202 賊の待ち伏せ




 王領の上ばかり飛べるのなら比較的安全は保たれる。人が勝手に入ってくることはないし、魔獣の討伐なども常に行っているはずだ。何よりも森が手入れされている。そんな場所は魔獣も少ない。しかし、王都の周辺が全て王領というわけではない。

 それに、疲れを見せている騎士たちのことを考えたら直進で戻った方がいい。結局シウは、早く帰ることを選んだ。王領の上空は外れるが、王都まで真っ直ぐに進めるのがいい。

 当然、敵も同じことを考えた。王都まで、あと一時間というところで襲撃があったのだ。相手も騎獣乗りだったが、数は三人と少ない。ただし、相当な腕前だ。シウの《鑑定》だけではなく、見るからに分かる。男たちが暗い夜の森を猛スピードで追い上げてきたからだ。シウの《感覚転移》で見ても、騎獣に相当慣れた乗り方をしている。

「くそっ、奴等か!」

 アウリッヒは振り返って罵った。だが、それどころではない。

「誘拐目的の賊かもしれません。アウリッヒさんは、そのまま王都まで直進してください。進行方向はあちらです。レオ、よく見て覚えて!」

 そう言いうと、シウは王都方面に向けて大きな花火を飛ばした。暗い夜空に大きな花火が上がる。一瞬で周辺が明るくなった。夜目を使わずとも、遠くに王都周辺の集落が見えた。この森を過ぎたら畑が広がる地帯へ入るだろう。隠れる場所はないから一気に走らせるしかない。シウはアウリッヒの騎獣レオに強く命じた。

「レオ、死ぬ気で飛ばして! 後ろは気にしなくていい。前だけを向いて行くんだ!」

「がうぅっ!」

 シウの命令を聞くや否や、弾丸スタートのように空を駆けだした。あわてて残りの騎獣たちも追う。リーダーのレオより一足遅れたが、置いて行かれまいと必死の形相だ。

 それを賊達が追おうとしたが、もちろん行かせるわけがない。シウが《弾力壁》という網を張って止めた。空間魔法によるものだから見えない。賊は網にぽよんと跳ね返された。反動で一人が落ち、慌てて騎獣が拾いに向かう。残りの二組はなんとか体勢を整えて辺りを見回した。残っているのはシウだけだ。男たちはシウを睨んで、唾を吐いた。

「ちっ、魔法使いか!」

「こいつを先にやるぞ。挟み撃ちだ」

 手慣れた賊らしく動きが素早い。よく訓練されているし、空挺と名のついた騎士たちよりも戦い慣れしている。男たちは、すぐさま体勢を立て直した。

 しかし、あらかじめ想定していたことだ。シウの準備は万端だった。

「《状態低下》と、あとは捕獲網を」

 捕獲網は強酸型ではなく普通の網でできたものだ。投網の要領で投げつけた。魔獣相手では引き千切られるなどして使えないが、人なら動きを止められる。案の定、状態低下で能力が著しく低下し、騎獣もろとも動きが弱った。そこに捕獲網だ。男たちは落ちていった。そのままでは打ち所が悪ければ死んでしまうこともあるだろう。シウは直前で地面すれすれに《弾力壁》を使った。

 男たちは何がなんだか、いきなりのことで分かっていないようだった。これなら取り調べの際に余計なことを言われることもない。

 彼等を追ってシウも地面に降り立つと、フェレスには森へ落ちた残りの一組を探しに行ってもらった。落ちた時に枝の折れる音がしたため、死んではいないだろう。シウは二人の男たちのところまで近付いた。網はかぶせたまま男たちに話しかける。

「このあたりは魔獣が出るのかな? だったら、このままだと危ないか」

 男たちからの返事はない。体力も魔力も低下した状態のため喋るのも億劫らしい。シウは男たちをどうすればいいか考えた。国に突き出すのだから魔獣に殺されるわけにはいかない。さりとて、空間魔法で覆っておくのは論外だ。バレたくない。

「穴を掘って、そこに下りてもらおうかな。穴を結界で覆えば、魔獣もそう簡単には入れない。結界の魔道具も少なくて済むし、何より簡単だね」

 ポンと手を叩くと、すぐに魔法を使った。男たちの座り込んでいた地面がズンと音を立てて一段下がる。シウも穴に下り、中央に結界用のゲルを置いた。それから呆然とする男たちを置いて地面へ戻る。ちょうどタイミング良く、フェレスが男を咥えて戻ってきた。騎獣はひょこひょこと足を引きずりながら付いてきている。先に、シウは男を《回復》させ怪我を治した。次に《状態低下》だ。

「フェレス、ありがとね。そいつは、そこの穴に入れておいて」

「にゃ」

 フェレスは躊躇することなく、男を一段低い穴に頭突きして落とした。シウは今度は騎獣に声を掛ける。

「お前たちはこっちにおいで。よしよし。《回復》で治したからね。逃げるなら逃げて、ここで待つなら魔獣には気を付けるんだよ」

 乗り手が戦意を失っているせいか、騎獣たちに敵意はなかった。気落ちして、その場にしゃがみこんでいる。賊に飼われていたことと、デルフの扱いが分からないため連れて帰ることは止めた。彼等の事はデルフの調教師がなんとかするだろう。気にはなるが、王都に近い場所だから大した魔獣はいないはずだ。それに騎獣が三頭もいれば問題はない。

 シウは、一段低い穴を見下ろして、更に穴を深くしていく。

「うわぁっ、生き埋めにするのかっ」

 魔力も体力もない男たちは口だけを動かして慄いていた。自分たちが襲われるのは怖いのだ。何の覚悟もなく賊になったのだろう。彼等は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

