262 ギルドのはしご




 授業終わりに、ちまちまと魔道具などを作っていたので、学校が休みとなる風の日にはギルドをはしごした。

 冒険者ギルドにも立ち寄った。クラルの様子を見たかったからだ。彼は順調に勉強を続けているようだった。解体もできるようになったと、タウロスも言っていた。


 次に行ったのは鍛冶ギルドだ。

 防火壁の仕組みを特許申請した。素材は土とスライムなどで、それらに防火結界を付与している。

 面倒なので全て鍛冶ギルドに任せることにした。特許使用料は雀の涙ほどに押さえてもらう。


 それから商人ギルドにも行った。ギルドカードはすでにあるので、提出するとギルド本部長の部屋に通されてしまった。驚いていたら、更には下にも置かぬ対応だ。

 どうぞどうぞと飲み物を勧められて、ぽかんとしていたら急いで来たような風でギルド本部長が部屋に入ってきた。

「初めまして、ルシエラの商人ギルド本部長をやっておりますヴェルシカと申します」

 握手すると、シウも自己紹介をした。

 ソファを勧められたので座ろうとしたら、すぐにもう一人入ってきて、特許担当のシェイラと名乗った。忙しいようで挨拶のあとすぐに出て行ったが、とてもにこやかだった。

「いやあ、いつ来ていただけるのかと思っておりました」

「え?」

「実はロワルのギルド本部長のフェリクスとは知り合いでしてね。ライバル関係とも言えますが。最近やたらと自慢されるので、調べていたところ、君の存在を知りまして」

「はあ」

「こちらへ来ていただけないかなーと思っていたところ、シーカー魔法学院に入学するというではないですか。そりゃあもう喜んでおりまして」

「……特許は、どこに出してもあまり関係ないのでは?」

 あからさますぎて、シウも取り繕うことなく聞いたのだが、ヴェルシカは苦笑で返した。

「それでも、全体の評価数というものがありますし」

「はあ」

「どれだけ優秀な人材を抱えているのか、というような指標にもなっておりまして」

「なるほど」

「シウ殿が特許を出してくれると、全体の底上げにもなるのです」

 ようするに歓迎してくれてるということだろう。

 ま、いいかと本日の目的を話す。

 すると、早速特許申請してくれるのかと喜ばれてしまった。

 でも特許担当のシェイラが忙しそうだったので、申し訳なくなってきた。

「また今度にしましょうか?」

「とんでもない! すぐに、すぐに呼んできますから」

「いえ、僕が伺います」

「なんとまあ、腰の低い方だ。素晴らしいですね」

 むず痒いことを平気で言うタイプの人らしい。シウは些か呆れつつ、シェイラの執務室へと向かった。


 ルシエラでは魔法使いが多いせいか特許申請なども多いようで、商人ギルドの職員たちはかなり忙しそうだった。

 本来、魔法使いは魔術士ギルドなどに登録するものだ。特に研究者は、魔術式を開発したりするので魔術士ギルドで申請したりする。

 ただ、それを売るのは商人なので汎用性のあるものは商人ギルドに、学術的だったりあまり需要のない術式を開発する場合は魔術士ギルドへ登録、というように住み分けているようだった。そもそも魔術士ギルドでは特許というような仕組みはない。

 新たに物を売りたいのなら、商人ギルドと決まっている。

「すみません、忙しい時に」

「いいえ、とんでもない。ロワルの特許内容を拝見して、わたしもぜひ担当してみたいと思っていたもの。さあ、どうぞお座りになってください」

 シェイラには秘書がついていた。走り回っている職員もいて、部下も大変なようだ。

「それで、今回はどのようなものでしょうか」

 本当にいいのかなあと思いつつ、シールド用の魔道具、サンバイザー、使い捨てカイロを取り出した。

 三つ目を取り出した時点で、秘書の顔が引きつっていた。

 シェイラは目を輝かせて嬉しそうだったが。

「これは《防御壁》に使います。個人用です。土壁タイプと風タイプで、それぞれ地面に置いて起動部分に極少量の魔力を流し込めば良いだけです。誤作動を防ぐために安全装置が付いてます」

「これね。押して《実行》引いて《停止》というわけね。分かり易いわ」

「二段階にしているので大丈夫だとは思いますが、どうでしょうか。ただし、土壁タイプは土がないと作れませんし、風タイプは密閉された小さな部屋だと使えません」

「それはそうよね。一度、実験室で使ってみても?」

「はい。試験をしてみてください」

「ごめんなさいね、ご覧のとおり、忙しくて。数日でお返事を出すわ」

「はい」

 それからサンバイザーを渡す。

「これ、変わった素材だけど……それに不思議な形」

「日除け用の強化ガラスです。《日除け眼鏡》と呼んでますが。この国でも多少太陽の光による眩しさが影響すると思いますが、それよりも、この時期の特に晴れた雪の日は、太陽光が雪に反射して目を傷めます。これはそれを保護するためのものです」

「まあ! そういうことなのね!」

「目に悪い紫外線、ええと、光を排除しています。少し色が付いてますよね。そういう意味合いで作ってます。で、強化ガラスにしているので大抵の作業に使えます。多少の石礫なら防ぎますから、鎧のような、顔の防御にも使えます。鎧と違って視野も広いですし。万が一壊れてもガラスが飛び散らないような造りになっているので目を傷つけることはほぼないと思いますが――」

