198 デルフの森の探検
冒険者ギルドで採取ができる森の場所などを聞いて、フェレスと共に走って向かう。
王都の正門を出る際にはギルドカードの提示だけで済んだ。出る分には問題なさそうだが、入る側の列がすごいので、帰りは転移してしまおうか悩む。もちろん、後々何かでばれるかもしれないからきちんと通るつもりではいるが。
門を出てからは、人影の少ないところを選んで歩き、ちょっとした丘を下ったところにある林の中で、辺りを警戒しながら転移した。
仕事は先にやってしまわないと落ち着かない性格なので、森に着いたら早速、依頼書分を片付けようと採取する。フェレスは久々の森の中で嬉しかったらしく、はしゃぎまわっていた。
デルフ国の森はやはりシュタイバーンとは違っていて、見たことがない木々や薬草もあった。
シウは本の虫で植物図鑑は読みつくしているし、鑑定魔法が使えるので特に惑うこともなく集められた。
珍しい花や木の実などを見付けて、それらも使えそうなら採取する。
依頼書分と、自分用のそれぞれを採取してしまったので、ようやく遊びの時間だとばかりにシウはフェレスを呼び戻して森の奥へと入って行った。
全方位探索を強化しつつ、珍しいものは即採取、あるいは狩って、空間庫へと入れていく。フェレスはシウを乗せるのも楽しい、森の中を自由に飛び回れるのも嬉しいと、ウキウキしていた。尻尾がぶんぶん振り回されている。
魔獣は、王都に近い森だからかほとんどいなかった。この大会のために、事前に山狩りしたのかなという感じだ。ところどころに野営地の跡がある。
どうせならもう少し足を延ばしてみようと思い、俯瞰にて探索場所を広げた。
図書館で見た地図から言えば、王領付近に良さそうな森があった。
そこまでフェレスに乗ったまま転移する。
「ここはクルムバッハ領に近いのかな。ちょっと深めの森みたいだね」
「にゃ」
そだね、と返ってきた。警戒してか、尻尾がゆーらゆらと揺れている。
探索を強化したままあちこち見て回ると、ちらほら魔獣はいるが、狩って回るほどでもないようだ。冒険者らしき集団が遠くにいるので彼等の獲物だとしたら、横取りになって悪いし、わざわざ狩りに行くのは止めた。
そうして、近辺の(と言っても転移しなくてはいけないような)場所を観光するかのように見て回る。
珍しいものがあれば鑑定して、良ければ即採取だ。
そんなことを繰り返していたら、お昼近くになった。
上空から見付けていた綺麗な川の傍に降り、そこで早めの昼ご飯を摂る。
この川はアミウル大河へと流れ込む支流で、アミウルと違って澄んだ綺麗な水だ。鑑定してみると一応飲めるようだった。ただ、硬い水なので飲み水とするにはちょっと喉越しに悪い。
隣国なのに料理の味がこんなに違うのも水のせいかなと思いつつ、昼ご飯を食べ終わった。
午後は大河に沿って飛んでみる。
フェレスは疲れ知らずで、シウを乗せてずーっと飛び続けていた。彼の魔力量は日々増えており、魔法の使い方も安定してきている。ゆっくり飛ぶことにも慣れてきたし、反転など、難しい動作もスムーズになってきた。
「にゃ!」
「うん、いるね」
索敵も上手になっている。
今も、魔獣の群れを発見した。魔獣なので問答無用で狩っていい。が、念のため様子を見る。
周囲に冒険者はなし。人の気配もなかった。彼等は大河まで水を飲みに来たようだ。
そのまま周辺を探知していると、妙な気配を感じた。
初めて感じるものだ。
弱弱しくて、しかしどこか神々しい。
そちらに気を取られていたら、魔獣たちが水場から一斉に顔を上げる。そして、シウが気付いたものに、彼等も気付いた。
慌てて、シウはフェレスに命じて道を塞ぐような格好で地に降りた。
