203 夜中の帰宅




 プリシラに乗せてもらい、急いで王都の近くの飛竜専用獣舎に降り立つと、お礼を言いつつスヴァルフたちを置いて王都の正門に向かった。

 そこでは、申し訳ないと思いつつ、オスカリウス家の紋を見せて中に入った。

 夜中なので通常は出入りできないのだが、今は闘技大会中なので門は開いていたし、人の出入りも昼間と比べると少なかったが、待たされていた。そんな中、紋を見せるだけですんなり通れたのは良かった。さすがは他国とはいえ大貴族の紋だ。

 その足で、冒険者ギルドに駆け込む。

 真夜中だから受付は一人で、職員も少なかったがちゃんと開いていた。

「良かったー。すみません、遅くなりましたが依頼の分です!」

 と言って、魔法袋から薬草の束を取り出した。職員は驚いていたけれど、応援の人を呼んで、ちゃんと受け付けてくれた。

 それから、子供がこんな遅くまで王都外に行ってはいけないと軽い説教を受けて、支払いをしてもらった。

 一日で、いろいろあった日だった。



 その後は夜中でも煩い街中をゆっくりと歩いて帰った。

 フェレスは相変わらず尻尾を振り振り楽しそうだ。

 子供が祭りの夜にはしゃいでいるような感じで、可愛かった。でもベッドに入ったらバタンキューだろう。

 フェレスを撫でながら歩いて帰ったら、門前でキリクが仁王立ちしていた。

「人が心配で起きていたら、能天気な顔して猫を撫でながら帰ってくるとはな」

「あ」

「なんだその、猫ちゃん可愛いなあ! って幸せそうな顔は」

「……可愛かったので」

「よーし。じゃあ、俺もシウのことを可愛がってやろう!」

 言いながら手をわしゃわしゃしているが、目が笑っていない。ああ、確実に怒られる、と思ったのだが意外にも止めたのは、一番怒っているであろうイェルドだった。

「キリク様! な、な、なにを」

 悲鳴のような声だ。珍しく動揺して裏返った声のまま、イェルドはキリクに駆け寄り、その体を引っ張って宿の中へ連れて行こうとする。ただ、キリクは筋肉ががっちりついた、いわゆる騎士よりも騎士らしい体つきなので、とても動かせたりはしない。

