスペルティーリオが返事した。それぞれ、針鼠と蝙蝠型希少獣だ。普通はひと回りからふた回りほど、本物より大きいはずだが、イレナケウスはまだ幼体なのか小さかった。

「乗ってみる? それともくるまる?」

 もそもそと近付いてくるので、フェレスに横になるよう言った。

「にゃー」

「ね、怖くないでしょ。遊んであげてね。フェレス、お兄ちゃんなんだから怖がらせたらダメだよ?」

「にゃーん」

 わかってるもーん、だそうだ。尻尾をふりふりしているので機嫌が良いのは分かっているが、甚だ不安な返事であった。

 後ろ髪をひかれつつも、イレナケウスもウェスペルティーリオももう怖がっていないようだったので、後にした。

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