199 聖獣プリュム




 周辺の探索をしても、だーれも、なんにも、見付かりはしなかった。

 一体どこをどう迷えば、こんなところで迷子になるのだろうと思ったが、捨て置けるはずもない。

 おやつを食べたら、服を着せて、シウはプリュムを抱っこした。

「おうちに帰ろうか。一応、プリュムを探しているだろうから、こちらからも探索かけつつ、王都まで戻るね」

「うん。プリュム、かえる」

「にゃ」

 かえるー、とフェレスも賢くお返事してくれた。

 とりあえず、ルダという名前の王子がいて、その聖獣として宛がわれたのだろう。

 なんらかの理由ではぐれて、迷いに迷って茂みで隠れていた。たぶん、鬼竜馬を見付けて怖くなったのだろうと思った。

 希少獣は強い個体も多いが、生き物の当然の摂理として、子供のうちは弱い。

 特にプリュムは人化の状態で幼児ということは、まだ卵から孵って数ヶ月以内だろう。守られないと生きていけない。

 それでもさすが聖獣だ。鑑定を弾いたり、気配を察知させないような能力はある。

 プリュムに聞いても、よく分かっていないので自然とやっているようだった。

 つまり、それは、プリュムを守る人からしても探しづらいということだ。

 フェレスに乗って飛び上がると、プリュムは慣れているらしく、きゃあっと楽しげに声を上げた。

「ルダを見付けたら教えてね。ルダの仲間でも良いけど」

「るだ、みつける!」

 んーっと、力んでいる。そんなので探せるのかなと思いながら、やりたいようにやらせていた。


 のんびりと森の上空を進んでいたら、やがて広範全方位探索に引っかかりがあった。

 ああ、あれかなと思っていたら、プリュムも気付いた。正直驚いた。

「るだ! あっちあっち」

 王領の近くだ。シウがいた森とは違う、王都の真南にあたる場所で、考えれば大河にも近かった。

「フェレス、飛ばして。どうも、魔獣に襲われてるみたいだ」

「にゃっ」

 わかった、と速度を上げる。フェレスの得意とするところだから、急激にスピードが上がった。プリュムはびくっと体を揺らしたものの、怖がってはいない。むしろ、どこか興味津々で前を向いている。

 それにしてもと、感心した。聖獣の能力というのはすごいものだと思う。

 自然とそれらをやってのけるのだ。広範全方位探索と同じぐらい察知能力があるなんて、やはり世界は広い。


 近くまで来ると、相手も気付いたようだ。

 警戒されたが魔獣ではないと知ってホッとしたようだった。

 プリュムには服を着せていたし、前かがみになっていたからか誰も気付いていない。万が一間違っていたら困るので、シウはプリュムをフェレスに乗せたまま、上空で待機してもらって、自分だけ飛び降りた。

 ギョッとしたのは魔獣に襲われて追い込まれていた集団で、何か叫んでいたが、シウが安全に着地したのを見てホッとしていた。

 魔法を使える冒険者ならよくやる、風属性魔法によるクッションを使ったのだ。

 扱いが難しいので、よほどの熟練者でないと使えないがレベルはそれほど必要ない。

「助太刀します」

 集団に声を掛けて、あらかじめ出していた塊射機を使って魔核を狙って倒していく。

 騎獣ばかりがいる集団が手こずっていたのは、魔獣が黒鬼馬だったからだ。これは空を駆けるし、鬼竜馬よりももっと大きい。体長は大きいもので七メートルにもなる。こんな巨体なのに、動きは素早く、鬼竜馬の上位種ではないかと言われていた。

 シウは、回収したい目的もあって、一気に殲滅する方法はとらずに塊射機で一匹ずつ仕留めて行った。

 もっとも殲滅するには乱戦すぎて、とてもではないが捕獲網は使えなかった。

 そもそも、あれは強酸塗れになるから他国にバレるなら塊射機の方がまだましだろうという計算もあった。

 魔獣が一気に減って行ったのもあり、騎獣に乗った騎士たちも勢いを取り戻したようだ。防戦一方だったのが巻き返していた。


 三十分ほどで全滅させることができたが、騎士たちは皆が疲労困憊していた。

 その場に蹲るものもいて、相当大変だったことが窺えた。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ、助かった。いや、本当に、なんとお礼を言えばいいのか」

「いえ。魔獣を見付けたら倒すのは冒険者の務めですし」

「……冒険者なのか? いや、確かに、これらを倒したのは君だが」

 改めてシウを上から下まで見下ろして、男は頭に手をやっていた。

「なんと、その、言えば良いのか。まさか勇者?」

 その言葉に思わず、ぶはっと吹き出してしまってから、慌てて手を振って頭を下げた。

「違います違います。この魔道具のおかげです。ところで、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「あ、ああ、なんだろう」