「すごいわっ、これ、とても画期的な物よ!!」

 話を途中で止められてしまって、シウは呆気にとられつつ、続けた。

「一応、耐火の魔術式も付与してますが、鍛冶には向かないです。だからこっちに持ってきたんですけど」

「……というと、もしかして鍛冶ギルドにも何か提出したのかしら」

 探り(?)を入れてきたので、隠すことでもないから正直に話した。

 するとシェイラは残念そうに小さく舌打ちしていた。淑女然とした人だったのでびっくりしてしまったら、秘書に注意されていた。

「最後に、これが本命なんだけど」

 カイロを手渡す。もちろん、真空パックに包まれている。

「入れ物はロワルで特許申請している真空パック用のスライム素材です。これで、空気を遮断しています。開けますね」

 ピリッと破って取り出す。

 手渡して、少し揉んでもらう。やがて、段々と熱くなっていくスライム製不織布を見つめて、彼女の顔が驚愕に変わって行った。

「な、な、なんなの、これ」

「鉄が酸化する時に熱を発するのはご存知ですか?」

 シェイラも秘書も分からなかったようだ。首を傾げられた。

「鍛冶をされる方なら知っているんですけど、とにかくそういう仕組みがあります。それを利用して、鉄を粉にし、添加物などを加えて熱が出るようにしました。これの良いところは一定の温度より高くならないことです。とはいえ直に肌に触れると低温火傷になりますので、服のポケットなどに入れておくことをお勧めします。懐炉は空気に触れると酸化が始まり熱を放出しますから、空気に触れないよう真空に閉じ込めておきます。そのため、パックの外側に、そうした注意事項を書いておくと良いかもしれませんね」

「す、素晴らしいわ……」

 作り方、配合、注意点などを書いた資料も提出した。

「大体半日から一日使えます。使い終わったら、酸化鉄は鉄には戻らないので、別の使い方をします。捨てるにも勿体無いので資源として再利用します。だから、商品を売る場合は引き取りをセットでお願いできるところに任せたいです」

 シェイラの目が輝いた。

「資源の、再利用?」

「はい。なんでも使っていけばなくなりますよね? 再利用できるように物事を考えるのも商人の務めじゃないかと思ってます。木を切ったなら、それに見合うだけの木を植え育てる。それぐらいしないと、資源は限りあるんですから」

 秘書はぽかんとしていたが、シェイラは爛々と目を輝かせていた。感動しているようだった。

「えっと、そのまま中身を取り出して肥料にしてもいいんですが、元は鉄なので畑に使うにはほどほどにしないと偏りすぎます。他には釉薬とか、塗装剤、磁石、溶接などに使えますから他のギルドと相談するか、あるいは一手に引き取って処理する事業を起こすか、ですね。ただ大前提として、これは使い捨ての商品になりますので、再利用目的の引き取りを強制できるものではないです」

「……素晴らしいわ。その考え方もそうだけれど。ねえ、シウ殿、どうかしら、将来商人ギルドに就職しない? ぜひぜひ考えてほしいの。もちろん幹部待遇よ。史上最年少のギルド本部長が誕生するかもしれないわ!!」

 あ、この人、ダメな人だ。

 シウは苦笑して首を振った。

「いえ、お断りします。ええと、僕は、冒険者で魔法使いなんです。ただ庶民の生活がちょっとでも楽になったらなーと思っただけなので」

 しかもこのアイディアは全て、自分のものではない。おこがましくてとてもではないが幹部などなれるはずもなかった。

 先人の知恵をこねくり回しているだけの人間だという自覚はあるので、恥ずかしい。

 絶対にお断りしますと言って、部屋を出てきた。



 その後は、市場へ寄って買い物をするなど、街をぶらぶらしてから屋敷に戻った。

 鍛冶小屋では安全な(?)魔獣対策用の爆弾を作れないか試行錯誤したり、ついでに最上級薬にも挑戦した。最上級薬までなら問題なく作れることは分かったが、その上の特殊薬に限っては無理があった。素材に足りないものが多いのだ。

 ドラゴンの鱗や、聖獣ポエニクス――不死鳥のことだが――その体毛など、どうやって手に入れたらいいんだという内容ばかりだった。

 ただこの配合が分かったのは良かった。

 これもシーカーの大図書館のおかげだ。結局、大図書館内の書物は全て記録庫に保管できたことが分かった。あまりの蔵書数でまだ全然読めていないが、記録庫には検索機能が付いているので助かっている。

 ところでこの大図書館の地下には更に地下空間が続いているようで、シウは気になっていた。

 しかし強力な結界が張られ、他にも隠蔽処理が施されているようで、普段の全方位探索ではもやもやしていて分かり辛い。積極的に探知強化してようやく分かったぐらいだ。

 鑑定魔法などで強力に調べてしまうと誰にバレるか知れないので、深く追及していない。こっそりと少しずつ探知していた。

 たぶん、禁書庫だろうと当たりを付けているので、全体像が分かれば記録庫に写すのも可能だろう。それを楽しみに図書館へは毎日通っている。

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