「そこで待ってたら誰か来てくれるよ。じゃあね」

 上から覗いて声を掛けると、上部にも結界用のゲルを置いた。大型の強力な魔獣が来ない限りは、安全だ。この結界を破壊する対の丸いゲルは、シウの手元にある。これを国の担当者に渡せば、犯罪者の引き渡しは終わりも同然だ。シウは穴に向かって「頑張って」と声を掛け、フェレスに乗った。一度だけ振り返って騎獣たちを見たが、項垂れるように横たわっていた。体力や怪我は回復していても、心が疲れているようだった。

 見ているシウも辛い。その気持ちを振り切って、フェレスに命じる。

「疲れてるだろうけど、全速力で追って。プリュムたちが寂しがってるよ」

「にゃ、にゃ、にゃにゃっ!」

 わかった、ふぇれ、がんばる! と、フェレスは疲れも見せずに弾丸スタートを切った。レオよりも早かったのではないかと思わせる見事な発進だった。


 転移を使わなかったのは時間的なことを後で調査されたら困るからだが、その為にフェレスを酷使して申し訳ないという気持ちもあった。

 が、フェレスは全然疲れてないらしく全く速度を落とさずに飛び切った。しかもレオたちが目視に入ると途端に、耳が倒れてしまった。

「にゃ」

 もう着いちゃった、とどこかつまらなさそうに。

「フェレス、どんだけ飛ぶのが好きなんだ……」

 呆れつつ、後方から弾丸のように飛んでくる物体に慄いていたらしい騎士たちに手を振って声を上げた。

「おーい、大丈夫だよー」

 すると、ホッとしたのか隊列が乱れた。それから、スピードを少し落とす。

「賊は捕まえて、穴に落としてきたから。後で憲兵かな? に報告したら良いよ」

「ありがとうございます!」

「うん。あともう少しだね、ほら、遠くに明かりが見えてる」

 指差すと、一山超えた向こうに明かりが見えた。こんな夜中でも明かりが煌々と焚かれているのは王都や領都ぐらいだろう。

 しかも今は大騒ぎの最中だ。

 そうしてスピードを少し落とした状態で進んでいると、全方位探索に引っかかりを感じた。

「お迎えかな。来たよ」

「えっ?」

「飛竜、だと思う。騎獣もいるなあ。すごい。結構団体だ。あれ?」

 鑑定を続けていると見知ったものを見付けてしまった。

 何故、デルフ国の飛竜ではないのだろう。

 ただ、味方には違いない。先頭にはスヴァルフ隊長、サナエル、他にラッザロという騎士が続く。リリアナは騎獣を載せているようだった。知らない子たちだったので、こちらはデルフ国のものだろう。

「明かりを上げるよ。目を瞑って! 《点火弾》」

 ひゅーっと小さな明かりが上空に上がり、到達点で一際大きく明滅した。

 同じように相手も――ラッザロだったが――明かりを示す。カチッカチッと独特のリズムは、オスカリウス家の合図だ。

「やっぱり救助隊だって。良かったね」

 横を向いたら、アウリッヒが泣きそうな顔をして、それから顔を引き締めた。そう、まだ気を抜いたらだめだ。騎士は王子が確実に安全な場所へ到着するまで安心してはいけない。

 その反対に、スヴェルダは肩の力を抜いていた。ホッとして、プリュムを抱き締め直していた。そのプリュムは震えたままだ。怖かったのもあるだろうし、夏とはいえ夜中の上空を飛び続けていたから体力も落ちている。

 そっと、火属性と風属性魔法を使って、プリュムを温めてあげた。

 驚いてプリュムがこちらを向く。シウはこっそり、人差し指を唇に当てた。内緒の意味だ。プリュムは、うんと頷いて、スヴェルダにしがみついていた。暖かくて、それを彼にも伝えたかったのかもしれない。



 デルフ国の近衛空挺団第一隊からも救援が来ており、スヴェルダが可愛がられているのが分かった。第一隊は法の上では国王のみを守るものらしいから、直系とはいえ孫であり、しかも第三子というスヴェルダの為に、可愛くなければ無理に派遣したりはしないだろう。

 顔見知りの騎士を見付けて、王子もすっかり安心したようだった。

 アウリッヒは褒められていたが、後で厳しい再訓練があるとも告げられていた。

 シウも竜騎士と話をした。フェレスはちゃっかりスヴァルフの飛竜プリシラの上に乗って飛び回っている。夜中なのに大騒ぎしているからお祭りか何かだと勘違いしているようだ。微笑ましいのだが、プリシラには悪かった。

 そこに、空挺団のリーダーがやってきた。

「シウ殿とお見受けする。わたしはゲーラ=ヴァイマール、近衛空挺団の第一隊副隊長だ。この度は王子と、我が騎士たちを救ってくれて感謝する」

「どういたしまして。この後はじゃあもう任せていいんですよね?」

「無論。ついてはこのまま王城へご案内したいのだが」

「あ、ごめんなさい。無理です」

「……は?」

 後ろでスヴァルフたちが頭を押さえているのが見えた。え、だって、無理だもの、と思いつつ続けた。

「冒険者ギルドで仕事を受けているので、採取したものを持って行かないと減点されます。それに薬草なので、待ってる人もいますから」

「……いや、しかし」

「事情聴取なら、ノイハイムに泊まっているので、明日の夜にでもお願いします。今日はもう遅いし、ギルドに行って処理を済ませたら、朝になっちゃいますから」

 言外に、子供にこれ以上労働させるなという意味を込めたのだが、それは幸いにして伝わったようだった。困惑した顔ながらも、承知しましたと言って了解してくれた。

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