141 女性には優しい? 

 



 最後まで反対していたアウグストに連れられて、救護用のテントに入ったヒルデガルドは五秒で外に出てきた。

 それから暫くはテント裏で吐き通しだった。

 彼女を介抱するのは従卒兵になったばかりの青年で、可哀想にどうしていいのか分からないとオロオロしていた。

 ただ、他に誰も手が空いてないことはよくよく理解しているため付き従っている。

「(女性には優しい少年だと思っていたんだがなあ)」

「(基本的には優しいつもりです。でも、男女差別はしない主義なので)」

 ちょっとやりすぎたかもしれないなとは、シウも思った。

 救護用テントには、魔獣に傷つけられた騎士がいて、治癒が追い付かないものだから血の匂いも充満していた。

 怪我などしたことのない彼女が見るには相当しんどかっただろう。

「(でもまだましな方ですよね、今は)」

「(まあなあ。これで歩兵を投入したら、もっと酷い状態のものを見ることになるだろう)」

 竜騎士だからこそ、これで済んでいる。

 死者が出ないのも今だからだ。

 これから殲滅するために歩兵などを投入していけば、重い怪我人どころか死者だってどんどん出てくる。見るも無残な姿を目にするはずだった。

「(怪我をした騎士さんたちには申し訳ないですけどね)」

「(まあ、気にしちゃいないだろ。これで耐性ついて、逆にやる気になるかもしれないし)」

「(それはそれで、扱いが難しそうですね。キリク様に丸投げしますけど)」

「(……やめろよな! ああ~~!! シウまでイェルドになったらどうするんだ!)」

 冗談めかした通信が続いていたけれど、実際には目の前で凄惨な魔獣狩りが進んでいる。

 シウの作った強酸爆弾は有効で、飛び散る酸にどの魔獣もやられていた。比較的酸には強いとされるグランデフォルミーカも、尻袋以外はそうでもないし、更には強酸の間から飛び出てくる強アルカリ物質を体に受けて、他の生物同様に体のあちこちが溶けて動きを止めている。

 残る魔獣は俊敏に避けたリーダー格の魔獣のみ。竜化しかかっているリーダー格を、強酸爆弾であぶり出して孤立したところに、竜騎士が攻撃を仕掛ける。

 ひとつのルーティンになっていたが、さすがに魔獣はそんなことに気付かない。


 それにしても勿体無いことに魔核はそのままだ。

 取ってる暇も、余裕もないのは分かっているが、貧乏性のシウには勿体なく感じる。せっかく命を屠るのだから、余すことなく利用したいのだが。

 と、考えて、タイミングを計って奪えばいいのではないかと思った。

 爆弾により破壊されたり溶ける前に、転移させればいいのだ。

 どうせ見ているだけなのだからと観察を続けていると、一瞬のすきを狙えることも分かった。

 見つめながら、試しにひとつ、転移させる。

 脳内で考えるだけとはいえ、ややこしいので言い方を変えることにした。

(《引寄》)

