204 闘技大会本戦、準々決勝戦




 闘技場へ着くと、貴族席ではなく一般席へと連れて行かれた。

 リグドールとデジレはあちこち探索して、最適の場所を見付けていたそうで、昨日はレオンもそこで観ていたようだ。

「迫力はあるけどさあ。まさか魔獣搬入口なんて」

 ローマのコロセウムも顔負けの闘技場だ。

 ここでは人間同士の闘技大会もあれば、魔獣同士を戦わせる催しもある。そして犯罪奴隷を使った、魔獣との殺し合いも密かに行われているとか。あまり大っぴらに公表していないが、誰でも知っていることらしい。

 円形の闘技場へはそれぞれ東西南北に大きな出入口があり、人はその門を通って表舞台へと上がる。

 が、それぞれに四十五度ずらしてみると小さいが頑丈な出入口もある。こちらは金属製の大門もついていて、大会の間は大門が開けられており、金属の柵で隔てているだけだった。つまり、そこからならば闘技場の様子がよく分かる。

 他にも地下からせり上がるタイプの牢屋になった部屋もあって、鍵がかかってないからそこから見上げて観察することもできると嬉しそうに言われた。

「でも土埃が飛んでくるから、目や口に入ってつらい。俺は却下だ」

 レオンには不評だったようだ。いや、シウだってそんなところから観るのは嫌だ。

 それにしてもよくこんなところを見付けたものだ。

「獣の出入り口だから、人は入ってこないしさ。舞台にも近いだろ? この上は塀になってて、内側まで防御層があるから、もうちょっと舞台から離れてるんだ」

「まあ、ここは近いけどね。でもその分、危険もあると思うけど」

「一応、防御結界は張られてるって言ってたよ、キアヒ先輩が」

「先輩なんだ?」

「冒険者だからな!」

 グラディウスは兄貴なのに、どのへんで線引きされているのだろう? 

 首を傾げていたら、レオンが肩を叩いた。

 その目が優しい。

「気にするな。シウも先輩だが、そこは友人としての立場が先なんだよ」

「……そこは全然気にしてなかったんだけど、あ、そう」

 そんなことをわいわいと話していたら、本戦が始まった。

「あ、グラディウスだ。一番近いね」

「その場所選んだんだもん。後で移動するからな」

 むふっと鼻息荒く返されてしまった。


 兄貴であるグラディウスは本戦に勝ち残り、剣士組のトップとして舞台に上がった。

 今日から、各種目が同時に並んで試合するのではなく、それぞれの組が交替で勝ち抜き戦を行う。今日は剣、武器全般、武器無し、団体の順番で四組ずつの試合が組まれていた。

 明日、準決勝戦と決勝戦があり、午後に表彰式と閉会式が行われるのだ。

 剣、武器全般は準決勝戦まで今日中に行うらしく、時間調整されている。

 連戦で疲れが見える人もいるが、ポーションの力か、肉体的には元気そうだ。

 試合は二十分で、その間に決着をつける。つかなければ判定になるそうで、その審査員たちは闘技場がよく見える塀の上にせり出した部屋から見下ろしていた。

 舞台には判定員もいる。審判は舞台に一人で、その合図によって試合が始まった。

 シウには剣のことは分からないが、グラディウスが格好良く剣をふるうのはよく分かった。素早いし、止めるところではきっちりと、止めて見せる。

「美しいなあ」

「……その感想はちょっと、おかしくないか?」

「そうかなあ。剣の残像とか、こう、切っ先が上手に躱されるところなんて、動作が美しいと思うんだけど」

「……感性が違うんだろうな」

「なんか、ひどいこと言われてる気がする」

「気のせいだ」

 リグドールは相手をしてくれず、真剣な眼差しで試合を見ていた。剣を持つレオンの方が冷静に試合を眺めている。

「トニーも、また一段と輝きを放ってるよね」

「トニー?」

「あ、トニトルスの剣。グラディウスが剣に愛称付けてるんだ」

「アントニーと同じ愛称かよ」

「だよね。最初に聞いた時、つい笑いそうになった」

「あの人、戦ってる時や真面目に話をしている時は格好良いのに、なんで、こう、時々抜けてるのかな?」

「レオンも思う? 僕も。黙ってたら格好良い剣士なのにねー」

 と話していたら、試合が終了した。相手が負けを認めたのだ。

 闘技大会では人を殺してはいけないことになっている。殺してしまったら、どういう状況であれ失格だ。

 勝敗は、負けを認めるか、怪我をして試合が続行できないか、あるいは判定による。

 あきらかに打たれ続けて弱かったと分かる場合は、判定せずとも観客が決めてしまうこともあった。

「黒髪の兄ちゃんの勝ちだぞー!」

「そりゃそうだ、あれだけ押してたんだからな! 素直に負けを認めたかっ」

「トニーの兄貴が勝った! 俺の勝ちだっ」

 とまあこんな風に騒がしくなるのだ。そうした観客の声に耐え切れず負けを認める者も多いそうだ。

 リグドールは低い天井で我がことのように喜んで飛び跳ねていた。

 意味も分からずフェレスも飛び跳ねている。彼の場合は本当に飛んで、天井に頭をぶつけていたが。


 準決勝に進むことが決まったグラディウスは午後の遅い時間にまた試合があるため、それまで休んでおくよう通達があったらしい。リグドールたちと一緒に試合を見るか、街中に出かけるつもりだった彼はしょんぼりしていた。

