197 異国の地で朝ご飯作り




 匂いにつられて竜騎士たちも食堂へ降りてきた。

 いつものパンとは違う匂いだと、寝ぼけていても分かるようだ。

「うお! 丸パンだ」

「柔らかいパンだぞ、やったー」

「サラダがある。スープも濃い匂いじゃない」

 口々に騒ぎ始めた。

「シウが作ったんだよ。ほら、あそこの」

 リグドールは寝癖姿のまま、竜騎士たちに説明している。話をしながらも、パンを取ることだけは忘れなかった。

「ああ、シウか。前に食べたことがあるぞ。堅焼パンを柔らかくする方法を教わったんだ」

 朝ご飯はビュッフェスタイルにしたので、皆が好みの場所に群がっている。

 万遍なくとるのはレオンだ。

 やがて、食べ始めると、皆が一様に美味しい美味しいと言い始めた。

「あんな勢いで……食欲がなかったわけではないのですね」

 料理人たちがちょっとへこんでいた。落ち込む気持ちも分かる。彼等だって一生懸命作っているのだ。高級宿だから、料理人も一流の人が集まっているだろうし。

「違いは、やはり味付けですよね」

 しょんぼり言うので可哀想になる。シウはなるべく柔らかに伝えた。

「伝統の味を守るのも大事だけど、外国のお客さんには多少の変化も必要かと。構成を変えたり。別にシュタイバーンの料理を作らなくても良いんだよね。そんなのは自国でいつでも食べられるから」

「そうですよね。……あとで、もう少し味見をしても?」

「あ、多めに作ったので、朝ご飯としてもどうぞ」

 言いながら、厨房に戻って皆でテーブルを囲む。椅子はなしだ。

「薄味かと思ったが、味は染み込んでますね」

「うん。こちらの料理って、肉料理やジャガイモが多くて、冬が厳しいからか煮込み料理になって味がくどくなったんだと思います。ハーブ類もかなりの量を使うし、元は保存のために考えられた料理だろうなって」

「ああ、料理の歴史ではそう習ったな」

「あ、やっぱり。でも今は夏場だし、暑いので、そういう時って人はさっぱりしたものを好むんですよね。薄味とかじゃなくて」

「なるほど」

「味に変化を付けると良いんです。この魚は食べやすいようにして焼いてますが、その上から酢、酸味のあるソースをかけてます」

「そう、これだ。俺はずっと気になっていたんだが、ベリーのような酸味でもないし、不思議に思っていたんだ。とろっとしているが濃くもない」

「餡にしてるんです。ジャガイモからとれるデンプンで、これ、片栗粉っていうんですけど、とろみをつけます。寒い冬には熱を含むのでなかなか冷めませんから便利ですし、こうしてソースに入れるととろみが出て、食材とよく絡むんです。味は米酢というものを使ってます。市場でも売られていたので少数ですが使われてると思いますよ。元々はシャイターンの国で多く使われているようですが。ベリーソースは甘酸っぱくて肉料理に合いますが、そのためか濃くてくどくなることもあるんです。酢だと最後までさっぱり食べられますから、揚げ物と相性が良いですよ」

「うんうん、これは良い。魚の処理を見た時はなんて面倒なと思ったが、骨を気にせずに食べられるのが良いな」

 ジャガイモ料理にも煮込んだりハーブを入れ過ぎなくても食べられるものが多いと分かって、郷土料理だけでなく新たに開発をしようという話になっていた。

 そのうち、食堂から追加の声がかかったので、残りも調理してしまって出すことにした。それには料理人たちも張り切って手伝ってくれた。


 一段落してから、料理人たちには街で見付けた料理屋のことも教えた。創作料理が多く、外国人でもデルフ料理が美味しく食べられると言うと、ライバル心を燃やしていた。

「僕はこちらで頂いた料理も美味しかったですけど、やっぱり毎日だときついんですよね。連続して泊まる人には特に変化があると良いし、同じ食材で違うメニューを幾つか作ってもらえると嬉しいかも」

