200 近衛空挺団




 日が傾いてきており、言うまでもなく森が暮れるのは早いから、危険だ。

 シウが獲物を片付けている間に、騎士たちはそれぞれの装備を点検したり移動するための準備はしていたが治療などは行っていなかった。

 こうした時、真っ先に治療をするはずだが、怪我を負ったままなのが気になった。

 シウとしてはもうここに留まる理由がなかったのだけれど、乗りかかった船で、聞いてみた。

「治癒師はいないんですか? ポーションもないとか?」

「……突発的なことで、用意がなかったのだ」

「ああ、まあ、詳しくは聞きませんけど。それより、どうされるのか分かりませんが、もうすぐ日が暮れます。森は、あっという間ですよ。助けが必要でしたら、できることなら手伝いますけど」

 騎士たちは迷っていた。

 誰かが、まだ明るいとも言っていた。騎士なのに森での訓練はしたことがないのだろうか。

「あー、胡散臭いですよね、僕。じゃあ、ポーションだけ置いて帰ります。とにかく、小さな聖獣を連れているんですから、くれぐれも慎重に」

 まだ結論が出ないようなので、暗くなってもシウたちだって困るからフェレスと共に離れようとした。

 が、王子から声がかかった。

「待ってくれ。その、害意はないと、信じて良いのだろうか」

「ないですよー。でも、そういうの相手に聞いちゃったらダメですって」

 苦笑しつつ振り返った。

「気持ちは分かりますけど。僕だって、窮地に陥ってる時に突然子供が現れたら怖いですもん」

「怖くはない!」

 騎士の誰かが言った。

 シウは自らの軽率な発言に対し、少々反省して頭を下げたのだった。


 ポーションは、毒見としてシウが先に飲んで見せた。

 そこまでしてようやく、リーダーの男が頭を下げた。そこまでさせてしまったことに、申し訳なく思ったらしい。

 助けてくれた人に対する態度ではなかったとも言って謝ってくれた。

「いえいえ。とにかく、まずは怪我を治して疲れをとらないと。考えも鈍りますから」

 全員がポーションを飲むと、すっかり怪我も疲れもなくなって驚いていた。

「もしや、上級薬だったのでは?」

 おそるおそるリーダーが聞いてくるので、シウは曖昧に笑った。

 男の顔がザーッと青くなる。

「別に後で高額請求したりしませんよ。それより、僕はシウ=アクィラと言います。冒険者で魔法使いの十二歳です。デルフには闘技大会目当てで来て、先ほども言いましたがギルドで採取の仕事を受けて森に来ました。ということで今日中には王都に帰りたいんですが、皆さんはどうされますか。動けるなら、すぐに移動した方が良いです。あちらに魔獣の動きがあります。このへんは野営に向きませんよ」

「そうしよう。その、君に誘導してもらえると、助かる。ああ、申し遅れたが、わたしは近衛空挺団第三隊のアウリッヒ=ヴィッテンベルゲだ。王子の、護衛をしていたのだが、急襲があって本隊と逸れてしまった。このまま王領へは戻らず、王都に行こうと思う」

「はい、了解しました。そういうことじゃあ警戒するのも理解できます。この中のどなたかに誓言魔法持ちか光属性レベル四持ちがいれば良かったんですけどね」

「どういう意味だ?」

 と王子様が食い付いてきた。ちなみに彼は聖別魔法はレベル一だが、光属性がレベル四ある。当てこすったわけではないが、あまりに疑われたのでちょっとした方法を教えるつもりで伝えてみた。

「どちらも疑わしい相手を試すのに使える魔法ですから。騎士の方ばかりですし、比較的多いスキルだからお持ちの方がいたら、僕も疑われずに済んだのかなと思って。さて、じゃあ、騎獣たちに回復をかけますので、どいてくださいね」

