261 講義の授業参観と時間割作成




 教室へは余裕をもって向かったはずだが、着いたのは五分前だった。

「どっちもどっちだよねー」

「……シウ、君、意外と言うね?」

 ディーノがおそるおそるそんなことを言った。

 クレールは役目らしく、ヒルデガルドの付き添いのようになって近くの席に座っていた。可哀想に、ちょっと涙目に見える。

 それと、後部の待機席では目に見えない戦いがあるようで、主に私設騎士のカミラが猛獣のように周囲へ睨みを利かせていた。

 あれはいただけないよなあ。

 どうでもいいが、フェレスが尻尾を振ってカミラの前を行ったり来たりしている。あれは絶対に釣り人気分だ。慌てて、通信魔法を使ってフェレスを呼び寄せた。

「ダメだって、ああいうのに関わったら。おとなしくしておかないと、屋敷で待っててもらうよ?」

「にゃあー」

 しゅんとしたので、よしよしと頭を撫でて、ダンやコルネリオのいるところを指差した。

「あっち行っておいで。あとで獣舎にも行ってみようか。友達ができたら、そこで待つのも良いよね」

「にゃ」

 はーい、と返事をして後部へと戻って行った。

 同時に教師が入ってきた。

 慌てて、生徒たちが前を向く。

 まず最初の授業だ。皆、真剣な顔をして講義に聞き入った。


 午前中みっちりと講義を聞いて、お昼は食堂に向かった。

 お金で直接やりとりはせず、生徒カードを水晶に翳して記録するようだ。後で精算するシステムとなっている。

 シウは冒険者ギルドの会員なので、そちらにお金をいくらか入れてあるから自動で引き落としてもらうことにしていた。

 貴族などは請求書が各家に届けられるらしい。どうでもいいが後払いシステムなのには少々感動した。

 学費は踏み倒されたら困るので先払いシステムである。

 奨学金制度もあり、当然だが成績上位者が免除されるそうだ。

「意外と食べられるな」

「そんな感想より前に、君のそのヒルデガルド嬢に対する態度をなんとかしてほしいよ。ハラハラして、授業も半分耳に入ってこなかった」

 ディーノの愚痴も右から左へ状態で、カスパルは、これはイマイチとかひとつずつに判定を下していた。

 ちなみにシウも同じく、心の中で判定を下している。

 フェレスは何も考えていないようで美味しそうに食べていた。

「前から彼女に対しては態度が悪かったよね」

「正義感ぶった態度が苦手だったんだよ」

「ああ、まあね」

「ただの学校生活だと苦手だけで済んだけど、事件の時の行動を聞けばね」

「あれがあったものなあ」

 しみじみ語り合っているので、シウは不思議に思って聞いてみた。

「なんで知ってるの?」

「エドヴァルドの取り巻きの子たちが教えてくれてね。それに唯一出た重傷者が彼女の護衛で、しかも生徒を守ってできた傷だと言うじゃないか。しかも彼、腕を失ったそうだし」

「学校側は生徒じゃなかったからって、公にはしていなかったけれど、護衛同士の会話には上っていたからね。それに、こういうことは、いろいろ聞こえてくるものなんだよ」

 だとすると、シウの報告書のせいでもあるのだろうか。

 ありのままに書いたので、国の上層部には彼女の行動も伝わっている。

 討伐の指揮を執ったキリクなどは怒っていたし、そういう意味ではあの国に彼女の居場所はなくなったのだろう。なんとかシーカーに入り込んだに違いない。

 そう考えると可哀想だった。

「……逃げ場がなかったんでしょう? 社交界でも除け者にされていたみたいだし」

「そうなのかい?」

「カスパル先輩、社交界には出てないんだ」

「面倒だもの。行ってない。ところで先輩じゃないよ、もう」

 にっこり笑うので、シウも笑った。

「はいはい。ええと、エドヴァルド先輩が言ってたんだよね。で、そういうの苛めみたいで可哀想だから気を付けてあげるって。年頃の女性が社交界を追放されるのは大変なことみたいだから」

