259 雪の中での薬草採取




 翌日、冒険者ギルドにまた顔を出し、クラルに分からない箇所があると言われて説明した後、依頼書を片手に王都の外の森へと向かった。

 イオタ山脈で暮らしていた頃も雪深かったが、ラトリシアの雪は重い気がする。

 でもその分、雪は踏みやすく、かんじきを使って歩くのが楽だ。

 落葉樹が多いので見通しも良く、晴れていると照り返しが目に眩しいほどだった。

 サングラスでも作ろうかなと考えながら雪中行軍を楽しむ。フェレスも雪の上を飛び跳ねて楽しそうだ。

 雪に閉ざされていても、薬草の場所は分かるのでさくさくと進み、到着した。

「あったあった。ユキノシタ」

 その名の通り、雪の下になっても生きていられる薬草だ。山菜として食べることもできる。葉を天ぷらにして食べるのも良い。

 今回は採取目的なので、葉を千切っては空間庫に放り込んでいく。たくさんあるので、在庫も増えてほくほくだ。

 冬山でも摂れるものは多く、特に森の多いラトリシアは薬草や山菜の宝庫で、嬉しい限りだった。

 貴重な薬草というのはこのあたりにはないが、おいおい調査して集めて行こうと脳内メモに書き込む。

 年末年始はロワイエ山を中心に、貴重な薬草や素材などを集め回ったが、集めるだけで終わっている。今度、ゆっくり最上級薬造りにも挑戦してみようかなーと、これまた脳内メモに書き込んだ。


 薬草採取が終わると、岩猪や三目熊などを狩った。ルプスもいたのでついでに狩っておく。ルプスの肉はまずいし、毛皮もこの国では二束三文ということなので討伐証明部位の牙と尻尾だけ切り取って後は燃やしてしまった。

 少し早いが昼ご飯を摂ることにして、眺めの良い場所を探そうとフェレスに乗った。

 さほど高くはない森の一番上に陣取って、簡易小屋を取り出した。

 コルディス湖の湖畔に作った小さな家の、更に小型版で、こうして外で休憩するのにちょうど良いと作ったものだった。家具も作りつけているし、こまごまとしたものもセットにしてあるので便利だ。

「暖炉もあると良いかなあ。でも、外に出た時のギャップがなー」

「にゃ」

「フェレスは寒くないくせに」

「にゃん」

 さむくなーい、と自慢げに尻尾を振られてしまった。

 健康体で病気ひとつしないシウだが、さすがに暑さ寒さは感じる。これ以上厳しくなると魔法でどうにかしようと思うが、今ひとつ危機感がなかった。つい我慢して耐えようとしてしまうのだ。

 あまり魔法を使わずに我慢しているとまた神様に怒られるので、小屋の中には暖炉でも付けておくかーとその場で作業を始めた。

 終わった頃にはちょうどお昼になっていて、朝作っていたお弁当を広げる。

「窓ガラスを大きく取ったから、景色も見えて良いね」

「にゃ」

 景色などどこ吹く風で、一心不乱にご飯を食べながらフェレスは適当な返事をしていた。


 なんとなく、そのまま小屋に留まり、思いついたサングラスを作ったり、ついでに小屋とは別に台所セットも作った。

 やる気になってきたので、更にお風呂セット、寝室セットと小屋を作り上げていく。

 規格を統一しようと、妙なところに拘り始めてユニット式に調整し直した。

 これで、場所によっては並べることも可能だ。連結部分も作って、そのための扉などもつけて行くと、完璧なものとなった。

 こうなると、段々乗ってきてしまい、その後夕方まで「生産」に勤しんだ。

 日が陰ってきて慌てて全部仕舞うと、フェレスと共に王都の正門近くの死角まで転移で戻り、走ってギルドに駆け込んだのだった。

 ギルドでは一日に狩った魔獣の量が個人ではトップになったと騒がれたので、そんなこと吹聴してくれるなとお願いした。


 夜は、カスパルがラトリシア国の知人の貴族に招かれているというので、一人で食べることになった。一人のために作ってもらうのも何なので、厨房の人たちやメイドたちが以前からシウのお裾分けを気に入っていたという話もあったから、急遽、シウが晩ご飯を作ることにした。