 騎獣は怪我をしていなかったので、体力の回復だけでいいと判断して全体にかける。

 一応、詠唱しているフリをした。

「すごいな、これ全部に、かけたのか?」

「魔術式を節約しているので。一頭ずつかけるよりお得ですし」

「そう、なのか?」

「これでも魔法学校の研究生です」

 研究科に所属しているから嘘はついていない。古代語の研究だけれど。

「王子様はどこに、あ、アウリッヒさんと一緒ですね。プリュムは大丈夫?」

「うん。あの、ありがと」

「どういたしまして。じゃ、行きます。索敵はしてますが、後方の方は常に気を付けていてください」

 指示して飛び上がった。

 騎獣たちは問題なく、付いてくることができた。よく訓練されているらしく、騎士よりもよほど安心だ。


 飛んでいる間、アウリッヒの騎獣に話しかけてみた。ちゃんと飼い主にも了解を得てからだ。

「騎士が怪我していたのって、君らに乗る前のことだったんだよね?」

「がうっ、がぅぅぅ」

 当たり前だ、自分たちが傍にいたら怪我などさせなかったと憤慨された。

「あ、ごめんごめん。確認しただけだよ。じゃ、ここまで逃げてきたんだ。すごいね」

「がうがう。う゛う゛う゛ぐがぅ」

「ふうん。ギリギリだったんだなあ」

「ぐるるるる、ぐぅ。がぅぅ」

「頑張ったんだね」

「がう」

「そっか。じゃ、後は真っ直ぐ飛ぶだけだねー」

「……何を言っているのか、分かるのか? 君はまさか聖獣じゃないだろうな」

 聖獣は人と獣の言葉を理解するので、通訳にもなるらしい。

「まさか。調教師でも分かるのに。いや調教魔法はないんだけど、フェレスと喋ってると段々なんとなーく分かるようになってきて。動物が好きだから、言ってることが分かると良いよね」

 笑って答えると、アウリッヒは困惑げに頷いていた。その後ろで王子様は何度も頷いている。王子様も動物が好きらしい。

 ところで、こうして話していると、邪魔してくるのがフェレスだ。

「にゃにゃにゃ。にゃ」

「がうがう」

「にゃ!」

「がぅぅぅ」

 くだらない会話をしていた。もしかして、騎獣はおバカなんだろうか。

「今、なんと言っていたのだ?」

 王子様が聞いてくる。答えたのはプリュムだった。

「あのね、ふぇれがね、ふぇれははやいしかわいいんだぞって」

「……うん、それで?」

「れおはね、おれもはやいぞっていったの。そしたら、ふぇれは、かわいいもんだって! それでね、れおは、おなかへったって」

 会話になっていない。

「……そうか。プリュム、他の騎獣も腹が減っているのか?」

「ええとねえ、うーんと、……ぺこぺこなんだって。まじゅーのはらたた、たべたかったって」

 はらたたは、たぶん、はらわたのことだろう。

「あ、あんなものを食べたいのか!?」

 ものすごく引きつった顔をしている。あれ、と思ってシウは口を挟んだ。

「騎獣は、魔獣の腸、食べますよ。というか好物です。さっきの、少しだけでも解体して分けてあげたら良かったですね。ごめんね、レオ」

 レオという名前の騎獣はレオパルドスという豹型騎獣で、別にといった顔をしたが、どこか残念そうな雰囲気はあった。

 反対に王子様とアウリッヒはものすごく嫌そうな顔をしていた。

「好物なのか……」

「狩りに行ったりはしないんですか? 要らない部分や、今日みたいに多く取れた場合は食べさせてあげたらいいのに」

「……そういったことは、我が空挺団はしない」

「ふうん。魔獣にも慣れてないようでしたしね。あ、近衛? ということは王族を守るのが仕事だっけ。じゃあ、仕方ないか」

「……その結果が、今だから、なんとも言い返せないな」

「あっ、嫌味じゃないよ。ただの感想です。でも、内臓は新鮮なのが手に入ったら食べさせてあげると良いですよ。喜びますから」

「そうか……」

 まだ納得していないような、いや、納得したくないような顔でアウリッヒは頷いた。


 空挺団には見習いがいるようで騎獣を上手く操作できず、思うように速度が上げられなかった。

 近衛というだけあって、上位種の騎獣ばかりなのに勿体無い話だ。

 竜馬のドラコエクウス、豹型のレオパルドス、虎型のティグリスと錚々たるメンバーばかりだ。この中ではフェーレースが一番下位となるが、たぶん競争すれば勝てそうである。もちろん、乗り手が一流ならば、調教もされている働き盛りの騎獣の方が早いに決まっているのだが。

「一度、休憩しましょうか。あのあたり、降りれますよ」

 シウの提案に、半数以上がホッとしたようだ。


 王都までは近いが、反面、彼等には疲れが出ているようで、近いというのに遠く感じる。急襲されたと言っていたが、そのへんが精神的に来ているようだ。

 野営にも慣れていなさそうなので、シウが指示させてもらうことにした。

「魔獣避けの薬玉です。火をつけて、周囲ぐるりを囲ってください。そのへんの木の枝に吊るせば良いですよ。あと、これは煙草型です。見張りの人は吸っておいてください」

 魔道具で竈を作り、網を組み立てて火を起こす。その横で黒鬼馬を魔法袋から取り出し、急いで魔法も使って解体した。

 肉は網で焼き、内臓は陶器の浅い皿に分けて入れていく。

「ほら、食べて良いよ。あ、こら、フェレス、お前は最後!」

「にゃ……」

 なんで? と上目使いで見ている。

「いっつも美味しいの食べてるだろ? この子たち、食べたことないんだよ?」

「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃー」

 そうなの? かわいそう! じゃあいいよ、ということらしい。ちゃんと待ての体勢になったので苦笑しつつ、他の騎獣に勧めた。彼等は人間のような仕草で、周囲を見つつ、ちらっと飼い主たちを見てから、咎められないことで良しと判断したようだ。即、がっつき始めた。

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