039 職人の気持ち




 食事会が始まってすぐ、キアヒが羨ましげにシウの魔法袋を突いた。

 アグリコラも、じいっと見ている。

「いいなあ、やっぱり魔法袋、俺らも欲しいよな」

「今あるのは、小さいものね」

 ラエティティアも溜息を吐いている。

 グラディウスはうんうんと頷きながら、肉をこれでもかというほど頬張っていた。

「でも高いんだよなー」

 キアヒが残念そうに言う。どうやら、その「小さい」のでも相当高かったらしい。

 するとエミナが、チラチラとシウを見た。そして意を決したように口を開く。

「あの、良ければ今度、お店にいらしてみませんか?」

「うん?」

 キアヒがエミナに振り向いた。ラエティティアも興味深そうに彼女を見る。憧れのエルフに見詰められたエミナは顔を赤くして、緊張した面持ちで続けた。

「祖父が決めることなんですが……。実は、魔法袋を売ってまして」

「え、マジで?」

「嘘! 本当に?」

 キアヒとラエティティアが同時に驚いて、声を上げた。キルヒも目を見開いている。グラディウスは相変わらず口の中がいっぱいで、アグリコラが無口なまま、ぽかんとしていた。それもそのはず、魔法袋とは、そう簡単に売っているものではない。数が少なすぎて、オークションになることがほとんどだ。

「え、それって、誰でも買えるの?」

「いえ。その、祖父の決めた人にしか売ってません」

「待って待って。その言い方だと、数があるように、聞こえるわ」

「……はい、あります。ただその、ここだけの話にしてもらえますか?」

「それはもちろん、だけど」

 ラエティティアが力を抜いて、背にしていた木へと、もたれかかった。

「びっくりだわ」

 驚く彼女たちに、シウが付け足した。

「だけど、スタン爺さんのお眼鏡に適わないと買えないよ。たぶん、大丈夫だと思うけど。そう思ったからエミナさんも教えたんだよね?」

「うん、そう。だってシウ君のお友達だし、お話を聞いてたら良い人そうだし」

「そういうことみたいだよ」

 そこでようやく本当のことだと納得したのだろう。キアヒが前のめりになって小声で話しだした。

「売ってもらえるとしても、だ。高いんだろ? 分割利くかな?」

「どうだろ。そのへん、僕は分からないなぁ」

「高くないですよ。その、相場よりもって意味だけど」

 チラッとシウを見ながら言う。バレるから見ないで! と思いつつ、嘘をついた。

「製作者が値段よりも、スタン爺さんの目で、売る人を決めてほしいって話だし」

 エミナがうんうんと頷く。それを聞き、アグリコラがぼそりと喋った。

「職人だなあ。わし、よく分かる。きっと、人のために、使ってほしいんだす」

「……うん、そうだ。アグリコラさん、すごいね」

 やはり彼は職人なのだ。シウが答えると、それにエミナが続いた。

「アグリコラさんって、もしかして、職人さんなの?」

「……昔、やってただ」

「そうなんですか。あたしの夫が道具職人なんですよ。だから、そういう気持ちが分かるっていうか。アグリコラさんもそうなのかなって思って」

 エミナは、にこにこ笑って続けた。

「職人ってすごいですよね。あれだけ一生懸命に道具を作るのだもの。その道具が丁寧に使われてないと知っても、怒りもせずにね。だけどその代わり、長年使ってきた道具に対する愛情は人一倍。修理してでも使う人を見た時は、本当に幸せそうなの」

「……そうか」

「値段じゃないって、夫はいつも言ってます。そりゃまあ、生活があるのでね、あたしも値段はつけさせてもらいますが!」

 笑って言う。だが、それを聞いているアグリコラはしかめっ面だった。

 怒っているのではない。まるで何かに耐えているような感じだ。

「昔、されてたってことは、今は怪我か何かで辞めたんですか? 残念ですね。アグリコラさんなら、きっと良い職人さんだったでしょうに」

「……わしが、良い職人かどうかは、分からんと思うだす」

「あら、分かりますよ。あたしはこれでも道具職人の妻です。それに、長いこと道具屋の仕事を見てきました。たくさんの職人さんを、見てきましたからね」

 アグリコラが黙り込んでしまった。なんという切り込み方だと思ったが、案外エミナだから良いのかもしれない。シウが黙って見ていると、エミナがまた口を開いた。

「ごめんなさい。怪我で辞めた人にとって、傷口に塩を塗るような話題だったかも。でも、アグリコラさんは今もこうして元気そうだから、乗り越えたんだなって思ったの。そういう人は良い職人だったと、分かるのよ。それにとても良い手をしているわ。こういう手の持ち主は良い職人だって、祖父が言ってたの」