 誰も気付かないようで、魔核を取った瞬間に酸がぶちまけられて魔獣が消える。

 よし、これでいこう。

 ついでに手元ではなく、そのまま空間庫へと入れていく。

 これはタイミングを計る必要があるので、自動化せずに次々と試していった。

 そのうちに、手元――(指定の場所へと――転移させるには、目視していないといけないことが分かった。目視か、あるいはそこにあるとはっきり認識しているか、だろうか。

 自分が転移することは可能なので、もしかしてその反対はと思い、爺様と暮らしていた山小屋からコップを引寄せようとしたのだが、できなかった。

 視覚を転移させてから、コップを確認したのだが、上手くいかない。不思議なものだと思った。

 それでも本当に手元へ持ってきたいのならば、転移して手に取って戻ればすむことだ。

 ま、いいかと、シウはその後も休憩するまでの間、魔核を取り続けた。



 二時間ほど経つと、辺り一面真っ暗となって夜の帳が降りてきた。

 キリクたちの休憩に合わせて岩場へ降り立ったシウは、洞穴の避難場所で休むように命じられた。

 その際に、ヒルデガルドを連れて行くよう言われたのだが、

「洞穴まで遠いので歩いては行けませんし、フェレスに二人は無理ですよ。重すぎます」

 と、断った。

「わっ、わたくし、そこまで重くありませんわ!」

 ヒルデガルドはそんな風に怒っていたけれど。

 ちなみに彼女は意外にもタフだったようで、吐くだけ吐いたら度胸がついたらしく、治癒の手伝いをしていたようだ。

 足手まといのところもあるが、やる気があるのは偉いと、褒められていた。

 ただどうしても大貴族の娘であるから、皆の戸惑いの的となり、自然と周囲から孤立しているようだった。ようするに触らぬ神に祟りなし、といった状態である。

 シウに押し付けようとしているのも、そういった理由からだ。

 面倒な子供のお守りはもう嫌だ、というのが本音であり、建前としては子供を前線に置いておきたくないということらしい。

 シウとて面倒事は嫌なので断ったが、キリクにニヤリと笑われて負けたことを悟った。

「なに、こっちにはまとめて運ぶ良い乗り物があるんだよ」

 気付かれたくはなかったが、反面そりゃそうだよなと、思った。

「はーい。しようがないですね。その代わり、場を乱さないでくださいね」

「な、なんですかっ、わたくしを押し付け合ってるの!?」

「そうですよ。それぐらい、扱いが難しいと、ご自身でまだ気付いてないのが、すごいです」

 もう取り繕うことなく、はっきりと言ったのだけれど、それにはキリクも苦言を呈してきた。

「シウよ、もうちょっと優しく回りくどく言ってやれ」

「辺境伯様も、そのような言い回しはよろしくありませんよ」

 アウグストがすぐ間に入ってくれて、二人がワイワイとやり始めたのでその場はそれで終わってしまった。

 後に残ったのは、分かったような分からないような顔をしてボロボロのスカートを握りしめるヒルデガルドだけだった。


 飛竜にお姫様を載せるにはさすがに色々とまずいものもあるらしく、心地よく乗れるようにしたり、乗り方を指南する時間が必要とのことだった。

 その間に、シウは通信でクリストフに事の次第を伝えた。

 向こう側ではシウの話をそのまま口伝えに聞いていただろう生徒たちが喧々囂々の嵐で、クリストフの返信の際に声がうっすらと聞こえてくるほどだった。


 おっかなびっくりのヒルデガルドと共にシウも飛竜へと乗り、じゃんけんで負けたそうなリリアナと共に洞穴まで飛んでもらう。

「シウ少年ー、上空からでも位置は分かるの?」

「念のため、花火を上げてもらうことにしました。もうすぐです、あ、ほら」

 上がったと同時に指差すと、遠目にもはっきりと分かる美しい花火が打ち上がった。

「あら、綺麗ね。じゃあ、あそこまで行ったら滞空するわ」

 飛竜がスピードを上げ、あっと言う間に到着する。

「それにしても結構離れてたのねえ」

「そうですね。じゃ、フェレス、洞穴まで彼女を連れて行ってくれる? ちゃんと洞穴の中まで行って下ろすんだよ。分かった?」

「にゃー」

 嫌だけど分かった、とテンション低く答えて、フェレスは頭を振ってヒルデガルドに乗れと合図する。

 また横座りしようとしたので、シウは慌てて止めた。

「ちゃんと跨って乗って。何考えてるんですか!」

「え、でもだって」

「よろめいて後ろに倒れたら、真っ逆さまですよ?」

「……わ、わたくし、わたしは、女性ですのよ!」

「その女性であることをきちんと認識せずに無謀なことをして、よく言うわねえ」

 リリアナは男性陣と違って、言いたいことはハッキリと言うようだ。

「これだけ迷惑かけて、まだそんなことが言えるなんてね。さすが貴族様だわ」

「な、なんて、なんということを!」

「ヒルデガルド先輩、お願いですから、言うこと聞いてくれませんか? 我が儘言うなら、縛り付けて紐で釣った状態で下ろしますよ。その方が不名誉だと思いますけど」

 彼女に味方はいないと悟ったようで、むぐむぐと口の中で何か喋っていたが、少しして諦めてくれたようだ。

「……いいわ、従います。跨って乗ればいいのでしょう?」

 ただ、とても低い声であった。

 そんなに見られたくないのなら、何故そんな格好をしてきたのだと思ったが、今更なのでもう言いはしない。

 ただ、淑女としてはしたないと思う気持ちは分からないでもないので、シウは溜息を吐いて自分のローブを外した。

「はい。これを長いスカート代わりにして、跨った上から羽織れば見えないでしょう。ついでに錘も付けておきますから、風で舞い上がることもないですよ。じゃ、フェレスに乗ってください」

「……分かったわ。その、見ないでね」

「見ませんよー」

「そうよう、少年はそんなの見ないわよ」

 どういう意味だ、と思ったが、シウは賢く口を閉ざしていた。


 ヒルデガルドを下ろして、フェレスが戻ってくるまでの間に、シウはリリアナにお礼を言った。

「お手数かけてすみませんでした」

「いいええ。むしろ、面白かったわ。学校時代の貴族を思い出して笑っちゃった」

「騎士学校ですか?」

「そうよ。時代が変わっても、貴族って同じなのねえ。でもま、彼女はまだましな方よ」

「そうですね。もっと大変な人もいますし」

 いろいろ思い出してうんざりした顔をしたら、リリアナが腹を抱えて笑った。

「やあねえ! 少年って、ほんと、大人みたい。……ふふふ。あなたがもう少し大人なら、飲みに行こうって誘ってるところよ。残念!」

「……僕も残念です。大人になったら、誘います」

「あら、嬉しい。じゃ、待ってるとするわ。お、フェレスちゃんが飛んできた。よっぽど離れていたくないのねえ。愛されてるわ」

 ま、あたしの飛竜には負けるけど、とリリアナは愛おしそうに愛竜を撫でていた。

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