041 祭りの後の大掃除
誕生祭が明けた火の日は、ギルドの仕事がとんでもないことになっていた。
エミナは休めばと言っていたのだが、ベリウス道具屋だって店を開けるのにと思うと、シウもいつも通りにすべきだろう。
さて、とんでもないことというのは、十級ランクの仕事量のことだ。
いつもは昼でも掲示板付近には人がいるというのに、この日は数人だけだった。掲示板に貼られる依頼書も少ないが、これは元々、休み明けで受け付けてないということだ。
反対に、十級ランクの依頼は山のようにあった。
「ああ、シウ君! 来てくれたのね。助かったわ!」
受付に向かうと、クロエが手招いたのでそちらに向かう。彼女も誕生祭には当番があったりで忙しかっただろうに、今日もきちんとしている。
「人が少ないですね」
「遊び疲れよ。皆さん羽目を外し過ぎるのね。毎年のことなの」
苦笑して、彼女は肩を竦めた。
冒険者の性質として、そんなものかもしれないとシウも納得した。
「ところで、僕に用事ですか?」
「あ、そうよ。あなたも疲れてるでしょうけれど、来てくれたということは仕事を受けてくれるのよね?」
「はい」
「早速なんだけど、誕生祭明けはあちこちから臨時の仕事が入るの。主に掃除ね。商人ギルドとも分担するのだけど、とても扱いきれなくて」
「ああ、なるほど……」
ようするに祭りの後遺症で大人達は死屍累々といった状態なのだろう。ところがもう火の日で、仕事は始めなくてはならない。
「分かりました。できるだけ早く片付けて、数をこなしますね」
「……ああ、本当、助かるわ。今度奢るわね!」
「いえ、あの、仕事だし」
「いいのよ。子供は遠慮するものじゃないわ。って、その子供に依頼しているわね。ごめんなさいね」
ううん、と首を振って、早速依頼書を見せてもらった。
やはり掃除が多い。
場所や内容によって依頼書を分け、順番にやっつけていくことにした。
ベリウス道具屋でもそうだったが、商売をやっているところは自分達の店前だけでなく周辺の掃除もきちんと行う。今回はお祭り騒ぎでゴミも多いようだから、シウも朝早くに掃除をしてきた。
シウのような臨時の手伝いがいる店は良いだろうが、自前の人員だけでやろうとしても、普段と違って汚れが多く手が回らない。ましてや誕生祭の間に働いていた店も、そうでない店でも人々は疲れ切っている。よって、ギルドに臨時の仕事を依頼するのだそうだ。
「本っ当に、助かるよ!」
何度も何度もお礼を言われて、シウも嬉しいやら恥ずかしいやらである。
どの店でも感謝された。
個人宅からの依頼もあったが、大きな商人の家だけだった。中央地区には古くから住む庶民や中流家庭層も住んでいるのだが、ゴミが多くなる大通りに面した家は大きな商人の家だけだ。裏通りにある庶民の家々は、ギルドに掃除の依頼をするほどでもないのだろう。
シウの仕事は、午前中だけで三件、午後は五件回って終了した。
ギルドに戻るとクロエが手を振って呼ぶので彼女の窓口に向かった。
「お疲れ様。今日だけで八件? すごいわ……」
「最初に内容と地区を分けたからだよ」
「計画性があるし、合理的だし。シウ君の十分の一でも他の冒険者達が計画的だったら、どんなにか……」
はぁ、と溜息を吐いている。何か思い出したらしい。
それから気を取り直したように、シウへ笑顔を向けた。
「いつも通り現金での支払いでいいのね?」
「はい」
「シウ君のことだから、きちんとしているでしょうけど、お金の管理には気を付けてね」
「はい」
他の冒険者には支払分をなるべく預けるよう勧めるギルドだが、シウにはそうでもない。金額が多くなった今でも、こうして「気を付けてね」だけで済んでいるのはシウの普段の行いが真面目なせいだろう。
逆に「普通」の冒険者がどれだけ不真面目かよく分かる話である。
「明日もまた来てくれる?」
「この週は同じような仕事が多いんだよね? だったら、朝早くから来ます。風と光の日は休むと思うけど」
「助かるわ。じゃあ、あらかじめ仕分けしておくわね。明日もよろしくお願いします」
「あ、いえ、こちらこそ」
お互いに頭を下げて、軽く笑い合って別れた。
次の日からも同じように、掃除や片付けの仕事が多く入っていた。
さすがに表通りの掃除というのは終わっていたが、誕生祭仕様で店の中が滅茶苦茶になっていたり、倉庫の片付けが中途半端という店が多いようだ。仕事は幾らでもあった。
そんな忙しい状態だったので、エミナとアキエラの勉強会は中止だ。彼女達も片付けで忙しかったのだ。
ラエティティア達の勉強会は風の日にしようと、連絡して終わった。あちらはあちらで、飲みすぎてキアヒとキルヒが屍状態、グラディウスはアグリコラとあちこち走り回っているのだとか。鍛冶屋はエミナが押さえてくれたのだが、必要な素材集めなどがあるそうだ。ラエティティアはマイペースに遊んでいるらしい。
