264 近況報告と授業内容




 週末の夜、シウはスタン爺さんへ通信魔法を使って近況報告をする。

 あらかじめ大体これぐらいの時間と伝えているので、いきなり連絡している。ロワルでの様子を聞いて特に何もなければ安心するし、スタン爺さんもシウのルシエラでの話を楽しみにしてくれていた。

 リグドールやエミナ、アグリコラなどには手紙を書いて送っている。外国からの手紙が楽しみに思えるように工夫していた。異国情緒あふれる他国の品を入れたり、紙もそうしたものを選ぶ。

 ちょっとしたものを入れるのも楽しかった。ルシエラ王都の地図だったり、落ち葉、売られている飴など、小さな物を贈った。

 通信魔道具も渡しているので、届いたよの連絡もくる。そんな時は短いが、近況報告を話し合ったりした。

 この通信について、シウはあるルールを作ってひそかに広めていた。

 通信魔法はいきなり相手に通じるので、意外と困るのだ。手が離せない状態の時に突然耳元で声がしたら誰だって嫌だろう。

 なので、通信魔道具にちょっとした機能を付け加えた。

「(ピッ、ピッ、ピッ)」

「(はい?)」

「(お、つながった! シウ、今いいのか?)」

 というような具合に、音で事前に知らせるのだ。二秒以内に返事をしなければ通信は切れる。このピッという音は三段階に大きさを変えらえるので、小さくしておけばビクッとなったりしない。

「(いいよ、どうしたの? そっちももう遅いだろうに)」

「(いや、だってさ。いよいよ明日から授業だろ? 緊張してないかなーと思ってさ)」

「(緊張はしてないけど、わくわくはしてるよ。楽しみ)」

「(えー。信じらんねえ。俺なら緊張する!)」

 リグドールとの会話は楽しかった。学校の授業のことや、今やっている研究のことなど、いろいろ聞いていると同じように通っている感覚に陥る。二重に学生生活をしている気分だった。

 距離が長いため、あまり長く話すと通信魔道具の消耗も激しくなる。そのためいつも短い時間だったが、声を聞けるのは嬉しかった。

「(とにかく、頑張れよ! 小さいからって苛める奴がいたら、フェレスに噛んでもらえよな)」

「(小さいは余計だって。あと、フェレスにそんな汚いもの噛ませません)」

「(あはは! ま、元気そうで良かったよ。じゃあなー!)」

 明るいリグドールの声を聞くとやる気が漲ってくる。スタン爺さんには優しさをもらうが、リグドールには元気をもらっている気がする。エミナも相変わらずで、一度返ってきた手紙でもテンション高く楽しい内容だった。

 どうかすると孤独になりがちなシウだけど、こうして人と繋がっていられるのは彼等のおかげだ。王都に出て彼等と知り合って本当に良かったなあと改めて思った。





 シーカー魔法学院での授業が本格的に始まった。

 シウは朝からみっちり詰め込んでいるので、カスパルとは登校の時間がずれ、歩いて通うことになった。

 家僕のリコからは馬車を出すと言われたけれど歩いた方が早いので断ったのだ。

 カスパルもダンも、シウの授業の取り方には呆れていたけれど、朝一の時間をすべて取っていないカスパルの方が変だと思う。

 朝は勉強するのに良いんだよと言ったら、カスパルからは、

「だから朝一番に古代語の本を読んでいるんだ」

 という答えが返ってきた。やっぱりマニアは変人なのだった。


 で、歩いて三分ほどで学校に到着するとロッカールーム、ミーティングルームと回って、特に問題がなければそのまま五の棟の校舎に向かう。

 火の日は言語学からで、クラス担任のアラリコが先生だ。

 授業を聞いた感じでは、嫌味口調もジョークとなると意外に面白く、楽しい内容だった。ただし、図書館で得た知識とほぼ変わりなく、稀にアラリコの個人的意見が挟まれてくるぐらいで特筆すべきものはなかった。

 がっかりした顔をしていたわけではないと思うのだが、授業の終わりにアラリコから、一度試験を受けてみなさいと言われてしまった。シウが変な顔をしたらしく、アラリコは苦笑して、

「エッヘからも、無駄な時間を取らせないために習得している内容を確認した方が良い、とご注進いただいていてね」

 などと言っていた。

「……先生の意見が面白かったので、授業は聞いてみたかったんですけど」

「嬉しいことを言ってくれるね。だが、わたしも無駄なことは嫌いなんだよ。それに君は古代語解析も取っているだろう? あれは専門科目なのでそう簡単には飛び級させない。必須科目の方はむしろ積極的に上がって行ってほしいので、受けてみたまえ。次回、授業の合間に試験を用意しておくので、ま、君には準備など要らないだろうが、事前告知しておこう。他の必須科目の教師にも言ってあるので、試験を要求されたら受けるように」

