094 事情聴取の呼び出し




 イェルドの後ろからは、シリルがデジレを伴って入ってきた。

「それでなくとも、あなたがご結婚なさらないことで妙な噂が流れておりますのに、この上少年趣味があるなどと広まったらいかがされますか」

「……何の話だ? まあいい。それよりも、シウに何かご褒美がいるな!」

「要りませんよ。そもそも調教師さんたちも調べると言ってたじゃないですか」

「一刻を争う情報なんだよ」

「紐付きになりませんってば」

「付けねえよ。ったく、お前を閉じ込めておけたらどんなにいいか」

「魔法使いにそれは無理というものです」

 ツンと返したら、キリクが嬉しそうににやにやと笑った。

「この野郎、お前は性悪女か。よし、ここに縛り付けてやろうか」

「キリク様!」

 なんだかイェルドの声が裏返っていた。

 驚いて彼を見たら、真っ青な顔をしている。シリルは真顔のまま目を見開いて、固まったまま動かない。

 キリクもなんだ? という風に半眼になって二人を見てから、シウに視線を移した。

 同時に首を傾げていたら、またしても裏返った声が聞こえた。

「そ、そんな……まさか……」

 今度はシリルから聞こえてきた。

 なんなんだと思って、辺りを見回してみるものの、お化けらしきものは見当たらない。

 てっきり幽霊でも出たのかと思ったがそうでもないらしい。

 いや、視えているのだろうか。シウはまだ視たことがない。

「イェルド様も、父上も、落ち着いてください。ものすごく勘違いされてます」

「何の話だ?」

 キリクが問うと、デジレが苦笑しつつ、なんでもありません大人の勝手な妄想ですと言って、シウにお茶を勧めてくれた。

「どうぞ、喉が渇いたでしょう? 事情は分かりませんけど、騒ぎに巻き込んで申し訳ありません」

「あ、うん。いいえ。ええと、じゃあ、いただきます」

 ちなみにフェレスは先に勝手にいただいているようだった。

 この屋敷でもフェレスは愛され獣のようだ。


 話が終わると、イェルドとシリルから何故かとても大袈裟に謝られた。

 それから、デジレには笑われた。

 ご褒美を出すというキリクには、これでじゃあ差引ゼロにしてねと言って、また性悪だーと言われてしまった。

 失礼な話である。

 その後、世間話の末に晩餐まで引き留められそうになったが帰らせてもらった。大家さんが心配しているというと、それもそうかと納得し、デジレが門まで送ってくれた。


 とにかくも騒がしい一日、いや数日だった。

 風光る月はそのようにして始まった。



 そして、もうすぐフェレスが一歳になるという頃、魔法省から呼び出しがあった。

 フェレスは置いていこうかとも思ったが、よく考えたら一番の原因でもあるし、シウがいない間に何かあっても嫌なので連れて行くことにした。

 連絡が来てから、すぐにオスカリウス家へ申し出て、そちらから日程を改めてもらった。最初は「今日この日のこの時間に来い」というような呼び出しであったからだ。さすが、庶民への態度がこの上なく驕慢だ。


 改めてもらった日時は二の週の金の日の午後だ。学校の授業がなく、役所も開いている時となるとこの日しかなかった。

 魔法省とはいえ王城内に入ることになるから、子供と言えども正式な格好をしなければならない。

 が、学生の間は制服が「正装」となるので、シウは綺麗に糊付けしたシャツと春用として学校指定の仕立屋で誂えたローブを羽織って出かけた。生地は例の余り物だから、濃灰の色のままだったけれど、薄くて軽い仕上がりで気に入っている。