魔獣は、竜馬のドラコエクウスに似ているが、こちらは体がふた回り以上も大きく歪な角の生えた鬼竜馬の群れだった。それぞれ成体で体長が五メートルある。
ところで、馬なので体高で大きさを表すのかと思っていたが、こちらの世界では横に長い生き物はそちらを基準にしていることが多い。人間なら縦だが、馬などは横となる。たぶん、立った時に一番長い部分を計測する、という仕組みなのだと思う。体長も、頭から尻まで、あるいは尻尾までだったりと定まっていない。大抵は、より大きい方で表現するようだ。
冒険者などの間では、狩り自慢として尻尾まで計測した大きさを吹聴することもあるので、冒険者から広がった仕組みかもしれない。
諸説いろいろあり、魔獣や物によっては測る場所も違うので、あくまでもシウの勝手な推測だが。
そうしたことを考えながら、シウは目の前の大きな鬼竜馬を眺めた。
彼等は目の前に現れた獲物へ、その視線をギラギラと輝かせて見入っている。大きな牙のある口元からは涎が垂れていた。こう、あからさまに醜悪だと、狩るのも遠慮がなくていい。
数匹がシウたちでは足りないと、回り込んで先へ行こうとするのを(《弾力壁》)で捕える。
その名の通りの堅くない壁でできた空間魔法で、強度を自在に変えられる。柔らかくポンと跳ね返されて、鬼竜馬は怪訝な表情だ。ただ、頭はよろしくないので、そのまままた進もうとする。
面倒なので、群れ全部を俯瞰で確認してから、一気に狩る。
(《魔核指定》)(《引寄》)
魔核を奪ってしまえば、もう終わりだ。それぞれ倒れ落ちたので、血抜きはせずに空間庫へまとめて仕舞った。
もう一度、周辺を目視でも確認したが鬼竜馬はもういない。
だったらと、フェレスに乗りなおして、先ほど感じた弱弱しい気のところへと向かった。
近くまで行くと、気配を殺そうと必死になっているのが分かった。シウはフェレスから降り、その場で待機させた。そうっと歩いて近付く。
「おーい。大丈夫だよ。悪いのはやっつけたよー」
なるべく優しい声を出した。気配の様子から希少獣だろうと考えていた。それも、まだ幼獣のような気がする。シウという人間を相手に「気配を殺す」というところが、成獣ではないと判断した理由だ。
シウが敵意を見せず、柔らかく声を掛けているにも関わらず「その子」は出てこない。《鑑定》の範囲を広げてみるが、何かいるという引っかかりはあれど結果に出てこない。相当上位種だろうと思い至る。
「困ったなあ。このままだと森の中で独りぼっちになっちゃうよ。お腹空いてない?」
シウは空間庫から、今朝焼いたばかりのパンを取り出した。ふわっと香る匂いを、風属性魔法で辺りに拡散させる。すると、くうぅぅ、と可愛らしい音が聞こえてきた。
「お腹が空いてるんだね。おいで。ここには僕と、フェレスっていう猫型騎獣がいるよ」
「……きじゅう?」
幼い声だった。びっくりしたが、シウは驚かせないようにと優しい声のままで答えた。
「うん。フェーレースっていう騎獣だよ。君が怖がるといけないから、ちょっと離れたところで待ってもらってるんだ。呼んでもいい?」
「……うん」
返事のあとにまた、くぅぅとお腹が鳴った。
「先にパンをどうぞ。ここに置くね」
そう言うと小さなテーブルを取り出し、皿の上にパンを置いた。シウが後退ると、茂みの中からそろそろっと小さな顔が出てきた。真っ白い姿の子供だ。人間の子供のように見える。それでようやくシウも分かった。この子供は聖獣だ。
聖獣は人間の姿に転変することができる。その姿はどちらも白。誰でも知っている事実だ。彼等は希少獣の中でも別格の上位種だ。「神の僕」と呼ばれる種族だった。
シウは離れたところから声を掛けた。
「パンをどうぞ。僕はフェレスを呼んでくるね。待っててね?」
