263 魔法開発とラトリシア料理、シガールーム




 光の日は採取していたユキノシタを使って薬を作った。

 ユキノシタはしもやけに効く薬草なので、冬場にも手に入れられるものとして人気がある。

 前世でも同じような薬草があったので、その効能を知っており、アガタ村の人には子供の引き付けだとかかぶれなどにも使ってもらっていた。むくみの解消にも良く、煎じて飲むのも良い。他に利尿作用のある薬草などと合わせて、症状や年齢、体質などによって組み合わせを変え使用していた。

 生の葉を湿布のようにして使うこともあるので空間庫から取り出して綺麗にした後、真空パックに一枚ずつ入れた。

 他にも以前から溜め込んでいる薬草を乾燥させて粉にしたり、生で使うものはパックに入れたりなど使いやすいように処理していく。

 そして、薬草箱を作り、収めた。

「できた!」

 家庭用薬箱だ。

 シウの手で抱えるぐらいの大きな箱になってしまったが、軽い木を使ったので女性でも持てるだろう。ふたを開けたところに、早見表を書いて貼った。

 早速それをロランドのところまで持っていく。

 良かったら使ってほしいと言うと、大層喜ばれた。

 冬の寒い時期に医者へ掛かりに行くのも、呼ぶのもいろいろ大変で、カスパルに何かあればもちろん貴族専門の医者を呼び付けるのだが、使用人たちではそういうわけにもいかないと聞いていた。心配症の気が大いにあるシウなので用意してみたのだが、とても喜んでもらえたので作った甲斐があるというものだ。


 昼ご飯は厨房の端、シウ専用の場所を使って自分で作った。

 お裾分けも置いておく。メイドたちが楽しみにしてくれているので、シウも作るのが楽しい。料理人たちとも情報を交換し合って、楽しい昼休みとなった。


 午後からは、庭で新しい魔法による攻撃方法を編み出そうと実験を繰り返した。

 攻撃魔法以外にも、ちょっと飛べるようになれないか考えた。

 戦い方によっては空を飛ぶフェレスから飛び降りることだってあるだろう。その時に空間魔法を使える状況ならいいが、人の目があったらばれてしまう。

 よって、基礎魔法で使えるものがいい。

 ざっと思いつく限りではやはり風属性しかない。

 複数属性魔法で実験しつつ、練習してみた。想像外のことだったので、できるまでに少し時間がかかってしまった。やはり「人が飛ぶ」ことにイメージが追い付かなかったようだ。とはいえ、やりたいと思って考え続けていると意外とできるものだ。

 ただし、相当な複合技になってしまった。

 飛行ができてからも、もう少しスマートにしたくて魔力量を削る努力をした。

 最終的に《浮遊飛行》として、風属性レベル三にプラス、風属性レベル二を掛ける五で体を浮遊させて、推進用の風属性魔法を使った。上昇気流を作って空気の流れを安定させるのにそれだけ必要だったのだ。調整もしないと難しく、体を安定させるのが難しかった。

 空間魔法だと楽なのになーと思ったが、これで万が一の時には人前でも使えるだろう。

 他にも幾つか考え、安定したので実験は終了した。

 途中、おやつはどうするかと聞きに来たスサに驚かれたが、おおむね上手くいったと思う。ただし、一般人にはあまり見せない方が良いだろうということだけは分かった。なかなか上手く行かないものである。


 おやつは、遅くなったが自作した。

 改心の出来だと思っている、お汁粉だ。餅はすでに普及活動に成功している。派生としてオカキなども好評だった。

 そのお餅を焼いて、香ばしくしたところにあっつあつの小豆あんを掛けるのだ。

 オスカリウス家のメイドの一部にはあんこは受けなかったが、さて、どうだろうと心配になりつつ出してみた。

「甘くて美味しい!」

「これが、お豆なの?」

「お餅もちょっと焦げたところが美味しいのよね」

「良い匂いよね!」

「俺は粒あんも良いが、こしあん? の方が食べやすくて好きだなあ」

「あら、あたしは粒あんだわ。これ、とっても美味しい」

「甘いのにサッパリしているなんて不思議」

「苦いお茶と合うな」

「なにより、体が温まりますね」

 と、最後はロランドが締めてくれた。シウも、冬にはとてもお勧めのデザートだと言って出したので、その言葉は嬉しかった。

「良かったー」

「これでしたら、若様にもお出しして良いんじゃないでしょうか」

「むしろお出ししないと、拗ねられるかもしれません」

 料理長とロランドが笑い合った。最近、シウの作るもののお裾分けを密かに楽しみにしているらしいので、最終的に二人の了承を貰ってから出すことにしていた。

 あんこは作り置きもできるのでまだ大量にある。というより空間庫にもある。

 ちなみに厨房はシウが勝手に魔改造していっているので、あちこちに便利グッズが増えていた。

 冷蔵庫も冷凍庫も、温め機能のある箱も作った。特許を取っている保温機能のボウルや皿なども使ってほしいといって置いていた。

 ロワルにいなかった料理人たちはその機能を知って喜んでいた。



 晩ご飯は料理人の心づくしのものを戴く。

 シュタイバーンの郷土料理から、ラトリシア国のものをシュタイバーン風にしたものなど、毎回研究してくれているので食べるのが楽しい。

 小麦も慣れたシュタイバーンのものを使うことが多いけれど、地元野菜を買うついでにラトリシア国産のものでパンを作ったりしていた。

 ラトリシアの小麦は硬質小麦と準硬質小麦が主で、パンにも向いているのだが少しばかり固く出来上がる。作り方にもよるがルシエラのパン屋で買ったものは弾力のあるものばかりだった。それを、ブラード家の料理人は食べやすく工夫していた。

