201 夜間飛行




 内臓を美味しそうにがっついて食べる騎獣たちを見て、騎士たちは若干引いていたものの、自分たちも魔獣の肉が焼ける匂いに腹を鳴らしており、何も言わなかった。

「はい、焼けたから順番にどうぞ。タレはこれね。あとパンもどうぞ。野菜スープもあるからね」

 最近こんなことばかりしている気がする。好きなので良いが。

「すまん、食事まで用意してもらって」

「良いですよ。付き合うって決めたのは僕だし。さ、早く食べてください。あまり遅くなると大変です。どんどん焼き上がりますからね」

 焼きつつ、自分でも食べる。

「あ、黒鬼馬の肉、美味しい。良かったー。フェレスも食べな。ほら」

「にゃ!」

 わーいと喜んで、食べ始めた。他の騎獣も興味津々で見ているので、半生で皿に置いてあげる。すると、はふはふ言いながら美味しそうに食べた。

「あんなに喜んで……」

「魔獣の肉をあれほど喜ぶとは」

「これ、実際に美味しいですよ、王子」

 勧められて、王子はこわごわと食べていた。

「……なんだこれは!」

 叫んだあとは、ばくばくと王子らしからぬ食べっぷりとなっていた。お腹が空いていたというのもあるだろうが、確かに上位クラスの肉だと言い切れる美味しさだったのだから、仕方ない。


 皆に食べさせながらも、シウは全方位探索で周囲の索敵を続けていた。

 森からは外れているが、大きく言えば森に囲まれた丘だったので見晴らしは良い。逆に言えば、敵がいれば狙われやすい。

 このメンバーには鑑定を掛けていて、バレるとは思わなかったので堂々と周辺に(《空間騙詐》)を施していた。視認はできないとは思うが、念には念を入れて視覚阻害を作っている。

「食べましたか? じゃあ、出発の準備をしてください」

 フォークを置いたようなので、声を掛けて、食器類はまとめてから浄化をかけて魔法袋に戻す。

 竈はその場で崩した。

「出発します。今日中に戻れるように、頑張りましょう」

「はい」

 順番に飛び上がっていくのを見ながら、最後に休憩場所を隠すため、土属性で地均しをして、魔獣避け薬玉の名残も消す。木の枝が折れているのを発見して、木属性魔法で修復した。

 詳しく観察されるとバレるかもしれないが、これぐらいなら素通りされるだろう。

 追いかけて先頭に並ぶと、視線を寄越された。

「跡を消してました。急襲されたと言っていたでしょう? 追っ手を警戒して」

「ああ、そこまで」

 このメンバーは若い者が多いようで、そうしたことにも頭が回らないようだ。

 学校などで習わないのだろうか。

 近衛というとエリートだろうから、もしかしたら本当にお坊ちゃま集団なのかもしれない。

「詳しくは聞かないと言いましたが、狙われているのは王子様だと思って良いんですよね? もし何かあれば、僕は第一に彼を守るということで良いですか」

「あ、はい。あの、すみません」

 アウリッヒが頭を下げる。その時、彼の後ろに座っていた王子が口を開いた。

「シウと言ったな? わたしはスヴェルダ=ヴィッターフェルト=デルフだ。挨拶が遅れてすまぬ」

「いえ、いいですよ。名乗らなくても良かったのに、ご丁寧にどうもです」

「……お前はおかしなやつだな」

「よく言われます」

 肩を竦めると、王子ことスヴェルダはふっと力を抜いて続けた。

「守ってくれるというなら、この子を頼む。まだ生まれて三ヶ月なのだ」

 プリュムは疲れたのかスヴェルダの腕の中でうつらうつらと眠そうだ。ずっと人型でいるが、無駄なおしゃべりもせずにおとなしくしている。フェレスの子供の時はもうちょっと動き回っていたなあと懐かしく思い出した。

「了解しました。でも、王子様も一緒に守りますよ。二人ぐらいならなんとかなります」

 微笑むと、スヴェルダだけでなくアウリッヒも驚いていた。

「……詳細も知らずに、そこまで言い切れるものなのか?」

 その質問には、信じられないというよりは、ただ不思議だという気持ちが混ざっていた。

「うーん。でも、人間ですよね、相手は」

「ああ、そうだが」

「人間は怖いですけどね。特に権威ある立場の人は。でも物理的なことで言えば、怖いのは魔獣ですし」

「……確かに、魔獣の群れに襲われた時はもう終わりかと思ったが」

「その代わり、王都に入る時にすんなり入れるよう取り計らってくださいね。僕、止められそう。あ、ギルドにも怒られるかなあ」

 胸元から依頼書を取り出してみた。今日中という指定はないが、今日中には持参したかった。二日酔いの薬は絶対売れるのに。

「あの、そちらも、手を回せますので」

「あ、いいえ。大丈夫です。依頼は達成してるので。ただ、まだ未成年なので、心配かけたくなかっただけです」

「未成年、なんですよね……冒険者って、その歳でそれほどやれるものなんですか?」

「自分で言うと嫌味っぽいですけど、僕は規格外だそうです。元冒険者の樵の爺様に、山奥で育てられたので普通よりは冒険者やれてますね」

「そうですか」

 アウリッヒは肩を落としていた。

 今回の事で自信を失っている、そんな感じだった。


 すっかり日が落ちて、夜の行軍は厳しいものがある。

 しかも見習いを含めた近衛空挺団の若者たちは、こうした状況に慣れていない。

 闇属性魔法で認識阻害を施しつつ、シウは、小さな明かりをそれぞれの騎獣の前で照らした。

「騎乗者は騎獣の思うままに進ませてください。夜間は彼等の本能に従った方がまだましでしょう。位置は僕が把握しているので、リーダーのレオに伝えます。今後、はぐれることがあっても、騎獣に従うように。ここまでくれば、はぐれても助けが来ますからね」