そうして働いていたシウだが、何度か指名も入った。
以前に依頼を受けていたところから「あの子は真面目で丁寧だから」と日時が合えば来てほしいということだった。なので、場所ごとに仕分けた後、都合を付けて行くことにした。
中庭の掃除をした商家のところでは、執事がにこにこと笑って出迎えてくれたほどだ。ここでは倉庫の片付けを頼まれた。後で困るといけないので在庫数のチェックを行う。他でもそうしていたので、普通に計算して、メモ書きを手に報告するとかなり驚かれてしまった。
「ちょっと見せてもらっても?」
「あ、はい。どうぞ」
メモを渡すと、執事の視線がすごい勢いで上から下まで進んで、倉庫を見てからシウに視線を移した。ジッと見つめてくるので、何か間違っただろうかと不安になる。
「あの……」
シウが戸惑った声を出すと、執事は慌てて頭を振り、にこにこと笑った。
「いやいや。問題なしです。ありがとう。ここまできちんとされるとは、思っていなかったのです。大変有り難い」
シウもホッとして、笑顔になった。
「いや、それにしても、計算も間違いがない。仕事も早いし、片付けも丁寧で――」
勿体無い惜しいと、彼は何度も言って、少しだけでもいいから休憩していってほしいと勧めてくれた。
「あの、でも」
「最初に、早めに終われば次の仕事へ行くということは聞いていたが、君にも休憩は必要でしょう。彼にも――」
そう言って、フェレスに視線を向けた。その視線がもう柔らかくとろんと笑んでいる。
ちょうどメイドがやって来た。銀盆の上には、おやつが載せられているらしい。シウと、そしてフェレスの分だ。
そういえば、この家はフェレスにもとても良くしてくれたのだった。シウは思い出し、笑顔で返した。
「それでは、お言葉に甘えます。ありがとうございます」
四阿に腰を下ろして、フェレスをメイドに渡した。
「え?」
「どうぞ。人慣れしているので大丈夫ですよ。後で浄化もします」
メイドが嬉しそうな、それでいて困ったような顔をしたので執事を見上げると、
「わたしも、遊んでもらってよろしいかな?」
というお茶目な返事だ。シウもメイドも、顔を見合わせて笑った。
「もちろん」
そう答えて、シウは自分自身に《浄化》をかけてからおやつを頂いた。
フェレスにはメイドが手ずから与えてくれる。その姿を、執事がとろけるような笑顔で見ていた。
掃除や片付けの仕事を受け続けた週の五日目、シウは思わぬ人と出会った。
ソフィアだ。彼女は、この日も護衛を引き連れていた。
シウは仕事を終えてギルドへ帰るところだった。ソフィアも帰宅途中なのか、学校の制服らしき格好だ。そして、シウに気付くや、ものすごい勢いで近付いてきた。
シウはちょうど、偶然出会ったダレルと話をしていた。祭りの日のことを思い出して笑いあっていたため、会話を早めに終わらせることができなかった。いや、努力はしたのだ。でも間一髪で、間に合わなかった。せっかく《全方位探索》を使っていても、意味がない。
「あなた、ちょっと! いつまでも家に来ないなんて、どういうことなの!」
あ、やっぱり性格ってそう簡単には治らないものなんだな。シウは若干引き気味に、そんな感想を抱いた。
ソフィアは、困惑しているシウの様子を気にすることなく、相変わらず甲高い早口で喋っている。
「わたしの話を聞いていたわよね? ギルドにもきちんと依頼を出してあげたのに!」
「……前々回と前回の件で、お断りしているはずです」
「えっ? でも、それは副執事のやったことよね。わたしには関係ないはずだわ」
商人ギルドのザフィロから注意されたことを、どうやら都合よく脳内で改竄し、忘れ去ったようだ。シウは被害者側で、加害者側の関係者がそんなことを言うのはおかしいと思わないのだろうか。そもそも「強要」されたことが原因なのに、今もまたこうして「強要」しようとしている。
護衛の人も当てにならない。シウが思案していると、フェレスが騒ぎに気付いたのか、目を覚ました。ずっとシウの首の周りで、マフラーのようになって寝ていたのに。
「みゃっ!」
フェレスは辺りを見回し、それから何度も「にゃっ、みゃっ」と鳴き出した。気になることがあるのだ。
そんなフェレスに、ソフィアの目が釘付けになった。そう言えば、彼女は騎獣を気にしていた。以前の騒ぎも、フェレスが見世物になっていると勘違いして、起こったことだ。ルコを飼っているだけあって、騎獣が好きなのだろうかとシウは思ったが。
フェレスは彼女を敵だと認定したようだった。
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