196 ナイフ選びと貴族嫌い




 キアヒとキルヒは接近戦が多いのでナイフを使うらしく、短剣などを中心に見て回っていた。

 ラエティティアはお気に入りの弓矢を変えることは考えておらず、投擲用の小型ナイフを探すということで真剣な表情だ。どうかすると使い捨てになるので、安いものが良いのだが、使えなくては意味がない。その兼ね合いが難しいようだ。

 シウも一緒に見て回ったけれど、特に欲しいと思えるものがなかった。

 なにしろ刃物関連は充実過ぎるぐらいに揃っている。

 山奥を進むのに必要な鉈は、どれも爺様から譲られた一級品なので新たに求めるほどではないし、木登り用のピッケルや自分で作った金梃なども、どれも遜色なく使える。

 何よりも剣や武器というものに憧れが全くなかった。道具としてしか見ていないのだ。

 強いて言うなら、子供の頃に一時、忍者道具が欲しくて作ろうとしたことがあるので、そちら方面になら憧れがないでもない。

 ただし、爺様にもらった鉱物で、村の工房を借りて作った手裏剣は失敗作だったし、鉄菱は持ち運ぶには重たかった、というような経験があり憧れは憧れで終わっている。

 今ならもう少しましなものが作れるだろうが、そもそも忍者道具の使い道がない。

 と、そこまで考えて、ふと、あることを思いついた。というか何故そのことに思い至らなかったのだろう。

 クナイを作れば良いのだ。

 意外といけそうな気がする。ただ、ラエティティア向きではないだろうなと思い、口には出さなかった。彼女の場合は投げることのみに特化させるようだし、とにかく軽く素早く飛ばせるものが欲しいのだ。

 クナイは多機能型だから、投げるに良し、手持ちナイフのようにしても良し、止めを刺す時に付き立てるのも良いだろう。また、ピッケルよりは木登りに向いてそうだと思う。

 とりあえず、自分用に作ってみようと心のメモに書きこんだ。


 最終的に、ラエティティアが選んだのはペーパーナイフのような薄くて平べったい形の投げナイフだった。大人の男性が持つには軽すぎてぺらぺらとした頼りなさを感じるが、彼女が試し投げをした分には問題なさそうだった。

 キアヒとキルヒもそれぞれ短剣を手に入れていた。面白いことに、二人とも違う店で買ってきたのに、似たようなデザインのものだった。こういう時は双子なのだと実感する。

 グラディウスはトニトルスがあるので新たに買うつもりはないようだが、見るだけでも楽しいようでリグドールとレオンと三人で子供のように興奮していた。何故かデジレが引率の先生のようだった。

 そのリグドールたちは、見るだけで買うことはなかった。まだ早いという気持ちもあり、手持ちのお金では足りないというのもあるようだ。

 皆は楽しく、シウもそれなりに楽しんで武器屋廻りを終え、また闘技場の前の広場に戻った。

 夕方には早かったが、お茶でもしつつアグリコラを待とうということになったのだが、彼はすでに来ていた。


 合流すると、早速挨拶を交わしつつ、お店に直行した。

 キアヒたちお勧めの居酒屋だ。

 相変わらずフェレスを連れて入っても何も言われず、それどころか客も喜んでいた。

「さーて、じゃあ乾杯するか! 皆で無事合流できたことを」

「お、おい、俺が勝ち進んでいることは!?」

「明日を乗り切って本戦に勝ち進んだらな! じゃ、乾杯!!」

 そんなあ、と肩を落としながらもグラディウスは麦酒を掲げていた。リグドールが憐れに思ったのか、慰めている。反対側の横にはレオンが座っており、なにやかやと話しかけてはこちらも慰めているようだ。

 シウはアグリコラと並んで座り、再会を喜んだ。二人を挟むようにキアヒとキルヒが座り、ラエティティアはデジレと投げナイフについて語り合っていた。いや、彼女が一方的に新しい武器の自慢をしているようだった。優しくて常識人のデジレはうんうんと穏やかに話を聞いてあげている。