 不安そうに飛んでいたので、そうした注意をした。

 言わずとも、彼等は指示などできていなかったが、念のためだ。

 これで騎乗者が余計な指示を出したりすると、騎獣は命令を遵守するよう躾けられているため、危険だと分かっていても逃げられなくなることが多い。


 ロワル王都の騎獣屋で調教師をしているリコラによると、騎獣屋などでは危険を回避するのを第一目的に調教するそうだが、軍所属の騎獣は命令第一ということらしく、不幸な結果を招くことも多いらしい。その話になるとリコラは顔を真っ赤にして怒っていた。むざむざ死なせるなんて、と。

 人間よりも騎獣の方が危険を察知する能力は遙かに高いし、身体能力も上だ。よほどの魔法使いや戦士でない限りは騎獣の方が本能で勝っているのだから、それに従った方が良い。

「あ、保護者に連絡を入れていいですか? 心配していると思うので」

「はい、どうぞ」

 断りを入れたのは変に疑われたくなかったからだ。そして並走するアウリッヒたちにも聞こえるような大きさの声で通信を入れる。

「(キリク様ー、シウです。こんな時間にすみません。ちょっと野暮用で王都に戻るのが遅れてます。夜半には到着すると思いますので、リグたちにも伝えておいてもらえますか)」

 すぐに返信が来た。

「(ばっかやろう! 連絡が遅いんだよっ、どこほっつき歩いてるんだ。さっき、リグドールやレオンが心配して、半泣き、あ? 泣いてない? いいんだよそれぐらい大袈裟に言っても……って、おい、イェルドがすごい形相だぞ。それでなくても今、王城では騒ぎがあるってのに)」

「(ちょっと待ってください。すぐに折り返すので、通信一旦切ります)」

 慌てて、隣を見た。

「あの、今回の襲撃? 騒ぎは、王城に伝わってると思います?」

「え、あ、……分断された隊の者が戻っていれば、ええ」

「戻っても、大丈夫なんですよね? よく分かりませんけど、お家騒動とかじゃないですね?」

「そのようなものではない!」

 王子様に怒られてしまった。シウはぺこりと頭を下げた。

「あ、じゃあ、いいんです。ええと、うちの保護者が、王城で騒ぎがあるって言ってたので。王子様を連れて戻って、そこで王子様が狙われたら嫌だなーと思っただけです。安心な場所なら良かったです」

 自分の逞しい想像力に苦笑しつつ、頭を掻いて説明したら、王子様がムッとしていた顔を治めてくれた。

「……すまぬ。それは、わたしを慮ってくれたのだな」

 反省してるらしい。アウリッヒも軽く頭を下げた。

「じゃあ、伝えておいてもらいましょうか。安全対策のためにも」

「え」

 まだ頭が付いて行かないといった態度の二人を置いて、シウは通信を再開した。

「(キリク様、それって王子様が行方不明とかそういう騒ぎですか)」

「(……くそっ、お前また巻き込まれてるのか)」

「(ひどい。助けただけなのに)」

「(はぁーっ、そういうことかよ。……ああああっもうっ、また面倒事か。俺は休暇に来たのに、仕事ばっかりじゃねえか!)」

「(会食続きですもんね)」

「(お前は仕事を増やすしっ。また王城に行くのか。おい、シリルお前がとりあえず連絡係だ! イェルドは怒るな、俺のせいじゃない、なに? ああ、シウはほっといても大丈夫だろう。え、違う? 王子の心配? ……お前何気にひどいよな。シウのことも心配してやれよ)」

 なんだかすごい独り言が通信に乗ってきて、シウは苦笑いだ。イェルドの眉間の皺が簡単に思い浮かべられる。

「(王子様はお元気ですよー。騎士の方々も一応元気です。人数は、十人、あ、王子様を入れて。騎獣は十頭、ついでに小さい子もいます。眠そうですが王都までは飛んでいけそうですー)」

「(……了解。あと、どれぐらいかかりそうだ)」

「(この調子だと二時間、あー、三時間かも。長距離が不慣れな見習い騎士さんもいますね)」

 振り返ってそう伝えると、聞こえていたらしい騎士たちが少々ばつの悪そうな顔をした。シウは笑って手を振った。気にしないでいいよ、という意味だ。

 その後、キリクとは何度か通信で連絡を取り合い、王城には彼の方から伝えてくれるということで話を終えた。

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