 シウがご飯を作るのはもはや趣味を通り越しているということは皆知っていたので、手伝いがてら興味津々で厨房に集まり、わいわいがやがやと楽しく過ごした。

 お米布教運動と呼んでいる活動も速やかに浸透したようだった。

 もちろん、小麦を使ったものもあったが、やはり目新しさや美味しそうな匂いには皆、敏感なようだった。

 メイドたちなどには、

「このお屋敷に来てから、おやつが楽しみで!」

「美味しいのよね~」

 と評判が良かった。

 料理人たちとも随分仲良くなった。ラトリシアで取れる野菜などでどうやったら美味しく料理が作れるのか、そんな話をしながらの晩ご飯だった。

 シウが市場にもう通っているというと、大笑いされて、何度も肩を叩かれた。

 料理人たちも、業者に届けてもらうのが当然なのだが、やはり気になって足を運んでしまったと言っていたので、シウの気持ちが分かったようだ。


 早めに帰ってきたカスパルたちが、良い匂いに気付いて厨房をのぞきに来た。慌ててお裾分けをしたのも面白かった。

 普段、貴族が厨房などに足を運ぶことはないそうだ。小さな子供のうちならあるかもしれないが、それも教育係に叱られて終わるので、大層驚いていた。

 もっとも、相手は変人カスパルだ。意外と本宅ではそうしたこともしていたかもしれない。

「君ら、主がいないと楽しそうで良いねえ」

「いえっ、そんな、とんでもない!!」

「冗談だよ。それより、これ、もうないの?」

「あ、俺も欲しい。フェルマー家の料理が口に合わなくて」

 そう言って、煮込みハンバーグとご飯をお代わりしていた。

 ハンバーグは誕生祭以降、急激にロワルで普及しており、今では各家庭の味というものが出始めている。さすがに貴族の家ではまだ浸透していなかったようだが、ダンは知っていたようで、食べてみたかったと嬉しそうだ。

 カスパルも相当気に入ったらしく、お代わりしていたから、料理長も本格的にメニューに組み込むことを考えていた。


 カスパルがいるので、ついでに思いついていたことをお願いすることにした。

「余っている地下か、庭の隅に、鍛冶場を作りたいんだけど良いかな?」

「……君、鍛冶もやるのか」

 呆れたような顔をされてしまった。多趣味だなあと、横合いからダンが言う。

「うん。ロワル王都だとアグリコラって友達がいたから、そこの工房を借りれたんだけど、こっちだと鍛冶ギルドの会員じゃないと借りれそうにないんだ。学校のは一年生だと使えないって聞いたし」

「一年生は何かと縛りがあるからね。造るのは構わないが、そのへんはロランドと相談してやってくれ。僕は家の事はどうでもいい」

「カスパル様……」

 ダンが苦笑する。ロランドもしようがないなあといった笑みを見せた後、シウに向き直った。

「業者を入れまして、決めましょうか。近隣へのご挨拶も必要ですし、そもそも、鍛冶場を作って良いかどうかも分かりませんので」

「あ、自分で作れます。あと、音漏れも火事対策も、全部できますので大丈夫です。個人用の鍛冶場だから届出は必要ないはずですけど、どうしましょう」

「……もうそこまで調べられておるのですねえ」

「造った後、鍛冶ギルドの人に見てもらいましょうか」

「そうでございますね。念のため。では、シウ様の使い勝手のよろしい場所をお使いください。地下でしたら、少し離れておりますので、今お使いのお部屋から近い、庭にされますか?」

「じゃあ、庭師さんと相談して、後で場所を決めてしまいますね。明日には作って、見に来てもらいます。良いですか?」

「……えっ?」

 ロランドだけでなく、ダンたちも一緒になってシウを見た。カスパルは飄々としたまま、まだもぐもぐと何か摘まんでいる。

「明日には作ってしまえるもの、なのか?」

「うん。ていうか、明日の午後にはもう造りたいものがあるんだー」

「……ダメだ。俺は熱が出そうだ。もう寝よう。おい、カスパル、じゃなかったカスパル様、寝る前にそんなに食べたらダメですよ。ほら」

 従者は、主を引きずって厨房横の賄い部屋から出ていった。


 その後、庭師と相談して、場所を決めてしまうと、シウもさっさと寝ることにした。

 お風呂はサボってしまったので浄化で綺麗にしておく。

 このお風呂もロランドと相談して魔道具を設置し、誰でも何度でも簡単に入れるようにしてしまっていた。

 使用人用のお風呂まで作ったので呆れられていたところだった。

 カスパルだけは、下宿してもらって有り難いのはこっちの方だったな、と淡々としたものだった。


 翌朝、有言実行で、朝早くから鍛冶小屋を作成した。皆が朝ご飯を終えるまでにはもう外観はできており、午前のおやつタイムには完成していた。

 鍛冶ギルドの担当職員を呼んでくる方に時間がかかったぐらいだ。

 驚かれたり、何度も質問されたりしながらも了承をもらって、追い出すまでにも時間がかかり、結局、物づくりに従事できたのは午後のおやつタイムを過ぎてからだった。


 鍛冶小屋は、土壁を厚くした丸っこい形にし、窓ガラスには何重にもした強化ガラスを設置している。

 煙突も付けているがフィルターを何重にもしているので黒い煙など出てこない。

 音対策魔法も掛けているし、火事対策については頑強すぎるほどで、鍛冶ギルドの職員から特許を出してほしいと言われたほどだった。

 小さなドーム型の鍛冶小屋は、見た目も可愛く、かまくらのようになった。どうせなら何か植えたいところだが、雪でやられてしまうだろう。仕方ないので白く塗る。かまくらっぽくて良いのではないだろうか。たぶん、だが。

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