093 気になる飛竜の揺らぎは
火の日の午後は戦略科の授業がある。
嫌だなーと思いながら教室に入って、一番前の定番席に座った。
話しかけるなオーラを発揮してるつもりなのだが、どういうわけかヒルデガルドは横に座るし、授業中はエドガーが絡んでくる。
授業が終わればエドヴァルドも来ようと近付いてくるので逃げるのに必死だ。
彼は生徒会長として、先日のソフィアとの揉め事の真意を確かめたいそうだが、それこそここで話すようなことでもない。
また、話したところでどうしようもない。
それほどソフィアの件は重大なのに、どこからも話を聞いていないということはないだろうから、興味本位で声を掛けてくるのはやめてほしいなと思う。
もちろん、口に出しては言わない。
彼の後ろに付いてくる取り巻きたちが恐ろしい形相で見ているからだ。
授業が終わるとすたこらさっさと獣舎に走る。
今日はもうトマスが来ていてドミヌラとフェレスの二頭を相手に遊んでいた。いや、調教を始めていた。
彼のすごいところは遊びながら、それが調教に繋がっているところだ。
とても上手だし、騎獣それぞれの特性も掴んでいて素晴らしかった。
「こんにちは、トマス先生」
「やあ。久しぶりの気がするよ」
「本当に」
「大変だったねえ、まあ、これからもっと大変になるんだろうね」
肩を優しくポンと叩かれた。
労わる気持ちが流れてきて、先ほどまでのささくれた気持ちが飛んで行った。
「ありがとうございます」
頭を下げると、トマスは照れたように頭を掻いてから、早速調教を始めようと場所を移動した。
移動しながら、シウは気になっていたことを質問してみた。
「飛竜に乗っていて、揺らぎを?」
「はい。往路では感じなかったんです。で、突風でも吹いたのかと思ったんですが、そういった感じもなくて」
「竜騎士は何も感じてないようだった?」
「そうです。僕の乗っていた飛竜の操縦者も、隣の飛竜でもです」
「ふうむ。妙だね」
「はい。ただの僕の気のせいならいいんだけど」
「いや……君の感覚は侮れない。君の獣への観察眼は鋭いし、調教師とは違った視点で接しているせいか細やかで面白い着眼点も多いからね。魔物魔獣学専門の僕が言うのだから間違いないよ」
うんうん、と何度か頷いた後に、シウを見て続けた。
「竜の、大繁殖期が近付いているかもしれないという噂を、聞いたことはあるかい?」
「あ、はい。あります。ええと、僕も一応冒険者の端くれなので」
と言い訳を混ぜつつ答えた。
トマスは満足そうに頷くと、更に続けて言った。
「飛竜に影響が出ているかもしれないので調査をするよう、あちこちの調教師に話が届いてるんだ。飛竜だけではないがね、地竜は比較的おとなしいので魔道具を含めた対策も取りやすいのだが」
「飛竜は大きいですし、なにより飛びますもんね」
幸いにして被害を最ももたらすであろう火竜は生息地からは離れているのでこの際問題外だ。
「竜の大繁殖期には、竜系の獣にも影響があるから、今から対策を考えると大変なんだよ」
「あ、ここにも竜馬がいますね」
「そうなんだ。今のうちに番を用意させようと、駆け回っているんだがね」
「番がいれば騒ぎにもならないんですよね」
「そうそう。君は本当に勉強してるねえ。やっぱり試験を受けて飛び級するかい?」
「いえ。あの、先生の授業楽しいし、獣と触れ合えるのでできたらこのままが」
「そうかそうか。いや君は本当に教師を喜ばせるねえ」
にこにこと嬉しそうに頭を撫でられてしまった。
それはまるで彼の大好きな獣を撫でる時のようで、少し複雑な気がしたシウだ。
飛べるようになってきたフェレスを散々に褒め倒した後、シウは真っ直ぐに家へ戻らず、オスカリウス邸へと向かった。
先触れは出していないが、用件は辺境伯ではないのでいいだろうと思ってのことだったが、門番に中へ通されてから飛竜の獣舎へ行くまでの間に話がどう伝わったのか、キリクが走ってやってきた。
「どうしたんだ、忘れ物か!」
豪快に笑って、シウの肩を叩く。
「違います。ていうか、痛いです」
「お、そうか。なんだやっぱり見た目通りに、弱っちろいのか」
「はあ」
ぽてぽてと歩きながら、獣舎に入ると厩舎長や調教師たちが集まってきた。
