098 女友達
シーンとしてしまった。
ちょうどその時に、一階からアキエラが飲み物を持ってきてくれた。
「あ、ごめんね!」
慌てて彼女に駆け寄って、グラスを乗せた盆を受け取る。
「あの、どうかした?」
アキエラが来たと同時ぐらいに静かになったから、自分が何か失敗をしたのではと不安になったようだ。
「ううん。ちょうど話が終わったところで。それより、いっぱい手伝ってもらってたのに、お相手できなくてごめんね。良かったらここで休んでいかない?」
「……でも、みんな魔法学校の人ばかりでしょ、なんか」
小声でぼそぼそと言うので、遠慮してるのだと思って、シウはアキエラを引っ張って部屋に戻った。
一階では、これまたほったらかし状態のリコラが、ガルシアとアリエラ夫婦と酒盛りを始めているようだった。
フェレスはさっきまでモテモテだったのに急にひとりぼっちにされて右往左往していたが、すぐに相手を見付けて走って行った。スタン爺さんだ。
玩具でガラガラされると、すっ飛んでいくあたり、まだまだ子供気分が抜けないようだった。
で、二階のシウの部屋はシンとしたままだったが、空気を読める男リグドールがグラスを明るい調子で皆に回してくれた。
「そういや、アキエラちゃんだっけ、第二中学校に通ってるんだろ?」
「え、はい。うん。そうです」
「敬語はいいよ。俺たち同じぐらいの年齢だと思うし。なあ、シウ」
「うん。アキも友達だし、普通でいいと思うよ」
そう言うと、彼女はほんのりと頬を染めた。
「俺も魔法学校落ちてたら、第二に通うはずだったんだー。魔力量があったからギリギリ入学できたけど、シウが家庭教師してくれなかったら落ちこぼれてたよ」
「そうなの? あたしもシウ君に家庭教師してもらったの。おかげで、今は算術が学年一になったのよ」
「え、そうなの? アキ、そんなこと言ってなかったのに」
「だって、シウ君の方が賢いのに、そういうの恥ずかしいもん」
「そうかなあ」
「俺、分かるなー。自分では頑張ったんだけど、隣ですごいのがいたら、自慢できないっていうか」
二人が顔を見合わせてうふふと笑いあった。
「あ、ねえ、そういえば合同祭があるよね?」
離れたところから、アレストロが話題提供してくれた。
「学祭のこと?」
アントニーが話に乗った。
「そう。一週間もあるから、交代で他所の学校の学祭を見たりできて、楽しみなんだ」
「中学になれば他所の学校へも行けることになってますからね」
ヴィクトルも参戦した。
そして。
「……わたしも、行きたいです。違う学校のお祭りも、合宿も」
話が元に戻ってしまった。
いきなり急に空気が重くなったので、アキエラだけが分からずに皆の顔を見回していた。
状況を説明すると、アキエラは憤慨した。
「一緒に行けばいいじゃない」
「あ、いや、でもさー」
リグドールが困惑して、それは無理なんだよね、と言うのだが。
「友達なんでしょう? 同じ学校に通ってて、仲良しの」
「う、まあ、そうなんだけど」
「あたし、第二中学で、みんな仲良しなの。同じレベルの子ばっかりっていうのもあるけど、毎日楽しくお喋りしたり、男女も関係なく遊んだりするわ」
不意に立ち上がって、皆を見下ろした。
「でもね、街で学院の子とかが、あたしたちをバカにするのよね。視察だとか行って学校に来たときも、制服も作れないのかって言ったり」
「ひでー」
「だけどね! あなたたちが今やってることだって、同じなんだからね!」
「え?」
「彼女を合宿? とか他所の学祭に連れて行かないのは、差別とおんなじことなの!」
「……あー、だけどさ、高位貴族の、しかも未婚の女性を連れ歩くのにはいろいろと」
「学院の偉そうな貴族の子たちは平気で! 偉そうに歩いてたわ! あの子たちにできて、そこの彼女にできないはず、ないじゃないの。そういうのをね、ええと」
「逆差別」
ぼそっと横から助け船を出したら、アキエラが、少し頬を染めて最後まで言い切った。
「そうよ、逆差別って言うのよ!」
それから。
「あたし、第二中学だったら案内してあげる。えっと、その、名前は――」