 なのに、必死だ。

「シウ、君はもう寝なさい! お小言は終わりだから、早くっ、子供はっ、寝なさいっ!」

「あ、はい。すみませんでした……」

 周辺でにやにやしていた竜騎士たちにも謝り、更には宿の中で待っていたらしい従業員たちにも頭を下げた。何故か反対に下げられ返されたけれど。

 部屋まで戻ったら、デジレが扉の前で待っていた。

 少し、涙ぐんでいた。

「あ、あの、ごめんね。もっと早く連絡していれば良かったね」

「ううん。シウなら大丈夫だと分かっているんだけど。顔を見たら安心して。キリク様からも少しだけお聞きしてたし」

「ああ、王子様のこと」

「うん。無事で良かった。あ、リグとレオンは強制的に眠らせてるから、明日の朝、もうすぐだね、きっと怒られるよ」

「あ、はは」

 デジレが肩を竦めた。

「大丈夫だっていう信頼と、大丈夫かなって思う不安は、同時にあるんだよ。それだけシウは好かれてるってことを自覚しておかないと」

「うん……ありがと」

「へへ。偉そうなこと言っちゃった。また明日、あ、今日だね。それまでおやすみ」

「おやすみ」

 ほんわりとした気持ちで、フェレスと共に部屋へ入る。

 居間から続く寝室のそれぞれの扉が開いていた。そうっと覗くと健やかな寝息が聞こえてきた。

 ホッとして、自分のベッドに横になった。お風呂には入らず、浄化をかける。

 フェレスも同じベッドに乗ってきて、ふぁぁあと大きな欠伸をして寝る体勢だ。

「やっぱり、疲れたんだろ?」

「に」

 言葉にならない返事だった。

 そのまま、ふわふわと何度か欠伸をして、フェレスはすぐに眠りの世界へと旅立った。

 シウもふかふかのフェレスの横で眠りについた。あっという間に眠っていた。




 翌朝、いつもの時間に目が覚めてしまった。

 二時間ほどしか寝ていないが、すっきりしている。

 このまま二度寝しても、寝疲れするだけだろうし、諦めて起きた。

 ポーションでも飲んじゃおうかなと、どこか浮ついた気持ちになったけれど、どう考えてもシウの体はどこにも異常などなかった。

「勿体無いから飲むのやめよう……」

 健康な体だから、ポーションなんて飲んだことがない。味見したことはあるが、その程度だ。

「女性向けポーションだったら、違いが出るかな?」

 思い付いて、飲んでみた。

 特に変わったところはない。普段から、サラにもツヤツヤした肌でいいわねと言われるぐらいだから、飲んだところで変わりはないのだろう。

「勿体無いことしちゃった……」

 可愛らしい瓶を眺めつつ、浄化を掛けてから空間庫に仕舞った。

「暇だなー。あ、そうだ、二日酔いの薬を作ろうっと」

 ぶつぶつ呟いて、その場にシートを広げた。汚したりはしないが、気分の問題だ。

 そして、二日酔いのポーションは、魔法のせいであっという間に作り終えてしまった。

「……暇だなあ。朝ご飯作りに行こうかな。でも一日だけって約束だったし」

 それに厨房の仕事を奪うのは本意ではない。

 暇だからといって鬼竜馬や黒鬼馬を解体していたら、絶対怒られるだろう。これ以上、お叱りの元を増やしたくない。

 諦めて、ベッドに転がって本を読むことにした。

 取り出したのは古書達だ。すでに記録庫へ保管しているが、こうして本を持って読むのも良いものだ。

 その後、朝日が昇って暫くしてもリグドールたちが起きてこないので、シウは暇で暇で何十冊と本を読んでいた。


 起きてすぐに寝室へ駆け込んできたリグドールとレオンは、ベッドの横に積み上げられた本を見て唖然としていた。

「何、してんの?」

「いつもの時間に目が覚めて暇だから、本を読んでたんだ」

「これ、全部? まさかね」

「全部読んじゃった。リグたちが起きてきたら怒られるっていうから、ちゃんと待ってたんだよ。でも、暇すぎて!」

「……ぷっ」

 リグドールが吹き出してしまった。そして、レオンも呆れたように笑う。

「シウは、シウだよなあ」

「そうだな。心配して損した気分だ」

「ごめんね」

「そうだぞ。心配したんだからな。でもまあ、いっか。シウだし」

「シウだものな」

 二人は物分かりの良い大人みたいに、肩を竦めて顔を見合わせていた。

 それからベッドに飛び乗ってくる。

「で? 詳しく教えろよなー」

「何かあったんだろ?」

 と、わくわく顔になった。このへんは子供だ。シウは苦笑しつつ、昨日の出来事を掻い摘んで説明した。


 簡単に話し終えると、リグドールのお腹が鳴った。

「朝ご飯食べに行こうぜ。昨日は晩ご飯のあとにおやつ食べなかったら、すっげえ減ってる」

「リグはよく食べるよね」

 その割にはデルフ料理の晩ご飯が苦しいのだから、よほど量が多いということだ。昨日は宿で食べなかったのだろう。

「育ち盛りだもん。その俺がおやつ食べられなかったのは誰のせいか分かってるかー」

「はい。すみません。じゃ、今日の夜は美味しいのを差し入れします」

「うむ。よきにはからえ」

 ははーっ、と頭を下げたところで食堂に着いた。

 チラホラと騎士たちがいて、みんな遅い時間に起きたようだった。

 顔を合わせるたびに、頭を下げて回ったが、皆一様にいいよいいよと手を振った。

 暇だったから良い遊びになったと言ってくれる騎士もいた。

 レオンなどは、

「オスカリウス家の騎士たちはいい具合に力が抜けているよな」

 と、褒めて(?)いた。

「言葉を選んでるなあ。さすが、レオン。俺なんて、上がああだと下もああなるの見本を見た気分だぜ。好きだけどさ!」

 とはリグドールの言だ。シウもこちらに一票を投じた。


 食べ終わる頃にデジレがやってきて、今日は忙しくなるからレベッカの手伝いに入るということだった。

 シウ絡みかなと思ったが、気にしないでと手を振られたので何も言わなかった。

 食堂には結局キリクたちが現れなかったので、通りがかったリリアナに伝言を頼んだ。彼女はこれから休むそうだ。

「僕等、闘技大会を観に行きます。急用があったら連絡ください。今日は夕方戻ってきます」

 晩ご飯も宿で摂るつもりで、食事表には○を付けている。

「分かったわ。これから定時連絡会があるし、言っておく。昨日は楽しかったわー。まさかデルフで飛竜に乗ってうろちょろできるなんて思ってなかったし、夜の飛行は怖くて好きなのよね」

 と、エキセントリックな発言を残して彼女は去って行った。

 リグドールとレオンが顔を見合わせて、同時に振っていた。下がこうだということは、つまり、上もそうだということだ。そのことに気付いたからだろう。

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