097 成獣祝い
とにかく顔合わせだけでもしておきたかったということで、無理矢理時間を作っての面会だったから、その場で慌ただしく散会となった。
ベルヘルト爺さんは、怒りん坊ではなくて、変わった人だった。
王城を出る道すがら、キリクは貴族たちの際どい醜聞話を、イェルドからは王宮内での派閥について簡単にだが教わった。
途中、フェレスが小刻みに廊下を歩いているので、キリクがどうした? と聞いてきた。
「ツルツルした廊下が楽しくなったみたいです」
と答えたら、
「よし、じゃあ、うちの廊下もピカピカのツルツルにしてやろう!」
と言ってフェレスを撫でていた。
「語弊があります。当家の者たちはきちんと廊下をピカピカにしております。素材が違うのでしょう」
「じゃあ取寄せてやろう。な?」
耳元をごしごし撫でているが、フェレスは嫌そうに首を振っていた。
茶色の耳先がピピピと払われていて、キリクが少し残念そうにそれを見ていた。
フェレスが成獣になったのは卵石から生まれてちょうど一年後のその日となった。
騎獣が成獣になったと判断するのは、諸説いろいろあるのだが、主には牙の生え変わりを基準としているようだ。
折れる前に生え変わるのはこの時期だけで、上下四本の犬歯は見事なものだった。
これまで小さいのがちょこんと生えていただけなので、それがポロリと取れて、内側から押し上げていた牙が顔を覗かせる。
犬歯はもう少し大きくなるので、稀に口から見えることもあって、それが厳めしさを示すことになる。ようするに誰が見ても成獣だと分かるようになる。
「おめでとうー! 良かったねえ、フェレス」
事情聴取のあった週の最後、光の日にエミナたちがお祝いをしてくれた。
フェレスに成獣となった自覚はないのだが、何故か皆が褒めてくれるので嬉しい! と舞い上がって喜んでいた。
取れた幼獣時代の牙はシウが大事に持っているが、涙が出そうだった。
子供を持つ親というのはこんな気分なのだろうか。
しんみりしていたら、リグドールに笑われた。
「十二歳で、子供の巣立ちを想像するって、有り得ないだろ!」
生え変わったら教えてと言われていたので、リグドールに連絡したら、学校の友人たちも駆け付けてくれた。
今、スタン爺さんを含め、シウの離れ家の一階は人で溢れている。
料理はアキエラが両親と共に手伝ってくれてたくさんあるのだが、人の座る場所がない。
庭にも急遽テーブルを出して、わいわいと騒いでいた。
どういうわけかアリスもいた。いつもくっついているマルティナたちはいなくて、代わりに兄のカールとミハエルが付いてきていた。彼等にも一度会ったことがあり、父親譲りの人の好い少年たちだった。
行きつけの騎獣専門店で仲の良いリコラも来てくれたし、アグリコラにも連絡を入れたら駆け付けてくれた。
「ねえ、なんだかシウの誕生日より豪華になっちゃったんじゃない?」
エミナが呆れたように笑うが、騎獣の成獣式とは意外に多いらしく、特に普段から好かれている騎獣はこうしてお祝いをするものだと聞いていた。
フェレスは愛嬌があって犬っぽいところも可愛がられていたから人気があるのも頷けるし、生涯に一度の盛大なお祝いなのだからいいのではないだろうか。
ただ、確かにこれほど集まってくれるとは思っていなかったけれど。
「皆に可愛がられて幸せだね、フェレスは」
「みゃー」
うねうねと嬉しそうに頭を擦り付けてくる。この愛くるしさが人気の秘訣だろう。
ひとしきりフェレスを囲んで騒いだ後は、それぞれが仲良しグループに分かれて話を始めた。
アグリコラは大丈夫だろうかと心配していたら、ドミトルが同じ職人として気になったのか声を掛けてくれていた。
エミナも交えて話しているので大丈夫そうだろうと判断し、リグドールたちが呼ぶ二階へと足を運んだ。
「悪いことのあとに、良いことがあって良かったよな」
「で、事情聴取本当に大丈夫だったの?」
簡単に友人たちには話していたが、詳しいことはまだだ。とりあえず大丈夫だったよと伝えた時にはホッとしたようだった。
アントニーだけではなく、アレストロとヴィクトルも来てくれていた。
アリスも同じ部屋にいるのだが、女の子一人ということもあって部屋の戸を開け放しているし、カールとミハエルにもいてもらっている。
「なんとかね。盤上遊戯の詰め戦状態で、オスカリウス辺境伯が怒濤のように攻め込んでいたよ」