啖呵を切ったもののエミナと違って、元々おとなしく思慮深いアキエラは真っ赤な顔をして恥ずかしそうにアリスを見た。
アリスは泣きそうな顔をしていたが、蕾の花がそうっと咲き始めたかのような、柔らかい笑みを零した。
「あ、アリスです。アリス=ベッソールです。あの、アキエラさん」
「アキでいいです。ええと、だから」
「学祭の時、お邪魔したら一緒に、その、遊んでいただけますか?」
「もちろん!」
二人して真っ赤な顔で、見つめ合っていたので、誰かがポツリと「麗しい」と零していた。誰とは言わないが。
女の子二人の可愛らしい友情誕生を眺めていたら、カールが溜息を吐いていた。
「しようがない。僕から父上に頼んでみるよ」
「兄さん、いいの? 父上、絶対に怒ると思うけど」
兄弟二人がぼそぼそ言い合っているのへ、他の男子もこそこそと参加する。
「もしかして演習も不参加の予定でした?」
「うん。さすがに貴族の子女がね、演習に参加するのはまずいだろうって。女子が多ければまだ説得できたと思うけど。今年はまた極端に少なかったみたいだから」
「マルティナやコーラ以外にはクラスに三人しかいないしね」
今年は女子が少ないために一クラスへ全部固められていた。たぶん、それ以下の才能の子は落とされたのかもしれない。
「母上がいたら、そのあたりを言い含めて、うまく治めてくれたかもしれないんだけど。父上一人だと厳しくなりすぎるね」
「僕、ダニエルさんはもっと自由にさせる主義かと思ってました」
シウが言うと、カールとミハエルが顔を見合わせて笑った。
「うん。普段はね、とても大らかで、したいようにさせてくれるね」
「でもアリスのことはまた別になるみたい。母上が亡くなってから、アリスをお嫁に出すまで自分がしっかりしなくては! って張り切ってね。それが――」
「空回りしてるよね」
「だよね」
仲良し兄弟がそんなことを教えてくれた。
あのダニエルにそういうところもあるのかと、シウなどは人間臭い感じがして好ましいなと思ったものだが、本人たちは別のようだ。
「父上は大袈裟なんです。演習でも護衛は付いてきますし、いざとなればわたしだって戦えます!」
アキエラとの話が終わったのか、アリスが混ざりに来た。アキエラも一緒で、二人とも手を繋いでいる。
「その為に毎日勉強しているんですから。わたし、絶対に参加します!」
あ、やる気になっちゃった。
皆が同じことを思ったらしく、それぞれに視線で頷き合った。
誰からともなく、シウの肩をポンと叩く。
「え?」
「後は任せた」
「えー」
「どっちに転んでも、面倒を見るのはきっとシウだ」
「そんな自信満々に言わないでよ」
「でもきっとシウ君がリーダーになるよ。このメンバーだと特に」
「僕もシウがリーダーだったら安心だなあ」
「俺も、その方がアレストロ様の護衛が楽になるから助かる」
「君、護衛してたんだ?」
「してますよ!」
がやがやと騒ぐ外野は無視することにして、シウはアリスを手招いて呼んだ。
なんですか? と、必死に立ち向かう気概を見せようとしているのだが、本来の穏やかで優しい性質の人には無理があるようで、リスがぷるぷる震えているようにしか見えない。
シウは苦笑しながら、アリスに三本の指を立てて見せた。
「ひとつ、ダニエルさんを自分の言葉で説得すること」
聡い彼女はシウの言いたいことが分かったようだ。
「ひとつ、自分を女であると認識すること」
え? という顔をされた。
「ひとつ、これから合宿あるいは演習までの間に、どんな獣でもいいから十匹、自らの手で解体できるようになること」
周囲からも息をのむ音が聞こえた。でもこれは、最低限のラインだから、絶対に譲らない。
「これを守れるなら、僕もアリスのことを全力で守ると誓う。演習に参加するのなら、その手助けをすると約束するよ」
周囲の男子たちは蒼褪めていたが、アリスとアキエラは頬に手を当てて顔を赤らめていた。
何故かカールは天を見上げていたし、ミハエルは真っ赤な顔でベッドに俯せていた。
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