265 生産の授業と飛び級試験




 水の日も朝一番から授業があり、生物学、薬草学と受けた。

 どちらからも次回試験を受けるよう言われてしまったので、これは素直に受けることにした。

 授業は本の内容を暗記するためのようなものだったからだ。

 先生の知恵、といったものやとっておきの研究内容などがあれば良かったのだが、そうしたことは研究科の話らしい。

 三時限目は生産科だ。必須科目ではないが、生産持ちは絶対に取らないといけない科目でもあるので、一年目だけれど受講することにした。

 さすがに初年度の生徒は一人しかおらず、少し注目を集めてしまった。

 教師はレグロという名のドワーフで、見た目は三十代後半だが、鑑定では百六十五歳だった。

「よし、では新年度最初の授業だ。長い休みの間の練習成果でも見せてもらおうか!」

 課題が出ていたらしく、皆が何かしら持ち込んでいる。

 初めて参加する生徒には、材料を与えて自由にモノ作りをしていいと言われた。

 教室の後部には従者や護衛が待機する場所以外に、大量の材料が置かれている。

 シウを含めて数人が、素材を集めた。中には緊張して震える者もいたり、新しい素材を見付けて喜んだりと人それぞれだった。

 シウは、作りたかったものがあるので授業そっちのけで物づくりに励んだ。

 生産の教室は、実験室扱いでもあるので一階にあり、庭側の窓を開けると小さな鍛冶工房もあった。

 先生に、念のためそこを使っていいかと許可をとって、早速ガラス瓶を作り始めた。

 素早く幾つも作っていく。型は作っていたので流れ作業だ。ピンク色の模様を付けたガラス瓶が出来上がると、すぐに冷まして、今度は切子を入れていく。

 そうした道具類も作っているので今日の所は見本作りとして風属性魔法で切ることはしなかった。だからか、レグロは面白そうに後ろで見学していた。

 出来上がった瓶に蓋を付けて終了したところで、声を掛けられた。

「すげえもんを作っているな」

「はい。特別な入れ物にしようと思って」

「ほお」

「普段は型にはめて大量生産するんですけど、こっち」

 元のガラス瓶を指差した。

「高級感を出そうと思って、切子にしてみました」

「ふむ。切子というのか。面白いな」

 レグロは職人の顔になっていた。何度も、頷いている。

「それにしても、お前さんは早いし、腕が良い。物づくりにも慣れているな」

「自分で作らないと生きていけないような山奥育ちだったんです。あと、生産に詳しい友達もいて」

「ほう?」

「アグリコラって言うんですけど、ドワーフの世界では有名らしいですが知ってます?」

「おお! あいつか。なんだ、あいつ、生産職に戻ったのか?」

「鍛冶がメインで、今は生産関係はなんでもやってます」

「なるほど、そうかそうか。それで、お前さんも腕が良いんだな」

 納得してくれたようだ。

「いやあ、今年は良い生徒が入ってきたなあ。幸先が良いぞ。はっはっは」

 豪快に笑って教室に戻って行った。

 先生からは合格点がもらえたようで、良かった。

 もちろん、合格できなくても授業は受けられる。そもそも、そうした生徒を教えるのが、彼の仕事なのだから。


 午後は基礎体育学となった。

 魔法使いの体力のなさを補うための授業なので、シウのような健康優良児はたった一回の授業で飛び級扱いされてしまった。次回から来なくて良いとお墨付きをもらってしまい、終了だ。

 ただ、基礎体育学は本当に、走ったり飛んだり腕立て伏せをしたりといったことばかりだったので、飛び級ができたのは単純に嬉しかった。


 しかしそうなると火の日もそうだが、水の日も、三時限目だけしか授業に出なくて良くなる。更に空白が増えそうな予感もあって、悩ましい。

 アラリコに相談すると、時間割を見直しても良いとの返事が来たので、今週いっぱい過ごして変更することになった。

 たとえば生産の授業などは二時限続けて取った方が楽だ。そうした並びになるよう、教師とも相談の上変更する。

 とにかくも、残りの試験を受けてからのことだ。


 木の日は朝から古代語解析があり、カスパルと一緒になった。一時限と二時限目続けてあるので選んだのだが、カスパルも同様の理由だった。朝一番に来るのはカスパルにとってこの授業の時だけだ。

