260 鍛冶と意外な出会い
この鍛冶小屋は実験室も兼ねており、シウはまず最初に、使い捨てカイロを作ってみた。
これは簡単だった。鉄材は大量にあるし、鉄粉など魔法で簡単に作り出せる。テレビでも中学生の授業で習うとやっていたため、試行錯誤するまでもなく出来上がった。真空パックにするのもだ。なにしろスライム素材がある。あれは便利だ。この世からスライムがいなくなったら困るほどである。
その後、酸化鉄となったものを、溶接に使ってみたりと再利用について試行錯誤を繰り返した。もっと理解があれば魔法にて精製し直すこともできたのかもしれないが、シウにはこのへんが限界のようだった。
後は前世の知識から、せいぜい、釉薬やセラミック、磁石に肥料などといった使い方ぐらいしか思いつかなかった。
今後の課題だなあと心のメモに書いておく。
せっかく、火入れをしたので、軽金属の加工もしておいた。パイプが思った以上に役立ったし、クラルも羨ましそうにしていたのでプレゼントするつもりだ。ついでに多めに作っておく。
この多めに作る、という行為が在庫を増やすのだが、素材から差し引きゼロということでシウの中ではオッケーなのだった。
他に思いついた魔道具を熱心に作っていると、外から鐘を鳴らされた。
鍛冶小屋にいると防音のせいもあって外の声が聞こえないから、呼んでもらう時は専用の鐘を鳴らすように言ってあった。
慌てて窓の外を見ると、もう真っ暗だったので急いで片付ける。
外ではフェレスがぶんむくれで待っており、メイドのスサが寒そうに立っていた。
「晩ご飯でございますよ」
「あ、ごめん」
「フェレスちゃんがずーっと待ってました。途中でメイドたちが交替で遊んでいたのですが」
「にゃっ」
「あ、拗ねてしまったんだね」
「そのようです。寂しかったみたいですね」
「ごめんごめん。だって、火を使うから危ないでしょ」
「にゃっ」
「ごめんって。後でいっぱいブラッシングしてあげるから」
ぷいっとそっぽを向かれたが、尻尾がゆらゆらと揺れていた。そろそろお許しいただける頃合いのようだ。
屋敷の中に入って食堂へ向かう間も、一生懸命謝った。
食堂に着いた頃にようやく許してもらい、その後はフェレスにべったり甘えられたのだった。
その夜は、お風呂に一緒に入って丁寧に体を洗ってあげた。
出てきてからはブラッシングだ。
フェレスは気持ちよさそうにごろんごろんと寝転がり、最終的にはお気に入りのラグの上で寝てしまった。
もう体も大きくなったのでベッドの上に乗せるには壊れるかもしれず、彼の寝床はラグとなっている。お気に入りの玩具と枕に囲まれてすやすや寝ていた。
朝起きれば自分で勝手に宝物入れ――フェレス専用の魔法袋――に入れるだろう。
器用に爪でスカーフを避けて、魔法袋の縁を開けて取り出している。
この屋敷のメイドたちも、最初にフェレスのやることを見て心底驚いていた。そんな魔法が使えるのかと思ったそうだ。
小さい魔法袋を与えてるんですよと言ったらなんとも複雑な顔をしていた。
騎獣に魔法袋なんて、貴族が小さい子に高価な宝石をあげるぐらい「親ばか」の行為のようだった。
フェレスには、仲良くない人の前で出し入れするのは禁止ね、と改めて言い聞かせることになった。
明けて火の日。いよいよ授業が始まる。
と言っても授業参観なのだが、プレオープンとはいえちゃんとした内容の授業らしい。
学校へはカスパルたちと共に馬車で向かった。
正門を抜け、正面玄関の停留所で降りる。幾つかある停留所にも格があるようで、御者の駆け引きが面白かった。
リコは相変わらず御者と共に、ここで待機だそうだ。
シウはカスパルたちの後ろをまるで従者のように付いていく。実際、そう見る者も多いようだった。
ロッカールームへ行って荷物を置くカスパルたちに倣い、一応開けてみる。特に何もなかった。
選択科目が決まって授業を受ける際に教科書などは配られるそうで、今はほぼ手ぶらだ。背負い袋は魔法袋として登録申請しているのでそのまま背負ったまま、ロッカールームを出た。
高価な持ち物は盗まれないよう対策すべきとかで、そうしたものは身に着けていて良いそうだ。
同じような理由でだろう、騎獣もさほど大きくなければ連れ歩いても良い。
チラホラと、ロワルの魔法学校では有り得なかった光景が見られる。
騎獣持ち同士、お互いに挨拶したりして、ミーティングスペースに向かった。
「おはよう。カスパル、シウ」
「やあ、ディーノ」
「おはよう、ディーノ。あれ、クレールは?」
ダンたちは従者なので少し離れた場所で挨拶し合っていた。一応、他の生徒の手前、マナーというのか、弁えているのだそうだ。
