095 茶番劇
事情聴取の場には十五人いた。
責任者としてバルトロ=ブレッカー伯爵が立ち会っているだけで、実質的な取り調べ担当官は魔法省のブノワ=ヤノルス男爵とヘルマン=バッハ子爵だった。
不思議なのだが、宮廷魔術師というのは魔法省の管轄に入っていないそうだ。
魔法省とは役人があれこれ取り決めしたり事務仕事をしたりする部署のようで、魔法に関する実働部隊、実質的に動くのは宮廷魔術師となるらしい。
そして宮廷魔術師の方が立場は上のようで、こうしてバルトロが責任者にもなっているのだろう。彼は第一級宮廷魔術師だ。
その彼の横に、女性が座っていた。
オリヴィア=ルワイエット子爵で、珍しくも上流階級の女性なのに仕事を持っている。また彼女自身が子爵位を継いでいるようだった。更には第一級宮廷魔術師だった。
主だった人はそれぐらいで、後は秘書官であったり書記官などの部下たちだ。
「さて、挨拶は座ったままでよろしいから、始めようか」
ブノワがそう言うと、次々と名乗っていく。部下たちを含めた全員なので、不思議に思った。
その説明はオリヴィアがしてくれた。
「名乗らねば証人としての意味がなくなりますからね。わたくしには嘘を見抜く能力が備わっておりますし、正しいかどうかを判断するためにも名乗っていただくことにしておりますの」
思わず首を傾げてしまった。それこそが嘘だと思ったが、黙って頷いた。
彼女には嘘を見抜く能力などない。ただ、そういうことにしているだけだろう。
それにしても珍しいなと思う。オリヴィアは聖別魔法のレベル四という希少な魔法を持っていて、これは神殿でも高位の神官になれる能力だと聞いたことがあった。
記録庫にある魔法の説明書を引っ張り出してきて読み始めようとしたら、ちょうど事情聴取も始まっていた。
ヘルマンがソフィアとの問題を最初から説明しろというので、つらつらと一言一句漏らさずに話し始めた。
ただ途中で何度か止められた。
「それは今、関係ないのでは?」
「オベリオ家での仕事の話は余計だと思うがね」
などである。
その度にイェルドが、この話を始めなければ彼女が何故シウに付きまとって「非道極まりない行いをしたのか」が分からないと、ビシビシ遣り込めてくれた。
オベリオ家の失態についても最初は信じられないといった風だったが、商人ギルドから提出してもらった誓言魔法の結果とその証明書、更には屋台での迷惑行為の際に助けてくれた警邏隊の証言などをイェルドが全員へ行き渡るように写しを見せる。
その後、偶然出会った街中で騒いで、騎獣を寄越せと言い出したことに話が移ると、さすがに顔を顰めるものが出てきた。
最後に学校での突然の出来事だ。
ソフィアの様子があまりにおかしいので困っていたら、オスカリウス辺境伯がたまたま通りかかって助けてくれた、とそこまで話し終わった。
何か言いたそうにしていたブノワとヘルマンだったが、キリクに制された。
「俺の能力を知っているだろう? 見抜くまでもなかったが、悪魔憑きだと分かったのでな。少年にはどぎついだろうと思ってイェルドに守らせて席を外させた。まだ少女かもしれんが、自らインキュバスに取引を持ちかけて護衛たちも引き入れたのは問題だ。だから魔法省に突き出した」
「確かに、インキュバスの虜になっていたことは間違いがありません。ですが、唆されたそうです、その少年に」
「ほう?」
隣に座るキリクの体温が下がったように感じられた。
イェルドも、半眼になっている。
二人の様子が事細かに分かるのは、この部屋を俯瞰で見ているからだ。更に幾つかの視線に分けて見ていた。誰が何をするのか、どういう表情なのかを知りたかったからだ。
「最初に騎獣の交換を持ちかけてきたのはシウ=アクィラ、君の方らしいな。しかもセトという副執事をいたずらに貶めた。性悪なのはどちらだろうか。白状したらどうかね」
「そうだぞ。今ならまだ子供のやったこととして始末が付けられる。恐れ多いことだと怯えているのかもしれんが、辺境伯まで巻き込んではいけない。そんなことをすれば辺境伯の足を引っ張ることにも成りかねないんだぞ」
優しく諭しているつもりのようだが、性根が見え隠れしていて、賤しい顔をしていた。
キリクは憤怒の表情だし、イェルドはマイナス温度でガチコチの無表情だ。
「黙ってないで自分がやったと告白しなさい。君はまさか辺境伯を陥れるために送り込まれた密偵なのか?」
「なんだと? ならば、即座に強制調査をしなくてはならん!」
彼等の様子を見ていると、思わず笑いが漏れそうになった。前に王都の公園近く、屋台の前で見かけた子供たちの演劇風ノリツッコミと似てるなあと、感想を持ったからだ。
さすがに笑いはしないが、おかしくてしようがない。
イェルドが、そっとシウの太腿を抓ってきた。
「……っ」
何故分かったのだろう。頬がひくついていたかな? というより、見えていたのか。怖い人だ。
