100 学祭初日




 学祭の初日は火の日だ。

 この日から土の日までの五日間は授業もなくずっと学祭が続く。

 日頃の研究の発表をしたりはするが、大抵はお祭りがメインだ。

 誕生祭とは違った楽しみがあるようで皆がはしゃいでいる。

 また、交代で違う学校の学祭にも行くことができるので、よりテンションも上がるようだ。

 シウたちも綿密なスケジュールを立てた。

 でないとクラスの催し物が頓挫する。

「ちょっと待って、シウは今日の昼まで?」

「違う、今日は一日だってば」

「待て、アルゲオ、君は監督官だろう?」

 と大騒ぎだ。

 初日は何があるか分からないので、一日ずっとシウはクラスの催しに張り付くこととなった。

 二日目は午前のみで、午後から戦略科の受付、三日目も同じような時間で、午後は研究科だ。

 四日目は一日を使って第二中学へアリスたちと一緒に訪れることが決まっていた。

 学祭への参加は説得が成功したようで、カールの付き添いはあるものの許されたようだ。

 五日目はアキエラがこちらへ来るので、案内することになっていた。

 エミナも来たがっていたが、学生同士でないと入れないので断念していた。一日従者になれないかしら? と相談しに来たが、貴族の礼儀作法ができるか聞いたら、何も言わずに部屋へ戻って行った。