「そうか、食材が無駄にならずに、しかも選べる楽しさがあるな」

 シウは楽しかったので語り合っていたが、食堂からまた声がかかった。

 今度はキリクが起き出してきて、シウを呼んでいるとかで、名残惜しいが厨房とはお別れした。


 二日酔いの顔を隠しもせずに、キリクは苦笑しながら手を振っていた。

「おっ前、こんなとこまで来て料理してたのか」

「はあ。だって毎日この味はちょっと」

「まあな。おかげで、皆が喜んでたから良いんだけどさ。野菜嫌いの俺でも野菜スープが懐かしく思えたよ」

「飲んでもまだ、それなんだ」

「……頭が痛ぇ」

「ポーションあるよ。はい」

「……なんでも持ってるなあ。いや、助かるけど」

「イェルドさんや、シリルさんは常備してそうなのに」

「……もう全部飲んでしまったんだ。買いに走らせたら、同じような奴が山ほどいるみたいで、売り切れだと」

 ははあ、と納得するやら笑うやらだ。

 闘技大会というからには、荒くれ者も多いだろうし肉体派がほとんだ。そういう人は大抵「大酒飲み」だ。

 ちらっ、と余計なことを考えた。

 そんなシウの前で、キリクはポーションを飲み干して、すっきりした顔になる。

「……すげえな、なんだこれ、よく効く」

「どういたしまして」

「あ? あ、そうか、お前が調合してるのか。本当に何でもやるなあ。ヴァスタは何を仕込んでんだか」

「おかげで手に職がありすぎて。食べるのに困ったこともないし、爺様のおかげだよ」

 キリクは肩を竦めて、それからこそっと小声になった。

「さっきのポーション、まだあるか? できれば、たくさん」

「あるよ」

「売ってくれ。言い値で払う」

「別にあげるけど、そんなに?」

「そうだ、あればあるだけ。もちろん買うぞ。そんで、それを売りつけてくる」

 そう言うとがははっと悪役のように笑い出した。どうも悪だくみをしているらしい。

 今日の会食の相手でも思い浮かべているのかもしれないが、人の悪そうな顔だ。

 半眼になって睨んだものの、買い取ってくれるならありがたい。

「とりあえず、百本ぐらいでいいの?」

「……お前どれだけ作ってんだ。飲みもしないくせにまあ。いや、それだけあったら余ったって、俺が使うからな。よし、ここに出しておいてくれ。後でレベッカに運ばせる」

 ということで取り引きが成立した。

 キリクは最後まで悪い顔をして、ずっとにやにやしていた。


 部屋に戻ると寝癖を治したリグドールたちが待っていた。

「朝飯、美味しかったー。ありがとな!」

「俺も全部制覇したぞ。特に魚が美味しかった」

「にゃ」

 ふぇれもー、と相槌を打っている。食堂でうろうろしていたので、誰かにもらったのだろうか。あまり意味も分からず答えているときがあるから、あやしい。

「ところで、そろそろ出かけようかって話してたんだけど、シウは?」

「あ、僕、用事を思いついたから。今日はやめとく。明日から観戦するよ」

「まーた、どっか行くのか」

 リグドールに呆れられてしまった。

「気を付けろよ。シウなら大丈夫だろうが」

 レオンは少々心配そうにしながらも、あまり気にしていないようだ。

「僕も一緒に行こうか? 一人で大丈夫?」

 デジレだけが心配してくれる。優しい気遣いの人だ。

 が。リグドールとレオンが同時に手を振った。

「一人の方が安心だって。魔獣のスタンピードが起こった時も一人であっちこっち行って、生徒を避難させていたんだし。しかも後で聞いたら発生地点から魔獣が出ないように足止めしていたって言うじゃないか。いくら変な魔道具を持っていたからって、やることがちょっとな」

「そうだ。むしろ、俺たちがいると足手まといになるだろう。デジレも他に観て回るところがなければ、俺たちと一緒に行けばいい」

 と、あっさりしたものだった。

 分かってもらえるのは嬉しいが、同時にちょっぴり寂しい。

 とはいえ自由にしてるのはシウだ。言える道理ではないので、頷くに留めた。



 シウはフェレスを連れて、王都の冒険者ギルドに顔を出した。

 レオンから聞いてはいたが閑散としている。

 作りはどこも同じようで、入ってすぐの右側壁に依頼書が張られていた。

「……薬草、ポーションの基材、あったあった」

 大量に発注がかかっている。中には十級だけでなく、七級になるものもあったが、物は相談だと思って窓口に向かった。

「え、二日酔いの薬の?」

「はい。今、市場で足りないということだから、自分で作ろうと思うんですが、ついでなので他の依頼分も採取してこようと思って。だめですか?」

「いえ、それはとても有り難いのだけど……十級なのよね」

「はい。ただ、樵の子として山で育ってますし、魔獣は三目熊や岩熊ぐらいなら一人で狩れます。あ、あと、騎獣持ちです」

「あら、そうなの? じゃあ、どうしよう、ちょっと待っててね」

 受付嬢は少し躊躇いながらも、上司に相談しにいったようだ。偉いと思うのは、独断で決めないことだった。相手が子供だから心配ということもあるだろうが。

 少しして、男性と一緒に戻ってきた。

「君、もしかして、シウ=アクィラ君というのは」

 男性が小声になって辺りを気にしながら、更に小さな声で続けた。

「シュタイバーンの王都近くで地下迷宮が発見された、あの、権利者の?」

「あ、えと、一応。はい」

「!! はい、じゃあ、ぜひお願いしますっ!!」

 不安そうだった顔がパーッと輝いて、ぜひぜひと依頼書を渡された。何故か数枚が増えていたが、中身をそっと確認してそのまま引き受けることにしたのだった。


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