その時。
「どちらの言い分を信じているのか、よく分かる『聴取』だなあ? とんだ茶番劇だ」
キリクが椅子の背にどっかりと体をぶつけた。
そして椅子を揺らすようにして上半身を仰け反らせ、侮蔑の視線で相手側を見下す。
面と向かってされたら嫌だろうなと思う。
「最初から答えありきでやっているのか? おい、そこの嘘つき女、なんとか言えよ」
「……わたくしのことかしら」
「この場に女はお前しかいないだろうが」
これ、セクハラにならないのかな? と心配になったのだが、誰もそのことには触れないままに進んでいる。
「どこをどう見たら、シウが密偵に見えるんだ。こんな小さな子を拷問にかける気か? どれだけ賄賂をもらったらそんなことができるのか、聞いてみたいもんだな」
「な、なんという侮辱! 辺境伯と言えども許されませんぞ!」
「こっちの台詞だぜ、侮辱ってのは。それともなにか。そうやって俺を挑発して怒らせようって魂胆だったのか。そうか、それで俺を陥れるつもりだったわけだな。この、国の守護神と呼ばれる俺を! となれば、つまり、お前こそが密偵だということにならんか?」
「は? なにを――」
「守護神を陥れて闇に葬れば、この国に付け入る隙も出ようというものだ。それぐらい、俺の力は強大だと恐れているのか? お前の後ろに付いている者どもは」
こちらの方が役者が上のようだ。
冷静だし、託けてはいるが筋は通っている。
実際にはシュタイバーン国での政敵が後ろ盾だろうと言っているのだが、表向き架空の国の密偵と揶揄しているわけだ。
シウに対して適当な罪をでっち上げようとしたとしたそれを逆手に取っている。
「さあ、密偵、即座に強制調査をしなくてはならんなあ?」
イェルドが小さく溜息を吐いた。
そこへ、ずっと黙っていたバルトロが立ち上がり、まあまあと手で制してきた。
「オスカリウス辺境伯、そのへんでいいでしょう? こちらも真実を確かめるための事情聴取でしてね」
「こんな茶番劇がか?」
「さよう。こんなくだらない芝居でもな。さて、ルワイエット子爵、どうかな?」
声を掛けられたオリヴィアが肩を竦め、その赤い唇を尖らせるようにして口を開いた。
「……《聖なる神の御魂よ、我の願いを聞き届けたまえ、罪を犯しし者に神の恩寵あらんことを、聖化》」
ブノワとヘルマンに光の粒が舞い降りた。きらきらとして美しいが、二人の顔は真っ青だ。
でも、この魔法は実は当てにならない。
罪を犯したと自覚していないと、判別できないからだ。
その為こうしてキリクが、彼等に「罪を犯した」と自覚させるための演技をしてみせたのだろうし、そのことを知ってオリヴィアも利用されたと思ったのかもしれない。
二人は顔見知りのようだが、今回のことについて打ち合わせをしたようには見えなかったので。
聖別魔法は、聖なるものを見分ける力や、聖なる人を守る力、そして穢れたものを世俗などから引き離して聖化する力に特化している。
その派生として、罪を犯した者の判別として先ほどのような魔法も使えるそうだ。
これも一概に良いものではないので、使い道が限られてくる。
本物の悪党には利かないし、考える力のないものには使えない。
そも、神を信じていなければ大前提として魔力は効かないのだ。
こういった魔法は神殿でこそ威力を発揮すると思うのだけれど、彼女は宮廷魔術師という職を選んでいる。まさか王族の為に聖水を作るのが理由とは思わないが、一体どんな理由だろうかと少しだけ気になった。
「さて、これでどなたが神に背いているのかが分かりましたわね」
「そ、そんな、約束が違う」
「どういう意味かしら」
「…………」
「黙っていてもいずれ分かってしまいますのよ。それこそ、調査部が動けば、拷問など生温いと思いますけれど」
「言います! 話しますから、どうか」
二人が大量の汗を流して懇願するようにオリヴィアの前で土下座した。
良い大人がすごい格好となったので、シウが唖然として見ていたら、バルトロが苦虫を噛み潰したかのような苦々しい顔で彼等を見下ろしていた。
「なんという見苦しい姿だ。ありえんな」
その目が、まるで虫けらを見るようで、気分のいいものではなかった。
「ブレッカー伯爵。宮廷魔術師と魔法省の対立に巻き込まれたくはありませんので我等はこのへんで去るとする」
「……オスカリウス辺境伯、仕方ありませんな。今日はこのへんで、また」
「もうお話しすることはないでしょう。全て説明はした。また書類も何度でも渡せるよう写しはたくさん用意している。もっとも、すでに何度も提出はしているがね」
キリクは最後に嫌味を言い渡して立ち上がり、シウとイェルドを促して部屋を出て行った。シウは部屋の中に向かって、誰にというわけでもなく頭を下げて挨拶してから後を追って出て行った。
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