 フェレスには、同じ生地で春の花々を刺繍したスカーフを作っておめかしさせた。

 オスカリウス邸で、シウたちの姿を見た人々がちょっと困惑していたのが不思議であった。

 着替えを用意しますか? とリベルトがキリクに聞いていたが、いいんじゃないあれで、と返されて益々困った顔をしていたのが印象的だった。

 できる家令の男でも、あんな顔をするのだなと思って。


 魔法省までは馬車で向かい、到着してからは割と長い距離を歩かされた。

「貴族の方でも歩くんですね」

 と何気なく呟いたら、

「そんなわけないだろう。嫌がらせだ、嫌がらせ」

 と返された。

 おかしいとは思った。

 これだけ歩くならきっと貴族の皆さんは痩せるはずだ。なのにあのでっぷりしたお腹! と思い出し笑いをしたところでようやく到着した。

 扉係が「オスカリウス辺境伯ご到着ー!」と妙な韻を踏んで高らかに宣言する。

 わくわくしていたら、イェルドが眉を上げ下げして、

「大物ですね」

 とシウに対して小声で言ってきた。

 ここまできたら、後は楽しむしかないと思っていたし、事実どうにもおかしいのだからしようがない。

 まるで映画を見ているような気分だった。

 部屋の中に入ると、大きな会議室のようになっていて、楕円形のテーブルに椅子がそれぞれ二十一脚あった。

 七という数字を好む世界なので、どうせならと七の倍数で揃えているのだろう。

 などと余計なことを考えていたら席に案内されて、立って待つよう言われた。

 キリクには座るよう促していたので、立場というものがあるらしい。

 ただ、キリクは立ったままだったけれど。


 それほど待たずに人が入ってきた。

 鑑定を掛けていくと、大体の様子が分かる。

「やあ、オスカリウス伯! お元気だったかね」

 まあ、鑑定を掛けずとも分かる人もいる。にこやかに大きなお腹を撫でながら入ってきたのは宮廷魔術師という役職に就いた男だった。

「バルトロ様、辺境伯とお呼びしなくてはなりません」

「ん? 細かいことはいいじゃないか。おお、イェルドも一緒か。相変わらず怖い顔をしておる!」

「バルトロ様……」

 秘書官らしき男が窘めているが、聞いていないようだった。

 彼の後ろからも続々と人が入ってくる。

 それにしても、誰も妨害魔法を使っていないし、仕掛けていない。

 魔法省に入る時には確認を受けたが、水晶を触っただけの簡単チェックだった。

 平和が続いているし、防犯関係はざる状態なのだろうか。

 他人事ながら不安になってくる。それとも、油断させて、実はすごい魔法が仕掛けられていたり? 

 そう思うと《全方位探索》に《探索強化》を掛けたくなった。

 もちろん、余計な真似をして何かに引っかかったら怖いので、やりはしない。

 やりはしないがやはり気になった。


 全員が入ってくるのを待って、それぞれが席に座る。

 シウは立ったままだ。座れと、言われてないからである。

 立場が下の者は、上の者から許されない限り座ってはならない。それがこの国の、いや、上流階級の礼儀作法だった。

「うん? どうした、オスカリウス伯、掛けないのかね?」

「許されておりませんのでね」

「君を許さなければならない立場の者が、ここにいたのかな」

 バルトロが見回すまでもなく、いないことは誰にも分かっていた。

「わたしではありませんよ。彼です」

「……彼は、しかし」

「容疑者でもあるまいし。ただの事情聴取でわざわざ呼び出して、まさか庶民だからと立ちっぱなしで話を聞くわけではないでしょうな」

 大変わざとらしいのだが、これが彼のやり方なのだろう。シウは黙って聞いていた。

「いや、だが、聞いた話では――」

「こちらは被害者として来ている。それもソフィア=オベリオの罪状を補完するために『頼まれてわざわざ来てやった』という立場だ。もちろん、こちらからも訴えを起こす用意はできている」

 ざわっと騒がしくなった。それぞれが、どういうことだ? と口にする。

 それをバルトロが手で制した。

「なるほど、そのつもりで後ろ盾として君が付いたのだな。了解した。では、座りたまえ、君。ああ、名前はなんだったかな」

 答えようとしたら、イェルドに制されて、更にはキリクにも黙っていろと目で合図された。

「事情聴取で呼んだ相手の名も知らぬのか。とんだ『聴取』だな?」

「……最初からけんか腰というのは、感心せんがね」

「だが、最初から態度が悪いのは、どちらだろうかね」

 バルトロの顔付きが変わった。むっとしたように、だがすぐさま表情を緩めた。

「……座りたまえ」

 イェルドが頷いたので、シウはようやく席に座ることができた。

 もうこれだけで充分楽しんだから帰ります、と言いたいところだが、これからが本番なのである。

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