「専用の休憩室を与えられたのに、そんな顔してるのお前だけだぞ」

 キアヒが呆れた顔でグラディウスを小突いていた。少しテンションが高く、仲間が勝ち残ったのが嬉しいらしい。

「可哀想だから、一緒にいてあげるわよ。だったらいいでしょ?」

「本当か! ティアは優しいなあ」

「いいのよ。その代わり、優勝したら賞金で奢ってね」

「……ティアはやっぱりティアだなあ」

「あら、どういう意味かしら」

 休憩室からは闘技場の様子が見えないので、シウたちはキルヒに気を遣われて部屋から追い出された。

 リグドールも試合の行方が気になるらしく、兄貴を置いて闘技場がよく見える場所までまた戻った。

 武器全般の組は終わっており、槍使いの男が意気揚々と帰って行ったところだ。

 次は武器無しの組だ。こちらは完全な肉弾戦で、シウたちにとってもっとも馴染みのない戦いでもある。

 魔法使いの対極にあると言っていい。

 試合が始まると、今度はレオンも真剣な眼差しで舞台上を見ていた。

 鑑定すると拳闘士という肩書の男と、蹴闘士という肩書の男が戦っている。

 お互い、拳と足で、面白おかしいことになってるが、まあ普通に喧嘩? のようなものの延長だった。

 武器無しというからてっきり武道のようなものを想像していたのだが、どちらかと言えばプロレスに近い気がした。

 いや、確かに拳はすごい力で舞台の床を壊すほどだし、飛び蹴りや回し蹴りはすごいと思えたが。

 空手、柔道、合気道のようなものとはかなり違っていて、シウだけはのめり込めずに観覧を続けた。

 ちなみにフェレスはフェレスなりに楽しんでいたようで、尻尾で狭い壁をパンパン叩いて、試合に参加している気分であったようだ。


 元々争い好きとは程遠いので、シウにとってはあまり面白くない催しものなのだ。

 今更気付いてしまっても遅いが。

 そんなシウだが、団体戦は面白く見ることができた。

 これは頭脳戦でもあり、リーダーや参謀が指示することで上手く立ち回って勝ちをものにすることができるから、弱弱しい体つきの者がいても最後まで残っていたりする。

 人間とは面白いもので、そういった弱く見える者が勝つと、なんだか嬉しくなるのだ。

 闘技場でも、細い女性が指示して勝ち残ったパーティーには惜しみない拍手が送られていた。

「すげえ、あそこが勝ち残ったんだ」

「知ってるの?」

「うん。予選からずっと負ける負けるって言われてた。カルドゥスっていう冒険者パーティーなんだって」

「へえ」

「珍しく、女性がリーダーなんだな」

 レオンが呟くように言った。リグドールがそれに頷く。

「そうだよ。だから狙われてたけど、盾の人が強いんだよなあ」

「あの人、魔法使いだよね? でも、魔法は使ってないね」

「そう、だから余計に目立つんだ。魔法使いが魔法を使わずに勝ち残れてるって。すごいよな」

「頭が良いんだろう? パーティーに参謀がいれば、違うものな」

「俺は絶対無理だな!」

「自信満々に言うなよ。……まあ、俺も無理だ」

「レオンは冷静なのに」

「リーダーや参謀って向き不向きがあるんだ。俺は最近までずっと一人だったし」

「おー、そうだったっけな!」

 などと話していたら、休憩をはさんで次の剣の組の試合が始まった。

 これが十六回、最後にまだ準決勝があるかと思うと、ちょっと食傷気味である。

 シウは二人に断って、場を離れることにした。

 少しだけ、不審そうに見つめられたので、余計なことには首を突っ込まないと自ら約束して、特等席から出て行った。


 闘技場から出て街をぶらぶら歩きながら、シウはギルドの近くの道具屋に入った。

「すみません。二日酔いの薬って買い取ってもらえますか?」

「うん? お前さん、このへんの薬草師じゃないな」

「闘技大会を観に来た観光客ですけど、魔法使いです。売り切れてるって聞いて、在庫が売れるかと思って持ってきたんです」

「……どれ、確認しよう。ついでにギルドカードを持っているなら見せてくれ」

 それぞれに、どうぞと見せて確認してもらう。どちらも問題ないということで、しかも状態が良いと高値で買い取ってもらえた。

 お小遣いが増えて、シウはにこにこ笑って闘技場前の広場まで戻って行った。

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