258 大本命の図書館へ
地下への階段の深さから、相当大きいことは分かっていたのだが、受付を過ぎると圧倒される空間が待っていた。
さすが世界一の蔵書数を誇る大図書館だ。
見渡す限り、本、本、本だらけだった。
しかも円形に書棚が連なっているのだが、何重にも広がっており、六角形の建物よりも外にあるのではないだろうか。
中央部分には光が降り注いでおり、中心地の森の明かりを取り込んでいるようだ。高さは建物の三階相当分あり、大外とその内側の棚は階段を使って上る。大外が五階分、内側は三階に分けられていた。本を取り出しやすいようにしているためだろう。それでもシウの身長だと届きそうにないほど書棚はぎりぎりいっぱい高くしている。
中央部分は明かりが入るせいか、テーブルと椅子が置かれており、ここで本を写したり、勉強するようだ。幾人かが利用していた。
見上げると、天窓があって、その向こうに木々の様子も窺える。森と言っても、充分に手を入れた、観賞用の森だ。ガラス窓ごしに見る森の世界は美しかった。
芸術には疎いシウだけれど、この美しさは理解できる。図書館のシンとした静けさと、微かに聞こえる紙を捲る音。本の古い匂いにインクの匂いなど、空気感が気持ち良かった。
普通は黴臭い匂いもするものだが、ここでは相当気を遣って本を取り扱っているようだ。
あれだけの職員がいたので、本の保存修理もできているのだろう。楽しみになってきた。
あまりに広大なので足早に通り過ぎて記録庫に写すのは無粋な気がした。時間はあるのでゆっくり歩こうと決め、本棚に並ぶ背表紙をなぞりながら進んだ。
背表紙を眺めるだけでも楽しかったひとときに、二時間もかけていた。
それと、ゆっくり写すつもりだったのに、どうやら全体を見渡したせいで一気に記録庫へ写し取っていたことも分かった。
なんという無粋な真似を! と思ったが、よく考えたら記録庫を見ずとも、また来れば良いだけのことだった。
誰に見られているわけでもないが少々顔を赤くしながら、図書館入口まで戻る。
休憩場所に向かうと、フェレスの尻尾に包まれたまま寝ている二頭の希少獣と、それを眺めてにこにこ笑っている生徒らしき青年たちを見付けた。
黙って会釈すると、彼等もフェレスの主であると気付いたようで、慌てて頭を下げてきた。
そしてそうっと近付いてきた。
「やあ。もしかして、君のところの?」
小声で尋ねられたので、頷いた。
「はい。フェレスです。あ、僕は、シウ=アクィラと言います。十三歳で、今日入学してきました」
「えっ、君の? ていうか、君、生徒なの?」
「はい。えっと、先輩方ですか?」
「あ、ごめんごめん。僕はアロンソ=ノルディーン、男爵の第三子で、二年目だよ」
「僕も同じく二年目の、ウスターシュ=ルンドヴァル、騎士の第三子なんだ」
「初めまして、よろしく」
「こちらこそ」
彼等はやはり飼い主のようで、イレナケウスのハリーがアロンソ、ウェスペルティーリオのヒナがウスターシュのということらしい。
図書館での調べものが終わって戻ってきたら、思わず可愛い姿を見られて微笑ましく見ていたそうだ。
確かに、フェレスの腹の上ですやすや寝ている小さな希少獣たちは可愛かった。しかも布団代わりなのか尻尾でお腹を覆ってあげている。そういう優しさを見ると、大人になっているのだなあと感慨深いものがある。
フェレスの表情を窺うと、うとうとしている。
遊び疲れたのか、あるいは先に寝られてしまって動けなくなり眠くなったのか。
どちらにしても動こうとせず我慢していたのは偉い。
「起こすのが忍びないですね」
「そうなんだよねえ。あんまりにも気持ちよさそうだから。あ、でももう帰るところ?」
「あ、いいですよ。ここって飲食は禁止ですか?」
「休憩場所だから構わないよ。中へは持ち込み禁止だけどね。もし時間あるなら、ちょっと休んでいく?」
「はい。良かったら、飲み物もあるし、どうですか」
「それは嬉しいな。でも、どこにあるの……」
不思議そうな顔をするので、背負い袋を指差した。
「魔法袋持ちです」
「わあ、すごいなあ」
二人とも、物珍しそうに背負い袋を見た。やはりこの国ではまだまだ少ないようだ。
どちらにせよ、すでにギルドでも報告済みだし、隠すのも面倒なのでもういいやという気分だ。
シウたちは、希少獣たちの眠りを妨げないよう少し離れた場所のテーブルに座った。
