040 誕生祭三日目の午後
アグリコラは、エミナが力説しながら何度も、
「あなたは悪くないわよ! そんなバカ女のこと引きずってちゃダメ!」
と言われているうちに洗脳されたのか、なんだか吹っ切れた顔をして笑った。
「わし、父親が農夫でな。その由来の名を付けられておったし、跡を継いで、農夫になって穏やかな暮らしもいいかと思ってただ。でも、時々鍛冶の仕事が懐かしかっただ」
「あら、じゃあやればいいのに。農業も素晴らしい仕事だけど、せっかくの技術がもったいないわ」
「……そうだすか」
「あたしの知っている人に、空間魔法持ちがいるんだけど――。あ、さっきの魔法袋の製作者のことね。彼は、使える能力があるのに使わないのは、神様への冒涜じゃないのかって考えたらしいの。『使えない人』に対しても失礼なんじゃないかって。だから、自分のできる範囲で使うことにしたそうよ」
思わず顔が動き出しそうで、シウは必死で表情筋を固定した。
「その力が嫌いならいいのよ。でも嫌いじゃなくて、好きでやってて、自分の一部になってるなら――。使うべきよね」
「……だなす」
しんみりしたアグリコラに、エミナは更に追撃する。
「長く休んでいたんでしょう? ねえ、最初は練習がてらに何を作るの?」
「いや、わしは」
「工房なら、紹介できるわよ。あたし、これでも道具屋の跡取りですからね!」
「エミナ、すげえ」
キアヒはもうエミナに逆らわないと小声で呟いた。シウも同感だ。
ラエティティアはグラディウスを突っついているが、彼はまだぽかんとしている。
「わし、わしは、最初にやるのは――。やるなら、友達のを、やってみたいだす」
「友達? 誰か任せてもらえるもの、持っているの?」
エミナが首を傾げると、アグリコラは、はっきりと頷いた。そして、いまだぽかんとしているグラディウスを見た。
「久しぶりだで、できるかどうかわかんねえだす。でも、おまえさんのトニトルスを、扱ってみたいだ」
ぽかんとしたままの彼を、今度はキルヒが突っついた。キアヒは頭を叩く。
「正気に戻れっての!」
「あ、いや、だって、その」
「わしでは、もうだめか」
「違う! そうじゃなくて。友達に頼むのは、その、ずるいのかと思ってな」
「……わし、最初はおまえさんたちのこと、疑ってただ。だけども、誰にだって欲はある。そのことが悪いことでねえと思えただ。許嫁のことも、もっと見ようがあったと分かっただ。だから友達にも、いろいろあるだな。おまえさんがトニトルスを直してほしいと思っているのは知ってるだ。これは、お互いの利益になる。おまえさんが、ずるいと思うことはねえだす」
「……アグリコラ!」
ガバッと抱きついて、友情を深めあっている二人だが、なんだか暑苦しく感じるのはシウだけではなかったようだ。ラエティティアが明後日の方を向いて肩を竦めているし、キアヒとキルヒは知らないフリを決め込んだ。エミナももう話は終わったと、ごくごくジュースを飲んでいる。
でも、とりあえず、終わりよければ全て良し。ということで、シウも他人のフリをして、フェレスにおやつを与えてみた。
大男と小男の二人組は泣き出さんばかりに抱き合って、長く衆目を集めたのだった。
遅い昼ご飯を終えると、シウは皆と別れて商人街に戻った。
古本を見て回り、掘り出し物があれば迷わず購入する。こういうところにお金は惜しまないのだ。
魔道具も面白そうなものがあって見てるだけでも楽しかった。
普段は入らない魔道具の店でも、こうして出店としてあると見る人も多いだろう。出会いと発見があって、良い見せ場だと思う。
最近は《人物鑑定》以外の《鑑定》を行わずにいたが、お祭りなので防犯の意味もあって、朝から魔法を発動したままだった。
おかげで、魔道具の出店のところでも人物のみならず、商品に対しても行うので魔力量がびっくりするぐらい減っていく。今のところはシウ個人の魔力量で賄えているようだが、節約できていなかったらまた魔力切れを起こしていただろう。
鑑定のおかげで、贋作が多いことも分かった。
魔道具なのに、魔核や魔石がなかったりするのだ。
どんなものか分からずとも、手に取って見さえすれば構造も立体的に分かるので、鑑定も早かった。
元々シウは前世で空間認識力が高かった。立体パズルゲームが得意だったし、立体折り紙も得意だった。これは入院生活が長かったせいかもしれないが。
とにかく、そういうわけで瞬時に構造を理解し、どのようなものか分かれば後は早い。
「これ、中身空洞ですよね?」
「えっ」
「魔核、使ってます?」
いかにも怪しい風体の男に「掘り出し物の遠見魔法が付与された望遠鏡」モドキを売り込まれて、シウは鑑定していた。