「おお! やっぱり英雄は王宮内でもすごいのかー」
憧れの人に対する態度を微塵も隠さずに、リグドールやアントニーはうっとりしていた。でも、ずっと傍にいたら、憧れも吹っ飛ぶと思う口調の悪さで、教えてあげたいようなウズウズした気持ちもある。
「だけど、まだ気は抜けないんだよね?」
カールが心配そうに問う。彼は親の後を継ぐかのように、騎士見習いとして騎士養成学校へ通っている。シウの話は父親から聞いたようだ。
「派閥争いに便乗されたみたいだからね。でも、なんとかなりそうだって。どういうわけか、カサンドラ公爵家が後ろ盾の後ろ盾になるとか、よく分からないんだけど」
「そうなの? 辺境伯がいらっしゃるから大丈夫だろうけど、それはそれで心配だね」
「カール先輩、俺も同じこと考えました」
ヴィクトルが同調していた。彼は魔法学校へ入る前は、騎士養成学校へ通うための私塾に行っており、カールとはそこでの顔馴染みらしかった。
「何故カサンドラ公爵家なんだろう」
「あ、それ、たぶん分かる」
シウがそろそろと手を挙げた。
「戦略科で、ヒルデガルド先輩とクラスメイトなんだよね」
「あの!?」
「知ってるの?」
「知ってるもなにも、有名だろうに。本当、君はそっち方面疎いよね」
アレストロが困ったようにシウを見る。
「君、そういえば生徒会長のエドヴァルドにも絡まれて困ってるって言ってたよね」
「うん。悪気がないのは分かるんだけど、彼の後ろに付きまとっている取り巻き? の人たちが睨んでくるから、もうほっといてほしいんだよね」
「うーわー」
俺そんなの嫌だ! とリグドールが自分で自分の体を抱き締めていた。
「ヒルデガルド先輩ももうちょっと空気読んでほしいんだよね。話しかけられたら無視できないし、かといって質問に答えていると後ろからの視線が痛いし」
「興味持たれちゃったんだ」
アントニーが同情の声で言うので、自分でも憐れみの含んだ声で答える。
「苛められているようだから生徒会裁判を行う、明日来い、だもんね」
「あちゃー」
「断ったの?」
「うん」
当然、と頷いたら、皆が顔を見合わせていた。
え、なに? と皆の顔を見回したら、カールが代表して教えてくれた。
「高位貴族の『好意』を断るのは失礼なんだよ?」
とのことらしい。
「じゃあ、もしかして、目を付けられている?」
「そこまではいかないと思うけどね。むしろ興味を持たれた、かな。だから人となりを知りたいと思われて、話しかけられたりしてるんだと思う」
そこに、ヴィクトルが言わなくてもいいことを口にした。
「では最初にシウが素直に言うことを聞いていたら、付きまとわれないですんだということですか?」
そうだねえと、カールが笑って答える。
シウはがっくりと落ち込んでしまった。
とはいえ、である。
「ですけれど、生徒会裁判なんて、恐ろしくて出席するのを断るのは分かります」
アリスが我がことのように心配そうに肩を持つ発言をしてくれたので、シウはうんうんと頷いた。
「だよなあ。大体、高学年の奴等が、まだ一年のシウを苛めるってのが問題なのに」
「ですよね!? ひどい話です」
可愛らしく怒ってくれているが、リグドールは同意されたのが嬉しいようで目がにやけていた。アリスにバレないうちにどうか顔の締りを直してほしい。
そのうちに話題が変わった。
「夏休みの前に演習があるだろ? そのための予習がてら、合宿やらない?」
「面白そうだね、リグ」
「僕も参加したいな。どうかな、シウ」
目を輝かせて言うのだが、どう考えてもお守りは自分だし、嫌な予感がしたので断った。
「だめ。演習の意味がないから」
「えー。また森に行きたかったのに」
「あ、僕も行ってみたかったな」
「僕も。ヴィクトルは行ったことあるよね?」
「はあ。俺たちは騎士学校へ進むつもりだったから、割と早い段階で。カール先輩がチームリーダーだったんです」
ね、と尻尾が付いていたら振っていただろう慕わしさでヴィクトルがカールを見た。彼もにこにこと頷いている。その顔を凍らせる一言が彼の隣からポツリと落ちた。
「……わたしも、参加してみたいです」
アリスが、勇気を振り絞りましたといった様子で、必死の形相でシウに詰め寄っていた。
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