「はい」

 ちょっと残念だが、そう言われると仕方ない。

 素直に頷く。

 次の授業も必須科目で、数学だった。こちらは飛び級試験をその場で受けることになってしまった。先週の授業参観で簡易試験を受けたのを覚えられていたようだ。

 その場で、次回から来なくていいと言い渡された。

 三時限目の魔術基本理論ではロワル魔法学院の魔術理論はおかしいという話題ばかりで授業らしい内容ではなかった。ラトリシア出身の先生で、ラトリシアの魔術理論がいかに正しいかを演説している感じがした。

 ロワル魔法学院出身の生徒の幾人かは不満そうだったが、先生の顔色を読んで黙っている。

 先生と同じラトリシア出身の生徒たちは真面目に聞いているようなフリで、授業が終わってから「大変だったなあ」と慰めにきてくれた。

「こんな小さな子に当たらなくてもいいのに」

「天才相手にイラついているんだろ?」

「次回の更新で打ち切られるって噂が出てるそうだから、当たりやすい相手を探してるんだよ」

「悪かったな」

 と、何故かシウだけ優しくされた。

 良い人たちだなあと思っていたら、話の終わりに、

「ところで、あー、その子、フェーレースだよね?」

 フェレスに興味があったようだ。分かり易くて良い。シウは笑って、良かったら触ってみますか、と促した。

 いやいや悪いよと言いつつ視線が釘付けなので、こちらからどうぞと勧める。そうしたやりとりのあと、食堂へ向かいながら代わる代わるフェレスを嬉しそうに撫でていた。


 食堂ではディーノたちと合流した。

「もう友達ができたのか? ラトリシア人だろ、彼等」

「あー、うん。魔術基本理論の先生が、ロワル出身の生徒を当てこすっていてね。慰めてくれたんだ」

「へえ」

「授業らしいことしてないから、そのうち抗議がいくかも」

「先生が変わるのか。それは面倒だな。僕は明日取ってるんだけど」

「いっそ試験を受けてみたいよね。でも、あの先生だと落とされそう」

「そんなに酷いのか。うーん、講義取り直せないかなあ」

 そうした話をしつつ、コルネリオや護衛も交えて昼ご飯を摂った。一般食堂では従者や護衛と一緒でもいいので、割とフランクにわいわいと食べられる。

 貴族専用サロンでは厳密な区別がされており、貴族の、それも上位貴族しかほぼ入ることが許されていない。

 カスパルもそちらへ呼ばれているようで食堂に姿は見せなかった。

 本人は、上位貴族といってもたかが伯爵なのに、と言ってぼやいていたけれど。


 ヒルデガルドの姿もなく、何故か付き添いのようになっているクレールも伯爵家出身なので、おそらくは貴族専用サロンでのランチのようだ。

 ディーノいわく、ちょっと可哀想とのことだった。

「伯爵家が従者扱いだからなあ。面倒を見るように言った先生を恨む、とか言ってたよ」

「幸いにして女子と男子で分かれているから、寮でまで面倒を見なくて済むから良かったよね」

 コルネリオが肩を竦めていた。

「お付きの人、いや、女性騎士だけど、あれがあちこちでやらかしているみたいでさ。ヒルデガルド嬢は下々の事は我関せずの態度を貫くし、クレールが尻拭いをしなきゃいけなくて、後でこっちに愚痴を零してくるのが大変なぐらいかな」

「その割には楽しそうに言うなあ」

「お、分かるかね? なんてな。まあ、あいつも切っちまえば楽なのにな」

 一時はクレールと揉めたこともあるディーノなので悪い顔をしているが、本心ではやはり可哀想だと思っているようだった。

「家のことを考えたり、しがらみがあって、考えちゃうんだろうなあ。僕はつくづく下位貴族で良かったと思うよ」

「僕は庶民で良かったけどね」

 シウが言うと、コルネリオも手を挙げた。

「僕も僕も。あ、僕は大商人の家ですが」

「あはは」

 そんな気楽な、昼時を過ごした。



 午後は時間を気にしないで良いようにと、アロンソやウスターシュという先輩方の意見を参考に攻撃防御実践の講義を選んだ。

 ロワル魔法学院ではそれぞれ個別に学んだが、そもそも戦いとはすべてを含むのだから、というわけだ。応用編のようなものだなとシウは思っている。

 それぞれ得意の魔法、ないし戦い方があるので、得物は自由だ。

 ここでも先生からロワル出身者をバカにする発言があったが、的を用意した乱取り形式の試合では前年までの出身者とは違う動きをすると、驚いていた。

 経験した時間は少なかったが、人工地下迷宮での訓練が功を奏したのだ。

 突然の的移動や先生の作る幻術にもすぐさま対応し、なんとか応戦できていたので、どうかするとラトリシア出身の生徒よりも動きの良い者が多く、面目躍如といった感じだ。

 先生もそこでむきになったりせず、素直に認めてくれたので良かった。

 特にシウの動きには目を瞠っていた。稀に逃げ回るだけと称する人もいるので、その動き方を賞賛してくれたのは嬉しい。

 だから、次回からは飛び級をと言われた時はとても残念だった。

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