205 試合は興味なし
お金持ちになったシウだが、どうも白金貨などは使う気になれず、結局こうしてちまちま得る収入の方が嬉しかった。
今もこうして二日酔いの薬が高く売れたことが嬉しくて、これをお小遣いに何を買おうかと思案しているのが楽しい。
「フェレスは、決まった?」
「にゃ。にゃにゃ」
「肉、好きだねー。でも、昨日のは今は出せないからね」
釘をさす。フェレスは昨日の黒鬼馬の肉がよほど気に入ったのか、めずらしくおねだりしてきたが、我慢してもらった。広場で取り出すわけにはいかない。
「家に帰ったら、解体するから、その時にね。それより、広場の屋台で美味しそうなのはなかった?」
「にゃー。にゃっ!」
尻尾がピンと立った。それから、ふらふらーっと体を躍らせるように、ある店の前で立つ。
「にゃ!」
「はいはい。ええと、三目熊の内臓煮込みかあ」
苦笑しつつ、屋台のおじさんに二人分もらう。匂いだけでもくどい気がして、シウは食べずにフェレスへ渡した。
シウは果物を絞ったジュースを飲んで、また闘技場へと戻って行った。
試合は進んでおり、リグドールもレオンも場所を変えずに観戦していた。
「お疲れさまー。飲む? 屋台で買ってきたんだけど」
果物ジュースを差し出すと、二人とも喉が渇いていたのかゴクゴクと音を立てて飲んでいた。
「ぷはー。美味しい! いや、もう見てるだけでこっちまで汗かいてさあ」
「熱中症になるよ。暑いんだからちゃんと水分摂らなきゃ」
「ん? ああ、でもほんと美味しかった。ありがとな」
「もうすぐ昼だからと我慢していたんだ。ここには物売りも来ないしな」
闘技場では観客目当てに飲食物を売り歩く者も多い。彼等は闘技場への出入りを許可される代わりに、大会に上納金も納めているので値段はそれなりに高い。
シウのように外から買ってくると安くなるが、場所が取られてしまったり、試合を見逃すこともあって、高くとも物売りから買う者も多くいた。
「お昼はどこで食べる?」
「俺は昨日もイエナさんのところに行ったけど」
「シウは行きたいところがあるのか?」
「ないよ。同じで良いなら、イエナさんのところだね」
屋台の買い食いも飽きたし、それならちゃんとしたものが食べられるところがいいということで決まった。
キアヒたちは控室に籠るそうだから、昼ご飯をテイクアウトして持っていくことを約束し、シウたちは外へ出た。
イエナの店は昼時で繁盛しており、忙しそうだった。
シウたちも食べ終わったらすぐに店を出た。もちろん、最初に頼んでいたのでテイクアウトのランチも持って帰る。
グラディウスたちに届けると、また試合を観覧することにした。
四種の全組が戦い終わると、とうとう剣の準決勝戦になった。
相手を見て、リグドールが苦い顔をした。
「あー、アイツが相手かよ」
「有名人?」
「前回の優勝者。格が違うって、言ってた。賭けでも一番人気で賭けにならないって」
「そっかあ」
鑑定の結果でも、桁違いにすごいと分かる。
また、鑑定せずともその強さは見た目にも知れた。
一分の隙もないとはこのことかという、見本そのものだった。
筋肉の付き方も申し分なく、キリクと良い勝負のように見えた。ただ、キリクの方が我流が混じっていて喧嘩剣法のような気もするから案外勝ちそうだけれど。
「あの人、貴族?」
「元騎士らしいね。剣の道を究めるために、あちこち旅してるって。毎年この時期にはデルフ国へ来て大会に出るそうだよ。だからデルフの貴族じゃないかって話」
「ふうん」
話しているうちに試合が始まった。
クレーフェ=マールブルクという名の剣士は、筋は騎士のものだったが、旅で覚えたであろう剣術も使いこなしてグラディウスを翻弄していた。
どうかすると真っ直ぐに向かうグラディウスは、相手の変幻自在な手技の数々に圧倒されてしまったようで、二十分の試合はあっという間に終わってしまった。
ただ、最後まで残ったのはすごいことだった。
会場からも惜しみない拍手が送られていた。
相手のクレーフェも爽やかな笑顔で握手を求めてきて、グラディウスは気恥ずかしそうに応じている。
「青春物語みたいだなあ」
「そんな小説があるのか? てか、シウって変なところで感心したりするよなあ」
「あはは」
「次は武器全般か。どっちが残ると思う?」