「いや、それがなあ……」
「どうかしたのか、ディーノ」
いつもはハキハキとしたディーノの様子がおかしいので、さすがのカスパルも気になったようだ。少し、訝しそうにディーノを見た。
「……アラリコ先生が言っていただろう? 数人、来てないって。そのうちの一人が同郷だったんで、面倒見の良い彼が、まあ抜擢されたというか、押し付けられたと言うか」
「問題児なのかい?」
目を眇めて、カスパルが嫌そうに言う。
まだ何かも分かっていないのに、勘が良いのだろうか。
勘、と考えてふと、シウも嫌な予感を覚えた。慌てて全方位探索を強化する。
すると脳内マップにピピピとマークが付く中、見た覚えのある付箋が見えた。
学校内にはたくさんの人や物で溢れているので普段は探知能力を下げていたのだが、徒になったようだ。
いや、分かっていたところで、どうしようもないのだけれど。
「あー、そのうち、分かる。それより、一緒に講座を受けないか?」
「それは構わないけどね。シウも同じで全部見る予定だよ?」
「いいよ。僕も見てみたいし」
「かなり詰め込みになるけどね」
ふうと肩を竦めて見せた。カスパルは研究科にいる頃は熱い人だったが、普段はこんな感じなのだなあと思うことが多々ある。エドヴァルドもそうだったが、二面性というのか、興味のあることだけに集中するタイプのようだ。
シウも人のことは言えないので、黙っておく。
筆記具などの用意をしつつ、授業が行われる五の棟に向かった。
そこで「問題児」とクレールが連れ立って歩いているところに遭遇した。
「ああ、なるほど」
カスパルが大したことなさそうな軽ーいノリで納得声を出した。
ディーノは苦笑して、ついて来ていたダンたちだけが驚いている。
そりゃそうだろう、なにしろあのヒルデガルドが目の前にいるのだから。
「久しぶりね」
多少、思うところがあるらしく、彼女の顔には会いたくなかったとハッキリ書いてあった。眉を顰めているのは自分自身へだろうか。あるいは。
「君、こんなところへ来たんだね」
「……そうよ。悪いかしら」
「退学になった君がよく入れたと思ってね」
ヒルデガルドが一瞬息を飲んだ。そしてキッと眼差しを強くする。
「わたくしを推薦してくださる高位の方がいらっしゃったのよ」
顎を上げてツンとした表情で言った。
「へえ? それはまた」
含みがあるといった態度でカスパルが返し、バチバチと目と目の間に火花が散ったような気がした。
「何が仰りたいの?」
「別に」
さあ行こうと、カスパルが振り返りシウたちを促す。
ヒルデガルドは顔を赤くしていた。自ら墓穴を掘ってどうするんだろうと思ったが、プライドの高い人にはどうすることもできないのだろう。
後で神経を落ち着かせるお茶でもあげようかしら。などと考えていたら、また嫌味? の応酬が始まった。
「あなた、ご自分の階位が下だと自覚してらっしゃる?」
「ここは魔法学院だ。上下関係がないと、君は理解しているのかな?」
「っ!! ……そうは言っても、あなたの態度は良くないわ。紳士的でないもの」
「おや? 何を持って紳士的でないと仰るのかな。君の決めた勝手な規則に、僕は縛られていないと思うのだが。ぜひ、教えていただきたいものだ。あるいは紳士的でないと決めつけるからには、それ相応の根拠があるのだろうね。事と次第によってはただの侮辱では済まされないのだよ」
「まあ! あなた淑女に対して、よくもまあそんな。無礼にもほどがありますわ」
「淑女は男性に対してかまびすしく攻撃したりしないものだよ」
ああ、もう、とダンが頭を抱えている。ディーノも呆れ顔だ。助けに入りたくても彼の階位では無理らしい。
クレールならなんとか口を挟めるのだろうが、彼も右往左往している。
しかも、ヒルデガルドのお付きがやってきた。一度見たことのある女性だった。
「ヒルデガルド様、このような者ども、わたくしが成敗してみせましょう」
私設騎士のカミラが剣に手を置いたのを、慌てて止めたのは従者の一人だった。
「いけません、校内でそのような騒ぎを起こしては。あなたはお嬢様の今後を考えておられないのですか!」
「なっ」
「お嬢様、お相手なさりませんよう。相手は下の者です。お嬢様が直接お話しすべき相手ではございません」
なんとか取り成してくれた。離れていく時に、ちらっと視線で会釈してきたので彼女も大変なのだろうと同情めいた気持ちで、シウも頭を下げたのだった。
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