「あの、すみません。ちょっと気になることがあって」
中からギャーギャーと鳴く声がした。
あ、呼んでるな、と思って調教師を見たら、苦笑いされた。
「君が来たのを知ったみたいだ。会ってくれるかい?」
「いいですか?」
振り返ってキリクを見上げると、彼も笑って了承してくれた。
ソールがギャーギャー鳴きながら、鼻の先でシウの頭を突いてきた。優しいつもりだろうが、やはり首ががくんと揺れる。
横ではフェレスが、にぎゃー! と鳴いているし、煩いことこの上ない。
「……とりあえず、ソールは大丈夫そうですね」
「どういうことだ?」
「あの、昨日、飛竜に乗った時、おかしかったんです」
「ん?」
「往路では感じなかった揺らぎを覚えて、それで、今日学校で魔物魔獣学専門の先生に質問してみたら、もしかしたら竜の大繁殖期の影響を受け始めているのかもしれないと」
「ああ、そういえばそんな噂があったな。どうだ、うちの奴等の様子は」
「王都の飛竜は比較的おとなしいですね。ただソールがこの間からおかしかったです。連れてきたばかりだからだろうと、判断していました」
「うん、それで?」
「領地の飛竜はこれから順に調査しようと話し合っていたところです。ですが、一刻の猶予もありませんね」
「そうだな。で、シウよ、その揺らぎってのはどんなだった」
噂は伝わっていたようで、話の進み方も早かった。
シウはできるだけ分かり易いように説明した。
「そう、ですね。ええと、まるで風圧に押されたような妙な感じでした。あの時、風属性魔法で風圧を抑えていたのはキリク様じゃなくて飛竜側でしたよね?」
「ああ、そうだ。あいつは風魔法が得意だからな」
「そう、だからかな、全体的に押されたような感じがしたんです。だからキリク様や他の人は気付かなかったのかも。で、その後に微弱な揺らぎを感じて、そうだなあ、なんだろうあれ、うーんと」
喩えられるものを思い出そうとして、ふと、幼い頃のことが蘇った。
「ああ! そうだ、子供がお漏らしを我慢してるような――」
と最後まで言い終わる前に、ぶはっ、と全員から吹き出されてしまった。
「あのぅ……?」
「いや、わる、わるい、だってでも、お前、ぶはっ」
キリクなどは腹を抱えて笑っている。ひーひー言って、その場で苦しんでいるので、彼は無視して調教師に目を向けた。
彼も笑っていたが、ゴホンと咳払いして教えてくれた。
「それ、雄がやる、繁殖前の兆候です。もじもじと体を揺らして、まあつまりは男の生理のようなもんですね。出したいのを我慢してるわけです」
「ああ、そういうものなんだ」
「言い得て妙というか、あまりにもそのものズバリの喩えだったもので、つい。そうですよねえ、しっかりされてますが、まだ子供なんですよねえ」
と変な納得をされてしまった。
なんなんだと思ったが、調教師が真面目な顔で話を始めたのでシウも話を聞く体勢に戻った。
「とにかく、そういったことでしたら間違いないでしょう。繁殖シーズンにはまだ早いのに、その兆候があるということは伝播している可能性が高い。大繁殖期は春先から始まって数年は続くこともあるという、長いものです。こうなると飼っている竜にも影響があるので、早速対策を取りたいと思います」
「あ、はい」
「情報は早ければ早いほど助かります。わざわざお教えくださってありがとうございました」
きっちりと頭を下げられたので、慌てていいえと手を振った。
まだ笑い転げているキリクを、厩舎長が「しっかりしてくださいよ!」と背中を叩いていたが、調教師たちはすぐさまあちこちの飛竜に駆け寄ったり、下働きの人たちを集めてあれこれと伝達していた。
じゃあ帰りますと言って挨拶してから、キリクを置いて歩いていたら追いかけてきて屋敷に連れ込まれてしまった。
大騒ぎしていたので屋敷内にも届いていたらしく、部屋に入った時にはすでにお茶の用意がされていた。
「お前、俺でも気付かなかった風圧を感じるなんて、どれだけ敏感なんだ!」
わははと笑っているところに、
「……キリク様、いかがわしい妙な発言はお止め下さい」
と、焦った様子でイェルドが部屋に入ってきた。
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