レオンはもう次の試合を気にしている。リグドールも話に乗った。
「俺はガルムトだな」
「俺もだ」
「賭けにならないなあ」
腕を組んで、試合が始まるのをジッと見つめている。
シウは二人にそっと声を掛けた。
「グラディウスのところに行ってくる。後で合流ね」
「分かった」
「気を付けてなー。ふらふら出歩くなよー」
振り返りもせずに言われてしまった。
シウは苦笑しつつ、その場を後にした。
グラディウスはもう控室にはおらず、全方位探索を使って捜すと、闘技場の出入り口にいた。
慌てて向かうと、キアヒの方から見付けてくれて、手を振って呼ばれた。
「おーい、こっちだ」
「キアヒ。グラディウスも」
落ち込んでいるかと思ったが、グラディウスは清々しい笑顔で待っていた。
「お疲れ様だったね」
「ああ。だが、気持ちの良い疲れだ」
「とかなんとか言って、腹が減っただの文句を言っていたくせに」
「動くと腹が減るんだ……」
しょんぼりした顔で、お腹を撫でる。
「あ、じゃあ、もう打ち上げ? 晩ご飯食べに行くの?」
「ああ。いつもの店に行くよ。シウたちも後から来いよ。試合、最後まで見ていくんだろ?」
「リグたちはね。いつもの店に行くよう伝えておく。僕は野暮用があるから、後から参加になるかなあ。あ、それと、これ」
「うん?」
「今日、飲むでしょ? 二日酔いの薬、作ったから」
「まじか! お前はできる奴だなあ!」
キアヒに頭を豪快に撫でられてしまった。
何故かついでにと、キルヒ、グラディウスと続いて撫でられる。
ラエティティアも乗ろうとしていたが、フェレスに邪魔されてしまった。
「にゃ!」
「あら、嫉妬されちゃった。好かれてるわね~」
「まあね。じゃ、ここで」
手を振って、彼等とは別れた。
伝言のために戻ると、試合はもう終わっていた。
結果はリグドールとレオンの評通り、ガルムトという男が勝ち残ったそうだ。槍使いということで、明日の決勝戦が楽しみだった。
三人で闘技場を後にし、店まで二人を送って行ったあと、シウだけ宿に戻る。
事情聴取で本当に来られたら困るし、とりあえず夕方そこにいたということだけ示せたら、後は抜け出しても良いかなと思っていた。
はたして。
「……待ってたんだー」
五分五分だったのだが、どうやら待たれていたようだ。残念である。
「じゃ、中にどうぞ。ええと、応接室はどっちだったかな」
今朝のうちに了解を取っていたので、従業員に聞こうとしたら部屋付きのメイドが慌てて駆け付けてくれた。
彼女の案内で、一階の応接室へと通された。
事情聴取に来たのは、ゲーラと補佐官らしき男二人、それから見たことのない騎士だった。騎士は、
「近衛空挺団第三隊隊長のヘルネ=コールバッハだ」
顎をくいっと動かして、名乗った。少々偉そうな態度だが、貴族というのは大抵がこうなので気にしない。
「シウ=アクィラです。冒険者で魔法使いの十二歳です」
「早速で悪いが、昨日のことを最初から説明してくれるだろうか」
ゲーラが真っ先に口を開いた。が、応接室にシウたちを通した後、メイドが人を呼びに行ったのを知っているので、待ってもらうことにした。
「はい。ただ念のため、人を呼んでますから待ってもらえますか?」
「何故だ。何か後ろめたいことでもあるのか?」
ヘルネが強い口調で聞いてきた。おや、と首を傾げる。
「……デルフ国では、子供を相手に事情聴取して通るのですか?」
「なんだと!」
「ええと、これ、応じるのはあくまでも善意なんですけど、ご存知です、よね?」
ゲーラを見た。すると、彼は頭が痛いといった仕草で手を額にやり、頷いた。
「そうだ。王子を助けてもらって、あまつさえ、賊共を捕えてくれた。恩賞を渡しこそすれ、このような恫喝まがいの尋問をする場ではない」
「……それは、わたしへの当て擦りですか?」
そうじゃないとでも言うのだろうかと、思っていたら、同じセリフをもっとひどい台詞で言った者がいた。
「当て擦り以外の何物でもないだろうに、頭がお花畑な貴族はどうしようもねえな!」
キリクだ。
呼んでくれるならてっきりレベッカかサラだと思っていた。悪くて、シリルかイェルドで。
なんかもう、これ、最悪なんじゃないだろうかと、シウは途方に暮れてしまった。
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