「ふうん」

 カスパルはどうでもよさそうな返事をした。本当に興味がないらしい。

「そういえば、彼女、結局子爵位は授爵されなかったな」

「そうなんだ? でも第一子だから、いずれは公爵だろう? 良いんじゃないの」

「婿が大変だな」

「どうでもいいよ」

 肩を竦めて、心底どうでもいいといった顔をする。よっぽど相性が悪いようだ。

 カスパルは食べ終わってから、はあっと溜息を吐くと、顎を手で支えるように、行儀悪く机に肘をついた。

「大体さ、逃げ場がなくて他国の学校へ行く、というのはいいさ。でもなぜシーカーなんだ? 彼女の成績ではたして入れたかどうか。高位の魔法使いにどれだけ金を積んで紹介状を書かせたのか、なんて考えると腹立たしいんだよね。身の丈に合った学校へ行き、過去の所業を反省しているならともかく、あれ、どう見ても反省してないよね」

「そうかな」

「決闘騒ぎを起こそうとする騎士を傍に置いているだけで、どう考えても反省していないと思うけどね」

 ダンに睨まれて、カスパルは姿勢を正し、それから思い切り伸びをした。

「そんなことより、早く古代魔術式の解析がしたい。専門科目で取りたいのに、まだ無理だなんて。耐えられない……っ」

「あ、そう」

 呆れた声を出すディーノだが、彼だって人のことは言えないのだ。兵站バカだから。

 さしあたって、思いついた名案を口にしてみた。

「部活動、自分たちで作っても良いそうだよ」

 ガバッとカスパルに向き直られた。

「研究科にもあるそうだから、掛け合ってみても良いかもね。受講者少ないみたいだし」

「どこでそんな情報を!」

「図書館仲間から。友達ができたんだ。二年目の人たち」

「シウ! 僕は君が好きだっ!!」

 抱き着かれてしまった。

 フェレスが少し不機嫌になったのが、困ったことだった。


 その後、ヒルデガルドとは何度か顔を合わせる機会はあったものの、機嫌の良いカスパルは彼女の姿が見えないようで無事に過ごすことができた。

 ダンからは褒められてしまった。

 ディーノには呆れられつつも、

「兵站はないのかな……」

 などと聞かれたりもしたが。

 ちなみに兵站術は専門科目の戦略指揮科に組み込まれているようだった。

 ディーノは、今度はクレールと一緒の受講になるのかと少々うんざりした顔をしていた。そこで、ダメ押しになる一言を付け加えた。

「戦略ももれなくついてくるんだよ。つまり、ヒルデガルド先輩も、一緒ってことだね」

 ガーンと脳天を撃たれたかのような顔をして、固まってしまった。

 シウが苦笑すると、ディーノはすがるようにシウの手を取った。

「……戦略と兵站を学んだシウだ、もちろん、取るだろ?」

 でも、シウは非情なのだった。

「取りません~」

「そ、そんな」

「他に取りたいのいっぱいあるんで。大体、好きで取ったわけじゃないんだもん、あれ」

「そうなのか?」

「他になくて、仕方なくの結果です」

「……なんという」

 まあまあ、と彼を宥めつつ、シウは危ないものには近付かないでおこうと心に決めた。



 そうして、四日かけて全部見て回ると、取得する講座の時間割を作った。

 土の日の朝にはアラリコに渡した。ロッカーに入れておいてもいいと言われていたが、どうせならと持って行ったのだ。

「君は、確かシウ=アクィラだったね?」

「はい。これでお願いします」

「うむ」

 受け取ってサッと上から下までを眺めて、もう一度上に視線が戻った。

「……詰め込み過ぎではないかね?」

「でも、専門科目や研究科も受けたいものが多いので、早めに取得しておきたくて」

「……まあ飛び級になれば、楽になるだろうが」

「飛び級できるんですか?」

「試験に合格したら、だが。あ、いや、少し待ってくれるか」

 紙を置いて、机の引き出しから書類を引き出してきた。

「君は確か」

 成績表などの資料らしきものを読んでいく。

「……そうか。この様子だと、先に試験を受けていた方が良いかもしれないな」

「えっ」

「受けてみるかね?」

「授業を受けたいです」

「ふむ。君は真面目で良い生徒のようだな。が、教師の判断によっては飛び級もさせるので、考えておきたまえ」

「はい」

 頭を下げると、アラリコから声を掛けられた。

「エッヘ=モルトケは元気にやっていたかね?」

 ロワル魔法学院の教師で、カスパルともどもお世話になった先生だ。

「あ、はい。楽しそうに研究科の指導をしていただきました」

「彼からの報告書によると君は大変優秀らしい。古代語にも通じているとか。わたしの授業も受けてくれるようだから楽しみだよ」

 にっこりと微笑まれたのだった。

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