先ほどから古本を大量に購入しているので、良いカモだと思われたのかもしれない。
古本と言えども、本は高い。
そのようなものを子供がポンポン買っているので目立ったのだろう。
自重しなきゃなあと思いつつ、
「魔核がすり減るから購入後に魔道具を使えるようにするなんて話、子供でも信じないですよ」
と言いながら品を返す。
すると、男はにやにや笑って立ち上がった。それからわざとらしく商品を落とす。
「おーっと! どうしてくれるんだ、大事な商品を落とすなんて! ガキはこれだから困る!」
とてもワザとらしく言われてしまって、シウは呆れて笑ってしまった。
「何、笑ってやがるんだ!」
「おじさん、演技が下手だよ。あと――」
男に近付いて、ちょいちょいと手招きした。訝しい顔をしたものの男が顔を寄せたので、その耳元に囁いた。
「盗賊マンティダエ、シーフのダモンテスさん。盗品を売っているのがバレたら大事だよ。いいの?」
男がギョッとした顔をして、シウを見た後、急に慌てて辺りを警戒し始めた。
大人の指示で動いていると思ったようだ。それに乗ることにした。
「安心して。目の前で人を傷つけてるのでもない限り、僕らは警邏に引き渡したりしない。ただ、子供相手に商売するのはどうかな、と」
「……分かった」
「なんだったら、迷惑料をもらってもいいんだよ?」
「バカ言え! あ、いや、その」
慌てる男に、シウはにっこり微笑んだ。
「マンティダエが壊滅しちゃったら、溜め込んだお金も使えないね」
「お、脅しかよ」
「ううん。報復なんて考えないことだ、って話。仲間がおじさんをマーキングしたからね。何かあったら、おじさんぐらい一捻りだよ。なにしろこっちには鑑定持ちもいるし。アサシンとシーフとスナイパーもいるからね!」
「……わ、分かったよ。分かったから、もういいだろ!」
男は本気で慌てたらしく、シウも釘を差したので、その場を後にした。
一応本当にマーキングしていたのだが、男はさっさと店仕舞いをして庶民街の裏の裏といった場所へ戻って行った。仲間が数人いて、どこかに出たり入ったりしているうちに夕方には王都を出て行ってしまった。
あまりに急いでいたのでまた戻ってくるのかと思い、遠くまで《探索》していたのだが結局次の街まで行ったあたりで逃げたのだと気付いて探索を止めた。
一度マーキングしているので、今度《全方位探索》に引っかかれば分かるだろう。
ただ、そこまで逃げなくてもいいのにとは思った。
この時は、人物鑑定されることがどれほど脅威なのかまでは思い至らなかったシウである。
夕方、そろそろ帰ろうと大通り沿いを歩いていた。お祭り騒ぎの王都を見続けて、どこか気持ちがふわふわとしている。フェレスも眠くならないのか、肩の上から景色を楽しんでいるようだ。
シウが公園を横目に通り過ぎようとしたら、公園内に大型遊具が設置されていることに気付いた。移動遊園地のようだった。何故か懐かしさを覚え、覗いてみる。
前世ではテレビでしか見たことがない、遊園地の原型とも言える可愛らしい規模のものだ。メリーゴーランド、数人乗りのブランコに大きなシーソーと、コーヒーカップ。動物たちもいた。子供たちは親に連れられて、キャッキャと騒いでいる。
ガラス製のランプがあちこちに置かれ、街灯とともに明かりが点されていく。幻想的な風景だった。その中を、ピエロのような格好をした若者が楽しげに踊りゆく。楽隊は音楽をかき鳴らし、練り歩いていた。彼等について行くと、広場の中央へと向かった。そこでは演劇が行われていた。ちょうど、一段落したところらしかった。
演劇は誰でも見られるようになっており、指定席のみ、お金が必要らしい。舞台近くの席は中流以上の人々で埋め尽くされ、その周囲を庶民たちが立ち見していた。演目は『ロワイエの七大英雄物語』。一部を抜粋して、かなり脚色した内容のようだった。
シウが見たのは第三幕から終幕にかけてで、とても盛り上がった。演劇など、初めて生で観たので内心で興奮した。頭の中は、終幕で奏でられた曲が占めるほどだ。
その気持ちのまま、遅くなったので急ぎ足で家路に着いた。
いつの間にか溢れ出る劇中歌をシウが口ずさんでいると、エミナが顔を出し、
「シウ君にも苦手なものってあるのね」
と言って笑う。シウが首を傾げると、
「かなり音痴だよ。あ、もう夕食だからね。早くおいで!」
と、エミナはまた楽しげに笑って、本宅へと戻っていった。
音痴は「かなり」なのかと、自分でも思わぬショックを受けて立ち止まるシウだった。
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