 かなり疲れているのか、見るからに草臥れた様子の男、たぶんこの隊のリーダーであろう彼がシウを見た。

「もしかして、デルフ国の騎士団の方ですか?」

「……そうだが。そうか、君はこの国の人間ではないのか」

「はい。シュタイバーンから闘技大会に観光にきたんですけど、二日酔いの薬がなくなったとかで、ギルドから依頼を受けて森に入ったんです」

「……こんな遠くまで?」

「僕の騎獣が街中ばかりでつまらないと拗ねていたので、遠出しました」

「ああ、そりゃあ」

 男が苦笑した。騎獣乗りは同じ騎獣の話になると顔が柔らかくなる。

「で、あるものを拾ったんですが、こちらにルダという名前の方はいらっしゃいますか?」

 ずばり切り込んだら、男の顔色がサッと変わった。それから視線を僅かに動かし、慌ててそちらを見るのを止めた。

 ただ、シウにはもう分かっている。

「いらっしゃるようですね。良かった。王都まで連れて行ってあげるのはいいけど、どうやって正門をくぐればいいのか、いえ、それ以前に王城に入る手立てがないなあと思っていたんです」

「まさか」

「プリュム! プリュムがいるのかっ」

「王子、ダメです、出てきてはなりませんっ」

 周囲の騎士が止めるのも聞かずに、王子が騎士たちを掻き分けて出てきた。こちらも草臥れた格好をしているが、他の者よりはしっかりしている。ちゃんと守られていたようだ。

「そうですよ、王子様。もし僕が悪い奴だったら、どうするんですか」

「……だが、助けてくれただろう」

「ですね。でも騎士さんの言うことは聞いてくださいね。守ってくれる人のことを信頼しないと」

 気を削がれたらしい王子が立ち止ったので、シウは男に笑ってから、上空に手を振って呼んだ。

「フェレス、もういいよ。降りといで」

「にゃ!」

 ふわふわっと降りてきて、シウの横に立つと、すぐに前足を折った。プリュムが降りやすいようにとの配慮だ。可愛いなあもう、とフェレスを見て微笑んだ。

 ただ、プリュムは一人では上手く降りられないようで、シウが手を貸してやる。

 下ろすと同時に王子がまた制止も聞かずに走り寄ってきた。

「プリュム! プリュム、良かった!」

「るだ、プリュム、さみしかったよう!」

 抱き締められると、プリュムはわあぁんと泣きだした。ずっと泣きたいのを我慢していたのだろう。可哀想に。

「よ、良かった……」

「ご無事だったのか」

 と騎士たちもホッとしたようだった。

 何故かフェレスが、シウをチラチラと見ている。

「なに?」

「みゃー。みゃ。にゃぁー」

 いいなあ、ふぇれも、だっこしてほしいなあ、というようなことらしい。

「大人になったのに、フェレスは甘えん坊だなあ。よし、抱っこしてやる」

 さっき可愛かったので、シウは思う存分フェレスをなでなでして抱き締めてやった。

 フェレスは満足そうにごろごろ鳴いて、それから尻尾を盛大に振り回していた。



 落ち着いたところで、シウは騎士たちに交渉した。

「あのー。僕が倒した黒鬼馬、もらってもいいですか?」

「ああ、それはもちろん。だが、このように大量では」

 無理だろうとその顔が言っていた。

「そのへんは大丈夫です。魔法袋持ちなので。あと、残りはどうされますか? 解体するなら急いだ方が良いですよ。なんだったら、王都までなら一緒に保管しますけど」

「王子、どうされますか?」

「いや、わたしたちは素材を集めにきたわけではないから、もし使うのなら全部もらってくれ」

「ああ、じゃあ、魔獣の群れと偶然ぶつかっちゃったんですね。大河の傍にも鬼竜馬がいたし、大変でしたね。あ、遠慮なくいただきます」

 魔法袋に入れるフリをして、どんどん仕舞っていく。ただ、量が量なので、見られていたらバレるから、別の魔法袋も取り出して、そちらへも入れていく(フリをする)。

 あっという間に片付けて、騎士たちが後先考えずにぐちゃっと潰して倒したものは一塊にして、燃やしてしまった。

「《浄化》」

 周辺に血も飛び散っていたし、ひどい有様だった。このままだと魔獣が集まるので綺麗にしておく。

 騎士たちはただぼんやりとその流れを見ていた。

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