096 子供のようなお爺さん
部屋を出ると、来た道とは別の廊下を進んで、建物を出て行った。
更にずんずんと進んでいき、やがてある建物に到着した。
門兵に通されて廊下を歩きはじめるとようやくキリクが口を開いた。
「あー、鬱陶しい」
「お疲れ様でした? ええと、ありがとうございます」
早足でついていきながら頭を下げるのは至難の業だったが、シウがお礼の言葉を口にするとキリクが足を止めてくれた。
「……疲れたのはお前だろうに。ま、これで一応終わる、はずだ」
「ホルンガッハ伯爵がどう出るかによりますね」
イェルドが深刻そうに注意を促す。
「あいつか」
「キリク様、先ほどから指摘しようと思っておりましたがお口が悪うございます」
「ふん!」
また歩き始めた。
今度はゆっくりだ。
フェレスがツルツルした廊下を歩きづらそうにしていたので助かった。爪がカチカチと音を立てている。
「ホルンガッハは大丈夫だろう。日和見だ。この間も駆け引きに負けて引いていたぞ」
「だからこそ、今回の件では被害者が庶民だとばかりに抑え込めると、虎視眈々狙っているかもしれませんよ」
「大丈夫だ。それに何故か後ろ盾候補にカサンドラ公爵家が名乗りを上げていた。俺が先だと知って、臍を噬んでいたし」
「また大袈裟なことを」
「使者が顎を外していたから間違いない。シウ、お前の知り合いにカサンドラ家がいるのか?」
「……頭の痛い話で、したくないんですけど」
「言えよ。他にも幾つかあるんだ」
「……ヒルデガルド=カサンドラさんが、同じ戦略科のクラスにいます」
「ん? 誰だっけ」
「公爵の第一子で目の中に入れても痛くないほど可愛がられておられる姫ですよ。お願いですからこれぐらい記憶していてください。仮にも貴族の端くれなのですから」
「外部記憶があるのに、自分のを使う意味が分からん! そうか、お嬢様を誑し込んだのか! やるなあ」
嬉しそうに笑ったところで、ある扉の前に立ち止まった。
「入るぞ!」
相手の応えがないのに、ずかずかと入って行ってしまった。イェルドは溜息を吐いてから、シウを促して後をついていく。
フェレスは廊下のツルツルが気に入ったようで、カツカツ鳴らして遊んでいたが、置いて行かれると思ってか慌てて部屋の中に飛び込んでいた。
部屋にいたのは幾人かの宮廷魔術師と思われる人々と、こんなところで会うとは思っていなかった顔見知りだった。
「あ、ダニエルさん」
「やあ、シウ君。久しぶりだね」
ベッソール伯爵だ。アリスの父親でもある。
彼は伯爵なのに騎士を拝命していて、貴族としては働き者だと聞いたことがある。
今も立派な騎士服を見事に着こなしていて格好良い。とても四十二歳には見えなかった。
「やっぱりそっちも知り合いか」
「先日ぶりですね、キリク様」
「やめてくれよ、ダニエルに様付けされたらむず痒い」
どうも仲が良いらしい。
「騎士学校での先輩なんだ。本当は俺が様付けしないといけない」
キリクが肩を竦めながら、シウにそう教えてくれた。その背後で、そわそわするお爺さんがいる。
「キリクよ、早う、紹介せんか!」
身の丈よりも大きい杖をガンッと床に打ち付けて、お爺さんが怒鳴った。
まるで「魔法使い」そのものずばりといった、由緒正しい魔法使いの姿をしている。
「あー、はいはい。シウ、挨拶だってよ」
適当な返事で話を振られたが、これがどういうことかはシウにも分かる。
せいぜい良い子に見えるよう、丁寧な仕草で、片手を腹の前に持ってきて頭を下げる。逆の足を少し引くのが宮廷風らしい。
「シウ=アクィラと申します。王立ロワル魔法学院の一年生で、十二歳です」
職業はいいだろう。
「こちらは騎獣のフェレス、まだ成獣となっておりませんので連れ歩いております。どうぞお許しを賜りますようお願い申し上げます」
「うむ。構わん!」
杖をガンッと鳴らす。彼の癖のようだ。
「よし、面倒じゃから、わしから名乗っていこう」
「爺さん、普段は礼儀作法がどうのとうるさいくせに」
「黙っておれ、キリクよ」
はいはい、と怠そうに返事をしてから、キリクは部屋の隅にある椅子へ勝手に座った。
「わしは第一級宮廷魔術師のベルヘルト=アスムスじゃ! 空間魔法の最高の使い手として有名じゃ!」
仰け反って自慢? そうに言われたので、たぶん褒めてほしいのかなと思って、すごいですねと返したら何故かツンとそっぽを向かれてしまった。
なんだろう、と思いつつ次の人の名乗りを聞く。
「トマーゾ=バウマン準男爵でございます。第二級宮廷魔術師を名乗っております」
この人は空間魔法がレベル四ある。魔力量は他の人に比べると少ないようだが、落ち着いた知性のある目をしていて話しやすそうだった。
