099 学祭準備




 暫くの間、シウは友人たちに「女殺し」というあだ名を付けられた。

 意味が分からなくて首を傾げていたのだが、そのうちに「解体少年」と呼ばれるようになったので、まだましかと思って聞かずに終わった。




 学祭は翌月の、朝凪ぎの月の一週目に行われる。それまでは準備段階となるため生徒全員が忙しくなった。

 クラス単位での催しをしたり、高学年だと専門科目のクラスごとでも発表を行う。

 戦略科では過去の戦歴を基にシミュレーションマップを作るということで、グループ分けをした。

 当然のように一人ぼっちになったのだが、エイナルが一人でもいいと言ってくれたのでぼちぼちと作り始めた。

 いや、ヒルデガルドやエドヴァルドが何度も誘いに来ようとしていたのだが、取り巻き連中に分かり易く止められていたのだ。

 シウとしては、むしろ取り巻き連中には「よくやった」と言いたいぐらいであった。


 研究科七クラスでは、古代語を使った新しい魔道具を展示しようということになった。

 誰も古代語の魔術式の解説発表なんて見たくないと思うから、良いアイディアだと思う。

 ところで、こういったものの予算はどこから出ているのだろうと心配になったが、魔法学校にはスポンサーがちゃんとついているのだった。

「国と貴族と、魔術士ギルド?」

「そうだとも。それに大手の道具屋などがこれはと思う研究科に援助をする」

「あー、どこの世界でも同じですね」

「どこも? 他にあるのかい?」

 いえ、こっちの話です、と手を振って話を終わらせた。カスパルは普段は自分の世界に没頭しているのだが、耳聡いところがあるのでシウの漏らした一言に食い付いて、うるさい時がある。

 悪い人ではないのだが、研究のことになるとのめり込み方が半端ではないので、相手をするのが大変なのだ。

 人のことは言えないのだけれど、まあとにかく「人のふり見て我がふり直せ」という言葉を思い出した次第である。


 一年のクラスでは最初、少々揉めた。

 貴族出身者が、主にはアルゲオ一派だが、彼等が高級喫茶をやろうと言い張った。それぞれが持つ自慢のシェフを呼んでカフェをやりたいと。

 別にそれでもいいのに、リグドールが反発した。何故か普段クールなレオンも一緒になって反論していたので、庶民対貴族の形になってしまった。

 貴族の中にだってアレストロやアリスのように、困惑していた組もいたけれど。


 結局どういうわけだか分からないが「自作」のものを「メイド服と執事服」で「接客して出す」という、形になった。

 よくアルゲオたちが許したなと思ったが、彼等は材料を提供することにしたらしい。

 一応、執事服を着て立っているところまではOKしてくれたそうである。

 それを交渉したアレストロがすごいと思ってしまった。

 アルゲオたちに接客仕事はさすがに無理だろうと、面白がって参加してくれることになった下位貴族の子たちがやる。

 で、「自作」は当然ながら誰もできないので、シウが行うということで勝手に決まっていた。

 ただし交代制だから、数名の女子と庶民出身者にもやってもらう。

 女子は少ないので、メイドもやって厨房もやってと大変のようだ。幸いにして女子の半分が下位貴族だったから、アレストロがにこにこと笑ってお願いするとすんなり承諾してくれた。