アロンソは召喚魔法持ちで、専門科目の選択も召喚術を選んでいるそうだ。希少獣を持っていることから魔獣魔物生態研究科も取っていると言った。
ウスターシュは調教魔法持ちで、更に木と土と水属性持ちということで、薬草学と魔獣魔物生態研究の二つを選択している。二人とも必須科目をまだ残しているので専門科目は二つずつしか取っていない。
「一年目で必須科目を取ってしまわなかったんですね」
「うん。部活動もやってたし、のんびり自分たちのペースで学ぼうと思ってね。幸い親が学費は出してくれるから」
「あ、そうだ、シウ。敬語はいいよ。この学校、一年を過ぎると上下関係なくなるんだ。でも大抵は気にしてないから、相手が許せば一年生でも敬語は使わなくて良いんだよ」
「そうなんですね。じゃあ、遠慮なく」
二人には魔法袋から取り出した桃と林檎のジュースを渡している。ついでに手作りのチーズケーキも出した。ロワルで作り置きしていたのでまだまだたくさんある。
「それにしても、美味しいなあ! こんなに瑞々しいんだ、シュタイバーンの果物って」
「ラトリシアも果樹は多いって聞いたけど」
「うーん、でもこんなに味が濃くないなあ。薄味だよ」
「あと、この、チーズケーキ? すごく美味しいよ。チーズがこんな風になるんだね。土台のサクサクしたクッキー生地にも合ってるし、間に何か酸味のある果物があるよね?」
「ブルーベリーだよ。乾果にしてから、蜂蜜酒に漬けてたんだ。柔らかくしてから入れてるんだよ」
「君、すごいねえ」
そんな話をしていたら、フェレスたちの目が覚めたようだった。
鼻をくんくんさせているので、匂いで起きたのかもしれなかった。食いしん坊のフェレスらしい。
「にゃー」
起きてもいいか聞いてきたので、アロンソとウスターシュに視線を向けた。
調教魔法持ちのウスターシュがにっこりと笑った。
「いいよ。ちょっと待ってね」
話が通じているようだった。レベル四あると、やはり違う。
二人は目を覚ましたそれぞれの希少獣を手にして、フェレスにお礼を言った。
「ありがとうね。この子たちの面倒を見てくれて」
「にゃん」
いいよ、と尻尾をぱたんぱたんと床を撫でるように振っている。それから、ちろっとシウを見た。
「偉いね、ちゃんと守ってあげてたんだね」
「にゃ」
「こっちおいで。おやつあげるから」
「にゃにゃ!!」
飛び上がるように立ち上がって、実際ちょっと体が浮いていたけれど、ささっと近付いてきた。
「うわあ、すごい!」
「やっぱり立ち姿を目の前で見ると違うなあ。大きい!」
アロンソたちが歓声を上げた。
「フェレス、急ぎすぎだよ」
「にゃー」
「でも、良い子にしてたから、いっか。おいで。よしよし」
撫でながら、魔法袋に手を突っ込んでおやつを取り出した。同じものを食べたがるのでチーズケーキを出す。ついでに山羊乳もお皿に入れて床に置く。
フェレスは、尻尾をふりふり勢いよく食べ始めた。
「可愛いなあ……」
「フェーレース、いいよな!」
「でも、あんまり見ないよね?」
「そうだよなあ。僕なら絶対飼っちゃうけど」
「うちの子も可愛いけどさ。とは言っても、卵石なんてそう、買えないし」
「えっ、売ってるの?」
びっくりして聞いたら、二人とも、きょとんとした顔をした。
「売ってるよ?」
「どこでー!」
「どこって、卵石専門店」
びっくりだ。
ただ、よくよく話を聞いていると、貴族しか入店できないようだ。しかも騎獣が生まれると取り上げられるらしい。騎獣は高位貴族専用だとか。
この国でも聖獣は王族専用らしいので、希少獣はなかなか庶民の手に渡らない仕組みが分かった。
アロンソたちとは図書館仲間になれそうだった。二人とも本が好きで、よくここに来て勉強したりしているという。
必須科目を取る順番についてもいろいろと教わった。
たとえば、攻撃防御実践科目の後には他の授業を入れてはいけないだとか、基礎体育学は昼前に取ってはならない、などだ。
「食堂に入れなくなるし、空きっ腹でつらいんだよね」
「なるほど」
「数学は眠くなるから、午後の取得は厳禁だよ」
「あはは」
先生の特徴なども教わり、その場で別れた。
別れ際、ようやくまともに目を覚ました二頭の希少獣たちに、柿と林檎をプレゼントしたが、二頭とも嬉しそうに食べていた。
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