 こちらではキアヒがアグリコラに話しかけていた。

「ところで、良いものは見付けたか?」

「んだ。勉強になっただす。あちこちから工房が来てるで、質がよう分かるだな。わしももっと頑張らねばならんと思っただよ」

「アグリコラでもかー。人間幾つになっても勉強ってか」

「そうだよ。爺様もよく言ってたもん。歳を取っても新たに知ることがある、素晴らしいことだ、って」

「爺様って、時々シウの話に出てくる育て親のか? よくよく聞けば個性的というか風変わりな爺さんのようだよな」

「そう?」

「お前に似てる。いや、お前が似てるのか?」

「……キリク様も同じようなこと言ってた」

「キリク様ねえ~」

 と妙な言い回しをして、キアヒは腕を後頭部で組んで、天井を見た。

「何?」

 聞くと、キアヒではなくキルヒが答えてくれた。

「シウがオスカリウス辺境伯のところへ行くのか、心配なんだよ」

「ああ、そういうこと。行かないよ。最初は青田買い、ええと、将来性のある学生を探しに学校へ見に来てたみたいだけど、いろいろあったし、ちゃんと断ってる――」

「え、じゃあ本当に誘われてはいたんだ? すごいなあ、隻眼の英雄に直接誘われるって、すごいよ」

 キルヒが目を丸くして言うので、シウは曖昧に首を振った。

「うーん。あれは能力とかじゃなくて、面白そうって意味合いで、戦力としてではなかった気もするけど」

 と言ったのだが、アグリコラが珍しく会話に入ってきた。

「いやあ、わしは戦力としても求められていると思っただす」

「え、そう?」

「確かに、開発能力も気に入られておるが、工房の親方も言うておったが、ありゃあ戦力として相当気に入っておるだろ、となあ」

「……塊射機のときかあ」

「だす。そっから、どうなったかわしら知らぬで、わかんねえだすが」

「けっ。貴族の野郎め」

 キアヒが強めの酒を呷って、愚痴を零した。

「問答無用で取り込んで、使うだけ使って、あとは切り捨てる。冗談じゃねえぞ」

「キアヒ……」

「ごめんねえ。俺たち、生粋の貴族嫌いだからさ。ティアも貴族には嫌な目に遭ってるし、グラディウスだって軍の上司が貴族で、ろくな戦略も立てられずに敗走しただろ。挙句の果てに見捨てられてさ。俺たちも貴族に関わるとろくな目に遭ってこなかったから」

 キルヒは苦笑しつつ肩を竦めた。

「うん、それはちょっと分かるかな。学校には貴族の子弟が多いし、いろいろ面倒事もあるし。ただ、それを回避できたのも、貴族のキリクだったからなあ」

「ああ、上手に使ってるんだ」

「まあそういう言い方すると、僕ってひどい人間のようだけど。……でも、そんな感じだね、もしかしなくても」

 シウも苦笑した。

 アグリコラの隣ではキアヒがくだを巻いている。

「いーんだよ。利用してやれ。あんな野郎」

「酔うておるだすな。ささ、食うだ。食わんで酒ばかり呷るから、嫌な酒になるだ」

「そういえばアグリコラはあんまり飲まないね」

「わし、ドワーフでも、酒量は守るだす」

 キリッとした顔をして、どこか自慢げに言う。

「呑兵衛ばかりと思われて、勧められるのが困るだすが、ま、飲めないこともないだで、負けはせんだす」

「おお。すごいね」

「んだす」

 むふっと鼻息荒く答える。シウはアグリコラの珍しい姿を見て笑ってしまった。

 キルヒも同じようで、ただし彼は笑いを堪えていた。


 その後、場所を入れ替わり、グラディウスが闘技大会期間中の剣の手入れについてアグリコラに相談したり、ラエティティアが酔っぱらいながらリグドールとレオンに投げナイフをしてみせたりと大騒ぎだった。

 キアヒは酔っぱらったと思っていたが、意外としっかりしていてまともな会話になることもあれば、気が付くとぐでっと寝ていることもあった。

 全体的にキルヒが皆をまとめているようで、苦労性のようだ。

 ちなみに、デジレもさほどお酒は飲まずに皆の面倒、主に料理やお酒の注文だったり、空いたお皿の片付け、店を壊さないようラエティティアを押さえたりしていた。

 シウはと言えば、飽きてきて暇になったフェレスから毛繕い攻撃を受けたり、料理を片っ端から注文して味見したりと、割とマイペースにやりたい放題やっていた。




 翌朝は宿の厨房を借りて、希望者の分の朝ご飯を作った。

 どうせならとデルフ国で仕入れた食材、もちろん宿から提供されたものも使って作ってみた。

 シウはいつも通りの時間に起きてこんなことをしているが、リグドールは未成年なのにお酒を飲んでダウンしたままだし、レオンは成人してるのだからと勧められて飲んだせいでこちらもまだ起きてこない。

 デジレは秘書見習いなので早起きはしているようだが、朝の打ち合わせなどでレベッカたちと合流している。

 キリクたちは連日の会食で飲んできてるからこちらも遅かった。

 つまり、厨房でシウを止める者は誰もいないということだった。


 ジャガイモ料理は当然のことながら、仕入れた野菜でスープを作る。出汁は間に合わないので自作の在庫を使った。

 朝から大量の肉はきついので、ベーコンを薄切りにして使う。

 魚は三枚おろしにして骨を丁寧にとり、ジャガイモから作った片栗粉に塗して焼く。揚げた方がカリッとして美味しいが、こちらも朝から油の摂り過ぎはよろしくなかろうという配慮だ。

 サラダにはジャガイモを高温で揚げてから油を吸収したものを振りかける。葉物が少ないのでサラダには大根を使って嵩増しした。

 パンの種は自分のものを使って発酵させていたので、窯で焼くだけだ。

 時間を見計らい、幾つかの種類に分けて焼いていく。焼き上がれば、保温用の陶器とは別に、保管用の陶器にも入れた。冷めても美味しいことを、ここの料理人に知ってほしかった。

 味見をしている最中から、料理人たちの目は興味津々で、出来上がると同時に質問が飛んできた。

 それをブラーケが止める。

「まずは、お客様がいただくべきです」

 言葉通り、ようやくリグドールたちが起きてきたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る