 傍目にもウキウキしているのが分かるほど嬉しそうで、ダンのみならず屋敷の者たちは皆が微笑ましくカスパルを見送っていた。

 授業内容はまだ基礎の域を出ないが、今後楽しみになりそうな気配はあった。


 三時限目はまた魔術基本理論で相変わらず授業とは関係のないような発言が多かった。

 生徒たちもうんざりした顔をしていた。

 授業終わりには前回の慰めてくれた生徒たちが抗議すると言い出していたので、そのうち本当に先生が変わりそうだ。

 午後は魔術式解析作成の授業で、ジェルヴェ=マルティンソンという名の教師だった。男爵位を持つれっきとした貴族だったが、気さくな人柄で教え方も丁寧だった。

 カスパルも受講しており、幾度か質問をしていた。

 生き生きとしており、普段との落差に呆れるほどだ。

 彼の良いところは何もかも人から聞こうとはせず、自分で勉強するところだ。

 シウが魔道具を開発作成しているのは知っているが、聞いて来たりすることはほとんどない。自力で勉強する姿勢が偉い。先生への質問も、どうやって理解を埋めて行けば良いのかという、ヒントをもらうためのものが多かった。

 もちろん、授業中ならばお互いに教え合うのも良いことなので聞かれたりはするが、その自ら考え編み出そうとする姿勢は尊敬している。

 ただ、のめり込みすぎて時々おかしくなるのが玉に瑕だ。

「こんなにこねくり回しているが、結局はこれで済んだんじゃないか! なんだこのくそのような魔術式は!」

 といったような独り言が多くなるのだった。

 授業の合間に、解析した魔術式を古代語に置き換えるというような変なこともしていた。根っからの古代語魔術式ファンなのである。


 金の日は朝から試験続きだった。

 言語学、薬草学と続いて、本来は生産が入るのだが水の日に移動したので空きが出て、午後に攻撃防御実践の試験となった。

 その日のうちに合格が分かり、免除となって飛び級になった。

 金の日は完全に空いてしまうことになった。


 翌日、土の日も二時限目だけあり、生物の試験だったが試験に合格したせいで空いてしまった。このままだと空き時間ばかりになるのでアラリコと相談の上、専門科目を増やすことにした。

 教師陣との相談もあるので翌週の火の日に結果を聞くことになり、その日は午前中のうちに帰宅した。

 午後、時間が空いたので厨房で飴を作った。生産の授業で作った瓶に入れようと思ってだ。最初は薬用として喉飴を作る予定だったのだが、段々乗ってきて色々な味のものを作り始めた。

 砂糖の種類も多いので組み合わせを考えるだけでも楽しく、昨年収穫していた大量の果実も使ってたくさんの飴を作った。


 透明で切子細工をした丸みの帯びた瓶や、ひょうたん型の瓶、ピンク色の苺型の瓶などに飴を入れる。

 種類ごとに分けて並べてみたら気分が良い。

 全種類を混ぜてみても彩が良くて可愛く見える。

 うっとりしていたら、スサが厨房にやってきた。

「良い匂いがすると思ったらやっぱりシウ様でしたか」

「うん」

「それはなんですか?」

 わくわくした顔で聞かれたので説明した。

 飴はこの世界では庶民のお菓子なのだが、子供では買えない程度に高い。砂糖がそれほど安価ではないからだ。甘い食べ物はどうしても普及しづらく、甘いと言えば果実で、天然ものを知り合いから分けてもらうという程度のようだ。

 それでも王都に暮らしていると甘みのあるお菓子を食べる機会は多く、メイドならば食べた経験は多いだろう。

 だとしても、大量にあるとやはり嬉しいようだ。

「わあ、綺麗ですね!」

「賄い室に飾りがてら置いておくから、皆で食べて」

「良いんですか!」

「うん。でも食べ過ぎると太るし、虫歯になるから気を付けてね」

「はい!!」

 賄い室に二人で運んでいるとメイドたちが一人二人と増えてきた。匂いで我慢できなくなったようだ。

 シウは自由にしていいと言われているので、賄い室をちょこっと改造して棚を作ったりした。そこにガラス瓶を並べていく。どの瓶にどんな飴が入っているのか書いた説明文の紙をガラス板に挟んで棚にはめ込んだ。

「いちごミルクって美味しそう~」

「わたしは桃ミルクがいいな」

「杏も良さそうよ」

「喉飴もあるのね。咳用だって。でも、苦いんだろうなあ」

「あ、苦くないよ。薬草に合う果実と砂糖を混ぜているから」

「えっ、そうなんですか。わあ、嬉しい!」

「あなた、冬場は咳き込むものね」

 メイドたちがきゃっきゃ騒いでいると、非番の護衛もやってきた。

 意外と甘いものが好きらしく、幾つか欲しいというので小さな紙にひとつずつ包んだものを渡した。大きな男が嬉しそうに両手で受け取るので、可愛かった。

 メイドたちにも、個人用のガラス瓶を渡して、欲しい分だけ取って部屋に置いていいよと勧めた。

 賄い室の飴がなくなりそうだったらまた追加で作るからと言ったら、最初は遠慮していたメイドたちも少しずつ全種類を瓶に入れて彩を楽しんでいた。

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