 シュタイバーン国は農業大国だけあって小麦の種類も多く、美味しいパンもたくさん作れるのだが、気象に偏りのある国々ではやはり種類も少ない。それを如何によりよくするかが料理人の腕の見せ所だ。

 シュタイバーンには中間質のものもあって麺にも向いているから、配合を変えてうどんやパスタ麺などをシウも作ってみた。でも本格的なパスタ麺を作りたいならやっぱりフェデラル国のものだろう。

 また、ラトリシア国では麺よりもショートパスタ風のものが主で、色々な形のものがあって面白かった。料理はスープ系が多く、ショートパスタも一緒に煮込むというのが定番だ。

 冬が寒すぎるので体を芯から温めるために考えられたのだと思う。

 そうしたせいか生姜酒が流通している。不思議なのは料理にはあまり使われないことだ。お酒や飲み物の他には、砂糖漬けなどがあるぐらいだった。砂糖漬けは子供でも食べるそうだ。ただし元々が辛いので好き嫌いがある。

 生姜はシウにとっても馴染みのある食材で、食べたかったので嬉しい出逢いだった。

 いろいろ作ってみようと考えて、市場からも仕入れていた。ただ甘酢漬けにするには時期が悪いので、夏ごろ仕入れたいと脳内メモに書いておく。

 そのうちわさびも見付けたいところだ。


 晩ご飯はカスパルと共に摂ることもあれば、厨房横の賄い部屋でメイドたちと一緒に食べることもあった。

 特に何もなく時間があえばカスパルたちと食べるが、どうかすると夢中になって物づくりをしているので間に合わなかったり時間がずれたりする。そうした時は適当に賄い部屋で食べるので結果的に使用人の誰かと一緒、ということになった。

 カスパルもそうしたシウの自由さを許してくれているので、下宿人とはいえかなり勝手気儘に過ごしていた。

 夜は、カスパルたちが寛いでいる遊戯室へ遊びに行くこともあった。幾つかの部屋が連なっており、いわゆるシガールームもある。男性しか入れない場所ということで、シウも子供ながらギリギリ入室を許可されていた。

 シウ以外は皆が成人しているのでお酒を飲んでいることも多く、お酒に合うおつまみを持っていったり、王都内で見付けた面白い事柄や情報などを伝えることもあった。

 交替し休憩中の護衛たちもいるので情報共有のため、全員が集まっている食後の遊戯室で話したりするのは結果的にも良かった。ギルドで知ったこともここで話す。

「シアーナ街道の奥地で雪崩事故が発生して冒険者のランク五級以上に緊急召集がかかってました」

「シアン行きの街道で雪崩事故か。あそこが通行止めになるとシアン国は困るだろうな」

「問題は王都の守りだ」

「あ、雪山に強い冒険者が多数呼ばれているらしいから、王都近辺の魔獣狩りが厳しくなるって言ってました」

「そうか。さすがに王都内までは来ないだろうが、増えるといろいろ厄介だな」

 護衛のルフィノにまずは報告がてら今日仕入れてきた情報を伝える。彼も忙しく、そうそうギルドに顔を出せないそうなので有り難いと言っていた。

「来週の休みからでもいいから、狩りに出てほしいって言われましたし」

「シウ殿にまで召集がかかってるのか」

「はい。雪崩の方が、結構長引くみたいで。規模が大きいらしいです。もしかしたら国の、宮廷魔術師が出ないといけないかもって」

「そりゃあ大事だな。とはいえ、できるだけ王都から出したくないだろうしな」

「それはまたどうして?」

 シウが護衛たちと話していると、カスパルが不思議そうに口を挟んできた。いつもは我関せずなのだが。

「宮廷魔術師なんて国のために働くものだろう?」

 強い酒を飲みながら、首を傾げて問う。まったく顔に出ていない。

「だからこそですよ。強い魔法使いを傍に置いておかないと、何かあった時、守ってもらえないでしょう」

「……ああ、『サタフェスの悲劇』ね」

 かつて魔獣に襲われた記憶は何百年経っても残っているらしい。

 いまだに、怖いのだ。

「こんなに魔法使いを囲い込んでいるのに、それでもまだ怖いのか」

「そうは仰いますがね、坊ちゃん。魔獣のスタンピードに襲われたら、どうしようもないですよ。あれは普通の人間にとったら恐怖以外の何物でもない」

「経験があるの?」

 若様からの質問に、ルフィノは難しそうな顔をして頷いた。

「武者修行で、オスカリウス辺境伯のところで何年か。あそこは年に一、二度はスタンピードがあるので、腕試しには良いかもしれませんがね。大変でした」

「そうなの」

「アルウスの地下迷宮にも入りましたが、とうとう中段までしか行けませんでした。最奥到達は夢のまた夢って感じですよ」

「ふうん」

 そう言って、カスパルがチラリとシウを見た。シウはぶんぶんと首を横に振った。いろんな意味のこもった、ジェスチャーだった。

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