 その打ち合わせで、ベアトリス、ビルギット、ブレンダの三人は料理が壊滅的に無理だということが分かり、メイド係を専任してもらうことになった。

 アリスたちだってできないのだが何故か、勉強します! と張り切っていたので厨房組とした。

 マルティナは、アリス様がやるのでしたらと嫌々参加しようとしたのでシウが断った。

 やる気のない者に包丁は持たせられないと、ごねられても撥ね付けた。

 コーラは面白そうだと言って、クリストフを引っ張っての参加だ。クリストフも興味はあるようなので受け入れた。

 レオンとヴィヴィは強制参加だ。

 でないと、他に中へ入ってくれる人がいない。庶民だから慣れているだろうと思ってのことだが、はたしてやはり経験はあるようだった。

「あたしは母さんを早くに亡くしてて、家事は小さい頃からやってるしいいんだけど」

 と、ヴィヴィが告白したら、アリスが、

「まあ、ヴィヴィさんも? わたしも母上を幼い頃に亡くしたの。すごく悲しかったし大変だったのだけれど、あなたは家のこともしていたのね」

「え、ええ、まあ」

 と交友を深めようとしていた。


 レオンは養護施設出身だったから、小さい頃から西下地区の食堂などで働いた経験があると教えてくれた。

「お、じゃあ、シウと同じだな」

「え?」

「シウも孤児だもんな! ずっと働いてるし、今は冒険者だし」

「……冒険者?」

 怪訝そうに見られたので、シウはリグドールを睨みつつレオンにギルドカードを見せた。

「見習いで長くやってたんだけど、よく働いてくれるからって本会員に昇格させてくれたんだ」

「……ほんとかよ、すごいなお前」

 斜に構えていたレオンの態度が、気持ち和らいだ。

「中央地区のギルドで十級ランクの仕事を真面目にやっていると、上げてもらえるよ」

「そうなのか?」

「ギルドの人に教わったんだ。これはと思う子がいたら勧誘してきてくれって頼まれたぐらい。あの地区では見習いが少なくて十級ランクをこなす人が少ないから、狙い目なんだよ」

「……ふうん、そうなのか」

 ギルドカードを表裏としっかり見て、それからシウの顔を初めて見たというようにじっくりと眺め、レオンはふと小さく笑った。

「お前も頑張ってんだな」

 野良のボス猫が、ようやく近付いてきてくれたような、そんな気分になってしまって、シウもつい笑ってしまった。

 レオンは、何故かシウを弟分認定したようで、頭を撫でてきて、

「よし、俺も手伝ってやるよ」

 と参加を表明してくれた。

 もちろん、黙って頷く。


 レオンとヴィヴィはそれぞれ働きながらだから、授業の合間を縫って打ち合わせをした。

 最終的な料理の手合せは直前の休みにシウの家で行うこととして、段取りや必要事項は合間合間にお互い伝え合ったりした。

 それと、レオンが中央地区の冒険者ギルドで登録をしたいというので、紹介がてらに連れて行った。

 久々に行ったらクロエが喜んでくれ、応接室にまで案内されたからレオンがびっくりしていた。

 西下地区のギルドだと、子供が来たら追い返されることもあるのだそうだ。

 ひどい話だった。

 その時にクロエが、

「シウ君のお友達なら安心だわ。あら、魔法学校の生徒? なら、礼儀作法もしっかりしているだろうし、すごく助かるわ。ありがとう、登録しにきてくれて」

 と言ったものだから、レオンは恥ずかしげにもじもじしていた。

 珍しい姿を見たなと思って、そっと横を向く。きっと見られていたことを恥じるだろうから。

 案の定、彼は、

「さっきのことは、誰にも言うなよ」

 と目元を赤くして言った。

 そして小さく付け加えた。

「綺麗な人だよな、クロエさんて」

 え、と思わず勢いを付けて振り返ってしまったら、レオンは何か言われてなるものかといった風に慌てて、

「いや、何も言うな。誰にも言うな。この話は聞かなかったことにしろ!」

 と早口で捲し立てた。

「……分かった」

 そう答えながら、シウは微笑ましいやら可哀想やらで、表情に困ってしまった。

 年上の女性に憧れる年齢なのかもしれない。レオンは十五歳なので、思春期でもあるし。

 しかし、世は儘ならぬものである。

 クロエはザフィロと付き合っているし、そろそろ結婚の話も出始めている頃合いだ。

 まして二十五歳だから、いくらなんでも今年十五歳のレオンとはどうにもならないだろう。

 初恋は実らないというし、ここは黙って見ていようとシウは心に決めた。


 しかしその後、何度も相談をされる羽目に陥った。

 レオンは一度懐に入れた人間にはとことん甘いというのか、慕う傾向にあるらしくて、リグドールに負けず劣らずぐいぐい入り込んでくる性質だった。

 結局、仕事の合間に、クロエとザフィロのデート現場を見たとかで、彼の初恋は二週間で終わりを告げていた。

 そういうわけで、学祭の前日の彼は使い物にならず、どんよりした空気に塗れていてリグドールが、

「え、なに、レオンなの、これ?」

 と言ってるのに言い返しもしないという珍しい光景が見られたのだった。

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