「クラフル=グランバリ伯爵です。第三級宮廷魔術師を戴いております」
にっこりと微笑まれたが、建前上のようで目が笑っておらず、つまり貴族らしい態度だった。
「トビア=モルトケです。同じく第三級宮廷魔術師をやってます」
「モルトケさんとは、もしかして」
「エッヘは兄でね。この間家に戻ったら君の話をしていたよ。古代語に詳しくて、自分の言語魔法の意味がないとショックを受けていた」
楽しそうに言われてしまった。先生の弟がいるとは世間は狭い。
「僕はベルヘルト様付きのことが多くてね、その関係で一緒にいるんだよ」
とはダニエルだ。
彼はスタン爺さんとも顔馴染みで、アリスの為に魔法袋を買った経緯からも話をしたことが何度かある。とても貴族とは思えないほど良い人で、気さくな紳士だ。
最初に彼を見たせいか、貴族とは物語ほど悪い人ではないのだと思ったこともある。
一通り挨拶が終わると、ベルヘルトが鼻息荒く話し始めた。
「さて、そういうわけで、じゃ。ブレッカーのやつめを叩きのめせる好機を与えてくれた少年に感謝の印をやろう! わしのサイン入りローブを――」
「ベルヘルト様、そのローブはデザインが古うございますと、申し上げたではないですか。それに魔法学校の生徒は既定の仕立屋でローブを作らねばなりません」
「む、じゃが、これは飛兎の毛をわざわざ紡いで作った素晴らしい生地じゃというのに」
「しかし、彼はもっと素晴らしいローブを着ておりますよ?」
子供を諭すような物言いで、ダニエルが話しかけているのだが、内容が若干おかしい。
サイン入りローブ?
なんだか、段々と読めてきたぞと、キリクやイェルドを振り返ってみた。
二人は苦笑いで、諦めて、と目線で返してきた。
ベルヘルト爺さんは厄介なタイプかと思われたが、シウの着ていたローブの話から、やがて狩りの話までしているうちに仲良くなってしまった。
ようするに彼は子供と同じなのだ。
幼い頃から偉大な力を持っていたせいで、周りから隔離され大事に育てられことで外界を知らなかった。
だから、現実の世界の冒険話に目を輝かせて聞き入っていた。
つい、可哀想になって、
「転移で山へ遊びに行ったら良かったのに」
と言ったら、ものすごい勢いで周りの人が首を横に振った。
「ベルヘルト様が山へ行っても五分と持ちません! やめてください」
「絶対に虫に怯えて逃げ惑って迷子になるんです」
「転んで怪我でもしたらどうするんですか。余計なことを言わないでください」
と怒られてしまった。
過保護すぎやしないかと思ったが、鑑定すると彼の体力の数値が「五」とあって、さもありなんと思ってしまった。
話し足りない爺さんは置いといてと、前置きしたのはキリクだった。
「ようするにな、今回のことで魔法省が画策しようとするのを、仲の悪い宮廷魔術師たちが横やりを入れようとしてる図なんだよ。で、さっき見たバルトロが、宮廷魔術師の中でも大きな勢力を持っていて割り込んできた」
「ああ……」
「オリヴィアはなあ、中立なんだろうが聖別魔法を持っているせいで引っ張られたんだろう。魔法省からの要請だったのかもしれんが」
「仲良しですね」
「……幼馴染みだな。赤ん坊の頃から知っているんで、遠慮がない」
にこにこ笑って聞いていると、照れたのか頭をぐしゃぐしゃっと撫でられた。
「で、バルトロと、ベルヘルト爺さんは仲が悪い。お互いに第一級宮廷魔術師だから」
「違うぞ。わしは国のためを思って魔法を使うが、あやつは自分が力を得るために魔法を使う。下品極まりない男なのじゃ!」
「……だ、そうだ。そういうわけで、あちらだけに紹介というわけにもいかなくて、こちらにも連れてきた。まあ、俺もベルヘルト爺さんとは顔馴染みだし、聞けばベッソール伯爵とも知り合いだというし」
「僕とも間接的に知り合いですしね」
トビアが自らを指差して、にっこり微笑んだ。
「知己を得るのも良いことだろうと、思ったわけだ」
「……ありがとう、ございます?」
「なんだその、有難迷惑って返事は」
今度は頭が揺れるほど髪の毛をぐしゃぐしゃにされてしまった。笑んでいたので、怒ってはいないだろう。
「……でも、ベルヘルト爺さんに会えたので、良かったかな」
「そうじゃろう! わしもシウに会えたのは僥倖じゃったと思う。今度な、わしが作ったものを見せてやろう。可動式転移門じゃ!」
「わーっ、秘密秘密!」
トビアが慌ててベルヘルトの口を押さえにかかり、トマーゾが真っ青な顔で立ちつくし、クラフルが頭を抱えていた。ダニエルは苦笑していたが、若干引きつっていた。
「……ええと、聞かなかったことにします、ね?」
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