 皆が静かに話を聞いていた。

「今のお仕事も、きちんとされているのね。職人さんはどうしても、仕事を替えるとダメになっちゃう人が多いから。立派だわ」

 エミナの言葉に、アグリコラが俯いてしまった。ふるふると手が震えている。

 怒っているのか泣いているのかとシウは思ったが、違ったらしい。彼は笑っていた。

「わし、初めて、そんなこと言われただす」

 笑いながら彼は続ける。

「……後で、おめさんに、聞いてほしいことがあるだす」

「後で? あ、そうね、先に食事だわ!」

 こくりと頷くアグリコラに、はるかに年下のエミナが母親のように笑って応えた。


 食事の後、騒がしい公園から、ゆっくり座れるカフェスペースへと場所を移した。

 アグリコラの話は皆が聞きたいことだった。

「わしには許嫁がおっただ。離れた町に住んでおったが、一族の者での。……わしはギフトを持って生まれただ。それも一族の夢『鍛冶の神プリームスが祝福を与える』というものだっただよ」

 ふうと小さな溜息を吐いて、アグリコラは遠くを見るように目を眇めた。

「それで、許嫁も与えられただな。彼女は長の娘での。賢いおなごだっただ。わしもギフトに甘えず、必死で鍛冶を覚えただ。働くのも楽しかっただす。わしの作る刀を、喜んでくれる人も多くいただ。……それに慢心しておっただな、きっと」

 アグリコラはエミナに目を向け、柔らかく笑った。

「許嫁にな、人殺しの道具を作る人とは結婚したくない、と言われただ」

 エミナはハッと顔色を変えた。皆もだ。

「わしは、道具の意味を、考えたことがなかっただす」

「……彼女の言葉よりも、そのことが気になったんですね?」

 小さく頷き、アグリコラは続けた。

「わしの作るものは武器だな。その覚悟がないままに作っておっただ」

「……彼女とは?」

 エミナの問いに、アグリコラは苦笑した。

「元々、幼い頃に定められた許嫁だっただ。好きな相手がおったようでな。駆け落ちしてしまっただな」

 エミナは首を振った。

「違うわ。あなたの気持ちよ」

 痛ましそうな顔をして、聞く。シウには、いや、エミナ以外誰にも聞けないことだ。

「……好きになってもらう努力をせんかった、わしが悪いだ」

「好きだったのね?」

 遠まわしに好きだったと言っていることに、エミナは突っ込む。こういうところが、彼女らしい。傍らでキアヒが、「女って怖い」と言っているが、許嫁なのかエミナになのか。シウは、どちらも別方向で怖いと思ってしまう。

 そんなエミナの問いに、アグリコラが頷いた。すると、エミナは、

「そんな女、こっちから願い下げだって言ってやれば良かったのよ!」

 と、怒り心頭に発した。ぶはっ、と吹き出したのはキルヒだ。

 意外にもキアヒは呆然としている。ラエティティアは激しく頷いていた。

「勝手な理由つけてるけど、ようするに好きな男がいて、そっちに走ったってことでしょう? 許嫁を傷付けて、その上、駆け落ちまでするなんて最低!」

「……いや、可哀想なおなごだ」

「「違うわよ」」

 今度はラエティティアまで一緒になって言い返していた。

 呆然とする男性陣を無視して、彼女たちは口々に言った。

「自分に酔っているのよ、それ」

「ティアさんの言う通りよ。他に好きな男ができたなら、普通にお断りすればいいことじゃないの。わざわざそんな理由付けて傷付けて、それでどうなるのよ。素直に、『好きな男ができたから解消して』って、頼むのが筋よね!」

「そうそう。人殺しの武器を作るのが嫌だって話なら、もっと早くに言えたはずよね? でもきっと、その話をすれば『じゃあ武器は作らない』って返されるかもしれない。だから黙っていたのよ。性格が悪いわ」

「二人の男の間に挟まれたわたし、ってやつね!」

「うわあ、いるわね、そういう子。わたし、苦手なの~」

「あたしもですよ! 大体、駆け落ちするとか、どこの世界の話なのよ。まさかドワーフ一族に、『婚約を解消したら抹殺される』なんて掟、あるまいでしょうに!」

 ないわよね、と確認を取るかのように怒鳴られて、アグリコラはないないと慌てて首を振っていた。キアヒが小声で、「女怖いわー」と呟いている。シウとキルヒは賢く無言を貫いた。グラディウスは最後までぽかんとしたまま、彼等を見ているだけだった。

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