「……うん」
警戒しながらも頷いた。シウに悪意がないのは分かるようだ。こわごわと出てきて、そろっとパンに手を出した。シウはゆっくりと、なんでもないように離れていく。そして、普段通りの声音でフェレスを呼んだ。
呼ばれて喜んで飛んできたフェレスは、尻尾を振ってシウに纏わりついたあと、ようやく気付いたといった様子で子供を見た。その存在には最初から気付いていたはずだ。けれど、彼にはこういうところがある。これは、シウが自分のものだとアピールするためのものだ。成獣になっても、いまだにやるが、一頻りアピールすれば気が済む。フェレスは、興味津々で子供に近付いた。
「にゃ。にゃにゃにゃ?」
「うん。そうなの」
成獣になったフェレスと子供では話が通じない気もしたが、フェレスの精神年齢が低いせいか、会話が成立しているようだった。フェレスは「まいごなの?」というようなことを聞いていた。
子供はちらちらっとシウを見て、お皿に視線を戻した。
「もうちょっとあるよ。食べる?」
「にゃ!」
「……フェレスに言ったんじゃないんだけど、ま、いっか。フェレスも食べな」
ということで、その場に即席の四阿を作る。子供は驚いていたけれど、逃げることはなかった。魔法袋からテーブルクロスやクッションを出し、心地良くする。フェレスは子供などお構いなしにさっさと椅子に飛び乗って座ってしまった。「はやくー」と前足をテーブルに乗せて催促する始末だ。相変わらずフェレスはフェレスだ。
「はいはい。さ、君もどうぞ」
「……うん」
裸なのが少々気になるけれど、急いで調べた脳内の本によると、聖獣にその手の羞恥心はないという。季節が夏で良かった。シウも気にしないことにする。
テーブルにはおやつを用意した。甘いものがいいだろう。子供は果物と野菜のジュースを喜んで飲み、初めて見るらしいケーキに目を輝かせていた。ただ、フォークは上手く使えないようだ。シウが手掴みして見せると安心して真似た。
一息ついた頃、ぽつぽつと自分のことを話してくれた。
「あのね、プリュムはプリュムなの。ものけろ、なんだって。でもうまくへんか、できないの。このかたちになったら、もとにもどれなくなって、わかんなくなったの」
人化したはいいが聖獣の時のような能力が使えず、しかも焦ったのだろうか、聖獣姿に戻れなくなったらしい。「ものけろ」というのはモノケロース、一角獣のことだ。
じっくり観察してみるとプリュムの額、生え際に角の名残がある。小さな突起だ。人間姿になっても存在するということは、モノケロースにとって角は大事なものなのだろう。
シウはプリュムの話に頷きながら、続きを待った。プリュムはゆっくりと話す。
「るだ、しんぱい。おこられるの。プリュム、きじゅうのいうこときかなかったから」
ということは、少なくとも野生の聖獣ではなさそうだ。誰か、人に拾われている。少し安心した。シウが見た限り、おかしな扱いも受けていなさそうだ。手も足も綺麗なものだった。そこまで考えてハッとした。
聖獣は、王族の所有物というのが基本である。ということは――。
「もしかして、プリュムは王族と一緒に暮らしていたのかな?」
おそるおそる聞いてみた。プリュムからは「よくわかんない」という言葉が返ってくる。少し考え「でも」と、考え考えプリュムは続けた。
「るだ、おーじってよばれてた。えらいひとだって。だからプリュムは、るだのなんだって。ねえ、えらいって、なあに? おーじって、けーきとおなじ?」
そう言うと、プリュムは食べかけのケーキをキラキラした目で見つめた。
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