 教室内に臨時の厨房施設が設置されているのを、シウは朝一番に入って確認した。

 そこに次々と材料の搬入がある。どれも高級食材と呼ばれるもので、使うのが楽しみだった。

「おー、すごい。アルゲオ、ありがとう」

 同じクラスで年齢もさほど変わらないことから、もう敬語もないなと思って皆が呼び捨てにしているのだが、取り巻きには睨まれる。

 アルゲオ本人は何を考えているのか分からないが、特に嫌だと言われたことはなかった。

「何がだ」

「食材。持ち出しなのに、悪いね」

「……それぐらい、大したことなどないだろう」

「そう? どれも手間がかかってるけどね。あ、大熊蜂の蜂蜜にランクアップしてる」

 どれも指定していたものよりは上のものを用意してくれたようだ。

 用意したのは家人だろうけれど、有り難い。

「うーん、でも、これはまずいなー」

「……どういうことだ? 良いものを用意させたはずだが」

 バターを手に取って、アルゲオに説明した。

「これ、高級すぎて熱には向かないんだよね」

「……? 意味が――」

「同じような素材でも、使い方で変わってくるんだよ。たとえばこれは、熱を加えすぎると風味が飛んで味も悪くなる」

「熱を、加えなければいいのだろう?」

「今回必要なのは、フライパン用だから、それは無理な話だねー」

「……では、どうするのだ」

「今回は僕が持参したのを使うよ」

「持ってきていたのか?」

 むっとした顔でシウを見た。材料担当はアルゲオだったから、勝手をしてと思ったのだろう。

「何が起こるか分からないからね。準備は万全に、だよ」

「だが、バターは特に量が必要だ。荷も大きいだろうし、費用も」

「そのへんはなんとかなってるからいいよ。それより」

 ジッとアルゲオを見て、小声で続けた。

「高級食材はすごく助かるよ。良いものができるし有り難い。でも、材料が変わったのなら一言、教えて欲しかった」

「……っ」

「これね、ただの祭りじゃないんだよ。演習前の、ある意味実地訓練なんだ」

「そう、なのか?」

「そうだよ。クラスメイト同士の連携が上手くいっているのかどうかを、見ている」

 アルゲオの顔色がサッと変わった。

 ただ、辺りを見回すことはしなかった。そのへんはさすが貴族というのか、腹芸ができている。

「どんなに成績が良くてもね、連携を上手くやれない人間は、たぶん成績を落とされるよ」

「……なるほど」

 話が早くて助かるなーと思いながら、適当なでっち上げを信じてくれているアルゲオに内心で謝り、シウはにっこりと微笑んだ。

「でも、ありがとね。このバターは別のレシピに使ってみるよ。作ったら食べてね」

「あ、ああ、分かった」

 突然の台詞に戸惑いながらも、アルゲオは頷いてくれた。

 やれやれ。

 せめてクラス内では楽しい雰囲気でいたい。

 アルゲオには、取り巻きをほったらかしにするのではなくて、まとめる方向で頑張ってほしいと願った。


 喫茶と銘打ったので、食事物は作らず、菓子類や飲み物に絞って提供した。

 アドリッド家の経営する高級喫茶ステルラとメニューがかぶるのもどうかと思って、新たに考えたものだ。

 シウとしては、お米を広げる活動をしたかったのだが、貴族が多い学校で他国の食材を表立って披露するのはいろいろまずかろうと、アレストロたちに止められたのだった。


 初日から喫茶は繁盛した。

 やはり一年生で女子がこのクラスだけというのも効いているようだし、メイド服が可愛かったのも人気の秘密らしい。他校の、特に学院の女子生徒たちは執事服を着た貴族の子たちに目を輝かせたりしていた。

 どこの世界でも同じなのだなあと思いつつ、繁盛するということはつまり忙しいということで、シウはずーっと働き通しだった。

「ふわふわパンのチーズと蜂蜜掛け、入りました~!」

 心なしかメイド服姿の女子生徒たちが楽しそうだ。意外になりきっていて面白い。

「チーズケーキのベリーソース掛け、チョコタルトの生クリーム添えが入りましたー」

 マルティナは投げやりな感じはするが、職務は果たそうとしている。

 そして、それぞれの女子生徒たちにファンが付き始めたと、リグドールが報告にきた。

「リグ君、うろちょろしてないで、食器片付けてよ」

 アントニーが注意すると、はあいと声を上げて戻ってきた。

「みんな、美味しいってよ。うひひ」

「なに、その笑い」

「リグ君たら、自分のことのように喜んでるのね」

「そりゃあ、友達の作ったのを褒められたら嬉しいよ」

「そう思うなら、働いてよね! 僕もう、皿洗い疲れたよ」

「了解!」

 アントニーは浄化は使えるけれど、むらがあるので魔力量がダダモレ状態で勿体無い。どのみち午後には魔力量がなくなる計算なので、手でそのまま洗ってもらっていた。

 アリスは明日の担当だから、予習として傍についている。

 昨日練習はしたが、まだたどたどしい手つきで危なっかしいから、アリスにはヴィヴィを見張りに頼んでいた。

「レオンはまだ使い物にならない?」

「一応、生クリーム作ってもらってる。たぶん、大丈夫」

 シウの作ったほぼ球体のボウルの中に、生クリームを入れて魔法で撹拌するやり方は、魔法の細かな動きを勉強するのにちょうどいいからと、レオンにしてもらっていた。

 実際、難しい作業なのに昨日からずっとやっていたせいか慣れた様子でクルクルと中身を高速で回している。

「……あいつ、目がおかしいぞ」

「ほっといてあげて。いろいろあるんだよ」

「そっか」

 そこにまたビルギットがやってきて、

「メープルとクルミのバターケーキが二つ、苺たっぷりのロールケーキ、入りました~」

 高らかに報告する。

 ヴィクトルが紙に書いた一覧にチェックを入れて皿の用意をし、そこに作り置いていたケーキをシウが載せていく。アレストロはデコレーション係で、意外と上手にソースを掛けたりハーブを飾る。

「ビルギット嬢、できましたよ」

「はぁい」

 彼女が受け取ったのを確認したら、ヴィクトルがまたチェックを入れる。

 注文の抜けを防ぐのと同時に、何がどれだけ出ているのかを一目瞭然にするための作業だ。

 これらを、アリスたちには見てもらっている。

 明日から交代で行うので、コーラとクリストフには厳しく叩きこんでいた。

 どういうわけか、クリストフもデコレーションが得意で、アレストロと同じく男子の方が芸術的な素養があるようだ。

 コーラは洗い物などを担当し、アリスが菓子類と飲み物の用意をする。

 チェックはヴィヴィにやってもらうことになっていた。彼女ならチェックをしながら、アリスのフォローもできるからだ。

 細々としたことはアントニーやリグドールなどで交代して回すことにしていた。

 一昨日と昨日で作り置きしていて良かったと、心底思った。

 最初はその場で作るからこそ、カフェだと言い張っていた者もいたが、この状態を見たら誰も何も言えないだろう。

 ところで、アルゲオからは大量の品が納入されていたが、シウの持ち出し分と相殺していいのだろうか? 後で聞いてみようと思いつつ、デコレーション用の果物を切ったりと忙しく動き回った。

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